蛇骨たちは、まったく同じ場所に落ちていた。
戦場から大きく逸れた森の中。
三人とも全身を地に打ちつけて気を失っていたが、しばらくして蛇骨がのろのろと瞼をあげた。
うつ伏せの状態から、肘を支えにゆっくり身体を起こす。
「うー、頭いてぇ……何があったんだ…?」
最後に見たのは炎の欠片で、そのあとすぐに空へ投げ出されたことまでは何とか覚えている。
だが、そのあとの記憶がない。
どの方向に飛んできたのか、どのくらい飛ばされたのかがまるでわからない。
ゆっくりと視線をさ迷わせると、少し離れた所に同じく倒れている人影を見つけた。
「む…こつ…?」
すると、反対側からガサリと物音がした。
驚いて見ると、大柄な男が身を起こして唸っている。
「す、睡骨!?」
自分たちとは別に行動していたはずの男の姿に、蛇骨は思わず叫んだ。
その声にはっとして、睡骨もあわてて顔をあげる。
「蛇骨!」
「あ……」
その顔を見て、蛇骨は拍子抜けした。
そこにいたのは、医者の睡骨だった。
飛ばされた衝撃でかわってしまったのだ。
「蛇骨、これはどういうことでしょうか…?何も覚えてなくて…
ここはどこです?」
「知るかよ。俺は爆発で飛ばされたんだ。どーせお前もそのクチだろ」
「え、ば…爆発?」
いきなり物騒な発言を受けて医者睡骨が混乱しているうちに、蛇骨は霧骨を起こしにかかる。
「おい、起きやがれ霧骨!」
見ると、気絶しているというよりはぐーすか寝入っているように思う。
蛇骨は思いっきり霧骨を蹴った。
げしげしと蹴りを続けていると、霧骨は目を覚ました。
「な、なんだよ痛ぇな!!
って、ここはどこだ!?戦場じゃないのか!?」
慌てふためく霧骨を無視し、蛇骨は周囲を見渡した。
「蛮骨の兄貴の姿が見えねぇな。兄貴は無事だったのか?」
「じゃ、蛇骨。あの、私たちは……」
恐る恐る問うてくる睡骨に、蛇骨はイライラした調子で答えた。
「俺たち、大兄貴たちとはぐれたんだよ!!」
「ええっ!ど、どうするんです!?ここがどこかもわからないのに…」
「俺に訊くな!!」
蛇骨はいら立って頭をかきむしる。
霧骨は蛇骨に怒号した。
「だいたい、おめぇが喧嘩をふっかけてくるからっ…!!」
「ああ!?てめぇがノロノロしてんのが悪いんだろーが!!」
「ちょっと、こんな時に喧嘩はやめてください!」
取っ組み合っている二人を止めようと睡骨が中に入ろうとするが、蛇骨は彼にも罵声をあびせた。
「うるせぇ!!てめぇも早く羅刹に戻りやがれ!
そのままでいても頼りねぇだけじゃねぇか!!」
それにはさすがの医者睡骨も憤慨した。
「何を言うんです!
あの恐ろしい男より、医者の私の方がよほど頼りになりますよ!!」
とうとう睡骨まで加わって、三人の罵り合いが始まった。
睡骨などは、相手が残忍な人殺しであることもお構いなしにできる限りの罵言を言いまくった。
そうして、三人の空しい言い争いは延々と続いたのだった。
言い争いに疲れ、三人は無言になっていた。
「そろそろ、戻る方法を考えましょうか…」
「おう……すっかり忘れてたぜ…」
「どうするか…」
三人は首をひねって考えた。
ここは薄暗い森の中。木々に覆われ、方角もわからない。
あいにく太陽も中天にあり、それから方角をみることもできそうになかった。
方角がわかったとしても、戦場がどちらなのかわからないので意味はないが。
「やっぱ適当に歩き回るしかねぇんじゃねーか?」
もともと真剣に考えるのが苦手な蛇骨は、すぐにさじを投げて投げやりな態度をとった。
だが睡骨が反論する。
「そんなことしても時間の無駄ですよ。そうだ、大砲の音なんかは聞こえませんかね?
