川の中で魚を二匹三匹と捕まえていく蛮骨は、ふと顔をあげ斜め前方向にいる少女を見やった。
先ほどから何度か水音は響いているのだが、捕まえた気配はない。
「もーっ、何で上手くいかないのかしら……」
むくれながらも、かごめは再度足元に狙いを定める。
慎重に、タイミングを計っている。
(今だ)
蛮骨が思った瞬間、かごめはえいっと川に腕を突っ込んだ。
「あっ、()れた!」
しっかりとした手ごたえを感じて、少女は歓声をあげる。
が、その直後、彼女はつるりと足を滑らせた。
「あっ―――!!」
かごめの身体が大きく傾く。水を被ることを覚悟して、彼女はぎゅっと目を瞑った。
しかし、意に反して傾いた身体が途中で止まる。
はっと目を開いて背後を顧みると、後ろに回った蛮骨が肩を支えていた。
「蛮骨…?あ、ありがとう……」
「まったく、危なっかしいな」
ふぅと息をつき、蛮骨はかごめの体勢を直すと身体を離した。
「あ、魚逃げちゃった…」
抱えていたはずの魚がいない。驚いた瞬間に放り投げていたのかもしれない。
肩を落とすかごめに、蛮骨は小さく笑った。
「仕方ないだろ。もう一回やってみたらどうだ」
「そうね」
かごめも笑って返す。
二人が並んで川に向かっていると、森の中から蛇骨から逃げてきた犬夜叉が現れた。
かなり近い位置にいる二人を認めて、犬夜叉は憤慨(ふんがい)(あらわ)に蛮骨を睨みつける。
「おい蛮骨っ! てめぇかごめに近づくんじゃねえ!!」
叫ばれて初めて犬夜叉に気付いた蛮骨が首を傾げて振り返る。
「はあ? 何言って……」
「いいから、かごめから離れろっ!!」
大した事でもないのに随分と必死な半妖の様子に、何となく得心した蛮骨は肩をすくめて嘆息(たんそく)する。
「犬夜叉、そんな頭ごなしに喧嘩ごしにならなくたっていいでしょ!」
むっとしているかごめの肩を叩く蛮骨。
「気にするな。たぶんあれは焼きもちだ」
「焼きもちなんかじゃねぇーっ!!それと、かごめに触るな―――っ!!」
犬夜叉の怒号が、森に響き渡った。


連れ立って川から戻った五人が見たのは、共同で火を起こしている煉骨と弥勒だった。
珊瑚と雲母、銀骨は傍でそれを眺めている。
「弥勒、何してんだ?」
訝しげに眉を寄せながら、犬夜叉が彼らに近づく。
「なかなか火がつかないので、煉骨に手伝ってもらっているのです。彼は火を扱う技が得意ですから」
瓢箪(ひょうたん)をあおった煉骨は、口から火を噴いて薪に着火した。
「助かりました、ありがとうございます」
「いや」
煉骨はそっけなく返事をして蛮骨たちのもとへ向かう。
びしょ濡れになった七宝が、さっそく焚き火に当たって着物を乾かしにかかった。
「で、どうでしたか。魚は獲れましたか?」
弥勒に問われ、犬夜叉は気まずそうに視線を逸らした。
蛮骨に怒鳴り散らすのに忙しく、魚を獲ることをとんと忘れていたのだ。
かごめもせっかく捕まえた一匹を逃してしまったので、彼らの収獲はゼロだった。
黙り込む犬夜叉に、弥勒は首を傾ける。
「一匹も獲れなかったので?魚がいなかったのですか?」
「いいや、魚はいたぜ。なあ睡骨」
にやにやと笑って蛮骨が見やると、頷いた睡骨は大量の魚が入った網を持ち上げた。
犬夜叉たちが口論している間も黙々と釣りを続けていた睡骨と、蛮骨が最初に獲っていた分をあわせて、かなりの量だった。
珊瑚が据わった目で犬夜叉を睨む。
「どうでも良いことに時間潰してたんだね。どうするの、今日の夕食。
「う……」
半妖の少年は返す言葉もなく小さくなっていく。
かごめが蛮骨と睡骨を振り返った。
「あの、魚をちょっと分けてもらえないかしら…」
言いにくそうに頼んでくるかごめに、蛮骨と睡骨、煉骨は顔を見合わせた。
「別に、いいよな。大漁だし」
「大兄貴に任せる」
睡骨が網を差し出す。煉骨も特に反対はしなかった。
というか、反対したところで聞き入れてもらえる気がしない。
受け取った網をかごめに渡し、蛮骨は気さくに笑った。
「助かるわ。そうだ、良かったら一緒に食べましょうよ。ね、良いわよね、犬夜叉?」
「勝手にしろい」
犬夜叉はフンと鼻を鳴らして顔を背けた。蛮骨たちに魚を恵んで貰わねばならないことに悔しさを感じているらしい。
そこへ、森の方から蛇骨が走ってきた。犬夜叉が顔色を変えて後退る。
「犬夜叉ーっ! なんだよ、ここにいたのかよ!!勝手にいなくなるなよな~!!」
まっすぐ抱きつこうとする蛇骨をかわし、犬夜叉は樹の上へ飛び上がった。
「ずりぃぞ!! 早く下りてこーい!!」
蛇骨の叫び声に耳を貸すこともなく、犬夜叉は安全な枝の上でほっと息をついている。
「くそー…仕方ねぇ、俺だって登ってやる」
蛇骨は太い幹に手をかけ、必死で登り始めた。
じりじりと近づいてくる蛇骨に、犬夜叉は慌てて逃げ場を探した。
「あいつ、犬夜叉のことになると何でもできるようになるんだな」
「恐ろしいヤツだ…」
はぁとため息をつき、付き合ってられないと煉骨は身を翻した。
そのまま銀骨を呼びに樹の向こう側へ向かっていく。
蛇骨と犬夜叉の痴話(ちわ)喧嘩を頭上に聞きながら、残った者たちは魚に串を通して焼く準備を始めた。

