仲間が一休みしている空き家に法師を連れて戻った蛮骨と蛇骨は、皆に法師から出された条件を説明した。
霧骨や凶骨はあからさまに不服そうな態度をとった。
「坊主の言いなりになるのかよ。逆らう野郎は切り殺しちまえばいいじゃねぇか」
「戦以外でそうそう容易く殺しをするな。悪評が多いと仕事にかかわる」
冷静な蛮骨の言葉に頷いて、煉骨も渋々ながら条件を呑んだ。
「で、何をすればいいんだ」
煉骨が視線を向けると、法師は懐から巻物を出して話し始めた。
「この村で火事が多いのは知っているか?」
「ああ、さっき隣村の女が言ってたな。毎回すげぇ大火事だって」
「左様。 聞いた話によると一番最初の火事が一番ひどかったらしい。
瞬く間に広がって、村全体が灰になったそうだ。
幸い死者は出んかったが、村人たちはその土地を捨てる羽目になった。
この村は、彼らが移住して新しく作ったものだ」
だが、悲劇はそこでは終わらなかった。
気をとりなおして皆が新しい生活に馴染んできたころ、また火事が起こったのだ。
前の教訓を活かして家々の間隔を開けていたためにそれほど燃え広がらなくて済んだが、やはり2,3人は家を失った。
そのような火事はたびたび発生し、収穫時の畑を焼いたこともあった。
いずれも大きな火柱が上がり、およそただの火事とは思えないほどだったと言う。
燃え尽きるまでは水も受け付けず、辺りの物を瞬時に焼き払う。
「村の者たちは、これが妖怪の仕業かと疑ってわしを呼んだのだ。
そして先ほど調べたところ、確かにこの村から妖怪の気配が感じられた」
「つまり、俺たちはその妖怪を退治ればいいのか」
「そのとおり」
法師は巻物を広げた。
「これはわしが様々な文献から写して作った巻物だ。妖怪の情報が記してある」
見ると確かに、妖怪の名前や詳しい説明が書かれている。
その中の一つを、法師の節くれだった指が指し示した。
「わしが察するに、村に棲みついているのはこの妖だ」
「ヒザマ……?」
その名を煉骨が読み上げる。 聞き覚えのない名前に、七人は首をかしげた。
「ヒザマというのは鶏の姿をしていて、火事を起こす妖怪だ。
早急に見つけ出して退治せねば、またすぐに火事になるだろう」
「へぇー」
鶏が夜に鳴くのは不吉だと聞いたことがあるが、まさか火事を起こす鶏がいるとは。
「じゃあ、そのヒザマっていうヤツをさっさと倒そうぜ。
俺たちだって長居はできねぇからな」
そう言って空き家を出て行く蛮骨に、他の六人も従った。
「ヒザマは空の瓶や桶に棲みつく。片っ端から調べるのだ」
「中を見ればいるもんなのか?」
「からっぽなのに持ち上がらないものがあるはずだ。そういうのを見つけたら知らせろ」
「へーへー」
七人は三組に分かれて村に出た。
蛮骨と蛇骨と煉骨が共に村の端から一軒ずつ調べていく。
戸口を叩いて、家にある瓶や桶を全部見せろと言うと、皆そろって怪訝な顔をしてきた。
だが法師の頼みだと言えば大人しく言うことをきく。
そうして何件も回った後、やっと三人はその瓶を見つけた。
納屋の片隅に無造作に置かれていた、古い瓶だった。
からっぽの瓶は、蛇骨が持ち上げても蛮骨が持ち上げてもびくともしない。
「これだな。煉骨、坊主を呼んでこい」
「わかった」
煉骨はすぐさまその家を出て行くと、法師を伴って戻ってきた。
法師は瓶をじっと見つめると、懐から符を取り出した。
「間違いなくこの中におる。この符を瓶に貼り付ければ、ヒザマが飛び出してくるはずだ。
お前たち、ヒザマが出たらすぐに切り殺せ」
残りの仲間たちも駆けつけ、いよいよヒザマと対面の時がきた。
