翌日も、朝から茹だるような暑さに支配されていた。
げんなりとした表情で、顔を洗いに川へやってきた蛮骨は、犬夜叉と鉢合わせた。
「よー犬夜叉…俺ら、今日もここに留まることにしたわ。暑くて歩いてらんねーし……」
別段急いでどこかを目指しているわけでもない。敵は、目の前にいる犬夜叉一行なのだから。
「そうか、俺たちもだぜ…明日あたりにはまた涼しくなってくるだろうって、弥勒が言っててな……」
戦意も湧かずアハハとただ笑っているところに、目をこすりながら蛇骨がやってきた。
「もう大兄貴、置いて行くなよなぁー……ん? 犬夜叉!?」
蛮骨の前にいる犬夜叉を発見し、蛇骨の眠気が吹っ飛んだ。
瞳の輝きからそれを察し、犬夜叉はひくりと息を詰める。
「会いたかったぜぇ~犬夜叉!!お前と離れてた一晩、淋しくて仕方なかったんだからよぅ!!」
(いや、俺よか先にぐーすか眠ってたが……)
心の中でこそりと突っ込みを入れ、蛮骨は蛇骨の餌食になっていく犬夜叉に同情の眼差しを向けた。
そうはいくかと逃げ出す犬夜叉だが、果たして妖怪にも勝る蛇骨の執念から逃れられるものなのか。
「まったく、この暑いのに元気なもんだな。蛇骨は犬夜叉に預けておいて、俺はゆっくりしてよう…」
森の奥へ消えていった二人を見送り、川の水で顔を洗った。
気温とは裏腹に、水はひんやりと冷たい。
昨日のように足を浸けたいとも思ったが、とりあえず彼は朝食のために皆の元へ戻った。
大樹の下で、弥勒と煉骨たちが魚を焼いている。
木の実も見つけたらしく、かごめの敷き物の上に並べられていた。
蛮骨に気付いたかごめが顔を向けてきた。
「蛮骨、犬夜叉は?顔を洗いに行ったから、一緒に帰ってくるかと思ってたんだけど」
「ああ、川で行き会ったんだけどよ。蛇骨に追われてどっか行っちまったぜ」
肩をすくめると、かごめも苦笑した。
犬夜叉と蛇骨を除く面々が朝食を囲み、食事を取る。
魚を食べていると、煉骨が懐からある物を取り出して蛮骨に見せた。
手のひらより大きめの、玉だ。
「大兄貴、これ、作ってみたんだが」
「これは?」
「花火だ」
煉骨の言葉に、他の者たちも興味深げに覗き込む。
「花火!? 煉骨が作ったの?」
「すごいね」
かごめと珊瑚は素直に感心している。七宝もわくわくとそれを見つめた。
「実は以前、一度だけ花火を作ってみたことがあってな。
その時は失敗したんだが、今回のはその反省点を活かして作ったから、大丈夫だ。
昨日花火の音を聞いて、思い出したんだ」
少し誇らしげに、煉骨は花火を掲げて見せた。
「それ、ちゃんと打ち上げられるのか?」
胡乱に睡骨が首を傾ける。
「失礼な。俺の汗と涙の結晶だ、それは美しく咲き誇るに決まってる」
「ねぇ、それ、今夜打ち上げてみましょうよ!」
かごめの提案に、蛮骨も頷く。
「せっかく作ったんだしな。煉骨、打ち上げる装置はあるのか?」
「銀骨の砲筒に合わせて作ったから、大丈夫だ」
「ぎし、楽しみだなぁ」
役に立てると知って、銀骨は嬉しげに身体を揺らす。
かごめと珊瑚も、夜を楽しみに顔を見合わせて笑った。
死にそうな暑さを乗り越えて、一同は夜を迎えた。
日が沈むにつれ、星が一つまた一つと顔を出す。
辺りが完全な闇になると、皆は銀骨から離れて花火が打ち上げられるのを待った。
「煉骨の兄貴が作った花火かぁ~。兄貴も結構可愛いところあるよな。
犬夜叉と一緒に見れるなんて極上の幸せだぜぇ~」
犬夜叉に擦り寄ろうとする蛇骨を、ため息をつきながら蛮骨が襟首をつかんで引き戻す。
不満の声をあげる蛇骨に、蛮骨は目をすがめた。
「犬夜叉はかごめと見るんだよ。お前の入る隙はねぇって」
かごめが花火を見たそうにしていたのは、半分は犬夜叉と一緒に見たいと思ったからだろうと、蛮骨は踏んでいる。
ただでさえ鈍感そうな犬夜叉のことだ。多分本人は気付いていないだろうが。
「下手に邪魔すると、かごめに睨まれるぞ。俺たちはこっちで見てよう」
犬夜叉から距離を開けたところに蛇骨を引っ張っていく。
「大兄貴と一緒なら、いいかぁ~」
まさか犬夜叉にするようなことをされるのではと一瞬身を硬くした蛮骨だが、さすがに抱きついてまではこなかった。
蛮骨にそのようなことをすればどうなるのか、身に染みて分かっているらしい。
