Dolls +++ Episcde T +++

 

 

−次の日の朝−

蛮骨以外のみんなは、早々に朝餉を済ませどこかへと行ってしまった。

医者の睡骨は、お粥を蛮骨の元へ運んだ。

部屋に入ると、蛮骨が身体を起していた。

「起きてて大丈夫ですか?」

「ああ・・・なんとかな。」

ちょっと不機嫌そうな顔だ。そして、顔色が悪い。

「お粥・・・作りました。」

「いらねえ。腹減ってねえから。」

「でも・・・食べておかないと、治るものも治りませんよ。」

「・・・じゃあ、後で食うからそこに置いとけ。」

言われるがままに、睡骨はお粥の乗った盆を畳の上に置いた。

「昨日、ジイが来ただろ?」

「来ましたよ。もしかして・・・覚えてないとか?」

「ん・・・なんか話したような気もするけど、よく覚えてねえ。」

睡骨は部屋の隅に置いてある薬の入った葛籠を持ち上げた。

「みんなは?」

「どこかに行かれたみたいですね。薬、新しく塗りなおしましょう。」

さらしで締付けていたおかげで、なんとか傷口は閉じているようだった。

そこに昨日と同じように、べっとりと染みる薬を睡骨は塗りたくった。

痛みに耐えながら蛮骨は睡骨に聞いた。

「ジイから・・・なんか預かってるだろ・・・。」

「あ、はい。預かってます。これ、塗り終えたらお渡しします。」

薬を塗り終え、睡骨は手際よく蛮骨の身体にさらしを巻きつけた。

そして懐から、昨夜ジイから預かっておいた包みを蛮骨に渡した。

蛮骨は中身を確認すると、睡骨に書机の引き出しの中から財布を取るように言った。

そこから財布を取り、蛮骨に渡した。

財布の中身を蛮骨は確認して、溜め息を吐いた。

今月は、新しく加わった煉骨と銀骨の歓迎会やらなんやらで、だいぶん金を使ってしまった。

今日は、菫の店に金を払う日だった。

ジイからもらった金と、今ある金を合わせても、毎月の約束の金額には足りなかった。

菫の居る女郎宿の店主は顔なじみだし、なんとか今月はこれで勘弁してもらうしかない。

「睡骨。着物取ってくれるか?」

「え?い、今からどこかへ行かれるんですか!?」

「・・・ちょっとな。」

「無茶ですよ!そんな身体で・・・しばらくは安静にしておかないと!」

「今日行かなきゃならねえ所があるんだよ。」

「じゃあ、私が代わりに行って来ますよ。」

「これはおれの問題だから、他人の世話になるわけにはいかねえんだよ。」

「・・・他人だなんて。蛮骨さん、私を仲間だって言ってくれたじゃないですか。」

「おれが行かねえと意味がねぇーんだよ!」

蛮骨はヨロヨロと立ち上がって、鴨居にかけてある着物を乱暴に引き取ると

サッと羽織って部屋を出て行こうとした。

「蛮骨さん!そんな身体で動き回ったら・・・傷口が開いてしまいます!!

