Dolls +++ Episcde T +++
二人で腕を絡ませて歩く道。
交わす言葉は多くはないけれど、ムリに言葉なんて探す必要もない。
だた側に、菫がいてくれるだけでいい。
ただこうして、ずっと寄り添って歩き続けていけたら・・・それでいい。
来年の春、どんな景色が二人を待っているんだろう。
期待と不安はあるけれど、希望の光がそこにあると信じていよう。
隣の菫を見つめて、蛮骨は微笑んだ。
菫も蛮骨を見つめて微笑んでいる。
そんな二人に、ひっそりと物陰から鋭い視線を送る者達がいた。
二人が店を出た辺りから、彼らは二人を見ていた。
そして彼らは静かに後を付け狙っていたのだった。隙あらばと、チャンスを覗っている。
急に蛮骨が立ち止まって、溜め息を吐いた。
「辛いのかい?」
「・・・あぁ。」
菫は辺りを見渡した。
街の中を流れる小さな川の淵に、切り株を利用した丸太が幾つか椅子代わりに置かれている。
「あそこまで歩けるかい?あそこで少し休もう。」
菫は蛮骨の身体を支えながら歩いた。
「具合が悪いんだったら・・・表に出てこなきゃいいのに!」
「けど・・・今日金納めねえと。今日が約束の期日だろ。」
「バカだね・・・そんなこと!おやじさんに相談すれば、ずらしてくれるのに。
そういうところ律儀だよね、あんたって。」
「おれには悪評が付き纏ってるだろ・・・やっぱりあいつはそういうやつなんだって思われたくねえ。
・・・おまえにも迷惑かけたくねえから。」
丸太に蛮骨を座らせ、菫も隣に腰を下ろした。
懐から手ぬぐいを取り出そうと何気に視線を手に落とした。
その手を見て、菫は驚愕した。
「ちょっと・・・なんなのさ・・・これ?」
手に血がついている。慌てて蛮骨の着物を見た。
血が目立たない色の着物だったから、今まで気づかなかったけれど。
バッと蛮骨の胸元を広げると、さらしが血で真っ赤に染まっているではないか。
「蛮骨!?なんなのさっ!?この傷っ!!」
蛮骨はバレたかという感じで、ヘヘヘと力なく笑って菫を見た。
「ざまぁーねえよな・・・おれとしたことが。隣町のやつに昨日やられちまってよ・・・。
けどよ、この落とし前はキッチリつけてやった・・・やつの腕、切り落としてやったんだ・・・。」
もうすでに、菫の瞳には涙が滲んでいる。
「バカッ!だからいわんこっちゃないんだよ!そんなことばっかりしてると
命がいくらあっても足りないじゃないのさ!いつかあんた、本当に殺されちまうよ!」
「心配いらねえ・・・おれ、悪運強ぇーだろ。そう簡単に死んでたまるか・・・。」
「心配する!あんたが居なくなったら・・・私、どうすりゃいい?」
蛮骨は菫の手を握って言った。
「・・・春になったら、足洗う。」
「今すぐ辞めて!」
「金が必要なんだ・・・今すぐには辞められねえ。」
「私のためにかい・・・?だったら、そんなのもういらない!!金くらい私にだって・・・!!
もっとお客とって・・・それで金を作る。だからもう・・・危険なことは止めておくれよ・・・。」
「それじゃあ、ダメだ!おれは、おまえを買い取るって決めたんだ!どんなことをしてもな!
