廃寺怪談

七人隊は山を越えていた。
木々の生い茂る山中は昼間でも薄暗い。
木と木の間を縫うように、強い風が吹いていた。
風が強い、と彼らが気付き始めたころ、晴れていたはずの空には暗雲が広がっていた。
間もなく、ぽつりぽつりと雫が落ちてきた。
まばらな雫はやがて束になったようにどっと降り出して、七人はあっという間に濡れ鼠になってしまった。
「ひでぇ雨だな」
額に張り付く髪をかき上げ、蛮骨は唸った。
木がこんなに枝を伸ばしているというのに、たいした雨しのぎにもならない。
横で、蛇骨がくしゃみをした。
蛮骨はちらと空を見上げる。黒い雲に覆われて、夜のように暗い。
ここ最近、快晴が続いていたから、一気にきたのだろう。
しまいには雷まで鳴りだした。
「大兄貴、雨宿りできるところを探そうぜ」
煉骨の提案に、蛮骨も素直に頷く。
「凶骨、何か見えないか?」
蛮骨は巨大な体躯を仰いで声を張り上げた。普通に話しかけたのでは、雨のせいで何も聞こえないのだ。
彼の声を聞きとめ、凶骨は辺りを見回した。
「どれ……ん? おおっ、あったぞ大兄貴!」
凶骨の太い指が、左手の森の向こうを指す。
「建物みてぇのがある。あっちの方だ!」
七人はそちらへ向かった。
雨風にさらされながらしばらく行くと、確かに木々の間から建物の屋根や壁が見えた。
皆は嬉しそうな顔をしたが、蛇骨は近づいてみてがっかりしてしまった。
「ぼろっちぃなぁ…」
眼前にあるのは寺のようだった。
だがそれも「以前は」のことだろう。すでに廃寺になっている様子で、荒れ放題である。
がくりと肩を落とした蛇骨を、蛮骨は小突いた。
「我慢しろ。雨が止むまでの間じゃねぇか。ないよりはマシだ」
気にした風もなく、皆は中へ入った。渋っていた蛇骨も、結局は雨風よりも寺の中を選ぶ。
外見通り、中もこれ以上ないほどボロボロだった。
誰かが故意にやったとしか思えないくらいに、調度品やら何やらがあちこちに散らかっている。
壁や戸板には穴があき、そこらから隙間風が入り込んでくる。
皆はさすがに表情を硬くしたが、贅沢も言えないのでそれぞれ座って身を休めた。
かろうじて残っていた炉に火をいれ、濡れた着物を絞る。
外からは雨風と雷の轟音が響いている。
しばらく火にあたって、その音を聞くとはなしに聞いていた彼らだったが、ふいに蛇骨が立ち上がった。
「どうした、蛇骨」
「じっとしててもつまんねぇし、探検してくる。ここよりマシな部屋があるかもしれねぇじゃん?」
そう告げると、蛇骨は奥のほうへ行ってしまった。
残りの面々も特にそれを咎めることもなく、着物が乾くのを待ちながら他愛のない話をして時間を潰した。

薄暗い寺のなかを、蛇骨はひたひたと歩いた。
季節は夏なのだが、雨のせいだろうか、どうにも肌寒い。
途中、仏像や仏壇などを見つけたが、見る影もなかった。
さらに奥へ進むと、広い部屋に出た。そこはずっときちんとしており、立ち位置の関係からか隙間風もなかった。
「おお~、いい部屋みっけ。よし、皆に教えてやろ」
部屋の中を一通り確認し、蛇骨は踵を返す。
と、一瞬、首筋がひやりとした。
「……?」
背後を振り返るが、当然なにもない。
気のせいかと思い、蛇骨は来た道を戻ろうと歩き出した。
――ねぇ。
突然、耳元で声がした。ぎくりと蛇骨は辺りを見回すが、やはり誰もいない。
気のせい気のせい、と蛇骨が胸を撫で下ろしたとき。
――ねぇってば。
「ひぃっ……」
今度こそはっきり聞こえた声に、蛇骨はびっくりして飛び上がった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
あらん限りの大声をだし、脇目もふらず、一直線に駆け出した。