それで方向が……」
三人は耳を澄ませたが、そんな音は聞こえなかった。もう戦は終わってしまったのかもしれない。
木々が高くそびえているので、煙などもぜんぜん見えない。
彼らは深々とため息をついた。
またしばらく、沈黙が続く。
といっても、蛇骨はもはや考えるのをやめている。
霧骨もたいして頼りにならなそうなので、睡骨は一人で必死に頭を回転させていた。
そして、ついに思いついた。
おもむろに口に指をあて、長く伸びる高い音を出した。
「何してんだ?」
「指笛で凪を呼んでみたんです。凪に方向を教えてもらうのが一番早いですから」
なるほど、と蛇骨たちは感心した。が、はたして届くだろうか。
どうか届きますようにと、三人は必死に祈った。

煉骨は、先の砲撃で壊されてしまった銀骨の修理をしている。
本陣で酒を片手に、蛮骨はその様子を眺めていた。
合流したとき、やっぱりというか何というか、煉骨は敵の大砲の部品をしっかり頂戴していた。
銀骨の修理が終わったら、ゆっくり調べてみるのだそうだ。
本陣へ戻る途中で火薬の山も回収したため、今はこれといってする事もない。
「凶骨、あいつらの姿は見えねぇかー?」
蛮骨に命じられてずっと外を眺めている凶骨は、首を横に振って答える。
「ったく、どこまで飛んだんだよ…」
「大兄貴、いっそ狼煙(のろし)でも上げてみるか?」
煉骨の提案に、しかし蛮骨は首を振る。
「森の中に落ちたなら、狼煙なんか見えねぇと思うぜ」
「そうか……」
銀骨の大砲がイカれているので、大きい音を発することもできない。
「あいつら、揃いも揃って方向音痴だしなぁ……」
蛮骨はハアァと息をつく。
まだ日は高いが、彼らは今日中に戻ってこれるだろうか。
それ以前に、大怪我で動けないようだと困るのだが。
天に祈りが通じたか。
ぎゅっと目を閉じてひたすら念じていると、頭上で羽音がした。
目を開けたらただのカラスでした、などという笑えないオチに恐怖しながらも、三人はそっと目を開ける。
視線の先にいたのは、カラスではなくハヤブサだった。
「なぁ~ぎぃぃ~~!!」
蛇骨は感激して凪に抱きつこうとしたが、凪はひょいと避けて彼の手をつついた。
「いてっ、何だよー…相変わらず可愛げのねぇ鳥だな…」
睡骨は凪を腕にとまらせ、その背を撫でてやった。
「よく来てくれた、いい子だ、凪」
蛇骨の時とは打って変わって、凪は嬉しそうに目を細める。
その光景にむすっとしながらも、蛇骨は睡骨を目で促す。
睡骨もこくりと頷いた。
「凪、お願いがあるんだ。私たちを大兄貴たちのところへ連れて行ってくれ」
凪は首を傾げた。
蛇骨はいら立ってわめく。
「そうだよ!!迷子になったんだよ俺たち!!そんなに可笑しいか!!!」
「蛇骨、そんなに食って掛かるなよ。相手は鳥だぜ」
霧骨がぼそりと呟きながら蛇骨を止めた。
凪は蛇骨に鼻で笑うような顔を向けると、空へ飛び立っていった。
まずは蛮骨たちの居場所を見つけにいったのだ。
「これで一安心ですね」
「睡骨!!てめぇ絶対騙されてる!!あの鳥、お前が思ってるほど可愛くないぞ!!」
「えぇー?凪はいい子ですよ。蛮骨さんだって気に入ってるじゃないですか」
「うるせぇ!!みんな騙されてんだーっ!!」
頭をかきむしっている蛇骨を見て、霧骨は何となく凪の気持ちがわかるような気がした。
つまり、皆が騙されているというよりは蛇骨が遊ばれているのだろう、たぶん。
凪はすぐに戻ってきた。
凪が先に飛んで、三人はそのあとを追う。
森の中なので、凪は木から木へ飛び移るように移動する。
足元に注意しながらも、頭上の凪を見失わないように歩くのは結構大変だった。
いつの間にか、空は青から朱へと転じている。
「暗くなる前に着きますかね。日が落ちると凪は目がきかなくなります…」
「あー、鳥目だもんなぁ」
心配そうに漏らす睡骨に、蛇骨はここぞとばかりに言ってやった。
その様に、霧骨は情けなさからそっと息を吐いたのだった。
歩くのに飽きてきた蛇骨は、腹が減ったと言ってその辺の木の実をとって口に含んだ。
睡骨が気付いたときには、もう遅かった。
「蛇骨、その実を食べては駄目です!!」
「もう食っちまった。あんまり美味くねぇな……」
睡骨が青ざめているので、蛇骨はぎくりとした。
「なんだよ…何かマズイのか…?」
「マズイですよ……。その実は、食べると腹痛を起こすんです」
「えぇっ!?早く言ってくれよ!どうすんだよー!!」
「ああもう、こんな時に……!!」
睡骨は頭を抱えた。
今日中に戻るには、凪の案内に頼れる日没までに戦場へ戻らなければならない。
先を急いでいるというのに、蛇骨は何をしているのだ。
腹痛が起きたって、今は戦闘の鎧姿で薬など持っていないのに。
だんだんと腹痛が襲ってきて、蛇骨はうめきながらよろよろと座り込んでしまった。
霧骨は呆れてさっさと先に進んでいく。
「睡骨、そいつなんか見捨てていこうぜ。足手まといがいるとこっちが迷惑だ」
「霧骨っ、そんなことできません!
