用事があるから先に行っててくれ、と宿の前で仲間たちと別れた蛮骨と煉骨は、とりあえず町を出て人目のない場所へ向かった。
そこで、蒼空を呼ぶ。
すぐに駆けつけた白狼は、蛮骨から不思議な気配を感じて首を傾げた。
「蛮骨から、何か感じるよ」
蛮骨は懐から玉飾りを出して、蒼空の前に差し出した。
「これの持ち主が住んでた村を見つけたいんだが、何かわからないか?」
蒼空はじっと玉飾りを見つめる。
と、その目が軽く瞠られた。
「光が見える」
「え?」
翡翠に注いでいた視線を上げ、蒼空は蛮骨と目を合わせる。
「玉から、紅い光が見える。で、その光が筋になって、あっちの方向に伸びてるんだ」
蛮骨と煉骨は顔を見合わせた。
自分たちには光など見えないが、少なからず妖力を持った蒼空の瞳にはそれが見えたのだ。
「そっちの方向に行けば、村があるのか?」
「さあ。……でも、それくらいしか手がかりはないな」
眉を寄せながら煉骨が答える。
「一応、行ってみるか。……蒼空」
「わかった」
蒼空は背中を向けて蛮骨たちを乗せた。
こうする方が、徒歩で行くよりずっと速い。
光の筋の方向を再確認し、蒼空は一気に駆け出した。
それはもう、風も追い越すスピードで。
「―――速すぎねぇか」
風の唸りに掻き消されそうな煉骨の声が、微かに聞こえる。
気付いた蛮骨が声を張り上げた。
「ああ? 何だって!?」
「は や す ぎ る だろ!!!」
おまけに馬などと違って狼の背中は不安定だ。
どこに掴まればいいのかもわからず、煉骨は落とされないように必死にしがみついていた。
平然と乗っていた蛮骨は肩をすくめると、蒼空の首を軽く叩く。
反応した蒼空は速度を落として足を止めた。
「なに?」
「煉骨が、あの速さはきついんだってよ。そういえばこいつは、お前に乗るの初めてだったなぁ」
狼の背中の上の煉骨は、青い顔でぐったりしている。
「情けないなぁ」
ぼそりと蒼空が呟くと、煉骨はがばりと顔を上げた。
「うるさいっ!! 大兄貴の方がおかしいんだ。普通あんな速さじゃ、息もできねぇじゃねぇか!!!」
「へーへー、わかったよ。蒼空、もう少し速度落としてくれ」
「うん」
応じて、狼はまた駆け出す。
本人は速さを軽減したつもりなのだが、煉骨に言わせるとちっとも変わらない。
もはや抗議する気力も失せ、副将は背の上でただ振り回されていた。
狼の俊足をもって、彼らは早々に光の指し示す先にある村を発見した。
しかし、そこに広がる光景に息を呑む。
山あいの小さな村は、赤で染まっていた。
家や小屋は無残に破壊され、血飛沫で彩られている。
地面もおびただしい量の地で変色していた。
そして、見渡す限りに大量の死体が転がっている。
「大兄貴、これは……」
「戦か、盗賊か……村一つ皆殺しだな」
死体の様子からして、抵抗する間もなく斬り捨てられたのだろう。
蒼空も、漂う死臭に顔をしかめた。
「まだ日にちは経ってない……気をつけて、そこらに怨念が渦巻いてる」
蛮骨は玉飾りをとりだした。
放つ熱が強くなっている。この村で間違いない。
ここに転がる死体のいずれかが、この飾りの持ち主だ。
「でも、どうしてあんな遠くの町に落ちてたんだ…?」
呟きながら村の中を歩いていたとき。
物陰から、鋭い刃が飛び出してきた。
反射的にそれを避けた蛮骨たちは、目の前に現れた男を剣呑に睨む。
男はへらへらと笑いながら刀をちらつかせた。
「おめぇら誰だ? この村の生き残りかぁ?」
蛮骨は視線を走らせた。
周りを囲まれているのが、すぐにわかった。
「……その言いようからすると、この村を襲ったのはお前らか」
蛮骨の問いに男はにたりと笑う。
「ああ、そうだよ。
村のモン根こそぎ奪ってやろうと思ったんだが、大したモンはなかったね。
