天頂の月

東から頂を目指しつつ夜空を煌々と照らす月を眺めながら、蛮骨は杯を口に運んだ。
古びた小さな堂の濡れ縁に腰掛け、侘しい空気をはらむ夜風に吹かれ続けてどれくらい経っただろう。
ここで蛇骨と落ち合う約束になっているのだが、一向に現れない。約束は夕刻だったはずなのだが。
もしかすると敵と戦って負傷したのか、最悪は欠片かけらを失って死んでいる可能性もある。
最猛勝さいみょうしょうや琥珀からの報告は受けていないが――。
「はぁ」
何度目かわからないため息に、その時草を踏む足音が重なった。
「兄貴ー、悪い、待たせちまって」
その声に我知らず胸をなでおろして視線を上げる。
「蛇骨、どんだけ待――」
片手をひらひらと振りながら現れた蛇骨が肩に大きな麻袋を担いでいるのを認め、蛮骨は言葉を切っていぶかしげに首を傾けた。
「……それは?」
「蛮骨の兄貴に土産みやげ
麻袋が蛮骨の目前に下ろされる。
蛮骨は口を結ばれた袋をしげしげと眺めた。蛇骨刀以外にはしより大きいものは持たないと思っていた蛇骨がめずらしく力仕事をしているので、中身が気になる。
大きさと大まかな輪郭から見るに、どう考えても人が入っているようなのだが。
袋の紐を解いていく蛇骨の手元を黙然と見ていた蛮骨だが、出てきた中身に飲みかけていた酒を噴いた。
「はっ!?」
半分むせながら蛮骨は目を剥いて身を乗り出した。
開いた袋の口からまず現れたのは艶やかな黒髪。次いで固く閉じられたまぶたと、幼さの残る面差しが露わになると、いい加減に誰なのか判別はつく。
「おまっ……そいつ!」
「名前は忘れたけど、犬夜叉と一緒にいるうぜえ女その一」
蛇骨の言葉に蛮骨は確信した。確か犬夜叉が「かごめ」と呼んでいた女である。
ちなみに蛇骨の言う「うぜえ女その二」になるのははおそらく退治屋の娘だろう。
蛮骨は気を失っている少女と蛇骨を交互に見た。
「……なんで?」
「ここに来る途中、ちょうど一人でいるところ見つけてさ。こいつを連れ去りゃ、犬夜叉が追っかけて来るかなと」
「来たのか」
「まだ来てねえ」
だが、鼻の利く犬夜叉のことだから、少女がいなくなったことに気付けばすぐに追いかけてくるだろう。ここに辿り着くのも時間の問題だ。
「俺の隠れ家が」
「んなもんまたすぐ見つかるって」
あっけらかんと笑いながらばしばし背中を叩いてくる弟分に半眼を向け、蛮骨は息をついた。
「まあいいや。そんなに長居するつもりも無かったし」
では、犬夜叉が来るのを待ってみるとして、それまでの間。
「どうするかなこいつ」
「せっかくだし、ヤっちまえば?」
蛇骨からの提案に蛮骨は我が耳を疑った。
「お前が女相手にそんなこと言うとは思わなかった」
「いやさ、大兄貴も甦ってからこっち女日照だろ? この前の城でも俺がみんな殺しちまったしな」
蛮骨は猜疑さいぎの目で蛇骨を見据える。
「お前がそんな殊勝でたまるかよ。本心は」
「女がぐしゃぐしゃに泣き叫んでるところに犬夜叉が来れば、あいつのすげぇ良い顔が見れそうだ。その良い顔をした犬夜叉を俺がヤっちまいたい」
「正直でよろしい」
そんなことだろうと思ったぜと嘆息し、蛮骨は改めて昏倒している少女を眺めた。
いつも犬夜叉の隣にいる女だ。先の聖島ひじりじまでは犬夜叉との戦いに横やりを入れられ、彼女の放つ破魔矢によって右腕を骨にされた。
その件を思い出し、じわりと当時のいらつきが胸中に頭をもたげた。
蛮骨の口元に薄い笑みがにじむ。