食料も水もないのに、こんなところで野宿させるわけにもいかないでしょう!!」
睡骨は蛇骨に肩を貸して、何とか立たせる。
慣れない鎧に、さらに蛇骨の重さがかかって、睡骨は相当つらかった。
もともと体力に自身があるわけではない。自分はただの医者なのだから。
やっぱり、羅刹のほうが頼りになるのだろうか。
蛇骨を運びながら、睡骨はだんだんと不安になっていった。
空がほとんど闇にも近くなった頃、ようやく三人は森を抜けた。
「やった!!なんとか戻ってこれたぜ!!」
霧骨は目を輝かせる。
ギリギリまで案内を続けていた凪は、すぅーっと降りてくると、睡骨の肩にとまった。
小柄とはいえ、さらなる重さがかかり、睡骨は顔をしかめる。
が、霧骨の肩に乗れとも言いにくいので、そこは我慢した。
すると、霧骨が反対側から蛇骨を支えた。
「霧骨……」
「ふん、この光景見るとまるで俺が悪者みたいに見えるだろ」
霧骨は身長が足りないので、だんだんと不思議な体勢になっていく。
「二人とも、ごめんなぁ……俺、馬鹿だったよ」
力なく呟く蛇骨に、睡骨は笑って首を振った。
凶骨は、暗い中をこちらへ歩いてくる塊を見つけて声をあげた。
「大兄貴!あれ、蛇骨たちじゃないか!?」
「おー、やっと来たか」
蛮骨も目を凝らして確かめた。
すると、鳥がこちらに飛んでくるのが見えた。
「大兄貴、あれは……」
「ああ。凪だな」
凪は低い位置を飛んで、銀骨の方筒にとまる。
「そうか、凪に案内させたんだな」
距離が縮まるにつれて、三人の姿がはっきりしてくる。
塊のように見えたのは、蛇骨を両側から睡骨と霧骨が支えていたからだ。
蛮骨が近づいてくるのを認めて、睡骨はほっと安堵した。
「よ、おかえり。
蛇骨は砲撃にやられたのか?」
きつそうな体勢の霧骨に代わりながら、蛮骨は尋ねた。
「ちげーよ大兄貴。そいつが一番元気だったくせに、変な実を食べて腹痛起こしやがったんだ」
むすっとした霧骨の言葉に、蛮骨は笑った。
「ったく、どこ行っても緊張感ねぇんだなー」
ふと顔をあげて、蛮骨は睡骨が善人になっているのに気がついた。
「あれ、睡骨。医者の方になってたのか。ってーか、お前ら同じ所に落ちたのか?」
「はい……」
睡骨はあせっていた。
いくら暗くてよく見えなくても、ここは戦場のど真ん中。
きっと目を凝らせばおびただしい死体の山が見えるのだろう。
冷や汗をにじませながら、睡骨は足を運んでいた。
本陣で蛇骨を横にして、睡骨は額の汗を拭いた。
蛮骨は呆れながらもほっとした様子で睡骨を見上げる。
「よく、こいつらに手を貸してくれたな」
睡骨はきょとんと目を見開いた。
そういえば。
いつの間にか、自分も彼らを仲間だと思っていたのだ。
七人隊の鎖から逃げ出せるチャンスだったのに、自分はそうしようと考えなかった。
蛇骨を支えて、あんな死体の道も抜けてきた。
自分の帰る場所がここだと、知らず知らずのうちに意識していたのだと、睡骨は初めて悟った。
「わたしは、何もしていません。今回のことで、羅刹の方が頼りになるのだと自覚しました…」
「なに言ってんだ。お前だって十分頼りになるぜ」
睡骨は首をかしげる。
蛮骨は明るく笑った。
「医者の方になっても、お前は蛇骨たちを見捨てなかった。ちゃんとここに戻ってきた。
それだけで、俺はすごく嬉しいんだ」
蛮骨の顔には、年相応の笑顔がある。
それを受けて、睡骨は心が何だか温かくなるような気がした。
自分がいて、すごく嬉しいと言ってくれるこの少年。
自分は戦えないのに、こんなに無力なのに、居場所をくれる。
(もしかすると、私にはここしかないのかもしれない…)
これは、羅刹も同じく感じていたことだ。
医者の自分も羅刹の自分も、両方認めて、受け入れてくれるのは。
この少年のもとだけなのかも、しれないと。
「さぁーて、みんな戻ったことだし、酒盛りでもするかぁー!」
ぼんやりしている睡骨の肩を組んで、蛮骨はアハハと笑った。
「まだ飲むのか……」
煉骨が、聞こえない程度に呟いた。

<終>

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