一夜明け、蛮骨はどんよりと曇った気分で犬夜叉一行の後ろを付いて歩いていた。
今朝から山中を歩き回り、何か手がかりが見つからないかを探し歩いている。
「蛮骨、そんな後ろ歩いてないで。あんたの鼻や耳が一番頼りになるんだから、しっかりしなよ」
退治屋装束を纏った珊瑚が目をすがめて振り返った。
そう言われても、何を追えば良いのか分からないので探しようが無いではないか。
「退治屋的に、こういう現象に心当たりは無いのか」
「さぁ……初めて目にするけど」
「坊主的には」
「さっぱりですな」
肩をすくめる珊瑚と弥勒に、さらにがっくりと項垂れる蛮骨。
「とりあえず、退治をお願いされた蛇を探してみるしかないんじゃない」
かごめの提案に、彼女に抱えられた七宝も同意を示した。
「そうじゃ。案外、そいつの仕業かもしれんぞ」
「へび?」
蛮骨は片眉を上げた。そして思い出す。
「そういえば俺たちも、山の西側の集落で蛇退治を依頼されたんだった」
「そうなの? あたしたちが頼まれたのは東側の里だけど、同じ妖怪と見て良さそうだね」
極度の混乱のせいですっかり頭から抜け落ちていたが、確かにその蛇が退治されるのを恐れて悪さをしている可能性は大いにありそうだった。
「よし、探して殺そう」
「まあ待ちなさい。駆除すれば術が解けるという保証はありません。蛇というのは中々やっかいなんですよ。対処を誤れば、一生元に戻らないおそれもあります。特に今回の蛇は、神として祀られているものと同一の可能性がある」
弥勒の言を聞いた蛮骨はぞっとした。蛇の呪力にではなく、犬夜叉として生き続けなければならない未来を想像して。
「わかった。見つけた後の対処は任せる。良きに計らってくれ」
存外殊勝に頷く蛮骨に、犬夜叉一行は目を瞬いて顔を見合わせた。
蛇を探すという明確な目標ができると、探索にも身が入る。蛮骨は鋭敏な耳と鼻を惜しみなく使い、あちらこちらを積極的に探し回った。
「ねえねえ、ちょっと」
茂みをかきわける蛮骨の背後に、かごめがそっと近づいてきた。
思わずびくりとして身構えると、かごめは逆に驚いた様子で身を引いた。
「そんなビクビクしなくても、言霊を言うつもりはないわよ! もう。……それより、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
何故か声を潜ませるかごめを訝りながらも、蛮骨もそれに合わせて声を低めて応じた。
「何だよ」
「あの……うーん」
そこで言いよどむかごめ。訊くべきか訊かざるべきか、今更ながら迷っているらしく、苦悶の表情を浮かべている。焦れてきた蛮骨は探索を再開しようと踵を返しかけた。
「あー待って待って! わかった、言うから!」
蛮骨を引き止めたかごめは、何やら赤みが差した顔をして見上げてきた。
「あの、私って、変なにおいとかしてない?」
「……はあ?」
思い切り怪訝に見下ろしてくる蛮骨に、かごめは弥勒たちの様子を気にしながら続けた。
「だから……においよ。ほら、犬夜叉の状態なら鼻が効いてるでしょ。人間の時は気付かなくても、半妖には気になるにおいとか、あるでしょ」
「要するに、自分が臭くねえかって事か?」
あまりにどうでも良い質問だったため、つい普通の音量で喋ってしまい、やや遠くにいる弥勒たちが気付いてこちらを振り返ったのが見えた。その瞬間地面に叩きつけられる。
「もぉー! あんたも相っ当デリカシーに欠けるわね!!」
小声で怒号しながら、弥勒たちには笑って手を振るかごめ。
「言霊は…言わねえって……」
よろよろと起き上がりながら恨めしげに見上げると、彼女はずいと身を乗り出した。
「で、どう? においの件は」
「別に。不快なにおいは感じねえが」
むしろ正直に言うと良いにおいだと思う。女性特有のやわらかい感じに加え、少量だが香でも付けているのだろう。
「気にするほどでもないだろ」