「借りも返してねえし、面白そうだからそれで良いかな」
蛮骨は彼女を抱えると堂の中へ運び込んだ。
長い間打ち捨てられていたと思しき堂の中は散々に荒らされ、仏像も仏具も何一つ残っていない。この空っぽ加減は妙に居心地が良かった。
床に彼女を横たえ、蛮骨はその肢体を上から下まで観察した。
前に見た時も思ったが、随分と変わった出で立ちをしている。このくらいの歳になれば隣近所から貞操を狙われる事もざらにあるのだし、ここまで極端に足をさらけ出している女などそうそういない。そう、それこそ蛇骨のような極端な例を除いては。
間近で見ればよく分かるが、とくに防御性に優れているわけでもなさそうだ。
もしかしてわざと男を誘っているのだろうか、と思わないでもないが、幾度か目にした真面目さと正義感に溢れた言動とはなかなか結び付かない。
そこまで考えて、蛮骨は思考をやめた。何にしろ裸に剥いてしまえば同じである。
実を言えば蛇骨の指摘通り、女に飢えているのも本当なのだ。
足が膝の上までむき出しになっている下半身を見て、蛮骨はにやりと笑うと懐から小さな竹筒を取り出した。
「ようやくこいつを使う機会ときが来た」
「なんだそれ」
振ると中からとぷりと重みのある液体の音が響くそれを、蛇骨がぼんやりと見つめる。
くなる薬」
ふーん、と軽く流そうとした蛇骨だが、ふとある事が気になったらしい。
「……大兄貴、それいつの?」
蛇骨の疑問の意味を察した蛮骨は肩をすくめた。
「蛮竜取り返した時に、お館様さんのねやから失敬したんだよ。俺たちと一緒に出土したわけじゃねぇぞ」
「よかった。討伐された時にんなもん後生大事に持ってたのかと思ったらちょっと引いたわ」
「お前じゃあるまいし」
軽口をたたき合っていると、ふいに少女が小さくうめいて身じろぎした。
「お、やっと起きた」
蛮骨が顔を覗き込む前で彼女はゆっくりと双眸を開いた。

周囲の暗さも相まって、ぼんやりとした視界の中にいるのが一体誰なのか、かごめにはしばらく分からなかった。
幾度かまばたきをするうちに徐々に辺りが鮮明になっていく。
「おはようさん、もう夜だけどな」
そんな声が耳に滑り込んだ瞬間、かごめは一気に覚醒した。
「えっ……?」
目の前に男がいた。
「――っ!?」
ぎょっとして飛び起きようとするが、体勢を崩して再び床に転がる。
後ろ手に手首を拘束されているようだった。
「ちょっと、な、なにこれ……!」
必死に腕を動かすが、硬く縛られており全く緩む気配がない。
「まあまあ、とりあえず落ち着け」
動転するかごめをなだめるように男が言う。
かごめはその顔を警戒の眼差しで見上げた。
「あ、あんた……七人隊の」
「おう、先日はどうも」
喋りながら、男――蛮骨はなぜか肩や胴体から鎧を外していく。
手甲や脚絆も外して小袖と袴だけの簡素な身なりになると、彼は寝そべるかごめの横に腰を下ろした。
「聖島ではよくも腕を骨にしてくれたよなぁ」
口調は軽いが、目は全く笑っていない。
かごめの背にぞくりと悪寒がい上る。後ずさろうとするが、腕が塞がれている状態ではそれもままならなかった。
「仕返しするために、あたしを誘拐したの?」
「逆だ。蛇骨がさらってきたんで、ついでに仕返しする」
かごめは息をつめて周囲を確認した。なんとか逃げ出す方法はないかと考えるが、身一つで弓矢も何も手元にない。
「い、今に犬夜叉が助けにくるはずよ」
虚勢を張って睨むと、蛮骨は腕を組んで頷いた。
「ああ。俺らも待ってるんだが、ぜんぜん来なくて。暇してんだよ」
