Dolls

+++ Episcde T +++

 

 

とある街の裏通りの一角に、荒くれ集団の塒がある。

そこには、5人の男が住んでいる。

集団を率いる頭の蛮骨は、街一番の大金持ちの息子。

素行の悪さもあいまって、家族との折り合いが悪く屋敷に居辛くなっていた。

とある事件をきっかけに、蛮骨は流れ者の医者睡骨と知り合いになり、

彼の診療所に入り浸るようになったのだった。

そしていつしか、蛮骨の幼馴染でもある蛇骨、流れ者の煉骨とその舎弟銀骨と共に、

今はその塒で生活をしている状態。

医者の睡骨は、二つの顔を持っている。

一つは慈悲深い医者の顔。もう一つは血も涙もない羅刹の顔だ。

彼らの生業は、街の治安を守るといえば、響きはいいだろうが、

実は、力に物を言わせて街を牛耳っていたのだった。

強請たかりは当たりまえで、時々近隣の街に足を伸ばしては、縄張り争いなどを繰り広げていた。

町人も、役人達もそんな集団にほとほと手を焼いているのだけれど、

蛮骨の父親が街の名士ということもあり、彼らの行動を咎める者はいなかった。

関わり合いにならないようにと視線を逸らせ、皆彼らに道を明け渡す。

そういう状況なので、蛮骨はやりたい放題、暴れたい放題に暮らしているのだった。

時々その塒に、訊ねる者がいた。

蛮骨の屋敷に仕える家臣。蛮骨はその人物をジイと呼んでいた。

ジイは蛮骨が産まれるずっと前から、屋敷に仕えている者で、蛮骨のことを誰よりも可愛がっていた。

蛮骨にとって、屋敷の中で唯一心を開ける存在なのだ。

そしてもう一人。

菫という遊女。

今は遊女という身なりだが、かつては由緒ある家柄の娘で、蛮骨とは幼馴染。

同じ道場に通い、剣術などを習っていた。

勝気で男勝りな性格に、幼い頃の蛮骨は度々泣かされたこともあった。

数年前、菫の父親が他界し、そして家は一気に傾いてしまった。

家庭の事情で、まだうら若き彼女は、とある女郎宿に預けられることになってしまったのだった。

あの頃の蛮骨は、菫の行く末を密かに案じることくらいしかできずにいた。

お金持ちの息子だといっても、自分が自由に使える金などもらえなかった。

蛮骨は時々家の家宝をこっそり持ち出しては、それを金に換え、

菫の居る女郎宿の店主に渡していたのだった。

その行動が度々父親の知れることとなり、その度に蛮骨は縛り上げられて土蔵に放り込まれる始末。

自分に力があれば。金さえあれば。菫を助けてやれるのに。

いつか菫をそこから自由にしてやりたい。

その想いは、数年たった今でも変わりはしない。

あの頃より、金もある。力もある。菫の居る店を叩き潰すくらい容易いことだ。

けれど、それは菫に止められている。

出て行く時は正面切って堂々と、店の門をくぐってやるんだというのが菫の考えだった。

その考えに蛮骨は従うことにした。



蛮骨達は、喧嘩に明け暮れる毎日。

夜更け過ぎ、彼らは塒に帰ってきた。

隣町の連中とひと波乱起してきたのだった。

もちろん、喧嘩を吹っかけてきたのは蛮骨達の方。

隣町の荒くれどもに、適当に因縁をつけてボコボコにしてやるつもりだった。

けれど、隣町の荒くれどもも負けてはいられない。

負ければ、自分たちの縄張りを奪われてしまうのだから。

命を奪うまではしないまでも、隣町の連中にかなりの痛手を負わせた。

そして彼らの塒に乗り込んで、金品などを奪って行ったのだった。

睡骨は羅刹に変わることが無かったので、今回は医者として塒に残っていた。

医者の睡骨が、帰ってきた彼らの傷の手当てをした。

みんなもそれなりに、傷を負っていたのだった。

特に蛮骨の傷は酷かった。

隣町の荒くれ集団の頭との一騎打ちで、バッサリと身体を斬られてしまった。

それでも蛮骨は、怯むことなく立ち向かって行った。

ここで食い下がっては、男が廃る!やつらに自分の腕っ節を見せ付けなければ。

誰が一番強いかを思い知らせるためにも。

蛮骨が隣町の頭の腕を斬りおとして、決着が着いたのだった。

布団に寝かされた蛮骨の着物を開き、

睡骨は酒を口に含むと、肩から胸にかけて大きく斬られた傷口に、それをプゥーと吹きかけた。

「いっ・・・てぇっ!!て・・・てめぇ・・・おれに怨みでもあんのかよ・・・。」

蛮骨の額からは、大粒の汗が噴出している。

そんな蛮骨の言葉を気にすることも無く、睡骨は治療に専念している。

やたらと染みる薬を大量に塗りたくられ、痛みで半分意識が遠のいていた。

斬られた瞬間、痛いとも感じなかったのに。

手当ての様子を、心配そうに蛇骨と煉骨と銀骨は側で見ていた。

「い、痛そうだな・・・蛮骨の兄貴。」

「ああ・・・。あれだけ派手にやられたにもかかわらず、ここまで普通に歩いて帰れたことがすげえ。」

煉骨と銀骨は、彼らと共に行動するようになってまだ日も浅かったので、

蛮骨の腕っ節と強靭な精神力には驚かされっぱなしだった。

小柄な身体のどこに、そんな力があるのだろう?