おまえの稼ぎがどれくらいだかおれも知ってる・・・。その金はおまえが身体を張って手にした金だ。
そーゆうことに使って欲しくねえ。」
「私のために命を落とすようなことだけは・・・止めてよ・・・お願いだから・・・やめて。」
菫は蛮骨の肩に顔を伏せた。蛮骨は菫を抱き寄せて囁いた。
「おれは、死なねえから。ずっとおまえの側にいる。」
二人の様子を、怪しげな連中は物陰から覗っていた。
辺りを確認し、人気がなくなるとそこから出て行き、二人の方へと歩き出した。
「よお、蛮骨。昼真っから女はべらせていい気なもんだな〜。」
蛮骨はハッとその声を見上げると、数人の輩が嘲笑している。
菫を身体から放して、蛮骨は輩どもを睨みつけた。
「てめぇら・・・誰だ?」
「忘れたとは言わせねえぜ・・・。」
輩の親分らしい男が、バッと着物の袖をめくって腕にある傷を蛮骨に見せた。
「・・・知らねえな。おれ、いちいちそんなこと覚えてねえからな。」
「てめぇ・・・ふざけやがって!」
「親分!殺っちまいやすか?」
「蛮骨はおれが殺る。おまえら、そっちの女を可愛がってやんな。」
「へいっ!」
数人の輩が菫に手をかけようと一歩踏み出すや否や、
蛮骨はサッと腰に差した刀を抜き取って構えた。
「女に手出すんじゃねえ。おまえらの目的はおれだろ?」
「うるせえ。おまえも女も、二人まとめてあの世に連れてってやらぁ〜。」
一人の男が、蛮骨に斬りかかった。
その男を蛮骨は、片手払いに斬りつけ、そしてブスリと男の背中に刀を突き刺した。
男はその場であっけなく息絶えた。
あっという間の出来事に、周りの輩は一瞬たじろいだ。踏み出した足をそのまま後ろに戻した。
「まだやるか?相手してやるぜ。死にたいやつはおれの前に出てきな!」
「おれが相手だ!」
輩の親分が蛮骨の前に躍り出た。
「へっ!てめぇーのことは忘れちまったが、何度勝負しても同じだな。」
刀を握り締めて構える蛮骨の異変に、輩の親分はなんとなく気づいていた。
顔色が酷く悪く、額には滝のように汗が流れている。
すぐ側にいる手下に、そっと言った。
「おれが蛮骨を斬りつける間に、女を始末しろ。」
「へい。ガッテンでっ!」
輩の親分は蛮骨に向かって行き、蛮骨も輩の親分に向かって行った。
二人の刀はガシャンと音を立ててぶつかり合った。
睨み合いながら、互いにどっちも譲らない。
「蛮骨。手ごたえがねえな。具合でも悪いのか?」
輩の親分に悟られているのかと蛮骨は一瞬焦ったが、それでもなんでもない振りをして言った。
「手加減してやってるのが分からねーのか?」
次の瞬間、輩の親分は、蛮骨の胸目がけてガツンッと頭突きをしてきた。
傷口から全身に激痛が駆け巡り、蛮骨は思わず身を翻してその場に崩れ落ちてしまった。
「思ったとおりだ・・・!」
キッと蛮骨は輩の親分を睨みつけた。
蛮骨の形勢不利を見るや否や、輩の一人が菫に刀を向けてきた。
「女っ!!死ねっ!!」
向けられた刀に怯むことなく菫は、着物の裾をクルリと手に巻きつけ、刃をギュッと握り締めた。
「え?」
その行動に男が一瞬驚いた隙に、刀を男の手から引き取って落とした。
そして男の胸座を掴むと、思いっきり背負い投げをして地面に叩きつけた。
男はしこたま腰を撃ちつけたらしく、しばらく立ち上がることができずにいた。
倒れこむ男を見下ろしながら菫は言った。
「ばーか!私に手をかけようなんざ、100年早いんだよっ!」
以前蛮骨と通っていた道場では、菫は蛮骨の次に強かったのだ。
剣術も武術もお手の物で、男を投げ飛ばすくらい朝飯前なのだった。
地面に落ちた刀をサッと拾い上げて、菫は蛮骨と輩の親分の前に立ちはだかった。
「菫っ!あっちへ行ってろ・・・っ!」
「怪我人は黙ってろ!」
菫は刀を突きつけて輩の親分を睨みつけた。
「蛮骨に手をかけたら・・・私が許さない!」
「女ぁ〜いい度胸してんじゃねえか。
殺すには惜しいな・・・おれの女になるなら命だけは助けてやるよ。」
「顔を洗って出直してきても、あんたみたいな下衆やろうはごめんだねっ!」
輩の親分が一歩足を踏み出した時だった。
「おまえたち!そこで何をしているのだっ!!」
と、怒鳴り声がした。
街の役人達が数人、ドカドカとこちらへ向かってくるではないか。
