約束通り、信吾は紙と筆を持ってきてくれた。
蛮骨は一人になると、さっそく紙に筆をすべらせる。
無論、親にではなく、仲間に。
とりあえず自分の今の状況と、なぜ捕まったのかを簡単に説明しておく。
(そういえば、雨乞いの生け贄のために捕まってるんだよなぁ……
じゃあ、ここで雨が降ればあっさり解放されるんじゃ……)
でも、そう都合よく雨が降るとは思えない。
蛮骨は簡単な文をしたためると、誰もいないのを確認して指笛を吹いた。
そしてしばらくすると、上の小窓からハヤブサの首がのぞく。
「凪、この文をみんなの所へ持っていけ。村の外にいるはずだ」
背伸びをしてなんとか文をくわえさせると、凪はさっと飛び立っていった。
これで一応、仲間とは連絡がとれる。
蛮骨は牢の壁にもたれかかって息を吐いた。
狭く閉め切った部屋の中は、ひどく蒸し暑い。
水が飲みたかった。
(あーそうだ。井戸も川も枯れてるんだっけ…?)
がくりと意気消沈していると、信吾が様子を見にやってきた。
「蛮骨さん、文は書けましたか?できたら私が飛脚のところへ持っていきますよ」
すでに仲間に出したとも言えないので、蛮骨は顔に手を当ててうつむくそぶりを見せた。
「自分が死ぬことを親に伝えると思うと、手が震えて……上手く言葉に表せないんだ。
やはり、何も伝えないで逝くことにするよ……」
信吾は蛮骨に同情の眼差しを向ける。
「そうですか……そうですよね。蛮骨さんの好きなようになさるといいです」
そういえばと、信吾は蛮骨に訊いた。
「あなたの仲間が先ほどあなたのことを、大切な首領、と言っていました。
一体なんの首領なんですか?」
蛮骨は目元を拭うフリをしながら、顔をあげる。
「七人隊って知ってるか……?俺は、そこの首領だ…」
直後、部屋に沈黙が漂った。
信吾は瞬きも忘れて、蛮骨を凝視している。
その顔を見て、真摯な態度を崩さないながらも蛮骨は心中で笑っていた。
「七人隊……って…あの?」
やっと声を振り絞り、信吾がつぶやく。
蛮骨はこくりと頷いた。
「俺が捕まっているワケを知らないから、外の仲間は怒っているかもしれない。
俺が解放されればこの村を壊滅させずに済むんだが、そうしたら雨乞いができなくなるし……」
それを聞いて、信吾は表情を引き締めた。
「そ、そうですね。雨乞いは必ず成功させなければなりません。
たとえ、村を襲われることになっても」
あれ?と蛮骨は首をかしげる。
解放しようという気を持たせるつもりが、決意を固めることになってしまった。
(ちぇ、やっぱそう簡単には出してもらえないか……)

