さるかに合戦

「あぁ~、腹減った…」
空腹の蛇骨が、低く唸りながら道を歩いている。
ぐぅぐぅと鳴る腹を押さえて、食べ物はないかと視線を彷徨わせていると、道の脇に小男が座っているのを見つけた。
「ん?ありゃあ霧骨の野郎じゃねぇか?」
そろそろと近づくと、霧骨は昼飯のおにぎりを食べようとしているところであった。
きらりと、蛇骨の瞳が光る。
霧骨がおにぎりに手をつけようとした瞬間、彼は目にも留まらぬ速さでそれを掠め取った。
一瞬にして目の前から消えたおにぎりに、霧骨は目を丸くする。
「れ……?俺の握り飯…」
横を見ると、蛇骨がおにぎりを持ってニヤニヤ笑っているではないか。
「あっ、てめぇ! 俺の飯を返せ!!」
「やだね、俺、腹が減って倒れそうなんだもんよ」
手を伸ばす小男をすり抜け、おにぎり片手に蛇骨は走り去って行った。
「ちきしょう、あの野郎!! いつも俺の飯を横取りしやがって!!」
霧骨が地団駄を踏んでいると、そこへ顔見知りの煉骨がやってきた。
彼は頭脳明晰で頼りになると聞いていた霧骨は、急いで彼にすがりついた。
「煉骨どん、助けてくれぇー!」
「わっ、霧骨どん!? どうしたんだ!」
「それがよう、斯く斯くしかじかで……」
半泣きで訴える霧骨の話を聞き、煉骨は眉をひそめた。
「なるほど、問題児の蛇骨がまたやりやがったのか…」
「そうなんだよ! 煉骨どん、あんたを見込んで頼みがある!
あいつを一つぎゃふんと言わせてやってくれ!」
「……だが、それをして俺に何の得がある?」
「成功したら、たんまりと報酬をくれてやるよ!」
「なに、本当か」
煉骨の口の端がつり上がる。
「いいだろう、俺が蛇骨をこらしめてやる」
不適な笑みに、霧骨は顔を輝かせた。

道の向こう側から、蛇骨がやってくる。
今し方奪ったおにぎりを片手に、上機嫌だ。
待ち伏せていた煉骨は、笑いながら蛇骨に近づいた。
「おや蛇骨どん、いやに機嫌が良さそうだな」
「わかるかい煉骨どん。ほら、これを拾ったのさ」
蛇骨は握り飯を掲げてみせる。
(ふん、拾ったんじゃなくて、奪ったんだろうが)
心の内で毒づき、しかし煉骨は人の良い笑みを浮かべる。
「それは良かったな。
だが、俺も良いものを持っているんだ」
「良い物?なんだい?」
蛇骨は瞬きをして首を傾げる。
見たところ、煉骨は手ぶらの様子だ。
「ほら、これさ」
煉骨は懐から、小さなものを取り出した。
「これは柿の種だ」
「柿の種?」
「そうさ。なあ蛇骨どん、その握り飯とこの柿の種、交換しないか?」
「え、嫌だよ。柿の種をもらったって、何も出来ねぇじゃんか」
顔をしかめる蛇骨に、煉骨はフッと笑った。
「そんなだから、皆から馬鹿にされるんだぜ。
よく考えてみろ。その握り飯は一回食べたら終わりだが、この柿を育てて木にすれば、毎年美味しい柿が沢山食えるんだぜ」
「おおっ、なるほど!それは良い物だな!!」
「だろう?交換してくれるかな」
「そんな良い物と交換してくれるなんて、煉骨どんは心が広いな!」
蛇骨はにこにこと笑って、おにぎりを差し出した。
引き換えに、煉骨は柿の種をその手に落とし込む。
「じゃ、ありがとな~!!」
種を片手にぶんぶんと手を振り、蛇骨は家へと駆け出していった。
微笑んでその背を見送っていた煉骨だが、しばらくするとその笑顔を引っ込める。
「……馬鹿な野郎だ。
朝顔だってきちんと育てられないくせに、柿の木なんて育てられるもんか」
フッと冷笑し、煉骨はおにぎりを頬張った。