ちょうど、話にひと段落ついたところだった。
六人の耳に、奥の廊下のほうから奇声が聞こえてきた。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!」
「蛇骨か…?」
「あの野郎、今度はなにを…」
煉骨たちが呆れていると、当の本人がひどい顔で駆け込んできた。
真正面にいた睡骨に躊躇なく飛び込んでいく。
予期せぬこととその勢いに、睡骨は後ろへ思い切り転んでしまった。
蛮骨たちは目を丸くしてそれを見た。
したたか打ち付けたらしい後頭部を押さえ、睡骨は蛇骨を睨んだ。
「てめぇ、蛇骨~!」
そんな睡骨は眼中にない様子で、蛇骨は今度は煉骨にすがった。
「兄貴っ、こんなとこ早く出ようぜ!」
「はぁ?」
「ここ、何かいるんだって!ほんとに、今そこで何かがよぉっ…」
「ああ、はいはい。
じゃぁここで大人しくしてな」
涙目で訴えるが、あまり信用されてない。
蛇骨は頼みの綱の蛮骨に目を向けたが、蛮骨は御免だと言わんばかりに視線をそらしてしまった。
「ひでぇじゃねぇか大兄貴!」
詰め寄ると、蛮骨ははぁと息をついた。
「蛇骨、マシな部屋はあったのか?」
「へ?あ、うん…」
正直に答えたところで、蛇骨はしまった、と思った。
「よし皆、そっちの部屋に移動するぞー」
蛮骨が呼びかけると、仲間たちは「おうよ」という具合に立ち上がり、蛇骨の静止も聞かずに行ってしまった。
「あれ、蛇骨。何だっけ?」
面白そうに蛇骨を眺める蛮骨を睨み、蛇骨は怒ったように舌を出した。

結局、雨は夜になっても止まず、七人隊は朽ちた寺の中で夜を過ごさねばならなくなった。
移動した先の部屋は思ったより居心地がよく、皆は思い思いに休息をとっている。
だが蛇骨ひとりは、小さな物音にもびくびくして落ち着かない。
「なあ、こういうときこそ、怪談話でもしようじゃねぇか」
唐突に言い出したのは、睡骨だった。
「こんなボロボロの寺ん中でやりゃあ、雰囲気でるぜ」
「面白そうだな。じゃあ皆でやるか!」
蛮骨は乗り気だが、蛇骨はぶんぶんと首をふった。
「俺はやだ。絶対いやだ!!」
「その昔、ある城の姫様がよぉ…」
蛇骨などお構いなしに、睡骨は話し出す。蛇骨は耳を塞ぎ、急いで部屋を出ていった。
「どうしたんだ、あいつ」
その様子に、六人は首を傾げた。
「いいじゃねぇか、続きを話せよ、睡骨」
「おう」
その後六人は怪談話に花を咲かせたのだが、それは彼らにとっては笑い話も同然だった。

