かさじぞう

年の瀬である。
粗末な家に住む貧乏な夫婦、睡骨と煉骨はせっせと笠を編んでいた。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
無言である。
何しろ粗末な家なので大掃除するほどの家財もないし、何しろ貧乏なので歳末売り尽くしセールにも行けない。
ので、こうして家業の笠作りをするくらいしかすることが無い。
「………………」
「…………何か喋れよ」
しんしんと雪の降り積もる音だけしかしない無音に耐えかね、睡骨がおもむろに口を開いた。
「話すネタも特に無い。口より手を動かせ」
そう返す煉骨の手元では数秒に一個の速度で笠ができあがる。
「もう材料が残ってねぇんだよ! 誰かさんが配分考えずに作るもんだからな!
ギネスでも狙ってんのかてめぇ」
唯一の暇つぶしを失ってしまった睡骨は煉骨を睨みつけ苦悶の声を上げた。
「材料がない?補充してこい」
「できるか!みんな雪の下だよ!」
信じられないほど大量に用意していたはずなのに、この野郎ときたら年が明ける前に使い切ってしまった。
煉骨も最後の笠をささっと作り上げると、手持ち無沙汰になってふうと息をつく。
「家計のやりくりがヘッタクソな女房持っちまったせいで……」
ぽつりとこぼれた煉骨の小言を、睡骨は聞き逃さなかった。
「ちょっと待て、聞き捨てならねぇぞ。大体、俺はてめぇと夫婦設定な時点でムカついてんだ。
その上に俺が女房?嘘だろ、そこだけは譲れねぇよ」
「ああ?そりゃこっちの台詞だぜ睡骨よ。むしろ俺というできた亭主を持てることに感謝するべきだ」
「ふざけんじゃねぇ!俺が亭主だ!!」
性転換だけは嫌だと言い張る睡骨に、煉骨は口端を吊り上げた。
「ふん、そこまで言うなら譲ってやるよ。……つまり、お前が笠を売り歩く役だな」
「………………え」
煉骨は家の中に山積みになった大量の笠を指差す。
「売るのはじいさまの役目だ。いってらっしゃい」
「ちょ、待て、待て。外すごい雪だしもう夕方だし……」
「だから何だ。たとえ天候が悪くても、時間的にありえなくても、笠は売らねばならん。行け、死ぬ気で売れ」
言うが早いか、煉骨は睡骨と大量の笠を外へ放り出した。
ぴしゃりと戸を閉めつっかえ棒をし、閉め出した後で付け加える。
「笠を売った金で酒とつまみ、それとテレビを買ってこい。
歌合戦や『笑イヲ禁ジル』が見れれば時間つぶしにもなるだろう。なぁに、接続は俺に任せろ」
「うっわー頼りになるぅ……」
轟々と吹きすさぶ吹雪の中、睡骨はガタガタと震えた。
「ぼ、ぼぼぼ防寒具をくれ。村につつつつつ着く前に死ぬ。それくらいの、おじおじ、おじ、お慈悲を」
戸のむこうで女房の舌打ちが聞こえたかと思うと、窓から厚めの上着が投げられた。
慌ててそれを着込み、睡骨は急いで散らばっている笠を拾い集めてソリに載せた。
「何だよこの量……需要と供給のバランスが悪すぎるだろ……笠だぞこれ」
賭けてもいい。絶対に売れない。なぜうちの家業はこれなんだろう。
ずるずるとソリを引きずりながら遠く村を目指す。
村に着くと、睡骨は声の限りに叫んだ。
「笠はいらんかねー!笠ぁぁぁぁああ!欲しい人ぉぉぉおお!!」
誰一人振り向かない。皆、今年最後の買い物を終えて家路を急ぐ者ばかりだ。
「笠だよぉぉぉおおおお!?いかがっすかぁぁぁあああ!!」
必死の形相で笠を売り歩く可哀想な大人の男を、道端で小さな女の子が眺めていた。
「お、お嬢ちゃん……笠買わねぇかい?い、一個で良いんだよ?」
顔に隈取(くまどり)模様の恐ろしい男が笠を手に迫ってくる。女の子はぎゃあああと泣き出した。
すぐに母親が駆けつけて睡骨に罵詈雑言を浴びせ、女の子を抱えて逃げていった。
気づけばもう、外にいるのは睡骨だけだった。店仕舞いされた商店街からは明かりが消えていく。
「笠……笠、いらんかね……」
人の姿を求めて町中を徘徊するも、もはや野良犬くらいしかいない。
こうなったら訪問販売しかない。
手当たり次第に家々の戸を叩き、笠を買ってくれと懇願する。
「うち、間に合ってますんで……」
「え、今買うとおまけにもう一個?いりません」
「あんた、商売舐めとるんか」
「しつこいです、警察呼びますよ?」
ことごとく拒否されてしまった。
目に付いた家という家を訪問した結果、一個も売れずに終わる。
少しも軽くならなかったソリを引きずって、睡骨はトボトボと家路についた。