軽い足取りで戻ってきた蛇骨を、待っていた蛮骨が出迎えた。
「蛇骨、食い物は手に入ったか?」
「おう、ほらみろ!」
自慢げに見せられた一粒の種に、蛮骨は一瞬言葉を失う。
「ええと……それは?」
「柿の種だ!」
きっぱり言い切る蛇骨。蛮骨は深いため息を吐いて肩を落とす。
「そんな落ち込むことじゃねぇぜ!
これを育てりゃ、毎年沢山、美味しい柿が食えるんだって、煉骨どんが言ってたんだ!」
「煉骨からもらったのか」
「ああ! なあ、さっそく庭に埋めようぜ!」
「それよりも俺、腹減った…」
「いいからいいから!」
うめく蛮骨の手を引っ張って、蛇骨は庭に穴を掘り始める。
その中に、柿の種を埋めて、また土をかぶせた。
「どれくらいで実がなるかな?」
「さあ、一年二年じゃならねぇと思うが」
「えぇー。
そんなに待ってたら、飢え死にしちまうよ…」
早く育ってくれぇー、と土中の柿の種に懇願する蛇骨。
その様子がなんとなく不憫に思えて、蛮骨も柿の種に向かって呟いた。
「おい種。てめぇ早く芽ェ出さねぇと、叩き割るぞ」
その声が天に届いたのか。
勢いよく、地中からぴょこりと芽が出てきた。
「おおっ、兄貴、芽が出たぜ! すげえ!!」
「おう、やってみるもんだな。
じゃ、あとはお前が責任もって育てるよーに」
ひらひらと手を振って、蛮骨はさっさと食料をとりに出かけていった。
柿の芽を眺めて、蛇骨はうーんと唸る。
「育てるっていってもなぁ。
俺、朝顔も育てられたことねぇんだけど……」
頭を抱えて、どうしたら上手に美味い柿ができるかを必死に考える。
「大兄貴がやったみたいに、してみようか」
蛇骨は声を低くして、柿の芽に語りかけた。
「おい芽。てめぇ、さっさと木にならねぇと、俺様の蛇骨刀でちょんぎるぞ」
びくりと、芽が震えたような気がした。
瞬間、柿の芽がぐんぐん伸びる。
太さを増し、天をつくほど伸びた柿は、三分もしない内に立派な木になった。
「すげぇ!!」
季節を無視してあっという間に成長した木に、蛇骨は感嘆している。
「よっしゃ、あとは実を付けさせるだけか……
おい木!早く実ぃつけねえと、燃やして灰にしちまうぞ!!」
木の幹が大きく震えた。
ポンポンと、赤い実をつけていく。
「やったぁ~!!」

ちょうどそこへ、煉骨が通りかかった。
小躍りしている蛇骨に気付き、目を剥く。
(なんだと!? 柿がもうあんなに……!)
「よぉ~し、さっそく食うぞ~!」
よいしょと、蛇骨は幹に足をかけている。煉骨は慌てて駆け寄った。
「蛇骨どん! そんな登り方じゃあ駄目だ。
柿の木にはちゃんとした登り方があってな、それを守らないとすぐに枯れてしまうんだ!!」
「えっ、そうなのか!? 煉骨どんが言うならそうに違いねぇ!」
蛇骨はぱっと木から飛び降りる。
煉骨はにこやかに進み出た。
「変わりに俺が取ってきてやろう。蛇骨どんはここで待っててくれ」
「本当か! なら頼むよ、煉骨どんは本当に良い人だぁ~」
目を輝かせて蛇骨が見つめる前で、煉骨は幹に足をかける。
柿の実がなっているのは、遥か上だ。
(ちっくしょー!
どんな方法使ったか知らねぇが、こんなにデカくしやがって……
登るのも一苦労じゃねぇか!)
心中で毒づきながら、彼はひたすらに登り続けた。
やっと実のある箇所まで辿り着き、煉骨は汗を拭きながら赤く熟れた柿を手に取った。
「どれ…」
一口食べてみる。
「う、うめぇ!!なんて美味い柿なんだ!!」
夢中で食べていると、遥か下にいる蛇骨が大声で呼びかけてきた。
「おぉ~い、上に着いたなら、早く俺にも柿を落としてくれよー!」
ちっと舌打ちして、煉骨はまだ青い柿を下に放る。
「おぉ~い! これはまだ青くて食えねぇよー!
赤いのをくれよー!」
米粒のように見える蛇骨が、必死に手を振っている。
「ふん、誰がてめぇなんかにやるもんか。てめぇにはこれをお見舞してやるぜ」
木の枝の上で、煉骨は砲筒を構えた。
「今から柿を落とすからなー! しっかり受け取れ!!」
言うなり、発射する。
「おーう!!
え……あれ、柿――」
空を仰いでいた蛇骨に、落下してきた砲弾が直撃した。
「ぐほぁ!!」
半径二百メートルが、焼け野原と化す。
どういうわけか柿の木は無傷でそこに佇み、煉骨は一仕事を終えた顔で木から下りた。
大量に収獲した柿の実に口の端を上げる。
「これは銀骨への土産にしてやろう。よし、さっそく霧骨の野郎に報告に行くか」
足取りも軽く、彼は焼け野原を後にした。