「ほんと? ほんとね?」
「そんな気になるなら犬夜叉に直接訊けばいいじゃねえか」
「き、訊けるわけないでしょ!」
かごめの反応に、蛮骨はやや逡巡する素振りをみせて大仰にため息をつく。
「よしわかった。お前、犬夜叉に気があるんだろ。いいぜ、この際だからあいつの体でして欲しい事があるなら言ってみな」
「は……は!?」
「ほらほら、遠慮すんなって。触り放題だぞ。犬夜叉には黙っててやる。それとも何だ、こっちから抱きしめてやったりするのがお望みか」
「な、なん……ばっ……~~~っ!!!!」
言い返す言葉も見つからず、ゆで蛸のように真っ赤になっていく少女を面白おかしく観察していた蛮骨だが、その赤みが頂点に達した時、再び地面にめり込んでいた。
「犬夜叉でも、二日間のうちにそれほど潰されるのは中々ないですよ」
「なんか、潰され方が板についてきたというか。蛮骨が入っててもあんまり違和感無いよね」
午前の収穫が何も無いまま、犬夜叉一行は昼餉にありつくことになった。
日当たりの良い平地を見つけて敷物を広げ、その上に腰を下ろしている。
「かごめは何で怒ってるんじゃ? こやつに何かされたのか!?」
先の一件以来、かごめは一言も蛮骨と口を利いていない。からかわれたのが相当頭に来たようだが、その件については当事者の二人以外は顛末を知らない。
「悪かったって。冗談だって」
蛮骨は決して被虐趣味ではないので、さすがにこれ以上潰されたくはない。とりあえず怒りを静めてもらおうと小声で謝っておく。
たぶん自分は、乙女心を踏みにじったとか、そういう類のことをしてしまったのだろう。たぶん。
ずっとそっぽを向いていたかごめが、横目で蛮骨を睨む。そしてひとつ嘆息すると蛮骨に何かを差し出した。
軽い器の中に湯が入っていて、さらにその中には縮れた蕎麦のようなものが入っている。
「もういいわよ。私の質問には答えてもらったわけだし。ほら、あげるから食べて」
「初めて見る食い物だ」
「私の時代の食べ物なの。犬夜叉はそれ、大好きなんだけど」
「私の時代」という言い方がよくわからなかったが、蛮骨は容器と箸を受け取り、それを口にしてみた。
その瞬間、何かこれまでの価値観に大きな変革が起きたような衝撃を味わった。
「なんだこれ。めちゃくちゃ美味えな!」
感動のあまり次々と箸を口に運ぶ。容器の中身はあっという間に空になってしまった。
「……そんなに?」
かごめが引きつった笑いを浮かべている。
蛮骨は名残惜しく容器を眺めながら、煉骨にこれの製作方法を編み出してもらえないだろうかと考えた。
「これはどうやって作るんだ」
「作り方? 容器にあらかじめかやくと麺が入ってるから、それにお湯をかけるだけよ」
「火薬……ならやっぱ煉骨の専門領域か……」
ぶつぶつと唱えている蛮骨に首をかしげつつ、かごめが自分のカップ麺をすする。
「元に戻ったら、これ一つ貰いたいんだが」
「えっ? ごめん、私が今食べてるので最後」
かごめが戸惑いながら自分のカップを持ち上げてみせる。蛮骨の頭の上にある犬耳がみるみる垂れていくのを見て、ああやっぱり耳は無意識に垂れるものなんだと、妙な感動を覚えた。
「そんなに落ち込まなくても、現代に戻ればいくらでも持ってこれるわよ」
「本当か、なら絶対持ってこいよ。そんで俺に渡せ」
「……考えておく」
本来は敵である以上、そうそう渡す機会があるとは思えないのだが。
昼餉を終えた一行は手早くその場を片付け、蛇探しを再開した。
しかし、それから日が落ちるまでひたすら歩き回ったものの、結局は蛇妖怪も入れ替わったことに関する手掛かりも、何も見つけることはできなかった。
「ふふ、ぐふふふふふ」
蛇骨の不気味な笑い声が耳に忍び込み、犬夜叉は総毛立って飛び退った。
手近な木の陰に隠れ、顔だけを覗かせる。
「んはぁー、可愛いなぁ犬夜叉。大兄貴がすでに可愛いのにその中に可愛い犬夜叉が入って、最強に可愛い生物の出来上がりだぁ」