村を囲む高い塀を見上げ、侵入する手を考えていた睡骨の視界に、凪が飛び込んできた。
「おーいっ。凪が文を持ってきたぞ。大兄貴からだ!!」
睡骨が叫ぶと、休んでいた仲間たちが急いで駆け寄った。
凪が銜えやすいように小さくたたまれた紙を広げ、煉骨はすばやく目を走らせる。
「煉骨の兄貴、なんて書いてある?」
蛇骨は横から覗くが、彼にはさっぱりわからなかった。
暗いところで書いたために、文字の並びが汚くなっているのだ。
「大兄貴は無事だ。なに?雨乞い?大兄貴は、雨乞いの生け贄にされるらしい……」
一同の目が点になった。
「生け贄?」
「大兄貴が?」
「なんでまた」
「うそくせー」
「ギッシ」
コホンと咳払いをし、煉骨は詳しい内容を読む。
「村に来た最初の旅人を、生け贄にするんだとよ。それで大兄貴が捕まった」
「あ~そういえば、一番最初に村に入ったのは蛮骨の兄貴だったな……」
だいたい皆一緒に入ったが、蛮骨が先頭を歩いていたのは間違いない。
「どうする?」
霧骨が塀を見上げる。
「どうするって、大兄貴を見捨てるわけにはいかねーだろ!
雨乞いなんて関係ねーし、突入して助け出そうぜ!!
「だから、こんな高い塀があると突入できねぇだろうが……」
睡骨が冷静につっこみ、煉骨を見やった。
煉骨は何事か考えているようだ。
「……ようするに、雨が降ればいいんだよな。そしたら大兄貴が捕まる理由もない」
「煉骨、考えがあるのか?」
睡骨の問いに、煉骨は首をふる。
「いや……でも、雨を降らす妖怪とか、いたよな?
そいつを捕まえて、無理やり雨を降らせたらどうだろう」
煉骨の提案に、蛇骨は目を輝かす。
「おおっ、兄貴にしては大胆かつ強引な考えだな!!」
「テメーは黙ってろ!!……しかし、村の外にいる俺らができることなんて、それくらいだろう」
「まーなぁ…」
六人は煉骨の提案を受け入れ、雨を降らす力を持った妖怪を探すことになった。
一夜明け、蛮骨が檻の中で退屈そうにしていると、信吾が来て檻を開けた。
「蛮骨さん、許可が下りました。この村から出ないなら、外を歩いても大丈夫です」
外に出て、蛮骨はうーんと身体を伸ばす。
相変わらず空には雲ひとつなく、雨は期待できそうにない。
小さな村の中を、蛮骨は適当に歩いてまわった。
蛮骨の姿を認めると、みんなが頭を下げる。
(まぁ、村を救う生け贄さまには当然か……)
だが蛮骨にはそんな気はさらさらないのだ。
文を読んだ仲間たちが何とかしてくれるだろうと、そういう考えである。
白い着物を纏わされている蛮骨は、いつも誰かに監視されていた。
どこへ行くにも信吾がついてきて、彼が無理なときでも誰かに見られている。
村中から監視されてる気分だった。
そしてそういうものの鬱陶しさが、そろそろ限界に達したころ。
枯れた畑に、一人の少女を見つけた。
「あっ、あいつ……」
七人隊が村に入ったとき、蛮骨の前で転びそうになった女だ。
きっと彼女を支えたときに、縄をくくりつけられたのだろう。
そのことを思い出し、蛮骨は不機嫌になった。
「あの人は、お春さんです。村で一番の美人ですよ」
信吾が頬をかきながら言った。
お春は二人の視線に気付くと、にこりと笑いかけてきた。
蛮骨の心中は、どうやら誰もわかってくれないらしい。
ふと隣の信吾を見やると、顔が赤くなっている。
(なんだよ。ちょっと笑いかけられただけでこんなになっちまって……。
わかりやすいヤツ)
蛮骨は信吾の肩をポンと叩いた。
「ちょっと疲れたから、俺、その辺で休んでる。お前はお春さんと話してこいよ」
「え!?い、いや、いいですよ!」
信吾は慌てて断ったが、蛮骨が少々怒り気味に言うと、しかたなく彼から離れていった。
しばらく信吾とお春が楽しそうに喋っているのを遠くから見ていた蛮骨だったが、
ふいにあることを思いついた。
雨を降らすのに、妖怪がつかえないだろうか。
蛮骨は人目を盗んで、誰もいない物陰に行った。
そして、塀の外に向かって呼びかける。
「蒼空」
あまり大きい声を出すとバレるので、抑えた声を出すしかない。
これで蒼空に届くだろうか。
しかしその心配は無用だった。
間もなくすると、村の高い塀を軽々飛び越えて、一頭の白狼が蛮骨の前に着地したのだ。
「蒼空、よく聞こえたな」
「蛮骨が呼んでくれたら何処からでも飛んでくるよ!!」
呼ばれたことが大層嬉しかったらしく、蒼空はしきりに尾を振っている。
「で、なになに?あっ、もしかして遊んでくれるの?」
「違うって。お前、確か二百年生きてるんだよな。じゃあさ、馴染みの妖怪も少しはいるだろ?」
「うーん、少しなら……」
蒼空は蛮骨の言いたいことがわからず首をかしげる。
「その中に、雨を降らせる妖怪っていないか?
ちょっと緊急事態でさ、ここらに雨を降らせてほしいんだよ」
蛮骨に言われて、蒼空は空を見上げた。
「はー、日照り続きなわけか……」
と、その目がわずかに見開かれる。
「蛮骨。この村、微かだけど妖気の跡が残ってる」
「妖気が?どういうことだ」
「つまり、何者かが妖術を使うなりなんなりしたってことだ。
……この日照りは、もしかしたら元から妖怪が絡んでいるのかもしれない」
いずれかの妖怪が意図的に術をかけて、雨を遠ざけているのだ。
となると、雨を降らす妖怪を探して歩くよりは、この妖気の跡を追って術者を倒した方が早い。
蛮骨は難しい顔をしていた。
術者を倒すにしても、村の中にいる自分は何もできない。
仲間たちが頼みの綱だ。
「蒼空、その妖怪を見つけて、術を止めてくれ。
外に蛇骨たちもいるから、あいつらと協力してな。
……じゃねぇと俺、天日干しにされるから」
「天日干し!!?わ、わかった。俺頑張って探し出すよ!!
蛮骨を絶対助けるからね!!」
蒼空はたいした理由もわからないまま、意気込んで塀を飛び越えていった。
蛮骨は小さく笑い、信吾たちの所へ戻った。
「ああ、蛮骨さん!何処に行ってたんですか。急にいなくなると、皆に怪しまれますよ!」
彼を探していたのだろう、信吾が慌てて駆け寄ってくる。
「お春さんとあんまり楽しそうに話してるもんだから、邪魔したら悪ぃかと思ってよ」
冷やかしてやると、案の定信吾は真っ赤になった。

