「俺のこの顔見てよう、どの女も一緒に寝たがらなかったんだ。
でも、俺はあの娘が気に入ってな。何度か頼んだら、女将が 『手を出さないなら』 ってことで承諾してくれたんだ」
宿までの閑散とした道を進みながら、霧骨は語る。
「仕方ねぇからよ、俺も娘に手出しはしねぇで、隣に寝かせるだけで許してやった。
俺も娘も別々の布団に入って、ずっと寝てたんだがな……
いきなりだ。俺の頬が嘗められたのよ。
びっくりして飛び起きりゃあ、辺りはまだ真っ暗だしよ。
最初は何が何だか分からなかったが、横に娘が座っててな。それが倒れこんできたのさ」
その時の状況をより詳しく説明しようと、彼の声は徐々に大きくなっていく。
「娘は眠ってたんだが、俺の顔を嘗めてきたわけだしよ。
こりゃあ誘ってきてるんじゃねぇかと思ってな。タヌキ寝入りしてんじゃねぇかって…
それでだ、俺も答えてやろうとしたら、目ぇ覚ました娘が悲鳴上げやがってよぉ…」
その悲鳴で女将が飛んで駆けつけ、霧骨は攻め立てられたということだ。
「娘は顔を嘗めてなんかねぇって言い張るし、女将もそっちの味方。
結局、俺が悪者扱いだぜ……」
肩を落として、霧骨は煉骨を見上げた。
「こんなところだが。な? 俺は悪くないだろ?」
だが煉骨は、眉を寄せて難しい顔をしている。
「おい、煉骨?」
首を傾げると、煉骨も霧骨に視線を向けた。
「実はな、俺も昨夜似たようなことがあった」
「え、煉骨もか?」
「ああ」
突然女に頬を嘗められて、だが女は眠っていて。朝起きてもそのことを全く覚えていない。
「俺はタチの悪い夢遊病かと思ってたんだが…だがどうにも、あの舌は気持ちが悪かったな」
あの時の感覚を思い出し、我知らず鳥肌が立ちそうになる。
「そうだそうだ! 俺の女もだぜ。
舌が…なんとなく、変な感じでよ。ざらざらしてるっていうか……。
触れたのは一瞬なんだが、それで驚いちまったぜ」
「どういうことなんだろうな…」
「さあ…」
あの遊郭に何かあるのだろうか。
わけが分からず二人で唸りながら歩いていると、思ったより早く宿に着いていた。
まだみんな寝ているだろう。忍び足で部屋の前に行き、戸を開ける。
と、目の前に鉄の塊が飛び込んできた。
中に入ろうとした煉骨が思い切り顔をぶつけてしまう。
「~~~~っ!!」
顔を押さえてうずくまる煉骨。彼がぶつかった物を見て、霧骨は目を剥いた。
「銀骨!? 何でこんな所にいるんだ!」
「ぎし…?」
目を覚ました銀骨が、僅かに身体を傾けて煉骨たちを見つめる。
「ぎし!? あ、兄貴、大丈夫か!すまねぇ、蛇骨がここにいろってうるさくて……」
「いいから、さっさとそこをどけ!」
「ぎ、ぎし。わかった…」
銀骨は寝ている仲間たちを踏みつけないよう、そろそろと戸口から退いた。
今の一連のやりとりで、目を覚ました者はいないらしい。
一つ息をつき、煉骨は部屋の端で胡坐をかく。
冷えた外気に当たってきたせいか、早朝でも眠気が湧いてこない。
葛篭(つづら)から書物を取り出して、静かに読み始めた。
霧骨はというと、こちらは早々に横になってしまった。

