シンデレラ
「あーちくしょ! 面倒くせーな!!」
桶の横に積まれた洗濯物に、蛇骨は盛大に怒鳴った。
「大体、何で俺が洗濯したり掃除したり料理作ったりしなきゃならねぇんだ!!」
「それは、お前がシンデレラだからだ」
頭を抱える蛇骨に、いつの間にやら背後にやってきた煉骨がさらりと答えた。
「だから、なんで俺がシンデレラなんだ!こーゆうのは俺には向かねーって分かってんだろ!」
息巻く蛇骨を見て、煉骨はフンと鼻を鳴らした。
「そんなことは百も承知だ。正直、お前の作る飯は食えたモンじゃねぇし、掃除をすれば逆に部屋が汚れる始末」
「そうそう、煉骨の兄貴の方が合ってるって。意地悪な継母なんか止めて、今から主人公に乗り変わっていいぜ!」
「ふん。確かに俺にぴったりだが、俺がガラスの靴をはいたところで、似合うと思うか?
俺がラストで王子様にガラスの靴をはかせてもらったところで、世の純粋なお子様は喜ばねぇんだよ。
結局、主人公はガラスの靴が似合うことを絶対条件とした者に限られる。
それに当てはまるのは、姿が女に近いお前くらいだ」
女という言葉に、蛇骨は少なからず眉を吊り上げた。
だが確かに、それもそうである。
銀骨や凶骨はそもそも靴がはけないし、睡骨や霧骨がはいてるのを想像しても吐き気がする。
まだマシな煉骨、蛮骨にしても、見ていて違和感が拭えないだろう。
「つまりは俺が一番可愛いってことだよな…でも、俺本当に何もできないし…家事なんて超苦手だし」
「しかし、形だけでもやっておかねぇと、何の取り柄もないシンデレラになっちまうだろう。
特に何の苦労もしていない奴がある日突然王子様と結ばれてハッピーエンドというのも、世の純粋なお子様からの風当たりが強い」
世の純粋なお子様というのは、容姿端麗な主人公がある程度の苦労をした上で、結局幸せになるというお約束の展開を望んでいるものだ。
「と言うことで、お前の今やってることは、ラストで幸せになるための土台なのだ。
良いじゃねぇか、幸せになることが約束されてるんだぜ」
羨むような視線を受け、蛇骨も少しばかりその気になってきた。
「幸せになれるんなら、いいかぁ…」
「そういうことだ。じゃ、俺は配置に戻る。しっかりシンデレラを務めるように」
煉骨が踵を返すと、蛇骨も洗濯物に手を付け始めた。
「城の舞踏会?」
睡骨が怪訝に眉を寄せると、霧骨は頷いて今し方届いた文を差し出した。
「今夜開かれるそうだ。噂では、蛮骨さまの妻を選び出すために催されるんだと。
今夜は暇だしよ、行ってみねぇか?」
「何の話をしている」
煉骨がやってきて、霧骨の手にある文を取り上げた。紙面に眼を走らせた彼の顔が、みるみる変わっていく。
「おい、この舞踏会に行くぞ!」
「いやに乗り気だな」
「そりゃあそうだ。もし万が一、蛮骨さまに見初められてみろ、一生遊んで暮らせるんだぞ!!
