「一太郎さんは、今日忙しいんですか?」
団子を食べ終え、華は一太郎に訊いた。
「えっ?いや、忙しくないです、暇ですよ」
「じゃあ、この町を案内してくださらない?私、来たばかりでよくわからないんです」
一太郎狸は心臓が飛び出そうだった。
「わ、わたしで良いんですか!?」
「はい」
華は優しく微笑んで、一太郎を伴って歩きだした。
「へー、なんだかんだで、上手くいってるなぁ」
「どこまで続くかねぇ」
蛮骨たちは一太郎が食べた団子の金を払い、急いで彼らの後を追った。
一太郎は、華に色々な店を案内してまわった。
狸なのだが古くからこの町を知っているらしく、細かいところまで教えている。
そして二人は、明日もまた案内するからと約束をして別れたのだった。
宿に帰る途中で、一太郎は蛮骨たちに合流した。
「おー、狸。いきなりやるなぁ」
一太郎は気の抜けた様子で、ポンと音を立てて変化を解いた。
「夢のようでした…。全部蛮骨さまのおかげです」
「何言ってんだ。お前がやったんじゃねぇか」
「いいえ、蛮骨さまが背を押してくれなかったら、わたしはいつまで経ってもあんなことはできませんでしたよ」
蛮骨は狸を抱えて肩に乗せた。人通りはないから、怪しまれることもない。
それを見て、蛇骨は唇を尖らせた。
「おい、タヌ公。俺にお礼は?」
蛮骨は怪訝そうに蛇骨を顧みる。
「お前なんにもしてねぇじゃん。ってーか、あからさまに皮肉ってただけだし」
蛮骨は肩の一太郎に視線を移す。
「今日はこれまでとして、明日の内にでも恋仲にならないとな」
「で、ですが…それはさすがに…」
「今の調子なら、イケるかもしれねぇぜ。
お前からビシッと告白して、あの女もお前のことが好きになって…」
蛮骨は、言葉を止めた。考えてみれば、自分は狸相手に何を言っているのだろう。
こんなに上手くいくとは思っていなかったから、実は最初は狸の無様な様を笑い飛ばしてやるつもりだったのに。
「蛮骨さま?」
「ん、何でもねぇ。ま、せいぜい食われんように頑張んな」
次の日、約束通り一太郎は華に町案内の続きをして過ごした。
昨日話をしたばかりとは思えないほど、華は一太郎に親しく接している。
そのうちに、一太郎の緊張も解けていた。
あっという間に昼になり、彼らは蕎麦屋に入った。蛮骨たちもそれに続く。
蛇骨はつまらなそうな顔をしているものの、行く末が気になるのか、後をついてくるのをやめない。
一太郎たちの食べた蕎麦代は例によって蛮骨がこっそり払い、町案内が終わる頃は日が落ちかけていた。
夕日をはじく川原を歩きながら、一太郎は逡巡した。
(ああ……思いを伝えなきゃ…)
期限は明日までだが、答えを考えてもらう時間もいるので、今言ってしまったほうがいい。
ちらと脇を見ると、木陰から蛮骨と蛇骨が促している。
(よ、よーし。 言ってやるぞ…)
一太郎は袖の中で拳を固めた。
「――華さん!」
「はい?」
きらきら光る川を眺めていた華は、いきなり呼ばれ驚いて振り返った。
赤い光に照らされ、彼女は美しかった。
「華さん、わたしは…わたしは…!ずっと……」
一太郎の額を汗が伝う。
肝心な言葉が出ない。必死に口を開くが、喉の奥に押し込められたように、かすれた音しかでない。
その時、華の向こうに蛮骨たちが見えた。
身振りを見ると、応援しているように見える。
(そうだ、しっかりしなきゃ…)
食われるからとかいう理由でなく。こんな機会はもう二度とないだろうから。
一太郎は背筋を伸ばし、まっすぐに華を見た。
「わたしは、あなたが好きです!!」
「え……」