蛮骨と別れた蒼空は、六人を見つけて駆け寄った。
「おっ、蒼空じゃんか。どうしたんだ~?」
「この日照りの原因になってる妖怪がいるんだ。一緒に探してほしい」
「日照りの原因?ってことは、これは自然現象じゃないのか……」
煉骨は蒼空から詳しく話を聞いて、その妖怪を倒すのが一番手っ取り早いと結論づけた。
蒼空は微かに残る妖気をたどって森の中へ入っていく。
六人もそれに続いた。
妖気は薄くなったり濃くなったりして、なかなか方向がつかみづらい。
蒼空は慎重に気配を探りながら前進していた。

縁側に腰掛けて外を眺めていると、村人たちが何やら慌ただしく木材を運び始めた。
村の中心に、ちょっとした塔のような物ができていく。
「あれは何だ」
信吾に訊いてみると、彼は真剣な瞳で塔を見上げた。
「雨乞いの儀式に使います。蛮骨さんはあの塔の上で、生け贄になるんです。
……雨乞いは明日の早朝、行われることになりました」
「は?明日っ?」
唐突な通告に、蛮骨は思わず聞き返す。
「ええ。明日、蛮骨さんは塔のてっぺんに縛られ、そのまま塔ごと焼かれることになります」
その時の煙が天まで届いて、雨を呼ぶのです」
信吾もどこか言いにくそうな感じだ。
蛮骨は頭を抱える。
冗談じゃない。 仲間たちは明日の早朝までに妖怪を倒せるのだろうか。
もうすでに夕刻。 これからさらに暗くなって、探しにくい状況になるのに。
蛮骨たちの計画など知る由もない信吾は、ぽつりと呟いた。
「でも、七人隊って、私の思ってたイメージと違うんですね。
首領がこんなに親思いな人だとは思いませんでした」
(親思い……?ああ、コイツあのことをまだ信じてるのか)
おとっつぁん・おっかさんに文を出すと言って騙したことに、まだ気付いていないのだ。
何て御気楽なヤツだと、蛮骨は一人重い重いため息をついた。
日が傾いて、空はどんどん暗くなっていく。
「見つからねぇな」
煉骨たちは懸命に妖怪を探しているのだが、未だに影も見つかっていない。
「ってーか、本当に妖怪の仕業なのかよ」
ぼそりと霧骨に言われ、蒼空もだんだん不安になってきた。
もしかしたら、自分は間違っているのでは?
妖気など気のせいだったのではないかという考えが、胸のあたりで渦を巻いている。
「はやくしねーと、大兄貴が天日干しになっちまう…」
不安げな蛇骨の言葉に、蒼空はぎくりとした。
焦りに焦って必死に辺りを探っていると、突然前方の茂みがガサリと動いた。
狼の目が見開かれる。
「いた!!あれだ!!」
その声に、皆が反応した。
「あれが……!?」
彼らの視線の先には、なんとも奇妙な生き物がいる。
ヒトに似た顔をした獣だ。
その身体には手足が一本ずつしかなく、随分と不格好だった。
「あいつは旱母かんぼだ。間違いない、あいつのせいで日照りになってるんだよ!」
それを聞いた煉骨は、大砲を放つ。
しかし旱母は、その外見に似合わない素早さで砲撃を避ける。
睡骨も爪を振りかざすが、紙一重のところでかわされる。
「ちくしょっ!!ちょこまかと……!!」
旱母は彼らをあざ笑うかのように、その場を逃げ去ろうとした。
「待ちやがれ!!」
蛇骨が蛇骨刀を放った。
伸ばされた刃は旱母の行く手を遮り、その身体を切り刻もうとする。
旱母は逃れようと動き回ったが、予測不能な刃の動きに翻弄され、ついに両断されてしまった。
不快な断末魔が響いた後、森はすぐに静けさを取り戻す。
蒼空は妖怪の死骸をのぞき込んだ。
「うん。これでもう大丈夫だよ。もうじき雨が降るはずだ」
この地に日照りをもたらしていた妖怪は死んだ。
雨が降れば、蛮骨はすぐに解放してもらえるだろう。
蛇骨と蒼空は一緒になって喜んだ。
六人と一匹は蛮骨を迎えるために村へと急いで引き返した。
雨乞いの朝。
ついにこの時がきてしまった。
蛮骨は昨夜、眠ることなく雨が降るのを待っていたのだが、結局一滴も振ることはなかったのだ。
仲間たちは失敗したのだろうか。
暗い気持ちの蛮骨は、檻から出されて塔の前に立たされた。
その身体は縄で縛られている。
村人たちは塔を囲むように座って、手を合わせていた。
何とか逃げる手はないかと思考を巡らすが、何も成果がないままに時は過ぎていく。
蛮骨は塔のてっぺんへ続く階段を上らされ、頂上に座らされた。
「いい眺めだなぁー…あははは」
現実逃避に走った蛮骨に、付き添いで上まで来ていた信吾が苦笑する。
「本当にごめんなさい。蛮骨さんのことは、この村で永遠に語り継がれますよ」
頭を下げると、信吾は下に戻っていった。
(語り継がれるだぁ?んなもんいらねぇっつーの)
上る朝日がいつもより近くに見える。
しばらくそれを眺めていた蛮骨だが、焼けるような臭いに気付いて下を見てみた。
塔に火がつけられている。
(うわー……マジでやるんだ。俺、焼かれるんだ)
こんな名も知らない村で死ぬのかと思うと、情けなくてなんだか笑えてしまう。
あの朝日を見ながら、知らないうちに焼け死んでいれればいいと思った。
まっすぐ前を見て、覚悟を決めようとした時。

