「なんでお前は、そんなに馬鹿なんだろうな…」
「ん?何か言ったか?」
「何でもない」
きょとんとする蛇骨に、蛮骨は力なく首を振った。
そういえばと、蛮骨は顔をあげる。
「隣村って、どこにあるんだ?」
「さあ?」
ふっ、と蛮骨は口の端を吊り上げる。
「場所がわからねぇんじゃ、行きようがねぇよなぁ。
よし、俺が戻って訊いてくる」
これで一言文句を言ってやれると、蛮骨は思ったのだが。
「大兄貴、それ何だろーな?」
「は?」
蛇骨は、蛮骨の持つ巻物を指差している。
見てみると、巻物を縛っている紐の間に、ちゃっかり地図が挟み込まれていた。
(ちっくしょぉぉぉぉ!!)
蛮骨は心の中で怒り狂った。
そんなことも知らずに、蛇骨はのんびりと歩きだす。
「兄貴ー、おいてくぞぉー」
「馬鹿野郎!そっちじゃねぇこっちだ!!」
蛮骨は肩を怒らせ、地図に示された、蛇骨とまるで正反対の方角に歩き出した。
「おい、これはどういうことだ」
煉骨は剣呑にうなった。
口をはさむ間もなく、蛮骨と蛇骨が行かされてしまった。
「どういうこともこうゆうことも、話したとおりだ。
貴様らは人質として、ここで奴らの帰りを待っていろ」
「どうしててめぇに命令されなきゃなんねぇ。
やりたいように仕事をこなすのが、俺たちのやり方だ」
「お前たちが敵方の味方でないと、そう易々と信じることはできん」
「勝手なモンだな。俺らを呼びつけたのは、てめぇらじゃねぇか!」
煉骨は怒って家を出て行った。外に出ると、睡骨もそこにいた。
「ったく、なんなんだあのヤローは!!」
「落ち着け煉骨。大兄貴たちが帰ったらさっさとここを出ようぜ。
あいにく見張りがいて、勝手に逃げ出すことはできなそうだしな。」
それよりも、と睡骨は声をひそめる。
「これは俺の見方なんだが…
奴らが俺たちをここに残して行かせたのは、俺たちに戦に出て欲しいからじゃねぇか?」
「何だと?」
「俺たちがここにいれば、大兄貴たちもまたここに戻ってこなきゃいけねぇだろ。
つまり、仕事が終わったからってそのまま行っちまうことはねぇわけだ。
で、そん時に戦が起これば……」
「なるほど、頼まずして俺たちを戦に駆り出せるってことか」
戦になれば、戦わなければ殺される。
とりあえずとはいえ七人隊が応戦すれば、結果として奴らの得になる。
「なんて卑怯な野郎だ!」
「金がねぇみたいだからなぁ」
蛮骨と蛇骨が、戦の前に戻ってくれば良いのだが。
隣村までは、山をひとつ越えねばならない。一日、二日で行ける距離ではない。
蛮骨の周りには、重い空気が漂っている。それにようやく気付き始めた蛇骨だった。
「兄貴よぉ、どうせなら楽しく行こうぜ。せっかく二人っきりになれたんだし!」
蛮骨は目をすわらせて蛇骨を睨んだ。
「お前はお気楽でいいよな」
と、蛮骨は動きを止めた。
「どうしたんだ?」
蛮骨はさっと視線を走らせ、蛇骨にささやいた。
「刀の準備をしておけ」
それを聞いて蛇骨の表情が引き締まる。
瞬間、頭上の木々から黒い影が飛び降りた。
影は即座に彼らを取り囲む。
「噂の忍び、さっそく登場だな」
「手厚くもてなそうぜぇ、兄貴」
二人は余裕の態度を崩さない。
忍びの一人が、口をひらいた。
「書状をよこせ。さもなくば、斬る」
「いやだね。渡しても殺すだろ」
「ならば、力ずくでも!」
忍びたちがいっせいに切りかかった。
蛮骨は蛮竜を薙ぎ払い、次々と敵をたおしていく。
蛇骨も面白そうに蛇骨刀を振り回した。
血飛沫を散らして地面に伏していく仲間を見て、忍びたちもいつもと違うことに気付いた。
蛮骨の大鉾に、自分たちの小刀が太刀打ちできるはずがない。
「っ…いかん、引くぞ!!」