夜も深くなると、七人は布団がないので畳に直に横になって眠りについた。
相変わらず、雨が屋根をたたく音がきこえる。
それもあって、蛇骨は全く眠ることができないでいた。
(あ~、どうすっかな…)
せっかく野宿しないで済んでいるのだから、本当は眠りたいと思うのだが。
そうしているうちに、身体がムズムズとしてきた。
(やべぇ…厠に行きたくなってきたぁ…)
昼間も行ったので、厠がどこにあるのかは知っている。だがこんな真っ暗な中、こんな廃墟を一人で厠まで行くなんて絶対に嫌だった。でも、我慢もできない。
すぐそこに寝ている蛮骨を起こそうと、蛇骨は小声で話しかけた。
「大兄貴…」
さすがに戦場で生きるだけあって、少年は一発で起きてくれた。
が、意識は覚醒してないらしい。
「蛇骨…?……………しつこい」
意味不明な言葉を残し、再び夢の中へ旅立ってしまった。
(な、何がしつこいってんだ!?俺まだ何も言ってねぇじゃん!!)
困惑しながらもう一度揺り起こそうとしたが、途中でやめた。
本当にしつこくやったら今度は殴られるかもしれない。
重くため息をついて、蛇骨はのろのろと立ち上がった。やはり一人で行くしかない。
それにしても、三つも年下のこの少年に「一緒に厠まできてくれ」と言ったら、何と言われただろう…。
それを思い、蛇骨は苦笑いを浮かべた。
廊下に出ると、本当に闇のようだった。
「こ、怖くねぇっ……怖くねぇ…」
自分に言い聞かせ、少しずつ足を踏み出していく。厠まではそんなに遠くない。
すぐに用をたすと、蛇骨は急いで部屋まで続く廊下を戻った。
と、突然、雷鳴が轟き、辺りが白く光った。
「わぁああ!!」
蛇骨は頭をかかえ、身をすくめる。
音も光も数瞬後には消えていたが、蛇骨は驚きですっかり身体が硬くなっていた。
「だ、だだだ、だいじょぶ…だって…」
自分で自分を励まし、引きつった笑顔を浮かべる蛇骨の耳に、声が聞こえてきた。
――弱虫。
「ひぐっ…」
もはや首はまわらない。振り返ることはできない。
声にならない奇声をあげ、蛇骨は一目散に部屋へとダッシュした。
「兄貴兄貴兄貴兄貴っ――!」
勢い良く戸を開け放つと、蛇骨は幸せな顔をして寝ている蛮骨を叩き起こした。
「大兄貴っ、大兄貴ってば!!」
寝ぼけ眼の蛮骨をがくがくと力任せに揺らし、ついには顔まで引っぱたいた。
「じゃこつ…殺すぞ、お前」
そこまでくるととっくに目の覚めていた蛮骨は、平手をもろに食らって眉間にしわを寄せた。
「蛮骨の兄貴っ、俺もう無理!さっさとここを出ようぜ!兄貴たちが嫌なら、俺一人でも行くからな!!」
「蛇骨、まだぞんなことを……」
「俺は行くぞ!こんなとこにいるくらいなら、嵐のなかをさ迷ったほうがマシだぁ!」
こちらの言葉も聞かず、もはや狂っている弟分を黙らせんと、蛮骨が拳を振り上げたときだった。
――五月蝿いやつだなぁ…
暗闇の中から、声が響いた。
「――?」
「ひぃぃ!」
蛇骨は肩を強張らせて蛮骨にしがみついた。
「今の、なんだ?」
蛮骨は目を凝らして暗闇を見つめる。
すると、二人の前にぼうっと白い何かが現れた。
――おいらだよ
白いものは靄のようで、徐々に人の形をなしていく。
二人の眼前の中空に、子供の姿が形作られた。
蛮骨と蛇骨は目を丸くして、呆然とそれを見ている。
――?何だよぅ、おいらの姿、見えるだろ?
「ゆ……」
蛇骨はわなわなと口を開いた。だが言葉が続かない。
「幽霊か……?」
代わりに蛮骨が訊いた。
――うん、そうだよ。
子供幽霊の返事はあっさりしたもの。だが次の瞬間、蛇骨の絶叫が轟いたのは言うまでもない。
――ねぇ、そいつ五月蝿いよ。
黙らせてくれない?
幽霊に指摘され、蛮骨は慌てて蛇骨の口を塞いだ。
しかし他の仲間たちも蛇骨の絶叫で目を覚ましていた。
「何だよ蛇骨…。うるせぇなあ」
あくび混じりに言いながら、睡骨は中空のモノに目をとめて、固まった。
煉骨も同様だ。霧骨や銀骨も、訝しげにソレを見ている。
凶骨は、まだ寝ていた。
――ほらみろ、皆起きたじゃないか。
子供は呆れたように息をついてみせた。
「お、お前は…誰なんだ……?」
――おいらの名前?新之助だよ。
男児だが、声が高くて女児のようにも聞こえる。まだ幼いのだ。
――おいらはこの寺に住んでたんだ。お前たちこそ誰?
「旅の者だ」
蛮骨は適当に答えた。こんな子供に「七人隊」などと言ってもわかるわけがない。
新之助もさほど興味はないらしく、深くは追究しなかった。
――お前たち、おいらを見ても怖くないのかい?おいらを見たやつらはみんな、一目散に逃げてくんだけどなぁ
そいつみたいに、と蛮骨の影に隠れている蛇骨を指差した。
蛮骨は笑って、蛇骨に呼びかける。
「言われてるぞ、蛇骨。こいつは大丈夫だ、危険なヤツじゃねぇよ」
蛇骨は恐る恐る出てきて、新之助を睨んだ。
「おめぇ、俺のこと弱虫だの五月蝿いだの言っただろ…」
――本当のことじゃん。
ふよふよと漂っていた新之助は、床にすぅっと足を下ろした。
そして蛮骨の顔をみあげる。
――この雨はしばらく止まないよ。ねぇ、その間、この寺にいてくれる?
「どうして」
――このぼろっちい寺に人が来るなんて、何年かぶりなんだ。
おいらも話し相手がほしかったんだよ。
「ふぅん…」
まあ確かに、わからないでもない。
「別にいいぜ。なあ煉骨?」
「お好きなようにどうぞ……」
煉骨は投げやりに答えた。
こうしてどこの誰かもわからないような幽霊と普通に話をしている首領を見ていると、
自分はこれからもこの人についていけるのかと心配になってしまうのは、煉骨だけではないだろう。

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