蛇骨が上気した顔でにやにやしながら近づいてくる。
昨夜一晩かけて、ようやく蛮骨と犬夜叉が入れ替わったということだけは理解できた蛇骨は、それから興奮しきりだった。
「もうさ、俺のために存在してるかのような奇跡だよ。な、殺さねぇからこっち来いって。流石に大兄貴の体に刀を向けたら兄貴たちに半殺しにされちまう」
「そんな話信じられるわけねぇだろ! ぜってーお前には近寄らねえ」
「いひひひひ、その反応も堪らねえぜ! 大兄貴には悪いけどこの状況たっぷり愉しませてもらわねーとなぁ!」
二人のやりとりを眺めていた睡骨と煉骨は辟易した風情で溜息をついた。
「完全に悪役じゃねぇか」
「野郎に向けての発言だと思うと寒気がする」
ちなみに昨夜一晩かけて蛇骨に状況の説明をしたのが睡骨である。煉骨は早々に匙を投げた。
しかしこの状況を見るに、かえって状況を理解できていないままにした方が良かったかもしれないと、今更ながら思っていた。犬夜叉と一緒に行動しなければならないだけでも虫唾が走るというのに、蛇骨も壊れかかっており手に負えない。
その蛇骨が一足飛びに木の陰へ迫り、犬夜叉を引っ張り出してぎゅうぎゅう抱きしめた。
「はなせ! はなせよ畜生ぉぉ!」
「さあ一緒に風呂入ろうなー犬夜叉。大丈夫、大兄貴の体は見慣れてるから、ぜんぜん恥ずかしくねぇからな」
見知らぬ人間に無理やり抱かれた小型犬よろしくきゃんきゃん喚く犬夜叉を見かね、睡骨が声をかけた。
「んな事してる場合かよ。俺らも手掛かり探しに行かねぇと、いつまでも山ん中で野宿する羽目になるぜ」
「蛇骨、お前は俺たちと山の西側を探すぞ。睡骨、犬夜叉を頼む」
「わかったよ。俺たちは温泉の周囲でも調べるか……」
煉骨が渋る蛇骨が無理やり引き剥がして連れて行くと、犬夜叉は胸が空になるほど息を吐いた。
「あいつは、お前の何がそんな気に入ってんのかねぇ」
煉骨に引き摺られながら文句を垂れる蛇骨を見送りつつ、首を傾げる睡骨。
「俺が知るか」
威嚇するような体勢で蛇骨を睨んでいる首領の顔を、睡骨は内心で興味深く眺めていた。
「さて、ひとまずぐるっと一周してみるか」
泉に沿って歩き出すと、やや距離を空けて犬夜叉がついてくる。警戒心はむき出しのままだが、蛇骨と一緒にいるよりは数倍良いと判断したらしい。
歩きながらも、犬夜叉は心ここにあらずといった様子でしきりに森の中に視線を向けていた。
「何だよ、まだ蛇骨の野郎が気になるのか?」
「あいつの事なんざどうでも良い」
蛇骨には悪いが、睡骨も心の底から同意する。では犬夜叉は何を気にしているのかと考えてみる。
「ああ、てめぇの仲間が心配なのか」
犬夜叉がこちらに視線を向けた。睡骨は口端を上げる。
「こう言って気休めになるか知らんが。うちの大兄貴は卑怯な手口が嫌いだから、協力宣言してるうちはそれを裏切る事はねえだろう」
というか、とてもそれどころじゃないと言った方が正しいだろう。気の毒なものだと他人事のように考える睡骨である。
「仲間の心配すんのも勝手だが、少しはこっちにも身を入れてくれよ。元に戻れねぇと本末転倒だろ」
「……まあな」
犬夜叉は睡骨の後について、ようやく周囲の様子に気を配る事に注力し始めた。睡骨はやれやれと肩をすくめ、湯気の立ち上る温泉のほとりを源泉の方向へと歩き出す。
犬夜叉と蛮骨は入浴時に入れ替わったという。いつの間にか眠っていて、気がついた時にはすでに異変の起きた後だった。
温泉は軽く人の手で整備された様子がある。大蛇騒動がなければ東西の里から人々が入浴に訪れる穴場なのだろう。
しばらく歩いていると、温泉をせき止めるようにそびえ立つ岩場が現れた。背丈よりも高く向こう側が見えない。
「俺が踏み台になるから、上に登って見てみろ。俺が大兄貴を足蹴にするわけにもいかねぇからな」
「あ、ああ。わかった」