安静にしていてください!!」

蛮骨は振り向き様に睡骨の胸座をグイッと掴み上げた。

「いちいちうるせえんだよ、てめぇ・・・。おれのすることに口出ししてんじゃねえよ!」

ドンッと睡骨を突き飛ばして、蛮骨は塒を出て行ってしまった。





表に出ると蛮骨は、着物を調えて歩き出した。

睡骨の胸座を掴んだ時、身体に力を入れ過ぎたせいで、傷口がズキンと痛んだ。

歩くたびに、その痛みは増していった。

街の大通りに出ると、そこには行き交う人々で賑わっていた。

この街は大きな街なので、旅人やら商人たちやらが大勢いる。

蛮骨の姿に気づくと、大抵の者はササッと道を開ける。

この街で彼を知らない者はまずい無いだろう。悪評名高い名士の次男坊。

誰もが愛想笑いを浮かべながら挨拶をして、そそくさと通り過ぎる。

機嫌を損ねるようなことが無いようにと、誰もが当たり障りなく振舞う。

青白い顔で、蛮骨は堂々と街の中を歩いた。

まだ暑い季節ではないけれど、額に汗が滲んでいた。

なんとなく、熱っぽかった。おそらく、この傷のせいだろう。

街の喧騒から逸れて、蛮骨は柳通りを曲がった。

曲がった先には遊郭に続く道がある。

そこを進んで行くと、菫のいる店が見えてきた。

夜とは違い、人気もほとんどなく閑散としている。

ここだけ、周りとは時間の感覚が違っている。

木戸で閉められている店の入り口を、蛮骨はドンドンと叩いた。

しばらくして、店の中から店主が出てきた。

店主はひと目を気にして、蛮骨をすぐに店の中へと入れた。

ここへは、金を納める時意外は来ないでくれと言われてる。

蛮骨が店に出入りしているとなると、客が怖がって寄り付かなくなるのだ。

だから蛮骨は、夜は絶対にここへ来ることは無い。

比較的人気の無い午前中に毎月金を納めに来ている。

いつか菫をここから自由にするために。

もう何年もこうして、蛮骨は金を納めていたのだった。

それも、来年の春には終わりを向かえそうだ。

来年の春、桜が咲く頃にはきっと、菫は自由になるっている。

「今月分。ちょっと足りねえけど・・・足りねえ分は、金ができ次第持って来る。」

店主は金を受け取って、それを箱に収めた。

「頑張ったな。蛮骨。わしとしては、菫を手放すのは惜しいがね・・・。

なにせ、店一番の売れっ子だから。」

「菫は?起きてるのか?」

「起きてるよ。さっきまでここに居たよ。そろそろおまえさんが来る頃だって、ソワソワしていたな。」

笑いながら店主は蛮骨を見つめた。

「ん?今日はそんなに暑いのかい?」

「え?」

「ずいぶんと額に汗をたらしているようだけど。」

「あ、ああ・・・ちょっと急いできたから。そのせいじゃねえかな。」

「そうかい。ちょっと待ってな。今菫を呼んできてやろう。」

そう言って店主は、店の二階へと上がって行った。

蛮骨は店の上がり框に腰を下ろした。

立っているのが少し辛くなっていた。

着物の中を覗いてみると、じんわりと血が滲んでいる。

菫の顔を見たら、今日は帰ろう。

で、おとなしく塒で寝ていようと思ったのだが。

ドカドカと階段を駆け下りる音を聞き、菫の顔を見た途端、その決心はどこかへ行ってしまった。

サッと着物の襟を合わせて、蛮骨は菫を振り向いた。

「蛮骨!遅い!女を待たせるんじゃないよ!」

「すまねえ・・・ちょっといろいろあって、来るのが遅くなっちまった。」

「おやじさん、ちょっと出かけてくるよ。」

と言って、菫は蛮骨の腕に手を絡ませて外に出て行った。

「店が始まるまでには戻るんだよ〜!」

振り向くことなく、菫は手を振って蛮骨と歩いて行ってしまった。





「忙しいみたいだね。この前塒に行ったら、睡骨が出て来て誰も居ないって言われた。

睡骨って、私が行くといつもいるけど・・・大丈夫なのかい?あいつ、役に立ってんの?」

「ああ。時々、とんでもねえ時に人格が入れ替わるのが厄介だけどよ。

凶暴睡骨の時は、けっこういい仕事してくれるぜ。」

「どうしたのさ?なんだか顔色が良くないみたいだけど。」

「そうか?それより、いつもの店に行って、軽く酒でも飲んでかねえか?」

「その後、小間物選んでくれるよね?この前、すっごく綺麗なカンザシ見つけたんだ。」

「すまねえ・・・今日は持ち合わせがねえんだ。」

「いいよ。一緒に選んでくれるだけでいい。」

ほとんど限界だった。とにかく、どこかに落ち着きたかった。

