ねがい

「よく晴れてるなぁ。今夜は星がよく見えそうだ」
雲ひとつない青い空を見上げて、蛮骨は笑いながら言った。
七月七日。七夕である。
天上で彦星と織姫が年に一度だけ、逢うことを許される日。
七人隊が訪れた町も、七夕の雰囲気に彩られていた。
町の中央辺りに、すでに大きな笹が据えつけられている。
出店もあり、ちょっとした祭りのように賑やかだ。
そんな中を七人隊は、今夜泊まる宿を探して歩いていた。
が、年に一度の七夕祭りということで他の旅人たちも滞在しているらしく、どこを探しても部屋に余裕のある宿がない。
「せっかくの祭りなのに、野宿なんて御免だぜ」
蛇骨がぶすくれている。
しかしその後も宿を見つけることはできず、七人は背を丸めて町中を流れる川のほとりで休憩していた。
久しぶりに高収入の仕事があって、金には余裕がある。
せっかく良い宿に泊まろうと思っていたのに、一つも空きがないとは。
野宿かぁ……と彼らが肩を落としていると、後ろから声をかけられた。
「旅のお人ですか?この祭りの日にそんな暗い顔をして、どうなさったのです」
振り向くとそこには、若い男がいた。隣には優しげな相貌の女を連れている。
「ああ、宿を探してたんだが、どこも一杯でな。今夜も野宿かなぁって…」
肩をすくめて蛮骨が答えると、男と女は顔を見合わせた。
「ねえ義行よしゆきさん、この人たちを、あなたのお屋敷に泊めてあげられないかしら?」
「うん。私もそう思ったところだよ」
微笑んだ男は蛮骨たちに向き直る。
「私の名前は義行。こっちは恋人のお咲です。
で、どうでしょう、私の家にお泊まりになりませんか?ちょうど、使っていない部屋があるんです」
思わぬ誘いに七人は目を丸くした。
「え、でも、いいのか?七人もいるぜ」
「構いませんよ」
人の良い笑顔で、男は頷く。
蛇骨は飛び上がった。
「マジかよ!! やったぁ~!なあ大兄貴、泊めてもらおうぜ!!」
「そうだな、お言葉に甘えて世話になるか」
他の仲間たちも異論はない。
野宿を免れて、皆ほっとした様子だった。
人の良い若者二人に導かれて、七人は今夜の宿へ向かった。