とうとう忍びたちは逃げ出した。
だが、それを許す蛮骨ではない。
「蛇骨」
「おうよ」
心得ている蛇骨はにやりと笑んで、逃げる獲物の背に蛇骨刀を浴びせた。
誰一人として逃げおおせることはできず、あたりは血の海になった。
「あーあ、あっけないねぇ」
「ああ。こんなのに負けてるようで、よく戦をやるなんて言えたもんだ」
大体にして、それだけの兵がいるのかどうかも疑わしい。
「ま、俺たちは書状を届けて終わりだから、カンケーないけどなー」
二人はまた山を登り始めたが、一日目は中腹あたりまでしか行けず、そこで野宿となった。
また忍びに襲われるかもしれないので、交代で見張りをしていたのだが。
「大兄貴、寒くねぇか?俺があっためてやってもいいんだぜ?」
蛮骨は狸寝入りを決め込んでいたのだが、蛇骨があまりにしつこく、終いには身体に手を這わせてきたので、思いっきり彼を殴り飛ばした。
それで蛇骨が気絶してしまい、結局蛮骨が蛇骨の分まで見張ることになってしまったのだった。
(あー、なんでこんなことに…)
山を越えるのに、まるまる三日を費やした。
その間に、例の忍び軍団に何度か襲われはしたが、彼らはあっさりと撃退した。
くだんの村に着いたのは、四日目の昼近くだった。
その村は思っていたより規模が大きく、この前訪れた集落よりも人が多かった。
蛮骨と蛇骨が村に入ると、村人が訝しげに声をかけてきた。
「おめさ達は何もんだ?
どっから来ただ?」
「山を越えた向こうの集落から来た。ここの長に会わせてくれ」
村人の案内で、二人は村長の家に行った。
村長はまだ若く、がっしりとした体躯の男だった。
蛮骨は懐から巻物を出し、彼に渡した。
「これを届けるように頼まれた。じゃ、仕事が済んだから俺達は帰るぜ」
長居は無用と言わんばかりにさっさと戻ろうとする蛮骨を、村長が止めた。
「まあ待ちな。ここまで無事に書状を届けられたってことは、あんたら結構腕が立つんだろう?
どうだい、戦に出ないかい?」
「やめておく。金にならねぇ仕事はやりたくねぇ」
すると、村長は面白そうに笑った。
ついて来い、と言われて、蛮骨と蛇骨は渋々彼の後を歩いた。
つれてこられたのは、頑丈なつくりの蔵だ。
中をのぞいて、二人は息をのんだ。
そこは、金や宝の入った箱でいっぱいだったのだ。
「この村はお隣さんとちがって、金はたくさんあるんだ。
戦で勝利したら、ここの三分の一をくれてやるぞ」
蛮骨と蛇骨は視線を合わせてうなった。
「戦は三日後。森の向こうの平地で、隣の奴らと落ち合うことになってる。
もちろん、でるよなぁ?」
蛮骨は、かくかくと頷いて返したのだった。
蛮骨たちが発ってから六日過ぎても彼らが戻らないので、煉骨は苛立っていた。
あいかわらずあの男からは蔑むような目で見られ、あれこれと命令口調で物を言われている。
屈辱的で、こんな状況でなければ即座に殺していたところだ。
結局、戦になるまで彼らは戻らず、男のもくろみのままに残りの五人は戦に出ることになってしまった。
平地に連れて行かれ、少しすると隣村の連中というのもやってきた。
その中に蛮骨と蛇骨の姿を見つけ、煉骨はあっと声をあげた。
「大兄貴!なんで隣村の奴らと…?」
てっきり、山を越えて戻ってきているのだと思っていたのに。
少年は決まり悪そうに頬をかいた。
「悪い……金の力に負けた」
「は?」
「と、とにかく。この戦に参戦することになった。お前らしっかり戦うよーに」
「なっ…何でだよ!あんな奴の味方になるなんて、俺はごめんだぞ!!」
煉骨は反発したが、蛮骨はあえて聞こえないふりをしてやりすごした。
二人のやり取りをきいていた男は、目を細めた。