お前たち、俺に楽をさせたいと思うだろう?」
煉骨、もとい意地悪な継母の目が、ぎらぎらと光っている。
そのまばゆさに気圧されて、二人は同時に頷いた。
「よ、よし!頑張って蛮骨さまに見初められるぞ!」
が、睡骨は頭の隅で「いや無理だろ」と思う。この面子では到底期待できない。
「そ、そうだ。蛇骨がいるだろ? あいつならあるいは……」
「駄目。あいつシンデレラだから。どうせ後から来るから」
一蹴する煉骨に、霧骨は渋い表情を浮かべる。
「煉骨、展開バラしたら面白くねぇって」
「母上とお呼び!!」
「あ、そうだった」
すっかり継母になっている煉骨を、睡骨はやりきれない目で見つめた。
「さぁて、行くとなったらドレスだな」
「は、どれす?」
「舞踏会といったらドレスだろう。待ってろ、すぐに可っ愛いーの用意してやるぜ!」
「その可っ愛いーどれす、俺たちが着るのか…?」
睡骨の顔が引きつっている。
いくら自分であっても、ドレスを着ている姿を浮かべると絶望感が襲い来る。
「あ……俺、腹痛が。残念だが、俺はやっぱり行かな…」
くるりと方向転換したその肩を、煉骨が引き戻した。
「それは許さん。見初められるには、駒が多い方が確率が高くなる」
「いや、俺が加わったところでそう変わらねーって……」
「何かの間違いで、ということも有りうる。よし、決定」
煉骨は嬉々として、彼らを衣裳部屋へ引きずっていく。
「無理無理無理!!嫌だっ、嫌です母上ーーーー!!!」
羅刹の叫び声が、むなしく廊下に反響した。
トントンと、指が小刻みに机を叩く。
眼下のホールで自由に踊っている者たちを眺め、蛮骨は不機嫌そうに息をついた。
(つまらねぇ……)
彼の様子を見かねて、控えていた家臣がついと進み出る。
「蛮骨さま、せっかくの舞踏会です。蛮骨さまも踊りを楽しまれては?」
「俺、踊りとか無理だから。いつまで続くんだ、このパーティー」
「物語の進行上、少なくとも子の刻までは…」
台本をちらりと読み、家臣は答える。ため息をつき、蛮骨は腰を上げた。
「仕方ねぇなぁ」
階段からホールに下りると、それまで楽しそうに踊っていた者たちが一様にざわついた。
「蛮骨さまよ!」
「まぁ、なんと……」
女たちはうっとりと彼を見つめる。その中には、煉骨たち三人の姿もあった。
衣裳部屋にあった素材で煉骨が作製したドレスを着飾っている。
フリルをふんだんにあしらい、ドレスだけは、可愛らしい。
「あれが蛮骨さま…おい睡骨、まずはお前がお行き!」
「ええええ!?」
逃げようとする睡骨の背をドンと蹴り、蛮骨の前へ押し出す。
勢いでつまづいてしまった睡骨を、蛮骨は不思議そうに見つめた。
「だ、大丈夫か」
手を差し伸べると、隈取の頬がボッと紅潮した。
「あ、あのっ……俺…あたしと踊ってください…!」
火を噴いて爆発しそうな睡骨の言葉に、蛮骨はわずかに目を瞠る。
そして、目を細めて首を傾けた。
「丁重にお断りする」
呆然とする睡骨をすり抜け、蛮骨はホールの中を進んでいった。
「チッ、使えねぇ野郎だ。期待はしてねぇが、霧骨、次はお前が行け」
「お、おう!」
霧骨はずかずかと進み出た。
「蛮骨さま、俺と踊ってくれぇー」
蛮骨の顔が怖気に引きつる。
「おい、誰だ! こんなヤツの家に招待状を出したのは!?」
「は。恐れながら、このパーティーは自由参加のため、大量印刷したチラシを城下にばら撒いたのでございます」
丁寧に家臣が答える。蛮骨は苛立ちも露に霧骨を指差した。
「つまみ出せ!!」
「そ、そんな! 待ってくれよ! 助けてくれぇ~煉骨~!!」
兵士に連れて行かれる霧骨には見向きもせず、煉骨は歯噛みする。
せっかく連れて来た二人はてんで役に立たなかった。
(あとは俺だけか……)
しかし、どのようにアピールするべきか。
今の二人のようにただ声を掛けるだけでは、あっさりと撥ね付けられかねない。
(ここは…他の女とは一味違った態度をとるべきか?)
煉骨の頭の中で、思考が急回転を始めた。
「―――遅い!!」
窓から見える城を眺めていた蛇骨は、平手で壁を叩いた。
辺りは真っ暗。とっくに舞踏会も始まっている。
なのに、自分への変化が全く起きない。
「魔女役はいつ来るんだよ!!
早く俺を変身させて、馬車で城に送ってけっての!!」
洗濯の真似事もしたし、逆効果ながら掃除も頑張った。
幸せになるための土台は固めたのだから、そろそろ華やかな方へ旅立ちたい。
怒号した瞬間、轟音と共に家の扉が破壊された。
蛇骨は驚いてそちらを見る。
そこには、巨大な何者かが佇んでいた。
「な、なんだテメェ! 家の入り口壊しやがって!!」
巨大な何者かは、頭をかいて蛇骨を見下ろした。
その手には、おもちゃのような杖が握られている。
「俺、魔法使い役の凶骨だ。遅れちまったぜ、悪かったな」
「お前が魔法使い!? 似合わねー!!」
「他に役がなくってよぉ」
「チッ、とにかく、お前が魔法使いだってんなら、さっさと俺を奇麗にしやがれ!!」
「ガラの悪いシンデレラだなぁ…」
凶骨は杖をひとつ振った。しかし、何も起きない。
「……れ? この杖、どうやって使うんだ」
「わ、わかんねーのか!? 台本に使い方書いてねーのかよ!」
凶骨から杖と台本を奪い取り、蛇骨は急いで頁をめくる。
≪~魔法の杖・使用方法説明~≫
対象年齢…5歳
*水に濡らさないでください。
*幼児の手の届かない場所で保管してください。
*直射日光に長時間当てると、変形するおそれがあります。
①とりあえず電池が入ってるか確認。
②スイッチを入れる。
「電池は…ええと、入ってるな。よし。スイッチはこれか……」
蛇骨は持ち手の部分にあるスイッチをカチッと押した。
ややあって、杖の先端が赤く光り出す。
③先端が赤く点滅したら、まずはシンデレラに向かって一振り。
呪文みたいなものを唱えるとなおGood!