ほっと安堵して、蛮骨は銀骨の方を見やる。
銀骨のもとには煉骨もいて、花火を打ち上げる準備をしている。
花火は一個だけでなく、いくつか作られているようだった。
昨日、寝ずに作っていたのかもしれない。
睡骨も離れた場所から静かにその様子を眺めている。
と、暗闇で煉骨が手を挙げたのが見えた。
「打ち上げるぞー!!」
かごめや珊瑚たちがわくわくしながら空を仰ぐ。男衆たちも興味津々だ。
どんっ、と銀骨の大砲が鳴り響いた。
ひゅ~と玉が上昇し、遥か上空で花開く。
光の雨が降り、空が明るく色づいた。
「すごーい!! 奇麗ね、犬夜叉!」
かごめが手を叩いて歓声を上げる。
「ん、まあ…な」
「もうっ、素直に感動しなさいよ!」
「二発目いくぞー!!」
間をおかず第二の花火が空に上がる。
今度は色違いで、緑の光が幻想的に降り注いだ。
「へぇ、すげぇな。大したもんだ」
「うんっ、さすが煉骨の兄貴だ!」
どんどんと、休みなしに花火が打ちあがる。
「私も花火持ってきたのよ、皆でやりましょうよ!」
かごめが自分のリュックから、花火一式を取り出した。
昼間のうちに雲母を使って井戸へ行き、現代から持ってきたものだ。
煉骨の花火が一通り終わると、皆は手に手に花火を持ち、火を付けた。
上空に咲くものとは一味違う光が、辺りを彩る。
「すごいっ、かごめちゃんの時代には、こんなのが売ってるんだね」
「かごめ、これは何じゃ?」
七宝が興味深げに小さな花火を取り出す。
「それは、線香花火よ。誰が一番長く続くか、競争しましょうか」
一人に一本、線香花火が渡された。
同時に着火し、しばらく皆は線香花火に意識を集中して、黙り込んでいた。
僅かに身じろぎした拍子に、蛇骨の玉が落ちる。
「あーっ! ……終わっちまったぁ」
それぞれの玉が徐々に大きさを増す。ぱちぱちと、音を伴って、光が爆ぜていく。
次に落ちたのは、弥勒の玉だった。
「ああ、順調だったんですが…」
蛇骨がひょいと煉骨のを覗き込んだ。
しっかりと玉を結んでいるのにも関わらず、爆ぜて良いものか否か考えあぐねているようだ。
「その決断力のなさ、……その花火、兄貴にそっくりだな」
「な、なんだと!」煉骨が叫んだ途端に、玉が落ちる。
「ああっ! お前が変なこと言うから…!」
「へへ~、せいぜい、兄貴はそういう風にならねぇようにな~」
犬夜叉のが落ち、珊瑚の玉も続いて落ちる。
奇麗に爆ぜていたところで、蛮骨のも静かに落ちてしまった。
「残念。ま、こんなものか」
銀骨は花火を持てないので、傍らから皆の様子を羨ましげに眺めていた。
かごめの玉が、大きく爆ぜるとともに落ちた。
残るは、七宝と睡骨だ。
「頑張れ、七宝!」
弥勒が応援する。
むむむ、と七宝は線香花火に全神経を集中させた。
(落ちるな―――!!!)
念じた瞬間、落ちた。
「あ、勝っちまった」
横でぽつりと睡骨が呟く。七宝は悔しそうに唸った。
しばらくして睡骨の花火が落ちると共に、ひと夏の小さな花火大会は終わりを告げた。
「じゃ~な~犬夜叉! またな~!!」
大きく手を振りながら、蛇骨が叫ぶ。
一夜明けて、二組の集団は各々の道に旅立った。
「色々と楽しかったな、大兄貴」
「ああ、そうだな」
自分たちとは反対の方向に去っていく犬夜叉一行を肩越しに振り返り、蛮骨は仄かに笑った。
敵同士だから、近いうちにまた合うことになるのは必至。
その時に、容赦することなく戦えればいいのだが。
「困ったなぁ…」
「そうかぁ? 俺は、犬夜叉相手ならいつでもやる気満々だぜ!」
「やる気……な」
はははと渇いた笑いを乗せて、蛮骨は頬をかく。
この二日と打って変わって、涼しい風が吹き抜けている。
犬夜叉たちとは戦わなければならない。それこそ、命を奪い合う死闘を、繰り広げなければ。
その時に情けや躊躇いを持っていては、こちらが危うい。
本来ならば、こんな交流を持ったことは弱みを作る原因になるだけだった。
でも。
(無理に忘れることもねぇかな……)
ほんのささやかな、あのひと時を。あの時の笑顔は、お互い嘘ではないのだから。
生きてるうちにあとどれだけの思い出を作れるかわからない。だからこそ。
「よーし、また暑くなる前に、とっとと進むぞー!!」
心の片隅に刻み込んで、七人隊は青空の下を歩き出した。
<終>