炎の鳥

「火事だあぁっ!」
夜も更け静まり返った通りに、突如鋭い声が響き渡った。
その声に起こされ、何事かと村人たちが家の中から顔を出すと、一人の男が震える指で天を指していた。
その方向を見て、皆一様に言葉をなくす。
闇の中に、火柱が天を突いてそこにある。
空にあった無数の星の光も、炎によって掻き消えていた。
「ひ…、火事っ……!」
「にげろぉ!!」
村人たちは口々に叫び、家から飛び出す。
女子供は村のはずれまで走り、男たちは火を消そうと水を抱えて駆け回った。
風に乗って熱が伝わってくる。
どれほど水をかけても、火の勢いが衰えることはなかった。
消そうともがく横で、隣の民家にも燃え移ってゆく。
「おいっ、そこの家を壊せ!」
これ以上燃え広がらないようにと、隣接する家々を次々と壊す。
しかし、炎はまるで意思を持ったかのようにうねり、瞬く間に村全体を覆いつくしてしまった。
「もうだめだ!にげろ、にげろ!!」
見たことがないほどの炎に、男たちは水桶を放り出して炎の海から飛び出した。
女たちが避難している村はずれまで駆け、振り返った彼らが見たのは真っ赤に燃える村だった。
「ああ…俺たちの村が…」
家も財産も、蓄えた食糧までも、炎に舐められて灰と化していく。
小さな村は、一夜にして全てを失くしてしまった。