みんな固唾を呑んで符が貼り付けられるのを待っている。
「失敗すれば大火事になる。準備は良いな?」
「おう」
「では」
法師は念を込めた符を瓶にピタリと貼り付けた。
途端に、空っぽの瓶がガタガタと小刻みに震えだす。
七人は武器を構えて息を詰める。
瓶に、ぴしりと亀裂が生じた。
次いで亀裂から炎が噴き出し、符の力に反発するように亀裂が広がっていく。
「くるぞ……っ!」
法師が唸った瞬間、瓶は内側から爆ぜた。
熱風とともに破片が飛んでくる。
それを払いのけ、蛮骨は一歩前に出た。瓶のあった場所に一羽の鳥妖がいる。
姿は少し大きい鶏のようで、赤いトサカを持ち鋭い目でこちらを見ている。
ヒザマはけたたましく鳴くと、翼をばたばたと羽ばたかせた。
飛ぶことはないが、そこから激しい炎が生じて彼らに襲い掛かる。
蛮竜でそれを薙ぎ払い、蛮骨は続けざまにヒザマに斬りかかった。
が、さらに繰り出された炎によって阻まれる。
蛇骨も蛇骨刀を放つが、横から炎の渦に攻撃されて思うように戦えないでいた。
煉骨が大砲を見舞う。しかしそれは逆効果で、炎の勢いがますます増してしまった。
「馬鹿野郎っ、何やってんだ!!」
「う、うるせー!炎を吸収するなんて聞いてねぇぞ!!」
凶骨と睡骨はこの戦況ではさすがに不利なので、他にあった瓶や桶に水をめいっぱい溜めて火事に備えていた。
「なんか、俺たちって妖怪相手だと使えねぇよな…」
「素手と爪だもんな」
ヒザマの鳴き声が鋭く響く。
「みんな下がりな」
突然かけられた霧骨の言葉に蛮骨たちは振り向く。
霧骨は手に丸いものを持って前へ進み出た。
「これは毒の煙玉だ。妖怪に効くかはわからねぇがな」
蛮骨や蛇骨がその場を離れると、霧骨は炎の中心にいるヒザマに向かってそれを投げつけた。
球が破裂し、毒を混ぜた煙が鳥妖を包み込む。
ヒザマの羽ばたきが弱まった。
次第に炎の勢いも衰え、火の海の中にいたヒザマの姿が露になる。
毒が効いているのか、動きが鈍い。
法師がその身体に呪符を飛ばす。
呪符から発せられた見えない鎖のようなものがヒザマを地面に拘束した。
鶏の姿をした妖怪はばたばたと暴れるが、もはや逃れることはできない。
毒の煙が消えた頃、蛮骨がヒザマのもとへ進んで蛮竜を構えた。
蛮竜の切っ先が炎を弾いてきらめく。
蛮骨は無言で鉾を叩き落した。
ヒザマの断末魔の叫びが不快に轟く。
鳥妖の首が胴体から離された。
まだ何か起こるのではと警戒していたが、結局はそれで終いだった。
ヒザマの死骸は砂のように崩れ、やがて風にさらわれていく。
法師は清水をかけてその場を清めると、七人に向き直った。
「村にずっと憑いていたヒザマだな。移住してもそのままついて来ていたのだろう。
ご苦労。妖は無事に退治できた。お主らのおかげで仕事が早く終わったぞ」
「約束だ、食料を分けてくれ」
「いいだろう。お主ら、これからまた戦に向かうのか」
「ああ。山の向こうの城にな」
「そうか。では、達者でな」
「法師が、俺たちみたいな外道集団に何言ってやがる」
法師はふっと笑って踵を返す。
「村人との話を終えたら、わしもまた旅に出る。縁があったらまた会おうぞ」
「また妖怪退治手伝わせるんじゃねーだろーな」
その問いには答えず、法師は去っていった。
「さてと、俺たちも出発するか」
分けてもらった食料を荷に詰め、七人も旅を再開したのだった。
その後、その村が火事に見舞われることはなくなった。
そして村にはヒザマの伝説とともに法師と七人の従者の話が語り伝えられたのだという。
<終>