華の目が大きく見開かれた。
「おー、言った言った。とうとう言ったぜ。あのタヌ公」
木陰の蛇骨はおかしそうに笑った。蛮骨は黙って彼らの様子を窺う。
一太郎も華も、しばらく何も言えないまま突っ立っていた。
と、蛮骨は一太郎の異変に気付く。
「あれ…?」
一太郎が小刻みに震えているのだ。どうやら緊張が限界に達しているらしい。
そのとき、一太郎の腰にポンと尻尾が現れた。
「ちょっとマズイかも…」
変化が解けそうだ。だが華は、それに気付いてない。
「一太郎さん、私…」
華が口を開いた直後、一太郎が突然煙につつまれた。
「えっ、一太郎さん!?」
華は驚いて後退あとずさる。
一瞬後、白い煙の中から出てきたのは人間ではなく、一匹の狸だった。
狸は小さくなって華を見上げると、ダッと駆け出した。
「あっ…」
華の横をすり抜けて、狸の姿はみるみる遠のいてしまった。
「あ~あ、終わったな…」
蛇骨は息をついた。
「さっさと追うぞ」
蛮骨は一太郎を追って走った。蛇骨もそれにならう。
一太郎狸は宿のそばの茂みにうずくまっていた。
「おい、狸」
蛮骨が近寄っても、顔をあげようとしない。
蛮骨は仕方なく彼を抱き上げ、無理やり顔をこちらに向けさせた。
狸は泣いていた。そりゃもう、涙が滝のごとく溢れている。
「もぉ終わりです…華さんに正体がばれてしまったぁぁ……」
「うん、もうちょっとだったんだがなぁ」
狸は抱き上げられたままエンエンと声をあげて泣いた。
「だけど、お前はちゃんと言ったんだから、それだけでもすごいと思うぜ」
狸は不思議そうに瞬きした。
「どこが、すごいんですかぁ…」
応援されなければ何もできなくて。たった一言言うのがやっとで。
言い終えたらその途端に変化が解けてしまった落ちこぼれではないか。
「だってよぉ、普通、あんなとこまで持ってくのだってあり得ねぇじゃん。
まさかホントに告白できるとは、思ってなかったんだぜ。
そこらの狸よか全然すごいって」
蛮骨は狸を川原に連れて行き、そこに下ろした。
狸は力が抜けたようにへなへなと座り込む。
しばらくぼーっと川面を見つめているうちに、涙も引いてきた。
そうだ、確かに自分は凄いことをした。
今までの自分にはできなかったことを、やったのだ。
そう思うと、一太郎はなんだか誇らしくなった。
横に座っている蛮骨と蛇骨を見上げて、小さく笑った。
「ありがとうございました。わたしはもう、思い残すことはないです。
どうぞ、約束通り煮るなり焼くなり好きに…」
「あ」
ふいに、蛇骨が声をあげた。
蛮骨がそちらを見ると、華が走ってくるところだった。
「あれは…」
華の姿を認めて、狸は慌てて蛮骨の陰に隠れた。
華は彼らのもとにやってきた。そして、荒くなった呼吸を整えながら尋ねる。
「あの、こちらに…狸が…来ませんでしたか?」
「来たぜ。こいつだろ」
蛮骨は背に隠れている一太郎を前へ押しやった。
「あわわっ、蛮骨さま!!」
暴れる狸を捕まえて、蛮骨は華に向き合った。
「こいつは、あんたをからかった訳じゃねぇんだ。こいつはホントに…」
「蛮骨さま!もういいんです!!こんな無様な姿はさらしたくないです!!」
狸は蛮骨の手をすりぬけ、逃げ出そうとした。
「一太郎さん!」
華が叫ぶ。
一太郎狸はぴたりと動きを止め、華を顧みた。
華は一太郎に歩み寄ると、自分の頭に手を置いた。
そこから何かを取るような仕草をすると、ポンと音がして華が消えた。
瞬きの後に、そこには狐が現れていた。
「へ……?」
一太郎は唖然と口を開けた。蛮骨と蛇骨も目を丸くして言葉がでない。