なんとか金になりそうなモンを、仲間が向こうの町に売りにいってるところさ」
蛮骨の脳裏に、昨日捕まえた盗賊の顔が蘇った。
奴らもこいつらの仲間か。
「で、お前さん方は何しに来たんだい」
「ああ。ちょっとした頼まれ事だ。邪魔しないでもらおうか」
「へへ、そうはいかないねぇ。俺たちが殺しをした現場を見たんだ、ここで死んでもらうよ!!」
言うなり、男は斬りかかってきた。
しかし蛮骨は蛮竜を一閃させ、瞬時に男を葬る。
斬られた男の亡骸が崩れ落ちると同時に、隠れていた他の盗賊たちも一斉に襲い掛かってきた。
「煉骨、後ろの奴らを頼む」
「おう!」
煉骨が大砲で応戦する。
敵の数は多いが、戦力では二人に敵わない。
次第に、死体の山ができていった。
ふと蛮骨の方を振り向いた煉骨は、はっと目を瞠る。
蛮骨の死角から斬りかかろうとする者がいたのだ。
「大兄貴!!」
気付いた蛮骨が身体を翻すが、間に合わない。
斬られる、と覚悟した刹那、敵の身体が吹っ飛んだ。
駆けつけた蒼空が体当たりをかましたのだ。
敵はごろごろと転がり、そのまま気絶した。
蛮骨と煉骨が盗賊を殲滅すると、辺りに漂う臭気がいっそうきつくなった。
蒼空が空を仰ぎ、あっと声を上げる。
渦巻いていた怨念が、徐々に消えていくのが見えた。
(敵討ちをしたから、恨みが晴れたんだ…)
一陣の風が吹きぬけ、重い空気を吹き飛ばしていく。
血なまぐさい臭いも、やわらいだように思えた。
「さて、これの持ち主を探さねぇと」
腕飾りを見下ろすと、そこから淡い燐光が発されているのが蛮骨たちの目にも見えた。
―――こっち、こっちです……
夢の中で聞いた彼女の声が、頭の中に響いてくる。
煉骨は頭を押さえた。
「なんだ? 頭の中に声が……」
「俺の夢に出てきたのと同じだ」
蒼空の耳が、ピクリと動く。
「蛮骨、あっちだよ」
蒼空が先を行き、二人はあとについて行った。
行き着いた先には、一人の女の死体がうつ伏せに横たわっていた。
痛々しく背中を裂かれ、前に手を伸ばして倒れている。
「この女か」
蛮骨は膝をついて女を仰向けにした。そして翡翠の腕飾りを取り出す。
―――ああ、ありがとうございます……
女は口を開いていないのに、声だけが聞こえる。
蛮骨は女の白い手に、腕飾りをつけた。
後ろで見ていた煉骨と蒼空が目を丸くする。
「大兄貴……!」
「へ?―――あ…」
顔を上げた蛮骨もまた、声を失う。
目の前に、白く透けた女がいた。
その面差しは、自分の前に倒れている女と同じ。
女が優しく微笑む。その瞳から涙が流れ落ちた。
―――ありがとう…これで、あの人のもとに行けます…
死体の腕に飾られた翡翠の飾りが、幽霊の彼女の腕にもちゃんと光っている。
大切そうにそこに手を添えて、彼女は深く頭を下げた。
―――何もお礼できませんが……
「いいよもう。そうだな、名前だけ教えてくれ」
―――幸、です
「お幸、か。そうか、じゃあ早くそれ持って、あの世に逝きな」
―――はい
お幸は最後にもう一度頭を下げると、風に消えていった。
「蛮骨、良いことしたね」
蒼空が頭をこすりつけてくる。それを軽く撫でて、蛮骨は小さく笑った。
「俺一人じゃ無理だったな。蒼空のおかげだ」
蒼空は目を輝かせる。
「ほめられた―――!!!!」
煉骨に飛びついた。
「知るか、鬱陶しい。離れろ」
煉骨は引き剥がそうとするが、なかなか上手くいかない。
「さてと、用事も終わったことだし、皆を追うぞ。蒼空、乗せていってくれ」
「はーいっ」
元気に返事をする蒼空の背に蛮骨は飛び乗る。
「どうした煉骨、早く来いよ」
またあの背に揺られるのかと、煉骨は蒼白になっている。
それを見て蛮骨は面白げに笑った。
血の臭いを消し去ろうとするように。
恨みが消え軽くなった魂をあの世へ導こうとするように。
清冽な風が、吹き抜けた。
<終>