目を覚ました蛮骨は、煉骨を認めて首を傾げた。
「あれ…もう帰ってたのか?」
伸びをしながら身体を起こす蛮骨に、本を閉じた煉骨が頷く。
「霧骨のせいでな、早く帰るハメになった」
顎で寝ている小男を指すと、蛮骨の顔に苦笑が浮かぶ。
「それは、大変だったな」
しばらくすると、他の仲間も起きだしてきた。
睡骨は、寝ている間に医者の人格に変わっていた。
「お、医者。久しぶり」
「あ、はい。お久しぶりです」
ぺこりと頭を下げ、睡骨はほっと息をつく。
邪魔な顔をされないということは、今は戦に関わることはなさそうだ。
朝餉の席で、煉骨と霧骨は、双方に起こった奇妙な出来事を話して聞かせた。
「へぇ、おかしな女もいたもんだ」
「遊郭なんか行くから、そーいう目に遭うんだっての」
蛇骨が目をすわらせる。
「蛇骨、いい加減に機嫌を直したらどうだ」
銀骨バリケードの件もあって苛立っている煉骨が蛇骨を見据えた時、部屋の戸が開けられた。
宿主が頭を下げている。
「あのう、蛮骨さまにお客様が…」
「客?」
「へぇ、島屋さんの使いの者が」
蛮骨と煉骨が顔を見合わせる。
蛮骨は部屋を出て、店の入り口で待つ使いのもとへ向かった。
彼の姿に気付くと、使いの者は深く頭を下げる。
「これは蛮骨さま。昨夜は大変失礼しました。旦那さまも大層反省してまして…」
「ああ…いや、別にいいんだ。こっちも(おご)ってもらったわけだし…」
「つきましては明日、島屋においで願います。今日は店も忙しいゆえ…」
「ああ、わかった。明日、伺わせてもらうと旦那に伝えてくれ」
「はい」
使いの者は再び頭を下げ、店への道を戻っていった。
疲れた様子で、蛮骨は首を鳴らす。
高額報酬だからという理由で島屋の仕事に食いついたが、その内容ははっきりしていない。
護衛、暗殺……今まで戦以外でこなしてきた仕事と言えばその辺りだが、今回もその手のものだろうか。
(早く戦の情報が見つかればいいのになぁ…)
凪が文を持ってこないかと淡い期待はしているが、その気配もここ最近感じられなかった。
今日は暇が与えられるとなると、仲間たちは喜ぶだろうか。
やれやれと頭を振り、蛮骨は朝餉に戻ったのだった。

その日の、夜である。
夕餉を済ませて早々に眠りについた七人の部屋には、静かな寝息だけが響いていた。
ぎし…と、灯りの無い廊下に、足音が生じた。
音も無く、部屋の戸が開けられる。
小さな足音は、眠っている蛮骨のもとへ忍び寄った。
蛮骨は完全に寝入っており、起きる気配はない。
足音の主は、口から舌を覗かせた。
「っ―――!!」
突如生じた悪寒に、蛮骨ははっと目を見開いた。
頬を押さえ、布団から這い出る。
「だ…誰だ!」
ざらりとした感触に、顔を撫ぜられた。まるで、嘗めるように。
暗い部屋の中では視界がきかない。必死に目を凝らすと、かろうじて人の影を捉えることができた。
蛇骨ではない。悪戯(いたずら)半分でこんなことをすることもあるが、彼の気配とは全く違う。
蛮骨の声で、他の仲間も慌てて飛び起きた。医者の睡骨が、枕元の灯りに急いで火をともす。
煉骨が灯りを奪って掲げると、ぼうっとした光の中に、女の姿が浮かび上がった。
「あ……お前は!」
瞠目した煉骨が呆然と口を開く横で、蛇骨は素早く得物を手に取った。
「やめろ蛇骨、殺すな!」
蛇骨刀を振りかぶろうとするのを止め、蛮骨は女の様子をじっと窺う。
女の目は虚ろだが、どこか喜んでいるようにも見えた。
「ああ……やっと、見つ…け…」
微笑を浮かべ、蛮骨に手を伸ばす。
だが、彼に届く前にその身体はがくりとくずおれた。
驚いて女を支え、蛮骨ははっとする。
「寝てる…?」
霧骨や睡骨も覗き込み、本当だと頷く。蛮骨に抱きかかえられた女は、規則正しい寝息を立てていた。
「その女、遊郭で俺の顔を嘗めた女だぜ!」
煉骨の言葉に皆が息をのむ。その女が、なぜここにいるのだろう。
「蛮骨の大兄貴に会えて、嬉しそうにしてたよな。大兄貴を探してたんじゃねぇか?」
蛮骨はうーんと首を傾げる。
この女に会うのは初めてのはずだし、何かしてやった覚えも無い。
「俺もたった今、顔を嘗められた…煉骨と霧骨から聞いた話と同じだ」
皆の顔に困惑が滲む中、女が身じろぎをした。
「ん……」
ゆっくりと、目を開ける。
最初はぼんやりしていたが、次第に自分の状況を把握すると、女は悲鳴をあげて蛮骨から離れた。
「えっ…えぇっ!?ここは…? 私、部屋で寝ていたはず…」
七人は顔を見合わせた。女は何も覚えていないようだ。
状況を説明しても、困惑気味に眉を寄せるばかりである。
皆が緊張した面持ちで黙り込んでいた時。