いつの間にか見物人も集まって来ていた。
輩の親分は、サッと刀を鞘にしまって子分達に言った。
「ヤベェ!ずらかるぞっ!!」
「へーいっ!!」
脱兎のごとく輩どもはその場を立ち去って行ったのだった。
一人の役人が二人の前に駆けつけた。
そして、男の骸に目を遣った。
「何があった!?」
鋭い眼光が二人に向けられた。
菫は咄嗟に言った。
「怪しげな連中に襲われそうになったところを、この人が助けてくれたんです!」
と、蛮骨の隣に下がった。
途端に役人は顔色を変えて、気遣うように言った。
「お主も怪我をしているのではないか?」
胸元を押さえながら、役人を見ることなく蛮骨は言った。
「・・・大丈夫だ・・・たいしたことはねえよ。」
そこへ、数人の役人と共に一人の男もやって来た。
「何があったかと思えば、斬り合いですか。ぶっそうじゃなぁ・・・全く。」
その聞き覚えのある声に、蛮骨はハッと顔を上げた。
−オヤジ・・・!?−
久しぶりに見る父親の冷めた表情。
まるで、醜いものを見るような目つきで蛮骨を見つめている。
蛮骨の父親は、街の名士の寄り集まりに行く途中だったのだ。
その集まりには役人も参加して、これからの街の発展などを話し合うというものだった。
「おまえのような物騒な輩がはびこっていては、街のイメージも悪くなるばかりだな。」
蛮骨はキッと父親を睨みつけた。
嫌味な表情で父親は役人達に言った。
「くだらん騒ぎに足を止めることも無かろう。ささ、急ごうではないか。」
その言葉に、役人達も従って父親と共に歩き出して行った。
蛮骨は刀を突いて、立ち上がろうとした。
あの憎い父親の背中に、刀を突き刺す想像をした。
ヨロヨロと立ち上がって刀を構えた。
すると、後ろからそれを菫が止めた。
蛮骨を行かせまいと必死で身体にしがみ付いている。
「放せ・・・菫・・・おれは・・・あいつを斬る!」
「行かせないよっ!絶対に行かせるもんかっ!死んでも放さないからっ!」
「見てただろ・・・あいつがおれをどんな目で見てやがったか・・・!!
許せねえ・・・許せねえーんだよっ!!ぶっ殺してやるっ!!」
菫は蛮骨を自分の方へ向けて、パンッと頬をはつった。
「そんなことして何になるのさ?」
「・・・・・・・・・・。」
涙を流す菫を蛮骨は見つめた。
「あんなやつ・・・殺す価値もない・・・!」
蛮骨が握り締める刀を、菫はそっと引き離した。
それを鞘に納めて言った。
「・・・帰ろう。」
「・・・・・・ああ。」
熱で火照っている蛮骨の身体を、菫は支えながら塒を目指した。
塒の戸口の前で、蛮骨は立ち止まって菫から身体を放した。
向かい合って菫の腰に手を回して、そっと口付けをした。
しばらくして菫は我に返って、蛮骨から顔を放した。
驚いた表情で、蛮骨の瞳を見つめた。
「な、なんなんだよ?いきなり・・・そ、そういう状況でもないじゃないのさ。」
蛮骨はヘヘヘッと笑った。
「さっきの菫、カッコ良かったぜ・・・惚れ直した・・・・・・。」
そういうなり蛮骨は、菫の方へ倒れ込み意識を失ってしまった。
菫の声に慌てて戸口に出てきた睡骨は、蛮骨を布団へと運んだ。
蛇骨も煉骨も銀骨もまだ戻って居はいないらしい。
睡骨は蛮骨を手早く手当てした。
菫は心配そうに蛮骨を見つめた。
「大丈夫なんだろうね?」
「大丈夫です。それにしても・・・無茶しますよ、蛮骨さん。
私が代わりに用事を引き受けると言ったんですが、自分じゃないとダメだと言って・・・。」
「ほんと・・・バカな男だよ。」
「なんだったんでしょうね。傷を押してまで果たさなければならなかった用事とは。
菫さん、なにかご存知ですか?」
「・・・さあ。なんだったんだろうね。」
刻々と夕暮れが近づいてくる。
眠る蛮骨の側で、菫は仕事のことが気になっていた。
店が開店するまでには戻って来いと店主に言われている。
店を休んでここに居たら、蛮骨が目を覚ましたらきっとに怒られるだろう。
蛮骨は自分のことで菫に迷惑が掛かることを恐れている。
菫は迷っていた。
店に出るべきか、蛮骨の側に居てやるべきか。
穏やかな表情で眠る蛮骨を見ていると、涙がこみ上げてきた。
このまま本当に、永遠の眠りに就いてしまいそうな気がした。
夢の中でいったい何を願っているんだろう。何を祈っている?
