なぎ

夏も盛りが過ぎ、涼しい風が吹くようになった。
蒸し暑いわけでもなく、過ごしやすい。
七人隊は丘の上で休息をとっていた。
木陰に横になって、木の葉の間を流れる雲を眺めている。
「……暇だなあ」
ぼそりと蛇骨が呟く。
「暇じゃねぇよ。少し休んだら、またすぐ出発するんだぞ」
煉骨の言葉に、蛇骨は眉を寄せる。
「だけど、やっぱ暇だぜ?歩いて休んで、毎日そればっかりじゃねぇかよ」
「仕方ねぇんじゃねぇの?そうそう面白いことなんか起こらねぇって」
蛮骨が言うと、煉骨もそれに頷いてみせた。
「戦になりゃあ、少しは面白くもなるさ」
それまで待つのかと、蛇骨は唇をとがらせた。
木に寄りかかって得物である鉄爪を磨いていた睡骨は、ふと気配を感じて空を見上げた。
するとすぐに、彼のそばにハヤブサが舞い降りた。
「おう、凪。久しぶりだなぁ」
凪は睡骨を見上げてひとつ鳴くと、その指を軽く噛んだ。挨拶のつもりであるようだ。
蛮骨たちも身を起こして、ハヤブサを眺める。
「文は無いみたいだな」
今回は遊びに来ただけらしい。
睡骨が爪を脇に置くと、凪はその膝にぴょんと飛び乗った。
カラスくらいの大きさなので、それほど邪魔にはならない。
白くて奇麗な斑のある羽毛を蛮骨が撫でてやると、凪は気持ち良さそうに目を細めた。
それを見て、蛇骨も手をのばす。
途端にハヤブサは羽を広げて蛇骨を威嚇した。
「うわっ、何だよ!」
伸ばされた彼の指先を、思いきり噛んだ。
「いぃってぇ~!!」
絶叫して、蛇骨は慌てて手を引いた。
「何してんだよ、蛇骨」
呆れている蛮骨と睡骨。
「何って、ただ撫でようとしただけだろ!大兄貴みたいに!!」
「ああ、無理無理。お前は無理だ」
睡骨は肩をすくめた。
「なんでだよ!」
「凪に認められてないから」
蛮骨が面白そうに言う。
凪は蛇骨の言うことは聞かないのだ。
鳥といえども、頭の良い凪は七人隊内の上下関係をきちんと把握しているようで、睡骨、蛮骨、煉骨の言うことにしか従わない。それ以外の者から下に見られることを、ひどく嫌がるのだ。
「なんて生意気な鳥だ!!」
蛇骨が吼えると、凪から冷たい視線が送られた。
蛮骨は笑って、睡骨を見た。
「そういえば、凪をどんな風に手なずけたのか、聞いてなかったよな」
「ああ」
「教えてくれよ」
睡骨は頷いたが、蛇骨は眉間にしわを寄せて反発した。
「こんなアホ鳥の話なんか聞きたくねー!!」
「いいじゃねぇか、ちょうど暇だったんだしよ」
蛮骨が立ち上がろうとする蛇骨を引き戻して座らせた。
渋々座った蛇骨は、凪と視線をぶつけて火花を散らしている。
やれやれといった風情で凪をなだめながら、睡骨は蛮骨と煉骨、そして蛇骨に話した。
「最初にこいつを手なずけたのは、俺じゃなくて医者の野郎だ」
三人は意外そうに目を丸くした。
「そうなのか?」
「ぜんぜん知らなかったぜ…」
「ああ。山の中で、怪我をしてるこいつを見つけたんだ…」

 