「何がGood!だ!」
面倒なので呪文は唱えずに、自分に向かって杖を振る。
すると光の粒子が彼を包み、瞬きの後に美しく変身させた。
奇麗なドレス、ガラスの靴。まさにシンデレラである。
「…俺の好みじゃねぇけど、仕方ねぇか」
④続いて、ねずみに向かって杖を振りましょう。素敵な白馬になるはず。
「こんな夜中にほいそれと鼠が探せるか!!これは後回しだ!」
⑤ネズミ白馬が逃げる前に、さっさと馬車を作りましょう。
南瓜が望ましいですが、ない場合は適当な箱で代用できます。
南瓜など、当然ない。
「箱……」
すぐそこに、煉骨の作ったブリキの箱があった。
これでいい、と蛇骨はそれに向かって杖を振る。
突如、ブリキの箱が輝いた。
もくもくと煙が立ち昇り、家の中に充満する。
「うわっ…なんだ!」
煙の向こうから、鋼の戦車が現れた。
「え、これ馬車…?」
「ぎし、俺、銀骨」
南瓜の馬車には似ても似つかない。
「自動で動けるから、馬はいらねぇよ。ギシ」
「おおっ、そうなのか!? じゃあお前に乗っていくよ!」
杖と台本を投げ捨て、蛇骨は銀骨に飛び乗る。
彼を乗せ、銀骨は外へ出ようとしたのだが、入り口が狭くて外に出られなかった。
「ギシッ、ぶっ放せー!!」
ドォンと、大砲が鳴り響く。
今し方凶骨に破壊された入り口が、周りの壁と共に、木っ端微塵に粉砕された。
「よしっ、いざ城へ!!」
轍を刻みながら去っていく彼らを、凶骨が手を振って見送った。
見事玉砕した睡骨と霧骨は、城の外の石段に座って項垂れていた。
ひどく落ち込んでいる睡骨をなだめるように、霧骨は肩を叩く。
「まあ、そう落ち込むな」
睡骨ががばりと顔を上げた。その顔は、羞恥と絶望で複雑な色になっている。
「これが落ち込まずにいられるか!こんなフリルのドレスを着ただけでも絶望的なのに、あんな公衆の面前で大恥をかいたんだぞ!
俺はもう表を歩けねぇよ。ああ、これ以上恥を晒すくらいなら、いっそ舌噛んで死んだ方が……」
「ん? ありゃ何だ?」
霧骨が不意に眼下を指差す。
嘆きに暮れていた睡骨もそちらを見やった。
長い長い石段の先に、不思議な物体が停車している。
鋼の車体、砲筒のような物まで搭載してあるではないか。
「まさか、敵襲か!?」
「いや、数は一台だけのようだし…見ろ、誰かこっちへ向かってくる」
下からずんずんと石段を上って来る影がある。
その影は、睡骨と霧骨の脇を抜けて城内へ消えた。
「あの美しい人はどなたかしら」
「シンデレラだろ、うちの」
「ったく、あの馬車もどき、ガタガタ揺れやがって!」
上に乗っている間に、尻が痛くなってしまった。
「ええと、子の刻までに戻るんだよな。よぉし、それまで食って食って食いまくるぞ!」
ホールの踊りに目もくれず、蛇骨はテーブルの上のご馳走に駆け寄った。
「うひょ~美味そう!」
皿に料理を盛り付ける。皿がいっぱいになっても、まだ盛り付ける。
と、その手が他の手と重なった。
「あ、悪い」
手を退けて顔を上げると、そこに奇麗な顔立ちがあったので、思わずドキリとする。
「いや、構わねぇよ」
「あ、あんた名前は?」
「俺か? 蛮骨だけど…」
蛇骨の心臓が跳ね上がり、思わず皿を落としそうになった。
(蛮骨っ…!? てことは王子様!!