「あんたら、この先の村にいくのかい?」
道端で野菜を並べていた女に声をかけられ、七人は足を止めた。
「まあ、次の城への通り道だからな。行くっちゃあ行くぜ」
蛮骨が答えると、女は声をひそめた。
「なら気をつけなよ。あの村じゃあ、しょっちゅう大きな火事が起きてるんだ」
「大きな火事? そりゃ物騒だな」
「そうさね。何しろ、この隣村からでもでっかい火柱が見えるくらいさ」
あのむこうにね、と女は高く茂る木々を指差す。
なるほど、あれを越えて見えるのなら相当だ。
「長居はしねぇから大丈夫だろ。でも、忠告ありがとな」
「いやいや、いいんだよ。じゃ、気をつけてね」
女は軽く手を振ると、仕事を再開した。
七人も再び歩き始める。
しばらくすると、煉骨が思い出したように言った。
「そうだ、もうすぐ食料が底をつくんだが……」
「もうすぐって、あとどれくらい残ってる?」
「二日もつかどうかぐらいだ」
「じゃあ、あの村で調達しねーとな」
もうすでに、先ほど話していた村が見えてきている。
程なくして行き着いたが、村はひっそりとしていた。
人はいるものの皆暗い顔をしており、七人をちらと見やっただけで特に興味を示す様子もない。
「静かな村だな」
「兄貴、さっさと食料奪って先を急ごうぜ。こんな陰気な村からは早く出てぇよ」
蛇骨の言葉に煉骨も頷き、さっそく近くの村人に話しかけた。
「おい、すまないが、食料を分けてくれないか」
村人は、じろりと煉骨を見た。
「この村には、俺たちが食う分の食料もねぇんだ。よそ者にやる分なんかねぇ」
「そうさ、作っても作っても火事でみんな焼けちまう。俺たちはもうどうしたらいいか…」
脇から他の村人が後をつぐように言う。
「わかったら、さっさと出ていきな」
煉骨はムッとしながら仲間のもとへ戻ってきた。
「食料はねぇってよ」
「じゃあどうするんだ?この次の村までは、どう考えても二日じゃ着かないだろ」
蛮骨と煉骨がうーんと唸っていると、傍を一人の法師が通り過ぎていった。
彼も旅の者であるらしい。
煉骨と同じように村人に話しかけている。
「あいつも食べ物恵んでもらうつもりだぜ、無理だってのによ~」
蛇骨と霧骨は、にやにやと笑いながらその様子を見ていた。
しかし、すぐにその口があんぐりと開けられる。
法師を見るや否や、村人たちが駆け寄ってたくさんの食料を差し出したのだ。
「な、な、な……っ」
「あんなにあるじゃねぇかっ」
二人は急いで兄貴分に報告に走る。
「大兄貴、煉骨!今の法師、村の連中からたくさん食べ物貰ってたぜ!!」
「なんだと!?」
蛮骨たちが見てみると、法師が大勢の村人と話しこんでいる。
その腕には、たくさんの食料が抱えられていた。
「おいお前ら!そんなに食べ物があるんじゃねぇか!
なんでその坊主にはやれて、俺たちには駄目なんだ」
蛮骨が声をあげると、村人たちが睨んできた。
「法師さまにはお願いして来ていただいたんだ。
この食料は精一杯のお礼の品、お前たちごときにやれるか!」
「なんだとこの野郎!」
殴りかかろうとする蛇骨の腕を、煉骨が掴んだ。
「兄貴っ、何で止めるんだよー!」
「蛇骨、ここは一先ず下がれ。俺にいい考えがある」
こそっと耳打ちすると、蛇骨は大人しく腕をひっこめる。
「いい考え?」
「ああ、とりあえず法師が一人になるまで待つんだ」
大人しく退いていく彼らを村人たちはしばらく訝っていたが、やがてまた法師との会話に集中していった。
法師が一人になるのを待って、蛇骨がそっと近づいていく。
川原で一息ついている法師の前に立ち、蛇骨刀を向けた。
「おい、さっき村人から貰ってた食べ物、分けてくれよ」
驚いて目を見開く法師に、蛇骨は口の端を吊り上げる。
「全部寄こせとは言わねーよ。半分くらい分けてくれ。
大人しく分けてくれたら、命はとらねぇぜ」
さすがにこう言えば分けてくれるだろう。
何せ相手は非力そうな坊主。鋭利な武器をちらつかせて、七人隊の名を出せば楽勝だ、という煉骨の読みである。
まぁでも七人隊の名はもう少ししまっておこう。
最終手段で使って、相手のおののく顔を見るのも面白そうだと蛇骨は思った。
落ち着きを取り戻した法師は、蛇骨をまじまじと観察している。
「お主はさっきの……少し分けるぐらいなら構わんが、タダでやることはできんぞ」
「ああ?金取るつもりかよ。俺を誰だと思ってんだぁ?」
七人隊の名を出すときだ!
蛇骨の頭の中ではこの先の展開が容易く想像できていた。
≪俺を誰だと思ってんだ!七人隊の切り込み隊長、蛇骨さまだぜぇ!!≫
≪なっ…七人隊!?ひぃぃお助けを!!どうぞお好きなだけ持っていってください!!≫
≪はっはっは、わかりゃーいいんだ!!≫
と、こうなるはず。
「俺は七人隊切り込み隊長、蛇骨さまだ!!大人しく言うこと聞いた方が身の為だぜ!」
声も高らかに、名乗りをあげる。
これでこっちの勝ちは決まりだ。
が、蛇骨の予想に反して法師は怖がる様子を見せなかった。
眉を寄せ、険しい顔で蛇骨を見据えている。
(あれ、予想の展開と違うなぁ~。こういう場合は…どうすりゃいいんだ?)
残念ながら、そこまでは煉骨に聞いていない。
そこに、蛮骨がやってきた。
「蛇骨、なにモタモタしてんだ。食料は貰えたのか?」
「お、大兄貴…。それがよぅ……こいつ、七人隊の名前出しても怯まねーんだ」
「はぁ?」
意味がわからず首をかしげ、蛮骨は法師に向き直る。
「なぁあんた。こいつから聞いたとは思うが、食料を分けてもらえねぇか」
「分けるのはいいが、タダでは無理だと言っておる」
「あいにく、金もそんなに持ってないんだよな……」
「金がないのなら、何か良いことをしてみろ」
蛇骨と蛮骨がそろって眉を寄せる。
「良いこと?」
「左様。お主ら七人隊なのだろう。外道な人殺しを生業にしているときく。
そこでだ、わしの前で一つ人さまのためになることをして、ただの外道でないことを証明するのだ。
わしが納得できれば、食べ物を分けてやろう」
「……俺たち、裏では結構良いことしてるよなぁ」
「おう、ガキを成仏させたり狐とタヌキの恋を実らせたり日照りの土地に雨降らせたり…」
「なんかすげぇなあ俺たち」
「軽く神懸かってるな」
これまでの経験を思い出して感慨深げな二人である。
だが法師はそれを信じていないようだった。
「お主ら、何を訳のわからんことを言っておる。やるのか、やらんのか」
「やるって言ったって、そうそう人助けになることが都合よく転がってるのか?」
ましてやこの村の者たちの自分たちに対する反応は冷たい。
訝しげな蛮骨に、法師は口の端を上げて言った。
「ちょうど、わしのところに仕事の依頼がある。それを手伝えばいいさ」
よっこらせと立ち上がり、法師は蛮骨を見上げる。
「仲間のところに案内せい。詳しい仕事の内容を教えてやる」

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