食料調達から帰った蛮骨が見たのは、焼け野原にぽつんと生えた柿の木だった。
「あれ、道間違えたかな…家はどこだ?」
多分ここで合ってると思うのだが、家が影も形もない。
辺りは円形に焼け焦げている。
眉を寄せる蛮骨の目に、黒い塊が映った。
その姿を認めて、彼は目を剥く。
「蛇骨!?」
焦げ跡の中央に横たわる蛇骨は、いい具合に焦げていた。
「おいっ! しっかりしろ、何があった!?」
こほっと黒い息を吐き、蛇骨はのろのろと目を開ける。
「れ、煉骨どんが落とした柿の実が、破裂した……」
「馬鹿っ、柿が爆ぜたくらいで家が飛ぶか!!
ちくしょう、あの野郎…!」
歯噛みした蛮骨は蛇骨を抱え、走り出す。
自分たちの家は無くなってしまったので、近所の睡骨の家に駆け込んだ。
「睡骨! 手を貸してくれ!」
「な…どうしたんだ?」
迎えた睡骨も、蛇骨の有り様に言葉を失う。
何かあったのかと、凶骨も顔を見せた。
急いで布団を引き、そこに蛇骨を横たえる。
「こりゃあひでぇな…何があったんだ?」
「煉骨の仕業だ。
あいつが砲筒を打ち込んだに違いねぇ」
蛮骨の言葉に、二人は唸る。
「とうとうやりやがったか…」
「いつか裏切るんじゃねぇかと思ってたが…」
「同じ村の住人として、裏切りは許されねぇ。
蛇骨の敵討ちも兼ねて、制裁してやろうじゃねぇか」
「おう!」
蛮骨、睡骨、凶骨の三人は団結して手を取り合った。

「よし、じゃあ段取りの最終確認だ」
「蛮骨の大兄貴は囲炉裏に隠れる。俺は水瓶の陰。凶骨は屋根の上だぜ」
「よし、じゃあ隠れて煉骨の兄貴が変えるのを待とう」
三人は所定の位置で待っていると、程なくして煉骨が帰ってきた。
「今日は冷えるな。早く火を焚こう」
手をこすりながら囲炉裏に手を伸ばす。
と、その陰から蛮骨が飛び出した。
「くらえ! 蛇骨の仇!!」
蛮竜を薙ぎ払い、目を剥いた煉骨の身体を吹っ飛ばす。
彼の身体は、見事に水瓶にはまった。
「うおっ!? ぬ、抜けねぇ!!」
もがく煉骨を、飛び出した睡骨がぷすりと刺す。
「ぎぃやあああああ!!」
叫んだ拍子に瓶が割れ、自由になった煉骨は慌てて外に飛び出した。
タイミングを見計らって、凶骨が屋根から飛び降りる。
煉骨は哀れにもその下敷きになってしまった。
「よっしゃあ! 大成功!」
凶骨の下で、煉骨は潰れた蛙のような声で呻く。
「お、俺じゃねぇ…
俺は、霧骨に…頼まれ……」
「問答無用!!」
その後も、蛮骨と睡骨、凶骨による徹底的な畳み掛けが続いたのだった。
「ぎし、煉骨の兄貴…?」
夕方近くに農作業から帰った銀骨は、軒先に吊るされた痣だらけの煉骨に首を傾げた。
「よぉ、銀骨…
へへへ、もうどうにでもなれ……」
彼は泣きながら笑っている。
楽しいのか悲しいのか分からず、戸惑った銀骨は、とりあえずぎしぎしと笑いかけた。
二人のシルエットが、夕闇に消えていく。
頭上でカラスが、あほーと鳴いていた。