傷口を気にしてゆっくり歩いていても、激痛が走る。

その痛みは、心臓と同じリズムを刻んでいた。

馴染みの店はまだ準備中だったけれど、そんなことはお構いなし。

勝手に上がりこみ、いつもの席に座った。

奥からおずおずと店主が出て来て二人にお茶を差し出した。

「い、いらっしゃいませ。いつもご贔屓に。」

といっても、ほとんど金を支払ってもらった覚えは無い。

なれた口調で菫が言った。

「お銚子二つ、早く持ってきてよ。」

手ぬぐいで汗を拭いながら、蛮骨は菫に聞いた。

「へんな客が付き纏ったりしてねえか?」

「大丈夫だよ。あんたの名前出したら、すぐにおとなしくなるから。

たまには、旅のやつとかいて、あんたのこと知らない人もいるけどね。」

「もう少しの辛抱だから・・・我慢できるか?」

「我慢できる。いままで我慢してきたんだもん。春になったら、私は自由だ。

でさ、蛮骨。」

「ん?」

「私があの店を辞めたら、あんたも今の仕事から足を洗ってよ。」

「・・・なんで?」

「まっとうに暮らそう。二人で。」

「考えとく。」

「考えとくじゃだめだよ。私は嫌だからね。

人の物を奪ったり、金を脅し取ったり・・・そういうの、もう止めにしようよ。」

「おれに何ができる?まっとうな仕事なんてできると思うか?

今までこの腕っ節ひとつで生きてきたんだ。」

「いつまでも、そんな荒んだ生き方してちゃダメだ。

変われるよ、蛮骨。変わらなきゃ・・・あんたも、私も。

まだまだ若いんだし。いくらでもやり直せるよ!!」

「そうだなぁ・・・傭兵でもやろうかな。」

「それもいいかもね。ケンカとか強いし、好きなだけ暴れられる。

でも、やっぱり傭兵はやめてよ。戦で死んじまったらおしまいだもん。」

「じゃ・・・おれは何をすればいい?」

「畑を耕すっていうのは?」

「は?くっだらねえ。おれ、鍬とか鎌とか握ったことねえもん。

泥だらけになって仕事するっていう性分でもねえし。」

そこへ店主がお銚子を運んできた。

「どうぞ。あ、それとこのおしんこはサービスです。」

「気が利くじゃない。どーもありがとう。」

菫はニコリと微笑んで、店主からお銚子を奪い取ると、盃に酒を注いだ。

それを蛮骨の前に置いて、自分の盃にも酒を注いだ。

「とにかくさ、今やってることから足洗ってよ。

その後のことは、ゆっくり考えよう。この街で暮らさなくてもいいしさ。

どこか別の場所で暮らせば、きっと上手くいくよ。私も、頑張るからさ。」

菫は立て続けに二杯酒をあおった。

蛮骨は一口だけ飲んで、すぐに盃を戻した。

傷口が傷んで、酒を飲む気分になれなかった。

怪我のことは、菫には黙っておかなければ。

こんな傷を負わされたと知れば、今までの話の流れからして、即刻足を洗えと言い出しかねない。

ようやく新たな仲間を加えて、これからという時なのだ。

これからといっても、集まった仲間達で何処かを目指しているわけでもないのだけれど。

「今日は蛇骨ちゃん、どうしてんの?いつもはくっついて来るのにね。」

「あいつならどっかに行っちまったみてえだぜ。」

「そう。静かでいい。」

菫はおしんこをつまみながら、お銚子を1本開けてしまった。

酒にも、おしんこにも手をつけない蛮骨。

壁に背中をもたれて、時々辛そうな表情を浮かべている。

額の汗は止まらないようで、しきりに拭っている。

明らかに、様子がおかしかった。

「蛮骨。やっぱり、具合が悪いんじゃないの?」

「・・・かもしれねえ・・・やっぱ、今日は帰ろうかな・・・。」

「うん・・・そうした方がいいね。」

「すまねえ・・・せっかく逢えたのに。付き合ってやれねえで。」

「気にしなくてもいいよ。出ようか。」

蛮骨は椅子から立ち上がった。

すると、フラリとよろけてしまった。すかさず菫が身体を支えてくれた。

心配そうに蛮骨を覗き込んだ。

「ねえ、本当に大丈夫なのかい?」

菫が支えてくれている手をそっと放した。

「大丈夫。ちょっとよろけただけだから。」

二人は店を出て行った。

店主は二人に小さく言った。

「ま、まいどありぃ・・・。」

そして一つ、溜め息を吐いた。

今日も彼らは、堂々と無銭飲食をして行ったのだった。

 

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