にゃァ。

灯りの届かない部屋の暗がりから、突然声がした。彼らの肩がびくりと揺れる。
息を潜めて声がした方を顧みる。
暗がりから出てきたのは、一匹の猫だった。
一同が目を丸くしている前を通り過ぎ、猫は蛮骨の前にちょこんと座る。
にゃァ。
「ね…猫?」
煉骨が僅かに裏返った声を出し、皆は我に返った。
「この猫、俺が魚を分けてやったヤツだ!」
「えぇっ! 大兄貴が言ってた猫か!?この薄汚い野良猫が」
蛇骨が驚愕しながら猫を指差す。猫は、答えるようにまた鳴いた。
「でも、何でその猫がここに…」
皆の視線が、女に集まる。
外から来たこの女が連れてきたとしか考えられない。
「わ、私は何も覚えてませんよぉ…本当に、いつどうやってここへ来たのか…」
「どうもご迷惑をおかけしてしまって…あたしの術で、ちょいと身体をお借りしました」
蛮骨の前に座っている猫が、唐突に口を利いた。
「………」
「………」
再び、部屋の中が沈黙で支配される。
数秒後、音を立てて皆が身を引いた。
蛮骨を除く六人と女が、部屋の隅に身を寄せる。
「ね、猫が…」
「しゃべった!!」
あわあわと口を開閉している蛇骨たちを見やり、猫は小首を傾げた。
だが、蛮骨に向き直ると満足げに目を細める。
「あなたをずっとお探ししてました。
魚を恵んでもらったあの時から、蛮骨さまのことだけを考えていたのです。
どうか一言お礼を言わせて欲しくて」
深く頭をさげ、猫は続けた。
「本当にありがとうございました。
生まれてこの方、あれほど優しくしてもらったのは初めてでございます」
「え…いや、その…」
困った様子で、蛮骨は仲間たちを見つめる。しかし誰もが、関わりたくないという視線を返してきた。
「てっきり、蛮骨さまもあの遊郭にお泊りなのかと思ってまして…
どうやら、お仲間の方々にも不快な思いをさせてしまったようで」
「じゃあ、俺の顔を嘗めた女も、お前が取り付いてたのか!?」
「はぁ。蛮骨さんの臭いがする人を探していたら、お二人に行き当たったので」
猫などの動物は、相手を嘗めることでその情報を把握することもある。
そういった理由で、煉骨や霧骨も頬を嘗められたのだ。
そういえば、あのざらざらした感触は、猫の舌とそっくりだった。
「身寄りの無い野良猫ゆえ、お礼を言うのが精一杯で…
品物を持ってくることもできぬこと、お許しください」
申し訳なさそうな様子の猫に、蛮骨は引きつった笑いを浮かべて首を振る。
「気持ちだけで十分だ。しかし驚いたな…」
猫も長生きすれば妖力を持つと聞いたことがある。この猫もそういう(たぐい)なのだろうか。
幸い自分は、口を利く動物には慣れているので良かったが、これが普通の人間だったら怖くて礼どころではないだろう。
目的を果たせて明るい顔をした猫は、立ち上がると窓のふちに飛び上がった。
「夜分遅くに失礼しました。では、あたしは帰ります。
これからも、あの店の裏で、ひっそり生きていきますよ」
ひとつ尾を揺らすと、猫は窓から外へ消えていった。

朝になり、蛮骨はぼーっと窓の外を眺めていた。
煉骨と霧骨は、女を店に送りに出て行って不在である。
昨夜のことが、まるで夢のようだった。
「まぁ、驚きましたが。蛮骨さんが良い事をなさったからこそ、ですね」
茶を汲みながら、睡骨が穏やかに笑む。
「ったくよー。大兄貴、変なとこでお人好しだしな」
女が出て行って、せいせいした風情の蛇骨が目をすがめた。
「猫でも恩を感じるもんなんだなぁ…そこが、蛇骨と猫の違いだな」
蛇骨から聞いた猫の性質は、まさしく彼そのものであったが、なるほど、こんな違いがあったのか。
「大兄貴ひでぇよ! 俺だって恩の一つや二つ感じるやい」
声をあげる蛇骨に、睡骨がなだめながら茶を差し出す。
「あっちぃ! 睡骨っ! こんな熱いの飲めるか!!」
「あれ、蛇骨さん。猫舌でしたか?」
「あーもう!! 猫猫言うなぁ――――!!」
蛇骨の反応に肩を震わせて、蛮骨も笑いながら茶を手に取る。
「今日は島屋さんのお屋敷に行かれるんですよね?」
ああ、そうだった。
すっかり忘れていたので、蛮骨は睡骨の確認に軽く感謝を覚える。
今度こそ無事に仕事の説明をしてもらえるといいが……そんなことを考えながら、蛮骨は少し熱い茶をすすった。

<終>

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