ポツ

鼻先に、冷たいしずくが落ちた。
蛮骨は目を見開き、慌てて空を見上げる。
そこにはいつの間にか雨雲が広がり、ポツ、ポツ…と雨が落ちてくる。
初めは小さなしずくだったが、すぐに滝のような勢いに変わっていった。
「雨だ……」
蛮骨は呆然と呟く。
そしてその顔に、みるみる歓喜の色が浮かんだ。
皆がやってくれたのだ。
下からも叫び声が聞こえる。村人たちは雨の中で踊り跳ねていた。
塔に付けられた火も、雨ですでに消えている。
しばらくすると、雨でずぶぬれの信吾が上ってきた。
「蛮骨さん、雨乞いはなくなりました!どうぞ下へ下りてください」
蛮骨は縄を解かれ、無傷で地上へ返された。
今まで溜まっていたものが一気に放出されるように、雨の勢いが衰えることはない。
蛮骨は村人たちから深く頭を下げられ、神とまで呼ばれ、ひどく手厚い扱いを受けた。
(俺はなんにもしてねーんだけどなぁ)

雨が少し弱まったころ、荷物をまとめて蛮骨は早々と村を後にした。
蛮骨の後姿に誰もが手を合わせる。
開けられた村の出口を抜けると、すぐそこに仲間たちが待っていた。
「あっ、蛮骨!!」
真っ先に気付いた蒼空が駆け寄ってくる。
「おう、皆ありがとな!なかなか雨が降らねーから、ちょっと心配だったけどな」
煉骨が息をついて苦笑した。
蛇骨に抱きつかれ、蒼空に抱きつかれながら蛮骨は笑う。
みんな雨でビショ濡れだったが、不思議と寒くはなかった。
「さ、次の村目指して行くぞー!!」
「おーっ!!」
首領の掛け声に、蛇骨と狼は元気に応じる。
また七人揃った七人隊は、雨も風もかまわずに旅を再開したのであった。

<終>

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