狐は、人間の時と違わぬ穏やかな声で笑った。
「見ての通り、私は狐です。あなたと同じなんです、一太郎さん…」
「華…さん…?」
狐は狸の小さな手をとった。
「私もあなたが好きですよ。一緒に、人間として暮らしましょう」
「人間として…」
「狐と狸のままでは、仲間たちからも疎外されるでしょう。
人に化けて、人の中で、暮らしていきましょう」
「わたしで良いんですか!?本当に、わたしと一緒に…」
狐は、にっこりと微笑んで頷く。
一太郎は喜びのあまり、止めていたはずの涙を再び流した。
「すっげーなぁ」
蛮骨は感心したように頷く。
「何がだよ」
「一日やそこらで同棲にまで持ってくなんざ、俺にだって無理だぜ」
蛇骨はフンとそっぽを向いた。
「あーあ、結局はキツネとタヌキのノロケ話かよ…」
「お前だって結構楽しんでたじゃねぇか」
「俺はタヌ公がふられて、さんざん嘆き悲しむところが見たかったんだよ」
一太郎と華は人間に化けて二人で帰っていった。
あの一太郎と美人の華が並んでいると、なんだか吊り合わない気もするが、そこは口を閉ざしておこう。
「タヌキ鍋はナシだなー」
「大兄貴、マジで食おうと思ってたのかよ?」
胡乱げに蛇骨が訊いてくるので、蛮骨はにやりと笑ってみせた。
「さーなぁ」

翌朝、七人隊は宿を出ようとしていた。
また来てくださいねぇと、老夫婦は頭をさげる。
宿から一歩出た途端、蛮骨の頭上に巨大なたわらが降ってきた。
「うわっ!あっぶねぇな、何だ?」
どすんと音を立てて地に落ちた俵を避けた蛮骨は、それを覗きこんだ。
そこには、泥でつけた足跡がある。
狐と狸のものだ。
一太郎たちがお礼のつもりで降らせたようだ。
「何が入ってるんだぁ?」
蛇骨は中を覗いて、仰天した。
「金だ!金がぎっしりだぜ!!」
「なんだと!?」
真っ先に反応したのは煉骨だ。
「なんだか知らねぇが、こりゃあ天のお恵みだぜ大兄貴!!」
煉骨の感動をよそに、蛮骨はしばし何ごとか考えると、おもむろに金の詰まった俵を持ち上げた。
そして宿の中に持っていき、老夫婦の前に降ろす。
「あのぅ、これは?」
「あんたらにやる。俺達がまた来るまで、この宿を立派に改装しておけよ」
老夫婦は顔を輝かせて、ありがたや~と手を合わせた。
「大兄貴!なんてことを!!」
煉骨が怒るのを無視して、蛮骨はさっさと歩きだした。
町を出るところに、狸がいた。
狸は蛮骨の肩に飛び乗った。
「蛮骨さま、どうぞお元気で」
「おう。お前もな」
そういえばと、蛮骨は気になっていたことを訊いてみる。
「一太郎、お前、人に夢をみさせることもできるのか?」
朔夜の夢をみたことがずっと気にかかっていた蛮骨である。
それを聞いた一太郎はにこりと笑った。
「それはきっと、わたしの思いが移ったんでしょうね。
わたしが華さんを思う気持ちと、蛮骨さまがその方を思う気持ちが共鳴したんですよ」
それで彼女の夢をみたのか。
「お前の仕業か」
蛮骨は目をすわらせたが、内心ほっとしていた。
なにかあったというわけではないらしい。
狸は別れを告げると、向こうで待っている狐のもとへ駆けていった。
「大兄貴。あの狸、結局食わなかったな」
不思議そうな顔をしている睡骨の肩を、蛮骨は軽く叩いて笑った。
「俺が賭けに負けちまったからなぁー。へへ、お前らも早く、いい相手見つけろよなー」
「はあ?」
えらく機嫌が良さそうな蛮骨の言葉に、戸惑うばかりの睡骨であった。

<終>

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