睡骨の肩を支えに岩をよじ登り、岩場の上に立った犬夜叉はそこからの光景に息を呑んだ。
「何が見える」
「こっちと似た温泉が、岩を挟んだ向こうにも同じようにある」
睡骨は少し考えてから口を開いた。
「お前らも温泉に入ってたんだよな。俺たちと鉢合わせなかったって事は、お前らは岩のそっち側にいたって事じゃねぇか」
犬夜叉が岩場の上から目を凝らした。
「そうみてぇだ。あの看板に見覚えがある」
「看板?」
「そういえばあの看板、何が書いてあったんだっけか…」
「よくある入浴時の決まり事だろ。それより、そっから他に何か見えねぇのか。巣穴っぽいもんとか」
「いや、そういうのは……」
注意深く視線を彷徨わせていた犬夜叉が、ある一点で目を止めた。
「あそこにあるのはなんだ?」
見上げてくる睡骨に犬夜叉がその方角を指さす。
「よく見えねえが、赤い……柱みてえなもんが」
彼らは犬夜叉一行が入浴していたと思われる側の、犬夜叉が指し示した場所にある木立へ向かった。
近付いて生い茂る長い蔓や木の枝をかき分けて見ると、隙間からぼろぼろになった赤い柱が現れた。
「これは……鳥居か?」
「ああ、ひでえ有様だ」
犬夜叉が眉をひそめる。
鳥居は所々が朽ちて穴が空き、大きく傾いて周囲の木々に寄りかかる形でそこにあった。
鳥居の向こうにある小さな社のようなものも、蔦が幾重にも絡みつき、厚く蜘蛛の巣が張り、日光など久しく浴びていない事を物語るように黒ずんで埃まみれだった。
社の前にはささやかな賽銭箱があるのだが、不届きな輩が盗みを働いたらしく、上部が粉々に破壊されて中は空になっている。
「……」
二人は無言で視線を交わした。
あたら温泉まわりが整備されているので、余計に無残に見えてしまうのだろうか。
ややあって、睡骨が口を開いた。
「お前らの方が詳しそうだから訊くが、神の祟りってのは本当にあるもんか?」
「こんな扱いなら俺でも祟りてぇと思うだろうぜ」
犬夜叉が吐き捨てるように答え、ずかずかと社に歩み寄り観音開きの扉を開ける。これだけ荒れ放題ならば、今さら不敬も何も無かろう。
「御神体だ。これは……蛇の抜け殻、だな」
小さな社の中には木枠に置かれた半透明の抜け殻があった。特別大きいわけでもないが、切れ目も無く光沢を放つ美しい抜け殻だ。
「へぇ」
横から覗き込んだ睡骨がそれをひょいと摘み上げ、日の光に透かして眺める。さすがにその行為はどうなんだと犬夜叉が非難の目を向けるが、どこ吹く風だ。
木枠を囲むように供物や榊の枝が配されているが、そのどれもが虫食いだらけで朽ちており、摘むだけでぼろぼろと崩れ落ちた。
「蛇……? あ、そういや、俺たちは大蛇を探しに山に入ってたんだった」
思い出したように犬夜叉が言った。睡骨もああ、と手を叩く。
「おおそうだ、俺たちもだ。忘れてたぜ」
この社は件の大蛇と大いに関係がありそうだ。入れ替わったことにも繋がるかどうかは不明だが、収穫があっただけましである。
この惨状をどうにかした方が良いのだろうが、犬夜叉と睡骨だけでは何をどうしたら良いものかわからなかった。下手なことをして状況を悪化させたくないので、弥勒や煉骨に考えさせようという事でその場は意見が一致する。
念のため泉の残り約半周を再び探索していると、またも犬夜叉が何かを見つけた。
「さっき上から見えた看板だ」
「『玉雫の湯』ってーのか。なかなかに大層な名前なんだな」
犬夜叉はまじまじと看板を読んだ。さっきから、何となくだがこの看板に何が書いてあったのか、気になっていたのである。
――参詣の帰りに浸かると疲労回復とともに有難い運気を授かります。入浴料は賽銭箱へ。湯の中には投じない事――
「……」
犬夜叉は渋い顔になった。
まさか。まさかそんなことで。いくらなんでも。
「裏側にも何か書いてあるぞ」
「裏だと?」