やっべ超好みじゃん……俺この人と幸せになるんだぁ…!神様仏様ありがとう…!!)
「暇だから、もし良かったら一緒に食わねぇか?」
「喜んで!!」
二人は誰もいない席に座り、蛇骨は胸中でガッツポーズをした。
蛮骨は踊っている者たちを眺め、肩をすくめる。
「舞踏会って言ってもなぁ、俺踊りとか全然駄目なんだよ。
運動は得意なんだけど、こういうのになると途端に身体が固くなるっていうか…結婚するまでに少しは上達したいんだけど…」
「結婚!!??」
食べ物が喉につまり、蛇骨は盛大にむせ返った。
「大丈夫か?」
「だ、だいじょぶ…!やだなぁ、気が早いぜ王子さま…俺は王子が踊れなくたって構わねぇしよ…」
結婚。
気が早いといいつつも、遅かれ早かれそうなるんだよなぁ。
だったら自分も少しは踊れるようになっておこう。
楽しく食事をしていると、時刻を知らせる鐘がゴーンと鳴った。
「え、もう子の刻!?ちくしょっ、あの魔法使いが遅れやがるから、ちょっとしか食えなかった…!」
「帰るのか?」
「は、はい。私はもう、帰らなければ…!」
魔法が解ける前に―――
「じゃ、外まで見送るよ」
席を立つと、蛇骨はダッと駆け出した。
「待て、なんで走る!」
「俺だってこんな動きにくい格好で走りたくねーけどよ、帰るときは全力で走れって台本に書いてあるからっ…!」
「はぁ!? 何だって??」
うまく聞き取れず、蛮骨はとりあえず彼の後を追う。
石段まで来ると、蛇骨は急いで台本に目を滑らせた。
≪全力で石段を駆け下り、その途中でワザとらしく靴を落としましょう。≫
「へっ、そんな芸当が俺に出来ると思ってんのか! 靴なんてここに脱いでいくっての!!」
靴を脱ぎ、揃えて入り口に置いておく。
「おーいっ、何て言ったんだよ!」
入り口にたどり着いた蛮骨が見たのは、全速力で石段を下りる蛇骨の背中だった。
「そんな走るとコケるぞー! ……ん?」
足元に何か置いてあるのを見つけ、蛮骨は身を屈めてそれを拾い上げた。
「靴……?」
ガラス製の、何とも足の痛くなりそうな靴だ。
誰のだろうか。あれだけ俊敏に走っていたから、今の娘の物とも思えない。
しばらく考えていた蛮骨だが、ふと思い出したように顔を上げた。
「あ、もう子の刻か。じゃあこのウザったいパーティーを終われるな」
靴を片手に、蛮骨は城内へ戻る。
家臣に舞踏会を終了するよう言いつけると、そこへ意を決した煉骨がやってきた。
「王子様! ぜひ私と……!!」
「ああ、もう終わりだから。さあ帰った帰った」
ショックのあまり煉骨は石化する。
(フッ……俺はまた、ゴチャゴチャ考えて出遅れちまったのか……)
人の波と共に外へ追いやられ、娘二人と合流した彼は、とぼとぼと家路についたのだった。
「蛮骨さま、そのお手のものは?」
「ああ、入り口に落ちてたんだ。酔っ払いの忘れ物じゃねぇか?受付の忘れ物箱に入れておけ」
「承知しました。して、気になる女性は見つかりましたか?」
「は? どういうことだ」
片眉を上げる蛮骨に、家臣はずいと詰め寄る。
「このパーティーは、蛮骨さまの将来のお相手を決めるために催されたのですぞ」
「何だそれは。俺はもう、心に決めた女がいる」
「なんと!?」
仰天した家臣が後退ると、蛮骨は眉を吊り上げて息を吐いた。
「大事な話があるって言ってただろう。なのにパーティーの準備が忙しいとかで、全然耳を貸さないから…!」
「そんな…!いやでも、これは喜ぶべきことですな!」
家臣は安心したように微笑む。
賑やかな夜は、こうして終わりを迎えた。
その後、待てど暮らせどガラスの靴の持ち主を探すお触書は出ず、蛇骨は荒れに荒れた。
ついでに魔法使いや馬車が壊した家の修理のおかげで、シンデレラの家はますます貧乏になったのだった。
<終>