蛮骨と煉骨の二人が情報屋を後にしたのは、陽もとっぷり暮れてちらちらと星が現れる頃だった。
二人の顔には暗く影がさしている。
情報屋はかなり込んでいた。
それでも金のために仕事を見つけなければならないので、二人はじっと順番がくるのを待っていた。
そしてやっとこさ順番が訪れたとき、店の者が開口一番に言った言葉。
『ありゃりゃ残念だったねぇ。前のお客が引き受けていったのが最後の仕事だったんだよ。
長く待たせておいてすまないが、ウチにはもう仕事の情報はないよ』
そんなこんなで、彼らは結局仕事のアテも見つけられないままに宿へ戻ったのだった。
部屋の中には、ボコボコにされて倒れこんでいる蛇骨がいる。
顔を見てみると、ところどころ青痣ができて痛々しい。
「まぁ、これくらいやらないと」
弟分たちからの制裁はきっちり受けたようだ。
ならばこれ以上攻めることもないか。
「あ……、おかえりぃ、兄貴……」
気がついた蛇骨はのろのろと身を起こして小さく笑った。
大きく笑おうとすると傷にひびいて痛いらしい。
他の仲間たちもこちらに視線を向ける。
「どうだった? 何か仕事は見つかったか?」
煉骨と蛮骨が無言で首を振ると、彼らはがっかりしたようにため息をついた。
「消費がかさむ前に町をでるのが無難だな。必要な物だけ調達して、早々に旅を再開しよう」
肩をすくめながら言う首領に、皆はうんうんと頷いた。

その夜。
眠っている蛮骨の頭の中に声が響いた。
知らない女の声だ。
―――て……
掠れていてよく聞き取れないが、ひどく悲しげな声。
―――…て、おねが……け…て…
「誰だ、この声は……?」
夢の中で、蛮骨は呟く。
気付くと真っ白な靄のようなものに包まれ、視界も定かではない。
そんな中から女の声が響いてくる。
頭の中に直接語りかけるようなその声に頭痛を覚え、蛮骨は頭を押さえた。
誰だ、誰が語りかけている?
「やめろ……誰なんだ、姿を現せ…!」
目を閉じて言葉を紡ぐと、声がだんだんと小さくなっていった。
ほっとして目を開けると、靄のむこうに誰かが立っているのが見えた。
白い着物を纏った、女。
悲しげにこちらを見ている女は、一歩一歩踏みしめるように蛮骨に近づいていった。
蛮骨は眉根を寄せて身構える。だが、手元に蛮竜はない。
「お前は誰だ……俺に近づくな!」
女はびくりと足を止めた。
「私の声……あなたに、届いているの?」
怪訝な顔をしながらも、蛮骨は頷いてみせる。
女は安堵したように目を閉じ、ついと蛮骨を見つめた。
「私はこの世の者ではありません。でも、心残りがあってあの世へ行くことができないのです…」
「心残り?」
「大切な物を、失くしたままなんです。あれを見つけないと……」
「それでどうして俺の前に現れる?」
「微かですが、あなたから私の失くした物の波動を感じます。
ごめんなさい、勝手に夢の中に入り込んで……でもどうか、助けてください!」
「でも俺、そんな物に覚えはないぞ。人違いじゃないのか?」
首を傾げると、女はふるふると首を振る。
「間違いなく、あなたの近くにあるはずです……。
お願いします、それをどうか、私の村まで持ってきてください…」
「お前の、村?」
女がそれに答えようとする前に、その姿は掻き消えた。
人の夢の中に侵入するにはそれなりの力がいる。
縁も何もなかった者なら尚更だ。
もう、限界だった。
辺りに漂う白い靄が、蛮骨を包み込む。
蛮骨の意識は、急速に闇の中に落ちていった。