ちょうど薬の残りがきれかかっているのを思い出して、医者睡骨は山へ薬草を摘みに行っていた。
なんとか七人隊という集団から逃げ出せないものかと考えながら。
「私の薬も、七人隊の人のために使われるようになってしまった。
また、村人や困っている人のために薬を作れるようになれば……」
だが、もといた村の者たちにはすでにもう一人の自分のことが知られている。
今さら戻っても受け入れてもらえないことは目に見えている。
「もはや、この立場で生きるしかないのだろうか」
新しい生活を始めても、また羅刹に邪魔されるような気がした。
しばらく歩いていると、深い森に入ってしまった。
目印をつけているので迷うことはないだろうが、気味が悪いので早く用事を済ませて帰ろうと思った。
目的の薬草が見つからず、そこらをウロウロしていた時、背後の茂みでガサリと物音がした。
びっくりして振り返ると、茂みが細かく揺れている。
「な、なにかいるのか…?」
恐る恐る茂みに近づく。
しばらくたっても何も飛び出してこないので、睡骨は草をかき分けて奥を覗いた。
「あ……」
そこには、一羽の鳥が横たわっていた。
カラスくらいの大きさだが、外見が鷹に近く、凶暴そうに見える。
「ハヤブサ…か……?」
白地に茶や灰色の斑のある羽が、痛々しく血に塗れているのがわかった。
ゆっくり近づくと、鋭い眼光に睨まれた。
ひくりと息を詰めるが、それでも傷の具合を確かめようとそばに膝をつく。
羽にひどい怪我をしているらしく、周りの地面にも血が飛んでいた。
「これは、人間の仕業だな……
ひどいことを…」
手をのばすと、鳥は全力で拒絶するように暴れた。
「こ、こら。大人しくしていろ。お前を殺すわけではない!」
つつかれたり噛まれたりしたが、やっとのことで押さえつけ、睡骨は鳥をかかえて来た道を戻った。
鳥は、戻る途中で気を失ってしまった。
七人隊が勝手に使わせてもらっている屋敷へ着くと、睡骨は小さな小屋に入った。
ここは誰にも使われていない。
あの残酷な仲間のもとに連れて行けば、鳥が殺されてしまうかもしれない。
少なくとも、睡骨にはそう思えた。
誰もいない薄暗い小屋に、睡骨はハヤブサを横たえた。
意識はないが、まだ生きている。
急いで道具を運び、鳥を治療した。終わったときには外は真っ暗だった。
やるだけのことはやったが、人間の薬が鳥に効くかどうかはわからない。睡骨は不安だった。
すると、外から蛮骨の声が聞こえた。
「睡骨ー、どこだー?」
帰りがおそいので、自分を探しているのだ。
意識のないハヤブサを残していくのは気が引けたが、出て行かないと逆に怪しまれる。
それで鳥が見つかってもだめなので、睡骨は仕方なく外へ出た。
「蛮骨さん、ここですよ」
「おう、まーた逃げ出したのかと思ったぜ」
睡骨は適当に理由をつけてごまかした。だが、蛮骨にこういうのが通用しないのも覚悟していた。
蛮骨は一瞬いぶかしげな目をしたが、深く追究しようとはしなかったので、睡骨もホッとした。

次の日、小屋に行くと、ハヤブサは目を覚ましていた。
睡骨が近寄っても暴れることなく、大人しくしている。
薬を塗っている間も睡骨に従っていたが、彼が用意した餌を食べようとはしなかった。
(まだ信用してくれていないのか…)
人間に怪我を負わされたのだから、それも仕方ないかもしれない。
そこに餌を残したまま、睡骨は屋敷へ戻った。
治ったら自然に帰すのだから、あまり人間と近しくしてはならないと思った。
そして、そんな日が何日か続いた。
ある朝、睡骨は目覚めると羅刹になっていた。
羅刹睡骨は、医者睡骨の中から全てを見ていたので事情はわかっている。
それで、何となく例の小屋へ行ってみた。
鳥は睡骨が置いていった餌を食べていた。
ハヤブサは、睡骨の様子がいつもと違うのに気付いて毛を逆立てた。
「ああ?俺は睡骨だ。お前を助けたのと同じ男だぜ」
睡骨は大雑把に鳥の怪我の具合をみた。
だいぶ治っているようだ。
睡骨はハヤブサを持って仲間のところへ行った。
「ん?睡骨、なんだその鳥」
「ハヤブサだ。怪我してたのを拾ってきた。治してしつければ、役に立つかもしれねぇぜ」
蛮骨は目を輝かせて鳥を観察した。
「へぇー、かっこいいな!羽に怪我してんのか。かわいそーになぁ」
他の仲間も珍しそうに眺めている。
どうやら、医者が懸念していたほど、彼らは残虐ではないようだ。

それから、医者と羅刹が交互に出てきて、治療やしつけを行った。
ハヤブサは再び飛べるようにまでなり、驚くほど従順に睡骨に従うようになった。
自然に帰ることもなく、いつも彼らの近くにいた。
睡骨に従うと、だんだん彼より上の煉骨や蛮骨の言う事も聞くようになり、とくに蛮骨のお気に入りとなった。
そして彼らから「凪」という名をもらい、今に至るのである。

 

「へぇ、そうだったのか。
初めに連れてきたのがお前だったから、てっきりお前の方が拾ってきたのかと思ったぜ」
「医者の方だったんだな」
「ああ。医者の野郎は大兄貴たちにいらない警戒をして、こそこそと隠れて治療してたから気付かなかったんだろう」
仲間たちが見たのは、羅刹の睡骨が凪を手なずけているところだけだったのだ。
「ああ、そういえば医者がこそこそしてて、怪しいと思ったことがあったなあ。
とくに探ったりはしなかったが…」
蛮骨はその時のことを思い出して呟いた。
「医者のやつ、もうちっと俺らを信用すりゃあいいのに」
「だが、凪の一件があってから、大兄貴たちに対する見方も少しは変わったみたいだぜ?」
「ふーん。なら、まだいいか」
蛮骨は小さく微笑みながら凪を撫でた。
風が心地いい。そろそろ出発した方がいいだろうか。
凪が、仲間の顔を見上げてぱちくりと瞬いた。

<終>

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