義行の手に、血のついた包丁が握られている。
振り上げた刹那に蛮骨が押さえたが、彼は激しく暴れた。
驚いた顔の煉骨と蛇骨も彼を止めにかかった。
「離してください! こいつがっ、こいつがお咲を殺したんだ!!」
彼らの眼前には、千太が突っ立っていた。
彼が怪我を負っている様子はない。包丁の血は、お咲のものだ。
義行が狂っている様を、なぜか笑いながら見ている。
蛮骨の肩に掴まっていた妖らは、怖くなって離れたところへ非難した。
「ど、どうしたんだよぅ。義行があんなに怒ってるなんて…」
「怖いよぅ……」
義行を止めながら、蛮骨は千太を睨みつける。
「お前がお咲さんを殺したのか!」
すると、千太はにやりと笑った。
「そうだよ。俺が殺した。昨日、祭りに向かう途中だったお咲をね」
「どうしてだ。お前ら幼馴染みで仲が良かったんじゃないのか!?」
「それは遠い昔の話さね」
千太は笑みを掻き消し、暗い目で義行を睨む。
「こいつとお咲が恋仲になった時から、俺はこいつが憎くなった。
俺が奉公している前で、こいつらはいつも幸せそうにしてるんだ」
「……お前も、お咲さんが好きだったのか?」
「ああ、そうだよ。
ウチの商売に再興の目処がついたんで、昨日お咲に言ったんだ。
俺は義行よりも金持ちになれる。そしてお咲に良い物をいくらでも買ってやる。
義行のところへ行くよりもずっと贅沢な暮らしをさせてやるから、俺の嫁になれ、と」
千太の拳が握られる。
「だがお咲は義行を選んだ。お咲を誰にも渡したくない。だから、殺したんだ。
これでもう何処にもいかない」
「っ……千太っ…!」
義行の声が怒りのあまり震えている。
いい気味だという風情で彼を眺め、千太は口元を歪める。
「当然の報いだ。お咲にも、お前にも」
その言葉に義行がぎりりと歯噛みする。
渾身の力で蛇骨たちを振り払うよりも早く、蛮骨の拳が千太の頬に飛んだ。
「あっ……」
煉骨たちが目を瞠る。
自由になった義行も蛮骨の行動に呆然としていた。
「報いも何もあるか。お前は自分の思う通りにならないから、殺したんだ。
お咲さんを欲してたのだって愛しさでもなんでもない、ただ義行に負けたくなかっただけなんだろう」
痛みに顔を歪めた千太が、蛮骨を凝視する。
「お前は弱くて卑怯で、最低の人間だ」
静かだが怒りの見え隠れする蛮骨の言葉に、愕然と目を見開いた千太がわなわなと震えだす。
「お、お前に…何が分かる!?昨日来たばっかりのお前に、俺の何が分かるって言うんだ!!」
家が傾いたから幼馴染みの家で働かせてもらう日々。それがどれほど惨めなものだったか。
引きつった声で、千太は笑った。
「お前たちが来なけりゃ、昨日お咲を殺すこともなかったんだ……」
「なに?」
蛮骨が眉をひそめる。 煉骨たちも顔を見合わせた。
「あの七人隊が家にいる。
そんな時に殺人なんて起こったら、真っ先に疑われるのは俺よりもお前たちだ。
この機を逃す理由が、どこにある?」
「お前、初めから俺たちを犯人に仕立て上げるつもりだったのか!」
蛇骨が憤慨して叫ぶ。
千太を見据える者たちの目には、揃って怒りの色がにじんでいた。
蛮骨は千太の手を掴み上げる。
「煉骨、蛇骨。こいつを役人に引き渡して来い」
「わかった」
二人は即座に応じ、両側から千太を押さえて引っ張っていった。
蛮骨は深く息をつくと、気を取り直して義行に向き直る。
しかし、彼は蛮骨の後ろにはいなかった。
はっとして首を巡らせる。
煉骨たちに向かって駆けていく彼の背中が見えた。
「義行っ!やめろ!!」
叫んだ蛮骨の声に振り向いた蛇骨の目に映ったのは、血がこびりついて輝きを失った刃だった。

どす、と―――。

鈍くて、やけに重い音がした。
刺された箇所から血が噴き出し、千太の声にならない絶叫が迸る。
左の背中。お咲と全くおなじところを、刃渡りの長い包丁が貫いていた。
千太は口からも大量に血を吐き、声がどんどん掠れていく。
煉骨と蛇骨の手を離れて前のめりに地面に倒れた千太は、何度か細かく痙攣すると、目を開けたまま息絶えた。
手入れされた庭に、赤い流れが広がっていく。
返り血で真っ赤に染まった義行を、皆が呆然と見詰めた。
「義行……」
蛮骨が駆けつけると、義行は静かな瞳で見返す。
「蛮骨さん、すみません。あなたを疑ったりして……」
返す言葉が見つからず、蛮骨は目を伏せた。
その時、騒ぎを聞きつけた義行の父親が姿を現した。
庭先に顔を出した彼はそこに広がる光景に言葉を失い硬直した。
「よ……義…」
ゆっくりと父を振り向いた義行は苦笑を浮かべる。
彼の様子は驚くほど落ち着いていた。
通りにいた誰かが報せたのだろう、門から役人たちがぞろぞろと入り込み、義行を拘束する。