「……あにき、大兄貴!」
頬をべしべしと叩かれて、蛮骨ははっと目覚めた。
と、眼前には蛇骨の顔。
蛮骨は何か言葉を発する前にまず、その顔に本能的な一撃を浴びせた。
「ぶっ!!」
鈍い声と共に蛇骨が畳に突っ伏す。
「ひ、ひでぇ……殴ることねぇじゃねぇかよ、大兄貴」
「あ、わりぃ。身の危険を感じてつい…」
昨日の痛みも引いていないのにまた新たな一撃を食らってしまった蛇骨はヨロヨロと身体を起こし、じとりと蛮骨を睨めつけた。
「身の危険って……
俺はただ、大兄貴がうなされてるから具合でも悪いのかと思って起こそうとしただけだぞ」
「うなされてた…?」
気付くと蛮骨は、額に汗をかいていた。着物の背中もじっとりと湿っている。
「まぁでも、それだけ勢いがあるなら大丈夫そうだな。じゃぁ俺、朝飯食いにいくよ」
蛇骨が部屋を出て行き、部屋には蛮骨だけになった。
他の仲間もとうに起きだしていたらしい。
蛮骨は布団から立ち上がった。
汗はかいているが、蛇骨の言うとおり身体に異常はない。
寝巻きを脱いで着物を肩に掛けた時。
何かが懐から落ちて、音を立てて床を転がった。
それを見て蛮骨は「あ…」と声を出す。
昨日拾った腕飾りだ。
売りに行こうとして、すっかり忘れていた。
それを拾いあげて手のひらに乗せると、微かな熱が感じられた。
昨日は冷たかったはず翡翠の丸い玉。そこから熱が波紋のように広がる。
―――あなたから、私の失くした物の波動を感じます。
耳の奥に蘇る声。
「そうだ、夢の…」
自分は夢を見ていた。うなされていたというのは、そのせいか。
おぼろげに浮かぶ夢の内容を、なんとか思い出してみる。
悲しそうな顔の女がいて、彼女は大事なものを失くしたのだと言っていた。
それが心残りで、死んだ今もあの世へ旅立てないのだと。
「まさか、これが……」
彼女の言う、大切なものか。
そこへ、煉骨が戻ってきた。
煉骨は蛮骨が手に乗せて見つめている物に気がつく。
「それは、昨日拾った物だな」
「ああ。なあ煉骨、これ……やっぱ売らねぇ方がいいと思う」
「どうしてだ? この経済難に、金になる物はなんでも売っちまった方がいいだろう」
「夢の中に、女の幽霊が出てきたんだよ。そいつが、これを探してるって」
煉骨が怪訝そうに首を傾げる。
確かに、いきなり幽霊がどうのこうの言われても困るだろう。
説明に困りながらも、蛮骨は夢の中で見聞きしたことを煉骨にも教えた。
「大兄貴、俺たちには幽霊の相手なんかしてる暇は……」
「でも、変に売り飛ばして俺が恨まれたりしたらどうするんだよ。
嫌だぜ、女の幽霊の祟りなんて、何されるかわかんねぇ」
「祟りなんてないだろう」
「だとしても、またあんな風に夢に出てくる可能性はある。
俺はあんな夢を見るのはもう御免だね」
夢の中で女の泣き顔を見るなど、寝覚めが悪すぎる。
「とにかく、あの女に頼まれた通り、俺はこれを届けに行く。
お前たちは旅を続けてていい、すぐに追いつくから」
「だが、女の村の場所なんか知らないだろう」
半眼になる煉骨の言葉に、蛮骨は「う……」と言葉に詰まった。
そういえばそうだった。
夢の中の女は、肝心なところを言う寸前で消えてしまったのだ。
頭の中でぐるぐると思考を始める蛮骨。
手の中でいまだ熱を宿す翡翠を見下ろす。
「大丈夫、何とか見つけるから……たぶん」
蛮骨の言を受けて、煉骨は深く息をついた。
(また、どうでもいいことに首突っ込みやがって……)
「大兄貴、俺も行こう」
「え、お前も?」
蛮骨は目を丸くした。煉骨が自分から厄介事に協力してくるのは珍しい。
「兄貴になにかあったら駄目だからな。
その女の幽霊が、兄貴を誘い出そうとする罠かもしれねぇし」
仲間たちには、西の方へ進めとでも言っておけばいい。
「よし、じゃあ早速出発しよう」
とうに身支度を終えている煉骨はそう言うと外へ出ていった。
変に出費する前に、町を出たいのだろう。
蛮骨も早めに仕度を終え、彼の後を追った。

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