一戦交えてすぐに悟った。

こいつには叶わないと。





蛮骨の傷の手当てがちょうど終った時だった。

戸口を何者かが叩く音がする。

睡骨は煉骨の傷の手当てに取り掛かっていた。

蛇骨は面倒臭そうに、戸口に向かった。

「誰だぁ?こんな時間に。」

手には蛇骨刀を握り締めている。

先ほどの隣町の連中が乗り込んでこないとも限らない。

戸口の外から、聞き覚えのある声が聞えた。

「すみませんなぁ・・・夜分遅くに。」

その声に、蛇骨は何の躊躇いもなく戸口を開けた。

「よぉ〜じいさん。久しぶりじゃねえか。金、持ってきてくれたのか?」

蛇骨の撫しつけな言葉をサラリと交わして、ジイは微笑んだ。

「お久しぶりです蛇骨さま。若さまはおりますか?」

「あ・・・蛮骨の兄貴?帰ってるけど・・・今はちょっと、ムリじゃねえかな?」

「どうかされましたか?」

蛇骨はジイを奥の部屋へと連れて行った。

さらしを巻かれ、青白い顔で横になっている蛮骨を見て、ジイは卒倒しそうになった。

「若さま!なんて痛々しいお姿なんですか!」

慌てて駆け寄り、枕元に座って顔を覗き込んだ。

懐から手ぬぐいを取り出し、額に浮かぶ汗をふき取ってやった。

それに気づいて蛮骨は、薄っすらと目を開けた。

「ジイ・・・・・・久しぶりだな。」

力なく微笑む蛮骨に、ジイは語気を荒げて言った。

「どうされたのです!ジイの寿命は縮まりましたぞ!!」

すぐに医者を呼んでまいりますというジイを、蛮骨が止めた。

「いいよ・・・医者ならそこにいる。・・・あいつ、医者なんだよ・・・。」

ジイが振り向き、医者の睡骨と目が合った。

いつだったか、見かけた時は羅刹のような顔をしていたはず。

「あの者が医者ですと?」

睡骨は照れくさそうにジイに頭を下げた。

「お医者様なら、屋敷の専属の医者がいるでしょう。すぐに、呼んでまいります!」

立ち上がろうとするジイの袖を蛮骨は掴んだ。

「・・・いいって言ってんだろ。屋敷の医者を呼べば、おれたちの塒がオヤジにバレちまう。」

巻かれたさらしからは、薄っすらと血が滲んでいる。

「ジイは・・・ジイは心配でなりません。若さまに、もしものことがあったら・・・。」

「心配いらねえから・・・おれ、悪運だけは強いんだ。」

ゆっくりと目を閉じて、蛮骨はまた眠りに就いたようだった。

煉骨の治療を終えた睡骨は、ジイにお茶を差し出した。

「どうぞ。」

「いただきます。」

「ご挨拶が遅れました。私は、医者をしております。睡骨と申すものです。」

「こちらこそ、申し遅れました。私は若さまのお屋敷にお仕えする者です。

若さまの身の回りの世話をさせていただいております。」

「じいさん。最近おれたちの仲間になった煉骨の兄貴と、銀骨だ。」

蛇骨はジイに二人を紹介した。

煉骨は素っ気無く頭を下げて、そそくさと別の部屋へと行ってしまった。

銀骨も煉骨の後を追って部屋を出た。

「たくさんのお仲間に囲まれているんですね・・・若さま。」

横たわる蛮骨を心配そうにジイは見つめた。

蛮骨を守ってやれないでいる自分の不甲斐なさを感じていたのだった。

「こちらでご厄介になっている方が、若にとって安心できるんでしょうかね・・・。」

「何度連れ戻そうとしてもムダだぜ、じいさん。