睡骨に言われてひっくり返してみると、ほとんど読めないほど掠れているが確かに何か記してある。
「信……心、忘れ…者に……大い、なる……不幸……」
やっとその部分だけ判別できたが、言いたいことは大体分かった。
犬夜叉は無言で頭を抱えた。とてもいやな予感がする。
「つまり――この風呂はタダじゃねぇぞ。金払わねぇと不幸に見舞われるぞ、って事か。
で、お前らはこの看板読んだ後、賽銭箱に金は入れたのか?」
「……入れてねぇ」
「読んだのにか」
「疲れてるから夜が明けてから参詣すればいいって、弥勒が言った気がする……」
そしてあれこれ騒ぎの結果、参詣し忘れている。
ごにょごにょと呟きながら、犬夜叉は納得がいかない。
あの社の状態を見るに、タダ風呂に入ったのは何も自分たちが初めてではあるまい。なのに一夜世話になっただけの旅人にこんな仕打ちをするなどあんまりではないか。天罰なら社を放っておいた人間たちに下すべきだ。
「タダ風呂食らった奴、記念すべき何人目、とかだったんじゃねぇの」
睡骨の語調も少々呆れが混じっている。
二人は看板を引っこ抜いてその場を後にした。日が沈んだら全員が集まり、調査の収穫を報告することになっている。
東の空が夜の幕を広げ始めていた。
日がとっぷりと暮れ空にぽつぽつと星が瞬き始めた頃、犬夜叉一行と七人隊一行は一つの焚き火を囲んでその日の調査成果を報告しあった。
ほとんど目ぼしい成果の無い中、犬夜叉と睡骨が発見したものについては誰もが興味を示した。
「それはかなり……いや、ほぼそれが黒と踏んで良さそうな気がするんだが」
腕を組んで炎を見つめながら煉骨が呟く。
「その社を手入れすれば、解決するかしら」
「それと入浴料を払わなかったお詫びだね」
かごめの言に珊瑚が気まずげに返す。
後ほど詣でる気は確かにあったのだが、思いがけない事態が起こった事ですっかり頭の中から消え去っていた。何を言っても言い訳にしかならないかもしれないが。
「仕方ねぇ、明日の朝一から作業に取り掛かるとするか」
そう言う煉骨の隣で睡骨が目をすがめた。
「もしも、それだけやっても蛇野郎が現れず、二人も元に戻らない場合はどうする」
場がしんとなった。考えたくは無いが、その事態は充分ありえる。だが、今日一日探索してもこれ以外の手がかりは皆無だった。
犬夜叉と蛮骨は藁にすがる思いで弥勒と煉骨を同時に見たが、さしもの二人もすぐには案が出ず、唸るばかりだった。
しばらく黙りこくっていると、女性に近づくのが嫌で輪から一人外れていた蛇骨が地面に仰向けに寝転んだ。
「めんどくせぇなあ。霧骨の野郎が生きてりゃ、毒であぶり出してさっさと退治できるのによ」
何気なく発言された言葉に、焚き火を囲んでいた者たちは顔を見合わせた。
「毒なら、あたしも妖怪退治用のを持ってるよ。霧骨のやつほど強力じゃないけど」
退治屋の毒は妖怪に対して効果覿面だが、範囲は限定され、霧骨の毒のように広域には及ばない。普段は建物や巣穴の中に充満させる形で使う事が多いので問題ないが、山中で拡散するにはやや威力不足だった。
「そこを何とかできれば使えそうね。あ、あくまで最終手段よ?」
かごめが意気込み、蛮骨が煉骨に問うた。
「煉骨の火薬で爆発させればどうだ」
「そんな単純に……いかない事もねえが」
否定しかけた煉骨だが、ふと考え直して頭の中で計算を始める。
「いけそうなのか」
蛮骨の問いに彼は小さく頷いた。
「投げるよりは砲筒に込めて撃つ形にした方が良いだろう。より拡散力を高めるには……」
ぶつぶつと設計図を言葉にし始める。こうなると煉骨以外にはわからない。弥勒が皆に視線を戻した。
「そちらは煉骨に任せましょう。珊瑚、毒はすぐに用意できますか」
「手持ちの材料で足りると思う。あとで煉骨に渡しておくよ。……他の用途に使ったら承知しない」
「わかってるって。俺からも言っておく」
警戒するように睨む珊瑚をなだめるように蛮骨が頷いた。