「大兄貴ー、飽きた」
「飽きたな、寒いしな」
「立ちっぱって苦行だぜ……」
「俺、腹減った」
「ぎし」
道端に佇む蛇骨、蛮骨、霧骨、凶骨、銀骨。何かにご利益があるはずのお地蔵さんである。
「つーか、雪めっちゃ積もってるんですけど。埋まりそうなんですけど」
「誰か雪かきにでも来いよなー。そういうの新年明けてからでいいやって感じか、罰当たりな庶民どもめ」
「酒と女、お供えして欲しいなぁ」
「俺、腹減った」
「ぎっし」
五人のお地蔵さんがぶつぶつと文句を並べていると、猛吹雪のむこうに人影が見えた。
「ん?あれって睡骨じゃねぇ?」
「本当だ、やっと帰ってきた」
行きにも姿を見かけたが、今遠目に見ても、ソリの荷物が減ったようには見えない。
睡骨はゆっくりとした速度でようやくお地蔵さんたちの元へ辿り着くと、ぜぇはぁと息を整えた。
「ちょっと休憩しよう……」
早く帰りたくはないようだ。
睡骨はお地蔵さんたちに気がついて目を瞬かせる。
「ん?そういやぁこんなとこに地蔵さんもあったっけな。どれどれ、お供えもん……」
「供えてくれるのか?良い庶民だ」
「ちっ、何にも供えられてねぇや。何かあったら持っていこうと思ったのによ」
「ひどい庶民だ」
蛮骨の怒りによって彼の周りの雪だけが融けた。
睡骨はお地蔵さんに向かい合うように腰を下ろすと、深々とため息をついた。
「帰りたくねぇ」
「けど、そこにそうしていると死ぬぜ?」
霧骨が言い放つ。石でできている彼らには寒さなどどうって事ないが、人間には命に関わるだろう。
「何かあったのかよ」
蛮骨はやれやれと睡骨の隣に座り、肩を叩いてやる。暇つぶしくらいにはなるかと思ったのだ。
他のお地蔵さんもどれどれと腰を下ろし、睡骨を囲んで話を聞く体勢になった。
「女房が……怖くて」
睡骨の声が震え、ぽろりと涙が零れた。これにはお地蔵さんたちもぎょっとする。
「お、おいおい、本当に大丈夫かよ」
「弁護士呼ぶか?」
「そんな金……ねぇよ……」
肩を落として寒さとは別のものに震える睡骨に、蛮骨たちも哀れみを感じ始める。
睡骨はぽつりぽつりと身の上を話して聞かせた。
貧乏で食べ物も酒も買えないこと。やることといったら笠作りくらいなこと。
その笠作りもできなくなったこと。煉骨に笠売りを強要されたこと。外に放り出されたこと。
変質者扱いされた挙句、笠が一個も売れなかったこと。
「かわいそうに」
「かわいそうにな」
「かわいそうだぜ」
「腹減った」
「ぎし……」
「こうなったら、どこか裕福なご家庭からテレビを頂戴するしか……」
睡骨は懐から愛用の手甲鉤を取り出した。
「待て、待つんだ睡骨よ。それはいけない。大晦日に流血はいけない」
さすがの蛮骨も押し留めた。ただでさえ少ない村の人口を減らされては、お供え物がまた減ってしまう。
「でもっ、テレビ持って帰らねぇとっ……きっと家に入れてもらえねぇよぉ」
どうやらテレビに並々ならぬ執着があるようだった。
「テレビはやれないが……これなら」
蛮骨は懐から紙切れを出して渡した。一枚の宝くじ券だ。以前、なぜかお供えされた物である。
食べ物などを期待していた睡骨は少しがっかりしたが、ありがたく受け取った。
「へへ、せめて夢くらいは見させてもらうか」
睡骨は少しだけ元気を取り戻し、立ち上がる。
お地蔵さんたちが雪まみれなのを見て、彼らの頭や身体の雪を払ってやった。
「俺にはこんなことしかできねぇけどよ。いつか大金持ちになるまで待っててくれよ」
ソリから笠を下ろし、彼らの頭に被せる。大量に余っているので一人につき三つ被せ、さらに足元を覆うように設置した。
「良いのかこんなに」
「良いんだ、話を聞いてくれてありがとよ、お地蔵さん」
最後に手を合わせ、睡骨は再びソリを引いて家への道を進み始めた。
その背を見送る五人は、無言で顔を見合わせた。