「……でっけー…」
蛇骨の口から、思わず感嘆の声が漏れる。他の仲間たちも唖然と口を開けていた。
連れてこられた義行の家は、それはもう広大だった。
町中にあるにも関わらずぐるりと塀にかこまれた庭は広く、そこに収まる建物自体もかなりの大きさだ。
義行は古着なぞ纏っているので、想像もつかなかった。
「すげぇな、お前の家」
蛮骨が素直に言うと、義行は困ったように笑う。
「祖父と父の商売が揃って上手くいったんです。
この家には、私と父と奉公人たちが住んでるんですよ。
では、父に許しを貰ってきますから、お咲と一緒に向こうの部屋へ行っててください」
義行と別れ、七人はお咲に続いて屋敷に上がりこんだ。
お咲の顔を見た奉公人たちがにこにこと挨拶する。
家族も公認の恋人というわけだ。
七人の姿に使用人は目を剥いたが、お咲が説明すると「そうですか」と頭を下げてきた。
お咲は屋敷の中の勝手も承知済みで、迷うことなく使われていない部屋へ辿り着くと七人隊を中へ入れた。
「こちらのお部屋ですよ」
部屋は広く、七人いても伸び伸びと過ごせる程だった。
「すっげー、良かったな、そこらの宿より全然イイじゃん!」
蛇骨が目を輝かせている。
確かに、居心地が良い上に宿代もとられないのだから至れり尽くせりだ。
しばらくその部屋でのんびり過ごしていると、義行が戻ってきた。
「父の許し、貰えましたよ。好きなだけいてくれて構わないそうです。
久しぶりの客人ですから、酒盛りでもしたいと言ってました」
「おう、いくらでも付き合うぜ!」
蛮骨はにっこり笑って、そういえばと義行を眺める。
「なんで古着なんか着てるんだ?これだけ金持ちなら、上等な着物がいくらでも買えるだろう」
問われて、義行は苦笑しながら頭をかいた。
「あまり、上等な物が欲しいとは思わないんですよね。
この家の財は、あくまでも父や祖父が作ったものですし。
それに、こういう格好の方が町に出ても動きやすいですから」
金持ちだからと頭を下げられるのは嫌なのだと言う。
好感が持てて、蛮骨は目を細めた。
「私も、この人のこういうところが好きなんです」
義行の隣でお咲が顔をほころばせる。
どこから見ても、二人は幸せそうだった。
「そうだ、旅の話を聞かせてくださいよ」
二人にせがまれ、彼らはしばらく旅の武勇伝に花を咲かせていた。
話もひと段落した頃に、すぅっ、と部屋の障子戸が開けられる。
部屋に入ってきたのは、義行と同じくらいの年齢と見える男だった。
盆に菓子や茶を載せている。
「あ、彼は千太せんたです。今はうちで奉公人をしていますが、私やお咲とは幼馴染みなんですよ」
聞けばこの奉公人ももとは金持ちの息子なのだそうだ。
ただそちらの家はとある事情で経済難に陥ってしまい、千太が働きに出されたのだった。
「ねぇ千太、七人隊って知ってる?」
お咲が尋ねると、彼は不思議そうな顔をしながらも頷いた。
「この人たちが、その七人隊なんですって!」
「えっ!?」
楽しそうに言うお咲とは裏腹に、千太は内心でかなり狼狽しているようだった。
それを見ても、蛮骨や煉骨は特に気にしない。
たぶんこっちの方が、普通の反応だろうから。
千太が出て行った後で、お咲も腰を上げた。
「私、もう帰らないと……」
「ああ、そうだね。じゃあ見送るよ」
義行も立ち上がる。世話になった礼にと、蛮骨も見送ることにした。
門のところでお咲の背を見送りながら、蛮骨は隣にいる義行を見やる。
「お咲も近所に住んでいて、昔は千太と三人でよく遊んだんです。
お咲と私が恋仲になってからも、私たち三人は仲がいいままだ。
秋に祝言を挙げることになったのを教えたときも、千太が一番喜んでくれたんですよ」
「へぇ、秋に祝言を? そりゃめでたいな」
「ありがとうございます。あ、そういえば、今夜七夕祭りがあるのは知っていますか?」
聞かれて、蛮骨は町中に飾られた大きな笹を思い出した。
「夜にあの笹の下で、お咲と会う約束をしてるんです。
良かったら皆さんも行きましょう。短冊に願い事を書いて、あの笹に飾るんですよ」
「おう、じゃあ皆にも言っておくよ。祭りにも行きたいしな」
陽が傾きかけている。すぐに夜になるだろう。
宿代が浮いたのでたまにはパァーっと遊んでもいいだろうか。
弟分たちの喜ぶ顔を創造して、蛮骨は口元に淡い笑みを乗せた。


