移露うつしのつゆとされこうべ

 

 

――目覚めよ。

 

 

幾重にも反響する声に呼ばれて薄くまぶたを持ち上げると、闇の中にぼんやりとした光が漂っているのが見えた。
その中心に、見知らぬ男が佇んでいる。
光と闇の強い陰影の中に浮かび上がる白い面差しは血の気が無く、周囲との境界を曖昧にさせる漆黒の長髪によって、まるでそこだけ切って貼り付けたような印象を与えてきた。
ああ、こいつは人間ではない。と、何より先に直感が悟った。
幾度か瞬いてゆっくり起き上がると、結ばれていない髪が背に流れる。身には何一つまとっていない。
周囲に視線を巡らせれば、見覚えのある衣服や得物が無造作に転がっていた。それらの合間から覗くものに、わずかに目を見開く。
仲間たちの所有物であるはずの品々の下には、白い骨があった。
そこに至り、記憶が怒涛のように押し寄せる。思わず頭を押さえかけて、蛮骨は持ち上げた右手をまじまじと見た。
「俺は……死んだはずじゃ」
「七人隊の蛮骨よ、わしのために働け」
男が、出し抜けに言い放った。
「は……?」
事情が一切呑み込めない蛮骨は男を見上げる。
男はこちらに向けて右の掌を差し出した。その上に、何かの欠片のようなものが幾つか載っている。
「この『四魂の欠片』で、骨からお前を蘇えらせた」
「蘇え……は?」
蛮骨は怪訝な目をしたが、骨になった仲間たちの中で己だけ肉体を得ている状況を見ては、信じぬわけにもいかなかった。
男は自らを奈落と名乗り、この場所は七人塚という塚の底であると告げた。自分たちが討伐された後、祟りを恐れた地元の村人たちが建てたものらしい。
多少ながら状況を理解してきた蛮骨に、彼は淡々と言い渡した。
「仲間を蘇えらせ、わしの障害となる者を排除せよ」
「……それで俺に何の得が?」
「目的を果たしたならば、その命は永久に貴様のものだ」
奈落が手を傾け、手中の欠片を足元に落とす。
「永久に…なぁ」
今の今まで時間の止まっていた人間に対して永遠を語るほど滑稽な話もないように思えた。
だが、仲間たちも己のように肉体を取り戻し、再びあの頃のように過ごすことができると言うなら――それも悪くない。
蛮骨はのろのろと身体を動かして地面の欠片へ手を伸ばした。
しかし、途中でぴたりと止まる。
奈落が落とした欠片は、どう数えても三つしかなかった。これでは、七人隊の中で再び生を得られるのは自分を含めて四人だけということになる。
「どうした、早く拾え」
蛮骨の視線が、淡く発光する欠片と仲間たちの骨とを往復する。
ややあって、彼は腕を引っ込めて奈落を見上げた。
「俺の弟分は三人じゃねえ。あと三つ足りねえぞ」
奈落の眉尻がわずかに吊り上がった。
「お前たちの中にも強さの序列はあるだろう。弱い者にまでこれを与えてやるつもりはない」
「……なら、仕事は受けない。この話は無しだ」
蛮骨はきっぱりと言い、欠片から身を引いた。
「お前に拒否権は無い。いらぬ口を利くならば、意思を奪い傀儡かいらいのように手足として使うまでだ」
「そうかよ。好きにすれば良い」
脅すような言葉にも冷めた口調で返す。
できるにもかかわらず初めからそうしないのは、蘇らせた死者に感情を持たせた方が、この男にとって何らかの利点があるからだろう。
すぐに思いつく理由としては、戦闘において相手の心理をついた駆け引きが可能であること。もしくは、『障害となる者』とやらが情に絆されやすい輩であるか――。
そんな考えを巡らせていると、ふいに奈落が身をかがめて蛮骨の首に手をかけてきた。
「どちらが上か理解しておらぬようだ」
「そりゃ悪いな。俺は客より下に自分を置く性質たちじゃねえんだ」
細長い指が頸部に食い込むが、蛮骨は怯んだ様子もなく間近に迫った相手を見返した。
「四魂の欠片とやらを三つ追加してくれりゃ働いてやるさ。簡単な話だろう、依頼主様よ」
奈落の双眸がついと細められ、首を絞めかけていた指が静かに外れた。
「良かろう。ただし貴重な欠片をただでは追加できぬ。お前の身をもって、七人隊がこの奈落の要求にあたうと証明するのだ」
それがかなったならば望み通り六つの欠片をくれてやる。そう奈落は告げた。
「ふん。面倒臭えが、ならさっさと証明してやるさ」
何をすれば証明になるのだと問うと、奈落の視線が蛮骨の肢体に落とされた。無駄な肉のない身体を見下ろし、口端が仄かに吊り上がる。
「死人の身の耐久性と四魂の欠片の治癒力の程も、いずれ確かめねばならぬと思っていたところだ。人間風情がわしに口答えをした事、後悔させてやろう」
奈落がそう口にした瞬間、周囲の地面に亀裂が走り、無数の触手が這い出てきた。

 

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