というわけで、と近付く視線につやが含まれる。
「あいつが来るまでいことしようか」
「え……?」
一瞬眉をひそめたかごめだが、その言葉を反芻して反射的に身を固くした。
十五歳の彼女にも、蛮骨の言わんとする意味が何となくわかってしまった。
蛮骨の手がおもむろに伸びてきて、服の上から上半身に触れる。
「は!? なっ、何するのよ!」
初めのうちは身体の輪郭を確認するように体の側面を撫でていたが、それが終わると胸部の膨らみに手がかかる。そしてその感触に目がしばたたかれた。
「中に何か着けてるな。どれ」
蛮骨は白い上衣の裾に手をかけると、躊躇ためらいなく胸の上までたくし上げた。
「ちょ、ちょっと!」
淡い色の下着に包まれた豊かな谷間が現れ、かごめは羞恥から真っ赤になって悲鳴を上げる。
「馬鹿っ! やめなさい! ほんとにやめて!」
足をばたつかせて蛮骨を押しのけようとするが、彼は全く意に介さず見慣れない衣服を観察した。
「えーとどうやって外すのか、なと」
大きな手が下着の上をまさぐり、布地を辿って服の下の肩や背中に回る。
見つけた金具を適当に弄っていると、それはかごめの希望に反してあっさりと外れてしまった。
取り出した小刀で肩紐を断ち切り上衣の中から完全に取り払うと、押さえを失った膨らみが重力に逆らって蛮骨の眼前に全貌をさらす。
ひやりとした夜の空気が直に素肌に触れ、かごめの瞳が凍りついた。
「やだ……!」
拘束された身では隠すこともできず、身をよじって少しでも相手の視界から遠ざけようとする。だが肩を掴まれ、正面を向くように床へ押し付けられた。
蛮骨の手が脇から乳房をすくい上げる。掌に余るそれをゆっくりと撫でまわし、ぬくみのある柔らかな感触に指を沈めた。
「ひっ」
かごめの素肌がぞわりとあわ立ち、目尻に涙が浮き上がる。
確かな重みのある揉み心地を堪能するように、大きな手が乳房や谷間を這いまわった。
指の腹が桃色の突起をかすめるたびに、かごめの肩がぴくりと反応した。
「やっぱ、年齢としのわりに良い身体してるな」
でも、と蛮骨は胸元に顔を寄せて口端を上げ、
「弓使うには邪魔そうだ」
そう言うと右胸の中心を口に含んだ。湿った感触にかごめの背がびくりとけ反る。
「やめっ、やめて!!」
蛮骨の舌がまだ芯に乏しい突起を転がし、吸い上げる。空いた片方は右手の指や爪の先で摘まみ上げ、いじりまわしている。
かごめは渾身の力で逃れようとしたが、それを上回る力で縫い留められ、執拗に責め続けられた。
彼女は震えながらぐっと歯を食いしばると、まなじりを決して思いつく限りの罵詈雑言をぶちまけた。
「最低! 人でなし! 馬鹿っ、馬鹿ぁ!」
せきを切ったようにがむしゃらに叫びたてるかごめを蛮骨はまるで無視していが、離れて二人を見ていた蛇骨がちっと舌打ちをした。
足音荒く歩み寄ると平手を翳して彼女の頬に目掛け振り下ろす。
「いっ…」
衝撃で床に広がった彼女の髪をつかみ、二撃目を与えようと今度は拳を作り振りかぶる。
「さっきからうるっせぇんだよクソ女!」
「待て待て」
蛮骨がやんわりと蛇骨を制止し、ぼろぼろと涙の伝うかごめの頬を労わるように撫でた。
そしてにこりと笑う。
「顔の形壊すなら犬夜叉の目の前で、だ」
怒りに顔を引きつらせていた蛇骨の口元が、ゆがんだ弧を描いた。
「はは……蛮骨の兄貴、最っ高」
頬を上気させ恍惚とした表情になる蛇骨を見て、かごめは蒼白になった。

 

次ページ>