(隣村の奴ら、あいつらを雇ったか。まあ、ウチと違って金持ちだからな)
そのとき、風がざわりと音をたてた。
視線を巡らせると、彼方に敵方の旗が見えた。
「……来たか」
男は、低い声でつぶやいた。
蛇骨刀が一閃し、敵の首をはねる。
敵方の忍び軍団も、やはり敵ではなかった。
蛮骨は鉾を振り下ろして、つまらなそうに息をはいた。
「よわっちいなぁ。もっと手ごたえのあるのはいねぇのか」
だが、見ると味方の兵たちは苦戦しているようだ。
やれやれと、蛮骨は肩を鳴らした。
倣岸な男は、それでも腕は立つようだった。
村長の方もなかなかに強い。
だが、頼りになるのは彼らくらいに思われる。
(このままじゃ、いずれやられるな)
七人隊がいなければ、もうすでに落ちていたかもしれない。
蛮骨にとっては、何気なく武器をふるうだけで敵が死んでくれる、簡単な戦なのだが。
「大将の首でも落とすか…」
雑魚相手にも飽きてきて、蛮骨はのんびりと敵陣を目指した。
戦は、すぐに終わった。
蛮骨はあっさり大将の首をはね、それを村長に渡した。
「俺達の勝利だー!!」
村長の声が大きくて、蛮骨は耳をふさぐ。
なにをそんなに喜ぶことがあるのか。
敵も話にならないほど弱く、勝敗は目に見えていた。
だが、七人隊がいなければこちらが負けていただろう。
そういうことを考えると、こんなに喜んでいるのも当たり前のことになるのだろうか。
男が近づいてきて、七人に頭をさげた。
今まで傲慢な態度をとっていたので、煉骨や睡骨は目を丸くする。
「お前たちのおかげで、勝てた。礼を言う」
呼び方も、「貴様」から「お前」に変わっている。ちいさな変化だ。
だが、そんなことで好感が持てるようになるというわけでもない。
「礼よりか、金を渡せよ。書状も届けたし、戦にも出たんだから」
「ふん、戦に出ろと頼んだ覚えはない。報酬は書状の分だけだ」
「はあ!?ふざけんなよテメェ!!七人隊にタダ働きさせる気か!!」
煉骨は怒号したが、男はそっぽを向いて行ってしまった。
怒り心頭で地団駄を踏んでいると、隣村の村長がやってきた。
「あんたら、七人隊なんだってなぁ。どうりで強いわけだ。報酬は約束通り、くれてやるぞ」
その言葉を聞いて、煉骨はぽかんと口を開けた。
「は……?報酬、くれるって?」
蛮骨は煉骨の肩を叩いて説明した。
「あっちの村は金持ちでよお、だから戦の依頼を受けたんだ」
「な、なんだ、そうだったのか。それを早く言ってくれよ…」
ころりと煉骨はおとなしくなった。
「あの男も、本当はいい奴なんだ。
だが、こんな山奥に暮らしていると、なかなか外の奴らには心を開かなくてなぁ」
「ふん、あんな自分勝手な依頼人は初めてだぜ。大兄貴、金をもらって早くこっから出てこう」
「あー、わかったわかった」
蛮骨は苦笑しながら頷いた。
金を受け取り、七人隊は早々に旅立った。
誰一人、もう少し残りたいと思う者はいなかった。
「あの男、最後までいけ好かねぇ奴だったな」
睡骨の言葉に、残されていた他の四人も大きく頷いた。
「もう二度とこんなのはごめんだ」
精神的に、いつもの倍は疲れたように思う。
「今回は、最初っから判断を間違ってたからなぁ…」
そもそも、凪が持ってきた文に従ったのが全ての始まりだったのだ。
「えー、俺は結構楽しかったぜ。蛮骨の兄貴と二人で山越え」
直後、六人から鋭い視線を向けられ、蛇骨は硬くなった。
「ま、結果として金は手に入ったんだし。今回の仕事のことは忘れちまおーぜ」
蛮骨がため息混じりに呟くと、仲間たちもうんうんと同意した。
覚えていても、嫌な思い出にしかならない。
たまにはこんなこともあるんだと、それで納得したい七人だった。
<終>