窓から、静かに月明かりが差し込んでいる。
ちらちらと揺れる炎を見つめていた蛮骨は、横で寝ているかごめに視線を滑らせた。
ひとしきり泣いた後で、吸い込まれるように寝入ってしまったのだ。
自分は慰めることも何もせず、ただ黙していた。
はたから見れば、最低の男だと思われるだろうか。
自嘲気味な笑みが浮かぶ。
(柄にもなく参拝なんかするから、こうなるのか)
各地に散っている弟分たちは、どうしているだろう。
毒虫からの報せがないので、死んではいないだろうが。
この姿を見たら、裏切りと捉えられても仕方がないなと思う。
なにしろ、敵方の女と夜を過ごしているのだから。
蛮骨は立ち上がると、部屋の隅に置いてあった元の着物に手をかけた。
闇のように黒い着物を脱ぎ、白地のそれに袖を通す。
少女を顧みると、随分寒そうな格好で寝ている。
短い裾からむき出しの足が伸びて、月光に白く輝いていた。
かごめのもとに戻り、今まで着ていた黒い着物を布団替わりにかけてやる。
白い面差しが、目を覚ます気配はない。
そっと髪に触れながら、彼女の寝顔を見ていた。
この状況で、なんと無防備なのか。
苦笑すると、腕を組んで壁にもたれかかり、目を閉じて朝が来るのを待った。


小鳥の声で、かごめは目を覚ます。
「あ、朝だ…」
気がつくと、身体に何かが掛けられている。
「これは、蛮骨が着てた……」
その彼の姿は見えない。
着物を持って小屋の戸を開けてみると、ちょうど戻ってきた彼と行き会った。
彼は常の鎧と着物を纏っていた。
「おう、起きたか」
「う、うん。あの、これ……」
着物を差し出すが、彼は受け取らなかった。
「まだ外は冷えるぞ。その格好じゃ寒いから羽織っていけ」
それと、と彼はハンカチを手渡す。
「傷はもう塞がった。今、それを川で洗ってきたところだ」
「あ…うん。ありがとう」
ここにきてから何度目かのありがとうだ。
お礼をするために来たはずなのに、かえって世話をかけてしまった。
「ごめん。迷惑掛けて。じゃ、私もう帰るね」
彼の横をすり抜けようとしたが、思いがけず腕を掴まれた。
「送って行ってやる。昨日の追いはぎみてぇな輩が出ないとも限らない。
その足で、俺もここを出る」
朝の寒気の中に彼の温かさを感じて、かごめはなにも言えずにこくりと頷いた。

朝の冷えた空気が取り巻く石段を、二人はゆっくりと下っていく。
昨日は暗くてよくわからなかったが、相当古いものだった。
あまり手入れもされておらず、足元を見ていないと明るくても転びそうだ。
外気にさらされて足が冷える。
かごめは羽織っている衣の前を合わせ、ぎゅっと握り締めた。
数段前を行く蛮骨の肩には、大鉾が担がれている。
鉾の中には四魂の欠片がある。その輝きが、彼女の目にははっきりと見えた。
だが、なぜかそれを回収しようという気が起きない。
武器に欠片が仕込まれているというのは、それだけで脅威となるのに。
蛮竜の輝きを見ていたかごめは、石段に生えた苔で足を滑らせた。
「きゃっ!!」
だが、昨夜と同じく蛮骨に助けられる。
「ごめん、ありがと…」
顔を上げると、すぐ目の前に彼の顔があった。
「―――っ!!」
瞠目して身を引き、上がりそうになる呼吸をこっそり整える。
(なんでこんなにドキドキしてるんだろ……)
彼を見てみると、こちらは気にした風もない。
かごめの妙な反応に首を傾げながら、蛮骨はおもむろに手を差し出した。
「お前鈍くさいから、手に掴まってな」
かごめは速い鼓動を感じながらも、素直にその手を握る。
(どうしよう、なんか恥ずかしいなぁ…)
男と手を繋ぐなど、犬夜叉以外初めてだ。
(そうだ、犬夜叉…私を探してるかしら。この状況見られたらマズイわよね)
しかしその心配も必要なく、石段を全て下りるまで誰とも行き会うことはなかった。
お参りをした神社の前を通り、皆の泊まっている宿へ向かう。
祭りの喧騒が過ぎ去り閑散とした通りを、二人は無言で歩いた。
目的の宿に着くと、かごめは蛮骨に向き直った。
「送ってくれてありがとう。それと、色々世話掛けてごめんね。
私が言うのも変だけど、怪我に気をつけて」
「ああ。お前もな、かごめ」
名を呼ばれて、かごめは少しだけ赤くなる。
蛮骨が小さく笑う。
「次に合う時は、また敵同士だ。せいぜい殺されないように気をつけな」
ひらひらと手を振ると、彼はそのまま身を翻して歩き出した。
かごめは複雑な思いを抱えてその背を見送る。
肩に羽織ったままの黒い着物の合わせを、無意識に握り締める。
彼の姿が見えなくなると、気を取り直したかごめは仲間のいる宿の中へ笑顔で駆けていった。

<終>

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