「義行…」

無意識に手を伸ばしかけた蛮骨に、義行は穏やかに笑う。
「良いんです、蛮骨さん。悔いはありません。お咲がいなくなったこの世に生きる意味もない。
私は、死罪になるのも怖くありません」
その言葉を最後に、彼は連れて行かれた。
千太の亡骸も運ばれていく。
蛮骨たち三人は、沈痛な面持ちで唇を噛み締めた。


事件の後早々と町を出た七人は、しばらく行った先の川原で休んでいた。
昨日の賑やかさをどこかへ置いてきたように、皆暗い顔だ。
川の流れを見ていた蛮骨のもとへ、小さな影が歩み寄って袖を引いた。
「ああ、お前たちか。すかっり忘れてた…」
小丸が紙切れを差し出す。
「これ、義行の短冊なんだけど…」
蛮骨はそこに書かれている文字を読む。
滲んでいてよく見えないが、

『お咲と夫婦になった後も、千太と三人で仲良く暮らしていけますように』

と、書かれていた。
蛮骨は目を閉じて息をつく。
千太がこれを読んでいたら、ともすれば殺しを思い止まっただろうか。
くしゃりと、手の中の短冊を握り潰す。
人の心は様々だ。
ちょっとしたことで良い方向へ行くこともあれば、その逆も容易く起こりうる。
血にの海に伏した千太の死体が脳裏を過ぎった。
―――私も、この人のこういうところが好きなんです
義行の隣で幸せそうに笑っていたお咲。
(ああ。お前がどんなに金持ちになったって、お咲さんはお前の物にはならなかっただろうよ)
義行はどうなるのだろう。
死罪だろうか。それとも彼の父が、金の力で何とかするのだろうか。
胸中に凝る苛つきを捨て去るように、蛮骨は紙くずとなった短冊を川へ放り投げた。

「じゃあな~」
小丸と舜と一角が手を振っている。
「またいつか顔見せろよ~」
それに手を振り返して、七人隊は歩き出した。
終わりの見えない、戦いの方角へ。


一人で過ごした七夕の次の日の夜も、朔夜は空を眺めていた。
今日もまだ奇麗な星が見える。
と、風の唸りが耳に滑り込んで、彼女は視線を巡らせた。
庭先に、大きな白い狼がいた。
「あら、蒼空くん」
「久しぶり。遊びに来た」
蒼空の足ならば、来たい時にいつでも来ることが出来る。
擦り寄ってくる狼の頭を、朔夜は目を細めて撫でてやる。
「どうしたの? 何か怒ってる?」
よくぞ聞いてくれたと、蒼空は顔を上げた。
「蛮骨の俺に対する扱いが冷たい」
「そうなの? 困ったわね…」
くすくすと笑う朔夜。
「そうなんだ。どうでも良い事で呼び出すし」
呼ばれるのは嬉しいのだが、もっと構って欲しい。
むすっとした狼のあたまをぽんぽんと撫でて、朔夜は腰を上げる。
「じゃ、機嫌直しに笹団子でも食べましょうか。
蛮骨たちに内緒で」
その言葉に蒼空の耳がぴょこんと立ち上がる。
「うんっ、食べる!」
尻尾を振って即座に機嫌回復した狼に笑いかけ、朔夜は笹団子を持ってくる。
盆に載ったそれを一つ手にとって蒼空に食べさせてやると、狼は満足そうに口を動かした。
「ずるいよぅ、俺たちにも食わせろよぅ」
蒼空の毛並みの中から、小さな妖怪が転がり出る。
目を丸くする朔夜の前で、彼らはそれぞれに団子を取って頬張り始めた。
「蒼空くん、この子たちは?」
「小丸と舜と一角だよ。こら、お前たちを連れてきたのは…」
「わ、わかってるよぅ…」
小丸が朔夜に小さく畳んだ紙切れを差し出す。
「お前が朔夜かぁ…うん、さすが蛮骨だな」
「え……?」
渡された紙切れを開いてみて、朔夜は言葉をなくす。
「それ、短冊だよ。蛮骨が書いてたやつ、持ってきたんだ。……朔夜?」
紙を見たきり黙りこんでしまった彼女を心配して、蒼空が顔を覗き込む。
「わっ! 朔夜、泣くなよ!どうして泣くんだよぉ!」
悪いことをしてしまったのかとオロオロしている蒼空に、慌てて涙を拭いた朔夜が微笑む。
「ごめん、大丈夫よ。
なんか、すごく嬉しくて……ありがとう、皆」
短冊を再び小さく折って、彼女は大切に懐にしまい込んだ。
ホッとした妖怪たちはまたワイワイと団子に手をつける。
久しぶりに賑やかになった縁側で、朔夜と妖怪たちは星を眺めながら楽しいひと時を過ごしたのだった。

<終>

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