あんな屋敷には二度と戻らねえって、蛮骨の兄貴しょっちゅう言ってるからな。」

長年蛮骨とつるんでいる蛇骨なので、蛮骨の家庭の事情はよく知っている。

蛮骨がどんな仕打ちを家族から受けているのか。

蛮骨は口には出さないけれど、蛮骨の荒んだ行動を見ているとなんとなく分かる。

世間の目を恥じ、蛮骨を屋敷に縛り付けておくことは不可能なのだ。

何度土蔵に押し込められようとも、そこから脱出してここへ戻ってくる。

今の蛮骨の居場所は、ここなのだから。

ジイは思い出したかのように、懐から包みを出した。

それを睡骨に渡した。

「これは?」

それを蛇骨がサッと奪い取った。

「いつもすまないねぇ〜じいさん!これでしばらく楽して暮らせるよ!!」

蛮骨が盗人まがいのようなことをしていることは、ジイも知っている。

時々こうして、こっそり蛮骨に金を渡しに来ているのだった。

金がある間は、そういうことをする必要もない。

蛇骨はそれを懐にしまった。

「必ず若にお渡しくださいよ、蛇骨さん。」

「分かってるってぇ〜じいさん。目ぇ、覚ましたら兄貴にちゃんと渡すから。」

といいつつも、渡す気などサラサラ無い蛇骨。

すでに頭の中には、この金をどう使おうかと思いを巡らせていた。

「んじゃ、おれもう寝る。じいさん、またいつでも来いよな〜。」

と、蛇骨は部屋を出て行ってしまった。

「あとで私が蛇骨さんから、金を返してもらいます。

蛇骨さんにお金を持たせたら・・・あっというまになくなりますから。」

ジイはフフフと笑って睡骨に言った。

「大丈夫ですよ。あの包みにはお金は入っておりませんから。」

「はあ・・・?」

「こういうこともあろうかと・・・もう一つ、包みを用意しておりました。」

ジイはその包みを睡骨に渡した。

「蛇骨さんのことをよくお分かりですね。」

「蛇骨さんのことはよく若さまから聞かされておりましたからね。」

二人はハハハァ〜と笑い合った。

「では私も、今夜はこれで失礼します。」

ジイは眠る蛮骨の手を取り、語りかけるように言った。

「よく眠ってらっしゃる。若さま・・・どうぞ、無茶をなさらないでください。

ジイにできることは何でもいたします。それでは、また参ります。」

睡骨に向き直って、ジイは蛮骨をよろしく頼むと頭を下げた。

そして小屋を出て行った。





蛮骨はその夜、夢を見ていた。

ずっと昔。幼い頃の夏の記憶。

庭の片隅に咲いている朝顔の色がやけに印象的だった。

ジイと蛮骨は、縁側に座ってスイカを食べている。

スイカの種をプッと庭に飛ばす蛮骨。はしたないとジイに怒られた。

『ジイ、どうしてスイカの種をお庭に捨ててはいけないの?』

ジイは笑いながら蛮骨に言った。

『そんな風にスイカの種をお庭に捨てると、お庭にスイカがたくさんできてしまうでしょう。』

『ぼく、スイカだいすきだよ!」

また蛮骨はスイカの種を庭に飛ばした。

『おやめください、若さま。』

『イヤだ。たくさんスイカ作る!』

『ジイと若さまだけでは食べきれません。』

『だったら、みんなにスイカを分けてあげようよ。

父上も母上も兄上も、みんなスイカ好きでしょ。きっとみんな喜ぶね、ジイ。』

無邪気に種を飛ばす蛮骨を、ジイはただただ優しく微笑んで見ているのだった。




その後の夢の続きは・・・忘れてしまった。

 

次のページ