大人か子供か

戦を明日に控えた日の夜。
煉骨と睡骨は、蛮骨の部屋に呼び出されていた。
戦に関する大切な話があるということで。
向かい合って座す二人に、蛮骨は告げた。
「明日の戦に出るのはどっちか一人でいいから」
「え?」
唐突な宣告に、二人とも目をしばたたかせる。
「今日、城主に呼び出されてな。
七人総出するほどの大きな戦じゃねぇし、そもそも全員雇えるだけの金がないと言われた。
だから一人減らしてほしいんだと。という訳で、お前らのどちらかには留守番しててほしいんだ」
何でもないことのように、首領は言う。
「ちょっと待ってくれ。 留守番なら凶骨でも霧骨でもいいだろ?いつもそうだし…」
不満げな睡骨に、蛮骨は苦笑を返した。
「最初はあいつらにも頼んだんだ。
でも、こういう時にいっつも留守番を食らうのが俺たちなのは不公平だって言われてよぉ」
ああなるほど確かになぁと、蛮骨も少し思ったわけで。
「な、だから今回は煉骨か睡骨のどっちかってことで」
にこりと笑う蛮骨から察するに、これは逆らってはいけないのだろう。
そう直感した二人は、それ以上文句を口にすることなく部屋を出た。
部屋の襖をピシリと閉めたところで、煉骨と睡骨の視線が交差する。
二人は睨み合いながら、隣の部屋へ移った。
「俺が戦に出る」
部屋に入るなり、開口一番、二人同時にそう言った。
きれいに重なってしまった声にますます眉を吊り上げ、再び沈黙が訪れる。
「まぁ座れ。落ち着いて話し合おう」
やっと口を開いた煉骨が床に座ると、睡骨も向かい合って胡坐をかいた。
しかし二人とも「話し合う」気などない。
相手をうまく言いくるめて自分が参戦しようという魂胆のみが、双方の頭で渦巻いていた。
なにしろ、明日の戦を楽しみに準備も万端だったのだ。
いくら首領命令でも、「じゃぁ俺が残ってやる」とは言えない。
「俺が出る。煉骨はゆっくり書物でも読んでたらどうだ?蛇骨の邪魔もはいらねーしよ」
「いいや、俺が出る。新しく改造した銀骨の性能を確かめたいからな」
「確かめなくても大丈夫だろうよ。何なら俺が帰ってから感想を教えてやらぁ」
「いいや結構。お前こそ、医者に薬の調合でもさせておいたらいい」
睡骨の眉間に皺が立つ。
「医者は関係ねーだろ。とにかく、今回は俺が出る!」
「俺が出るって言ってるだろ!」
「いいからテメェは家で寝てろ!!」
「それはこっちの台詞だ!!」
語調が次第にきつくなってゆく。
睡骨はとうとう煉骨の胸倉を掴んだ。
すると煉骨も睡骨の胸倉を掴む。
「俺は久々の戦を楽しみにしてたんだ!!絶対俺が出る!!」
「俺だって心待ちにしてたんだ!!出るのは俺だーー!!!」
叫び、取っ組み合いながら二人は暴れた。
狭い部屋が揺れているのにも、気付かないでいた。

眠りに着こうと布団を敷いていた蛮骨は、隣の部屋から聞こえてくる激しい物音に眉をひそめた。
時折叫び声や鈍い音が壁越しに伝わってくる。
何度か、部屋が揺れた。
(蛇骨の野郎か……?)
普段、こんなに騒がしいのは蛇骨だ。
喧嘩をしているのなら、相手は霧骨あたりだろうか。
何にせよ、自分たちが今使っている空き家は相当古い。
早く止めなければ家が崩れる可能性があった。
(明日は戦だってのに、早く寝かせてくれよなー)
内心で呻きながら、廊下に出て隣の部屋の襖を開ける。
そして、呆気に取られてしまった。
部屋にいたのは、蛇骨でも霧骨でもなかった。
大の男が二人、互いを掴みあいながら暴れている。
二人は蛮骨に気付かずに争いを続けていた。
睡骨が煉骨を壁に叩きつけ、部屋全体が大きく揺れる。
それで蛮骨ははたと我に返った。
「おまえら……!」
しかしその声にも気付かれない。
どたばたという騒音に混じって、常ではそうそう聞かない罵り合いが行き交う。
家が本格的に壊れそうなので、蛮骨は慌てて止めに入った。
「おいお前ら!何やってんだよ、落ち着け!!」
二人を引き離そうと手をかけた蛮骨を、煉骨と睡骨がギロリと睨みつける。
「ガキが大人の喧嘩に口出すんじゃねえ!!!」

