拍手ボタンにお気を付けを

「おう煉骨、このボタンを一つ押してみろ」
唐突に睡骨が差し出したのは、いかにも怪しげな小さなボタンだった。
「何だこれは」
「蛇骨が拾ってきたモンだ。押せば拍手の音がするらしい」
「へ○~ボタンみたいなものか。本当にそれだけなんだろうな」
「さあ…」
訝りながらも煉骨はポチリとボタンを押す。
瞬間、すさまじい爆発が起こって二人は吹っ飛んだ。
威力は無いので損傷することはなかったが、煉骨はカンカンである。
「てめぇ!!何が拍手の音だ!!!思いっきり爆発してんじゃねーか!!!」
「お、俺だって蛇骨に渡されただけだから知らなかったんだよ…」
頭をさすりながら睡骨はボタンを拾い上げる。すると突然、機械の中からパチパチと音がした。
これが拍手か。
でもなんだか、賞賛しているというよりは面白すぎて手を叩いているように聞こえる。
「な、なんて不愉快な装置だ……」
あれほどの爆発を起こしたというのに壊れた箇所は一つも無い。
何度でも使えるようだ。
「……これ、銀骨に付けたらどうだ?」
睡骨のささやかな提案に煉骨はすぐさま怒号を返す。
「誰が付けるかー!!!」
どうにも煉骨の怒りは収まらないようだ。
蛇骨は拍手の音がすると知っていたのでもうコレを押したことがあるのだろう。
だったら…。
「煉骨。これ、大兄貴に試してみねぇか?」
「大兄貴に!?馬鹿野郎、殺されるぞ!!」
「でも面白そうだぜ。陰からこそっと見てればバレねーって」
確かに煉骨も大いに興味はあるのだが、なかなか踏ん切りがつかない。
睡骨はやれやれと頭を振ると身を翻した。
「俺はやるぜ。今から仕掛けてくるから、興味があるなら来いよ」
言うと、睡骨はすたすたと歩いて行ってしまった。

蛮骨の部屋に無造作にボタンを置いた睡骨は、物陰に隠れて蛮骨が来るのを待った。
そこへ煉骨もやってくる。
「なんだ、結局来るんじゃねぇかよ」
「あ、当たり前だ。こんな機会滅多にねぇからな…」
二人が待っていると、程なくして蛮骨が戻ってきた。
後ろに誰かを伴っている。
その人物を認めた煉骨はアッと声をあげた。
「どうした?」
「忘れてた…。今日は次の仕事の依頼人と話し合いがあるって大兄貴が言ってたんだ…」
青ざめる煉骨。その様子から睡骨も感づいた。
「じゃ、じゃあ……あの後ろにいるのが、その依頼人か?」
「たぶん…」
やばい。
蛮骨があのボタンを発見して押してしまったら、大事な依頼人もろとも吹っ飛ぶことになる。
そうなれば依頼人が機嫌を損ねて契約破棄すること間違いなしだ。
しかしもうすでに二人は部屋に入ってしまった。
部屋の襖が閉められ、外にいる二人はそっとそこへ近づいた。
どうかボタンを押しませんようにと願いながら。
襖ごしに、聞き耳を立てて中での会話を探る。
談笑する声が聞こえてくる。
それからしばらく、二人は息を殺していた。
≪この依頼引き受けた。俺たちに任せておけ≫
≪へぇ。どうぞよろしくお願いします≫
締めくくるような会話がなされ、二人は安堵の息をついた。
ボタンは押されなかったのだ。
その時、中の依頼人が何かに気付いた。
≪ところで、このボタン。さっきから気になってたんですよねぇ≫
ポチリ、と音がした。

悪夢のようなその音は、安心していた二人の耳に滑り込む。
刹那。襖が吹っ飛び、耳をあてていた睡骨と煉骨も飛ばされた。
部屋からは蛮骨が物凄い勢いで投げ出され、庭を転がる。
呻いて身体を起こした蛮骨は、何が起こったのかわからない様子だ。
はっと顔をあげると、部屋に取り残されている依頼主のもとへ駆け寄る。
依頼主は部屋の隅でひっくり返っていた。
傍にはボタンが転がっている。
「だ、大丈夫か!?」
蛮骨の言葉に依頼主は正気に戻り、ずるずると後退った。
「あ…あはは。えー…やっぱり、今回の依頼はなかったことで…えへへ」
引きつった笑みを残して、彼はそそくさと部屋を出て行った。
呆然とした蛮骨は、そこに落ちているボタンを拾い上げた。
するとパチパチパチ…と拍手の音がなり始めた。
「お、大兄貴…」
呼ばれて首を巡らせると、入り口に睡骨と煉骨がいた。
二人とも申し訳なさそうな顔をしている。
「お前たちが、ここにコレを置いたのか…?」
「あ、いや…その……」
拍手の音が途切れた。蛮骨によって装置が砕かれたのだ。
ヒィッと二人は震え上がった。

寒風吹きすさぶ軒下に、吊り下げられた男が二人。
哀れな煉骨と睡骨の姿が、その後数日見受けられたという。

<終>

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