日が暮れた暗闇の中に、ちろちろと燃える炎が浮かびあがっている。
ぱちぱちと音を立てる火を囲んで、犬夜叉一行と七人隊の面々は、ともに夕食をとっていた。
蛇骨は変わらず熱い視線を犬夜叉に向けているが、犬夜叉の方は徹底的に無視を決め込んでいる。
しばらく沈黙が続いていたが、ふいに弥勒が口を開いた。
「お酒でも飲みませんか? 魚を貰ったお礼です」
「酒なんかあるのか?」
怪訝(けげん)に犬夜叉が尋ねる。
にやりと笑って、弥勒は懐から酒瓶を取り出した。
「法師さま、いつの間にそんなものを!」
(まなじり)
を吊り上げる珊瑚を適当になだめ、弥勒はそれを蛮骨たちに渡した。
「少ないですが、どうぞ」
「へぇ、こりゃ嬉しいな。皆で飲もうぜ」
杯に酒を注いで、蛮骨は喜んで口にする。
蛮骨の次は煉骨、睡骨へと回り、次に犬夜叉に渡された。
「ほら犬夜叉、飲めよ」
蛮骨が杯になみなみと()いで進めるが、犬夜叉はなかなか口にしない。
「てめぇが()んだ酒なんか飲めるか」
「そんなこと言うもんじゃねぇぜ。今回は戦いはなしって約束だ、敵視することはねぇだろ」
わずかに眉を吊り上げ不満そうな蛮骨を一瞥(いちべつ)し、犬夜叉は酒を見据えた。
飲んでいいものかどうか。
逡巡(しゅんじゅん)していると、蛇骨が身を寄せてきた。
「大兄貴の酒が飲めないなら、俺が注いでやろうか~?」
耳元で囁かれぞくりと身を震わせた犬夜叉は、迷いをかなぐり捨てて一気に酒を(あお)った。
見ていた者たちが声を立てて笑う。
「なんだよ、そんなに嫌がらなくたって……」
蛇骨が拗ねていると、彼らの耳にどん、という音が聞こえてきた。
「ん、何だ?」
皆は音のした方角に首を巡らせた。
だが辺りは真っ暗で何かがある気配はない。
文句なしの晴れ模様だったおかげで星は奇麗に見えているが。
気のせいかと視線を戻そうとしたとき、また同じ音が響いた。
わずかに山の向こうの空が光り、星の姿を薄めた。
蛇骨があっと声を上げて目を輝かす。
「花火じゃねーかぁ?! きっと、山の向こうで花火大会があるんだぜ!!」
「確かに、この音は花火のようだな」
煉骨も頷いて遠方を見はるかす。
かごめと珊瑚も蛇骨と同様に顔を輝かせた。
「花火!? うわぁ~、見たい見たい!」
「うん、花火なんて久しぶりだよ!」
蛇骨と並んで目を凝らすが、音だけでなかなか光が見えない。
どうやら、眼前にそびえる山が邪魔をしているようだ。
大きな山に奇麗に重なって花火が打ち上げられるものだから、肝心な部分が一行からは見えずにいる。
「何なんだよあの山! 邪魔だっつーの!!山っ、どけ!!」
苛立った蛇骨は弥勒を振り向いた。
「法師っ、あの山を吸い込め!」
「む、無理を言うな」
結局、花火が見えることはなかった。音だけははっきり聞こえるのが気に障る。
かごめたちはがっかりしながら夕食に戻った。
「せっかく花火が見れると思ったのにね…」
「花火なんかどうでも良いじゃねーか。どうせ一瞬で終わるんだしよ」
しれっと言ってのける犬夜叉を軽く睨み、かごめは深くため息をついた。

夕食を済ませて樹の反対側に戻った七人隊は、星空を正面に寝転んだ。
「結構美味かったな」
「うん、味気ないモンも、犬夜叉と一緒なら美味しく感じるぜ」
蛇骨の言葉に蛮骨は半眼になる。
「味気ないって言うな。俺と睡骨が獲ってきた魚なのに」
「あー、そうだったの? 悪い悪い」
悪びれた様子もなく笑う蛇骨に、蛮骨もつられて笑った。
ふと視線を巡らせると、立ったままの煉骨が銀骨を眺めながらなにやら考え事をしているのが見えた。
「煉骨、どうした?」
問いかけると彼は僅かに振り向いて、なんでもないと首を振る。
少し気になったが、なんでもないと言うなら聞いても教えてくれないだろうと、蛮骨は目を夜空に移した。
隣の蛇骨はすでに寝息を立てている。
見上げた夜空は澄んでいて、星が瞬く様が良く見える。明日も天気になりそうだ。
涼しくなった風が吹いてきて、蛮骨は心地よさの中で静かに目を閉じた。

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