沈黙が、訪れた。

怒鳴った先の人物を改めて確かめ、煉骨も睡骨も真っ青になった。
「お…あに…き……?」
顔を俯けた首領が、そこにいた。
ふるふると肩を震わせ、その震動が、着物を握っている手から伝わってくる。
それまでの喧騒が、ぴたりと止んでいた。
ゆっくりと蛮骨が顔を上げる。
射抜くような氷の眼差し。それは常々、これから殺そうとする相手に向けるもので。
二人はそれを承知しているので即座に逃げようとしたのだが、やはり叶わなかった。
蛮骨が二人の身体を一斉に床に叩きつける。
家全体が揺れ、床が割れたのではと思われた。
伸びた睡骨を踏みつけ、煉骨の胸倉を掴みあげる。
「今、何て言った?思いっきり喧嘩売られたような気がしたんだが」
蛮骨の顔には素晴らしいほどの笑顔が張り付いている。
煉骨は必死に首を振った。
「ち、ちがうっ…今のは間違いで…口が滑ったというか……!」
「口が滑ったぁ…?」
煉骨はもう言葉が次げなかった。 正式には、できなかった。
蛮骨はそれ以上何も言わずに、睡骨ともども煉骨をボコボコにし、荒縄でギリギリと縛り上げたのだった。
そこへ、騒ぎを聞きつけた蛇骨がやってくる。
蛮骨が男二人を器用に縛っているのを見て、なぜか目を輝かせた。
「おおっ、大兄貴もついにそーゆうのに目覚めたんだな!!」
「はぁ?」
呆れた様子で蛇骨を見やり、蛮骨は睡骨たちに視線を戻す。
「で、何が原因でああも争ってたんだ」
「明日の戦にどっちが出るかで……」
睡骨が小さな声で言う。
蛮骨が深いため息をついた。
「お前ら、いい年してそんなことで…」
二人も返す言葉がなく黙っている。
「少しは反省しやがれ。罰として今日は一晩そのままな。明日の戦も、二人とも留守番だ」
「ええっ!?それじゃあ報酬が一人分減っちまうぜ」
煉骨が言うが、蛮骨は首を振る。
「仕方ないだろ、お前たちに思い知らせるためにも、こうするしか…」
涙を拭うふりをして、蛮骨はとっとと部屋を出て行ってしまった。
あとには、縄で縛られ芋虫状態の男二名がむなしく転がっていた。


翌日、煉骨と睡骨を残して七人隊は戦へ向かった。
「ほんとに二人とも置いてきちまって良かったのか~?」
蛇骨の問いに、憮然と蛮骨は返す。
「あの馬鹿ども、ちったあ頭冷やしゃいいんだ」
煉骨と睡骨なら、大丈夫だと思ったのに。
しっかり話し合いでも何でもして、穏便に事が纏まるだろうと思っていた自分が情けなかった。
――― 一方、残された二人は。
縄を解いてもらえたのは良いものの、狭い家の中に昨日散々殴りあった相手と二人。
気まずい。
しかし、このままでもいられない。
睡骨は酒を持って煉骨のもとへ行った。
酒でも飲んで談笑すれば、すぐに仲は回復するはず。 ここは自分が大人になってやろう。
「ほら、酒につきあえよ」
「……おう」
しばらくは、無言が続いていた。
「やっぱり俺が行くべきだった」
僅かに酔いが回ってきた頃、唐突煉骨が口を開く。
「…は?」
「だから、話し合うも何も、俺が行くべきだったのは最初から決まりきってたんだよ。
俺は七人隊の副将なんだからな。それに比べお前は平隊員。留守番ときたらお前が残るべきだ」
「なんだと!? そんなのは納得がいかねえ!大体、いつからお前が副将になった?
いつの間にか副将っぽいポジションにいたってだけだろうが!
それを言うなら年長の俺が行く方が断然良いに決まってる」
煉骨が、僅かに赤くなった顔で眉をつりあげる。
「いつも金勘定やらなんやらで苦労してるのはこの俺だ!こういう時くらい俺の意見を尊重したっていいだろう!」
「金勘定つったって、結局一番金つかってんのは煉骨じゃねーか!!
くだらねえ実験やら改造やらでよぉ」
「なにを!!テメェだってころころ医者と交替して、迷惑かけてんじゃねーかよ!!」
とうとう、二人は杯を投げ出して立ち上がった。
双方睨み合って、掴みかかる。
「やっぱテメエとは決着つけねーと気がすまねぇ!!」
「ふん、お前が腕っ節で俺に適うのかよ!」
仲直りの酒宴のはずが、昨日と同じ展開になってしまった。
誰もいないことを良いことに、二人は手加減なしに思い切り暴れまわった。
img414

夕方。
戦から疲れて帰ってきた五人が見たのは、半分無くなった家だった。
ただでさえボロだった空き家が、かなり風通しの良い状態でそこにある。
「………」
「おおあにき…」
無言の蛮骨に、蛇骨が恐る恐る話しかける。
蛮骨はずんずん歩いて、家に入った。
居間に、煉骨と睡骨が横たわっている。
ぜえぜえと息をし、全身痣だらけだ。
蛮骨の姿を認めると、二人ははっとして身体を起こした。
気付いたら、家がひどい有り様になっていた。もはや言い訳などできる状況ではない。
(やっちまった…)
(今度こそ殺される…)
そろそろと顔をあげると、にっこり笑った蛮骨と目があった。
「ただいま、今戻ったぜ」
「お、おかえりなさい」
試しに煉骨も笑い返してみる。
が、次の瞬間、脳天を貫くような衝撃に襲われた。
二人同時に、殴られていた。
「テメェらは、何度言っても……!!過ぎたことでいつまで喧嘩してんだ!!
これ以上続けるなら隊から追放するぞオラッ!!」
言いながら、攻撃の手も緩めない。
「ぐはっ……すまね…兄貴、もう…しね…から」
壁が無くなって部屋の様子がよく見える。
そんな庭の木の枝にとまる一羽のハヤブサ。
自分よりも随分年下の首領から説教食らっている主の姿を、冷ややかに眺めている凪の姿がそこにあった。

<終>

「樺炎樹」の刹那さんとの合作企画小説です!!
私が小説を書き、刹那さんには挿絵を描いていただきました!!
ぎゃぁ~もう、素敵です(><)
刹那さんありがとうございました、またやりましょーね!!

【読み物へ戻る】