睡骨が自宅の戸口を叩く。
「おーい、帰ったぜ。開けろ」
「その前に出すもん出しな」
「開けてくれねぇと出せねぇよ」
煉骨がしぶしぶ戸を開ける。最初にソリを確認し、在庫が減っているのを確かめる。
「少しは売れたみてぇだな」
「……いや、売れなかった」
「は?」
「一個も売れなかったぜ。だから帰り道のお地蔵さんにくれてやった」
煉骨が目にも留まらぬ速さで砲筒を構えた。
「冗談は顔だけにしやがれよ睡骨。餅は、酒は、テレビは」
「ねぇよ」
睡骨はいつでも砲弾を避けれるように呼吸をはかる。
「はっ、意味がわからねぇぜ。てめぇの商売下手は百歩譲って理解できるとして、地蔵にやったってぇのは何だよ」
「お地蔵さんが寒そうにしてたんだよ」
「どこでそんなフェアリーな思考が身についたんだ、ああ?」
どかんと一発。
睡骨は瞬時に飛びのいて避けた。大量の雪が舞い上がり二人の姿を覆い隠す。
「俺に侘びながら死にな!」
「こっちの台詞だぜ!」
互いの姿が見えない中を、死角からの応酬が繰り広げられる。
息もつかせぬ戦闘が続くこと、およそ一刻。
家の周りの地面はえぐれ、ソリと笠は巻き添えを食って大破していた。
二人は寒さのあまり身体がろくに動かなくなり、一時休戦と称して家の中に戻った。
家の端と端、もっとも遠い位置にうずくまり、互いが視界に入らないように無視を決め込む。
それからどれほどそうしていただろうか。
除夜の鐘の音が聞こえてきた。知らないうちに年が明けていたらしい。
その音を聞きながら、二人は虚しい気分に(さいな)まれた。
皆が年越しを楽しんでいるときに、殺しあっている自分たちは何だろう。
「……睡骨」
遠くのほうから煉骨の声がする。
「……何だよ」
「今年は、別の家業にも手ぇ出してみるか」
「へっ、どの道、笠はさっきので粉微塵になっちまったしな……」
悪くないかもしれない、と睡骨は苦笑をこぼした。
雪の降る音だけがする。静かな夜だ。
ざっ。
ざっ。
突然聞こえた物音に、二人は身をすくませた。
ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。ざっ。
規則正しい物音は少しずつ近づいてくる。
「な、何の音だ……?」
睡骨はそろそろと戸口に近づいた。見ると煉骨もそこにいる。
二人そろって、窓の隙間から外を見た。

「ふー。やっと着いたぜ」
蛇骨が額の汗をぬぐう。雪で歩きにくい上に、自分たちの身体は重くできている。ここまで来るのが一苦労だった。
「遅かったか……」
蛮骨は戸外の惨状を見て睡骨の死を察した。手を合わせて冥福を祈る。
「せっかく持ってきたんだし、これは置いていこう」
ソリに載せた荷を慎重に戸口に置く。
「さ、帰ろうぜ。睡骨もあの世で喜んでくれるさ」
「良い事をした後は気分がいいなぁ」
彼らは踵を返すと、隊列を組んで持ち場へ戻っていった。

窓からその光景を見ていた二人は、彼らの姿が無くなるのを待っておそるおそる戸を開けた。
大きな包みがある。
家の中に運び込んで包みを解き、二人はあっと声を上げた。
「て、テレビ……!」
「ほっ、本物かよ!」
「お、お前、お前接続できるんだろ!?はやく、早く繋げよ!」
「おおおおおお、おう」
煉骨の神がかり的な接続工事により、無事にテレビ環境が整えられた。
スイッチを押すと、バラエティ番組が映し出される。しかもカラーで。
「うぉぉぉぉぉおおおおおすげぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
二人は飛び上がって喜んだ。これは革命だった。
「お地蔵さんありがとう!ありがとう!」
睡骨はお地蔵さんの方角に土下座して額を床にこすりつける。
「た、たまには……良いこともしてみるもんだな」
煉骨もその方向を拝みながら言った。
何のご利益があるのかよく分からなかったお地蔵さん。これからは一生ついていきます。
あなたこそ我がサンタクロース。
その時、テレビ画面に宝くじの当選速報が出された。
「そういえば……」
睡骨がさっき蛮骨から貰った一枚のくじを取り出す。
まあ当たってはいないだろう。もともと誰かが置いていったものらしいし。
司会者が当選番号を読み上げる。
睡骨は、しばらく自分の呼吸が止まっていることに気づかなかった。
「れ、煉骨……」
「なんだ」
「三億両……当たった」

長い冬が過ぎて春が訪れる。
煉骨たちは村の一等地に豪邸を建設し、海外からも注目を浴びる笠ブランドを立ち上げた。
速さ、丈夫さ、デザイン性を兼ね備えた笠は世界各国から引く手あまたで、彼らはたちまち日の本が誇る億万長者の一人に名を連ねることとなった。
二人は例のお地蔵さんを豪邸近くに移し、こちらにも三食に酒と風呂付きの贅沢な社を建てて、毎日お参りを欠かさなかったという。
あの信仰心の篤さが成功の鍵だったのだと、村人たちは噂する。
ちなみに、大晦日の晩に村の庄屋の家に五人組の強盗が押し入り、なぜかテレビだけ担ぎ出して逃げていったという話は、誰もあずかり知らぬことである。

<終>

 

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