こんな傷を負ってまで・・・どうして?
菫は蛮骨の手をそっと握り締めた。
そしてその手を頬に当てた。
「ねえ、教えてよ・・・蛮骨。私には何ができるの?あんたのために何をすればいい?」
その声に、ゆっくりと蛮骨が目を開けた。
「・・・泣くな。」
「・・・・・・・・・。」
「もうすぐ仕事だろ・・・しみったれた顔で客の相手するんじゃねえよ・・・。」
「うるさいな。仕事には行かないよ。」
「それはおれが許さねえ。仕事に行け・・・。」
「あんたの指図には従わない。私のしたいようにさせて。」
「・・・ダメだ・・・頼むから・・・仕事に行ってくれ・・・。」
「何も恐れることはないよ、蛮骨。私がしたいようにするだけだ。
あんたは何もおそれることはない・・・だから、お願いだから、今夜はここに居させて。」
こうしてムキになって菫が言い出したら、なかなか引かないことを蛮骨は知っている。
少しの間、蛮骨は目を閉じて考えて、そして言った。
「・・・身体、起してくれねえか。」
菫は蛮骨の身体を起して、抱きかかえた。
「ここに居てもいいよね?」
「・・・勝手にしろ。あとで店主に怒鳴られても知らねえからな・・・。」
「平気さ・・・。」
背中越しに抱きしめられて、その温もりを感じていると、また睡魔が襲ってきた。
菫の手の上に手を重ねた。
「菫・・・春になったらおれ、絶対に足洗うから・・・。」
「うん・・・分かってるよ、蛮骨。」
「菫・・・。」
「どうしたのさ?」
「・・・おれが目を覚ますまで・・・ずっとこうしていてくれるか・・・・・・。」
「うん・・・ずっと側にいる。こうしてるよ・・・だからもうおやすみ。」
蛮骨はまだ菫と話していたかったけれど、睡魔には勝てなかった。
その温もりと共に、夢の淵へと滑り落ちていったのだった。
― 菫、さっきのことなんだけどよ、おまえは何もしてくれなくていいよ。
おれの隣でいつも笑っていてくれ。
おまえが幸せでいること。それがおれの願いで、祈りでもある。
それがおれの、支えだから。
おれが失ったもの、おまえが失ったものいつか取り戻せたらいいな。
二人で・・・いつかそれを見つけよう ―
2007.06.24
Dear : クルルさん
乱文悪文のため、お見苦しい点も多いかと存じますが、
お許しのほどお願い申し上げます。
なんていう、難っ苦しい挨拶はさておき。
どうだったでしょうか?お気に召しましたでしょうか?
このお話しを書いていて楽しかったです。
で、また性懲りもなく・・・浜崎あゆみの曲をイメージさせていただきました。
あれ?チョット微妙ですかね???
そこらへんは、サラリ〜と受け流しておいてくださるとありがたいです。
これからも、どうぞ 『夢幻泡影』 をご贔屓下さいませ。
クルルさんのますますのご自愛ご活躍されますようにと応援してます♪
From : 聯
うわぁぁぁぁ〜〜〜い!!!
貰っちまった、貰っちまいましたよ!!(>▽<)
聯さんからリク小説第一号の座をいただきました!
そしてそして……この素敵な小説ですよ奥さん!!
どうしましょう、私も見合うものを書かないとっ!
聯さん、どうもありがとうございました!!