出立間際のことである。
多くはない荷をまとめ寝起きに使っていた広座敷を後にした七人隊は、出しなに新たな部屋を発見することとなった。
座敷のほど近く、崩落した屋根の下敷きになり、瓦礫の山で塞がっている箇所があったのだが、その山がいつの間にか半分ほどの高さまで崩れていたのだ。後ろに、これまで隠れていた部屋が口を開いていた。
興味本位で踏み入った蛇骨が「うお」と声を上げたため、蛮骨も気になって内部を覗き込み、そしてわずかに目を瞠った。
そこは、損壊以前は広座敷のちょうど半分程度の広さがあったかと察せられる、畳敷きの一間だった。
その中に五つの骸が折り重なるように倒れていた。いずれもとうの昔に骨と化し、分厚い埃と瓦礫の屑にまみれている。
「俺らみてえな旅の連中かね。屋根が崩れて外に出られなくなったまま、おっ死んだか?」
「……いや」
ざっと見回した蛮骨はわずかに目を細めた。
骸の傍らには割れた酒器がいくつも散らばり、その上抜き身の刀や匕首まで転がっている。途中で折れたり刃こぼれしている刀身はどれも血糊の跡がこびりつき、変色して錆びきっていた。視線を巡らせれば、横の板壁も骸の下の畳も、広範囲に何かをぶちまけたような黒い染みに覆われているのが認められる。
「殺し合ったんだろう」
蛮骨と蛇骨の会話を聞き留めてか、煉骨も中に入ってきた。彼は惨状の痕を無言で見回していたが、奥に積み上げられた大きな風呂敷包みの山を目敏く認め、ずかずかと踏み込んでいく。そうして風呂敷の一つの結び目を解き、はぐった。
「……壺、掛け軸、金物に刀……」
「物盗りっぽいな」
行商ではなかろう。
「だろうな。仲間割れ起こしたってところか」
何処かで働いた盗みからの逃亡中にこの寺を見つけ、一時の塒としたのだろう。そして滞留中、取り分の話か何かを火種に諍いが勃発したのか。
金品がそっくり残っていることから察して、その場にいた全員が相討ちとなったようだ。それから年月が流れるうちに屋根が崩れ落ち、殺し合いの痕跡もろとも瓦礫の下となった。
「お粗末な最期だな」
別段珍しい話でもないが。
「ありがたく頂いちまおう」
煉骨が言った。淡々とした語調の中に微量の弾みがある。
元は盗品かもしれないが、今となっては持ち主不明の品々だろう。状態がいいものを金に換えたところで誰に責められる懸念もない。
煉骨は人手を集めに表へ出て行った。
蛇骨がそそくさと、わざわざ最も小さい風呂敷包みを選んで片手にぶら下げ、その後に続く。出口付近で立ち止まり、
「しっかしまあ、今までこんなのの間近で寝泊まりしてたってことだよな。こいつらの幽霊まで出てこなくてよかったぜ」
嫌悪の眼差しで骸を一瞥し、足元の髑髏を蹴飛ばした。髑髏は壁に当たって乾いた音を立てる。
蛇骨は外に出かけて再度振り返り、
「どうしたよ蛮骨の兄貴、行こうぜ」
部屋の一角を向き佇んだままでいる首領の背に呼びかけた。
蛮骨は部屋の隅に打ち捨ててある、薄いぼろぼろの衣が幾重にも重ねられたものから視線を外し、
「ああ」
踵を返した。
適当な風呂敷を両手に提げて戸外に出ると、仲間たちが入れ違いに壊れた部屋へ入っていく。
最後尾にいた煉骨を呼び止め、
「取るもん取ったら、この寺焼いちまえ」
と手短に命じた。煉骨は不審げに片眉を顰める。
「構わねえが、何か理由でも」
「別に。墓さえ残ってりゃ、他はもういらねえだろ」
仏像も仏具も、壊れているか盗られているかのどちらかだ。がらんどうの伽藍など、無くなったところで誰も怒りはすまい。
煉骨は異論を唱えなかったが、双眸にはなお、探るような色が宿っている。
それを見返して蛮骨は仄かに口端を上げ、
「ちっと胸糞が悪いのさ」
言い捨てて、その場を後にした。
もうもうと立ち昇る幅広の黒煙が空を二分している。
最後にそれを一瞥し、蛮骨は仲間たちの後ろに続いた。前を行く銀骨の荷台は風呂敷が満載されており、残余は凶骨が腰に吊るしている。
皆の足取りは軽い。
想定外の足止めはあったが、旅路に大きな影響は無かろう。
肩の蛮竜を収まりのいい位置に担ぎ直す。
瞼の裏に衣の山がちらついた。
恨みはないと言っていたが。
忘れたのだと、解釈していたが。
新之助は。あの子供の中に生まれた負の念は。
本当はずっと、あそこにあったのではないか。
恨みを抱かなかったのでも、忘れたのでもなく。
その部分だけが、切り離されたのではないか。
怨念と忌まわしい記憶はあの部屋に凝って。盗賊どもは、それにあてられて。
「またぼーっとしてら。らしくねえ」
蛇骨に目の前でひらひらと手を振られ、蛮骨は思考をやめた。頭の中にあった新之助の面影が、少し薄れた。
ああ、らしくねえ。そう呟いて頭を振る。
「怪談話なんざしたせいかもな。どうにも空想癖がついちまった」
「あん?」
風向きが変わる。焦げつく臭いが遠ざかる。
「歩きがてら続きでもするか? 百物語」
「……あのなぁ兄貴。俺ァあん時あの場ですんのが嫌だっただけで、医者睡骨の野郎みてえに根っからの――」
盗人どもの汚らしい骸も、醜い殺し合いの跡も。
小さな子供が飢えと孤独の中で終わりを迎えた名残も。
新之助が旅立った空の下、全て燃えて、無くなった。
<終>