暮れるのが遅い夏の陽がようやく沈んで辺りが暗くなった頃、七人と義行は連れ立って町の中央へ向かった。
昼にも増して人でごった返し、背の低い霧骨などはどこにいるかもわからない有り様だ。
祭りの出店の通りを抜けて笹が飾られた場所に着くと、そこは幾分か静かだった。
短冊を配っている者がおり、それを貰った者は思い思いに願い事を書いて、笹に吊るしていく。
彼らもさっそく短冊をもらい、それぞれの願い事を書いた。
初めから大した願いなど持っていない蛇骨は、早々に書き終えると他人の短冊を盗み見ている。
「はぁ~凶骨、やっぱくだらねぇ願いだな~」
「な、なんだと蛇骨! テメェには言われたくねぇ!!」
蛇骨は他に吊るしてある短冊を物色し始めた。 そしてそれをいちいち批評している。
その様を見て蛮骨は半眼になった。
(嫌な趣味だな…)
とは言っても、人の短冊を見るというのはもはや七夕の恒例行事と言っても過言ではない。
自分のは見られたくないが、人のは見たいというものだ。
物色に飽きた蛇骨が蛮骨のところへやってくる。
「大兄貴は何て書いたんだよ」
興味津々で覗き込もうとする蛇骨を払いのけ、蛮骨は凪を呼んだ。
羽ばたきが耳朶を打ち、小柄なハヤブサが飛来する。
腕に止まった凪に、蛮骨は自分が書いた短冊をくわえさせた。
「凪、これをあの一番てっぺんのところに引っ掛けてこい」
命じられると、凪はすぐにそれを実行する。
すいーっと飛んで行き、上手い具合に短冊を取り付けて戻ってきた。
「大兄貴! あんな高けぇところにあったら見えねーじゃねぇか!」
「見られないように天辺に付けたんだろうが。
よーし凪、何かご褒美買ってやるからな~」
喚く蛇骨を軽くあしらい、凪を肩に乗せた蛮骨は義行の方へ行った。
「義行、お咲さんは?」
「それが、見当たらないんです。確かにここで待ち合わせの約束をしたんですけど……」
困り顔の義行と共に、蛮骨も視線を巡らせた。
まだ来ていないのだろうか。それとも、人が多すぎて見えないだけか。
「私はここでお咲を待ってます。皆さんはどうぞ、祭りを楽しんできてください」
にこりと笑う義行に頷いて、蛮骨は仲間たちとともに出店を覗きに向かった。

それぞれが好きなものを食べたりして楽しんでいると、中央に飾ってあった笹が運ばれてくるのが見えた。
人々が道を開け、笹を通している。
何をするのだろうと見ていると、笹を運んでいた男たちが町中を流れる川のほとりに立った。
皆で笹を持ち上げ、それを川に放り込む。
短冊をつけたままの笹は、きれいな水に流されていった。
観客から歓声が上がる。手を合わせる者もいた。
祭りも終盤だ。
静かなところに移動した蛮骨は、空を仰いだ。
見事な天の川が広がっている。
朔夜も今ごろ見ているだろうかと、思いを馳せてみた。
いつか、二人だけでゆっくり星を眺めるというのもしてみたい。
……と、いきなり背後から抱きつかれる。
上を見ていた蛮骨は衝撃で舌を噛みそうになりながらも、剣呑に振り向いた。
予想していたとおり、蛇骨の顔がある。
「大兄貴、こんなところにいたのかよ~。もう帰っちまったのかと思ったぜ」
「……今帰ろうと思ったところだ」
まったく、人が感慨にふけっているところを普通に邪魔するとは、情緒のかけらもないヤツだ。
ため息まじりに頭を押さえながら、蛮骨は義行の屋敷へ戻るべく歩き出す。
蛇骨が後をひょこひょこついて来た。
「お前も帰るのか?」
「うん。もう十分遊んだからな!食うもの食ったし、男あさりもしたし!」
「男あさりって……」
収穫がないところを見ると、大した男はいなかったのだろう。
そのことに小さく安堵しながら、蛮骨は脱力した風情で笑った。
屋敷に着くと、義行はもう帰っていた。
「よぉ義行、お咲には会えたか?」
「いいえ……。一応、お咲の家にも行ってみたんですが、彼女はいませんでした。
他に用事ができたんでしょうかね」
仕方ないとは思いつつも、年に一度の祭りを共に過ごせず残念そうである。
「まぁ、今年くらい良いんじゃねぇの?
夫婦になったら飽きるほど一緒にいれるんだから」
目をすがめて蛮骨が茶化すように言うと、義行も少し明るくなって照れくさそうに微笑んだ。
「そうだ、父が宴会を楽しみにしてるんです。どうぞ相手してやってください」
蛮骨と蛇骨は酒が飲めると張り切って座敷へ向かった。
すぐあとに仲間たちもぞろぞろと帰ってきて、酒宴は賑やかに続いたのだった。

次ページ>