連理之枝れんりのえだ

足音を聞きとめて、彼女は顔をあげた。
待ちわびていた音だ。
彼女は嬉しそうに微笑んだ。

七人は久々に街を訪れていた。
この街は、七人隊が時々滞在地に利用する場所だ。
仕事がない時に戻ってきて、しばらくはねぐらとしている屋敷で暮らす。
街に着くと七人はそれぞれ好きなように別れた。
また旅に出るまでは自由行動。 つかのま、彼らは普通の暮らしを楽しむ。
久々ではあるが、街の様子はさほど変わっていなかった。
にぎやかな街の風景を眺めながら、蛮骨は寄り道するでもなく塒の屋敷へ向かった。
屋敷はなかなかの広さがあり、庭もある。
前にここを使っていた主から買い受けたものだ。
傷んだところが多く格安だったが、煉骨の手にかかってすぐに修復されたから、住み心地がよい。
通りから外れたところに位置するそこへ真っ直ぐ戻ったのは蛮骨だけだったが、彼は気にせず門をくぐった。

蛮骨は屋敷の中を、ある部屋を目指して歩いた。
自室ではない。帰ったら真っ先に向かう場所。
廊下に、足音が響く。
目的の部屋について、障子を開けようとすると、向こうから開けられた。
「蛮骨っ…」
満面の笑みを浮かべて、女が出迎えた。
蛮骨と同い年くらいの、少女だ。
「おかえりなさい」
「ああ。……ただいま」
蛮骨も小さく笑いながら、彼女の部屋に入った。
彼女の部屋は日当たりがよく、明るい。
今の今まで裁縫をしていたようだ。
「帰ってくるなら、連絡してくれれば良かったのに。睡骨のハヤブサに頼めば、すぐでしょ?」
「お前を驚かしてやろうと思ってな」
「何も準備してないわよ?
料理も、お風呂も」
柔らかく笑っているこの少女の名は、朔夜さくやという。
蛮骨の恋人だ。
相貌も美しく、そこらの姫よりよほど気立てがいいので、蛮骨は自分にはもったいないような気もしている。
七人隊が旅に出ている間、この広い屋敷に一人で暮らしているのだ。
「それより朔夜、街に行こうぜ。何か欲しいモン買ってやるよ」
蛮骨は朔夜の手をとって立ち上がった。
蛇骨と煉骨は、偶然同じ酒屋に入っていた。
蛇骨の姿を見つけ、煉骨は慌てて店を出ようとしたのだが、あっという間につかまってしまった。
そして今、向かい合って酒を飲んでいるのである。
(なんで自由行動になってまでコイツと一緒にいねぇとダメなんだ…!)
煉骨は心中でうめく。
「それにしてもよぉ~…」
しばらく何か考えている風情だった蛇骨が、ぼんやりと口を開いた。
「蛮骨の兄貴が、まさかあんな普通の女を見初みそめるとはおもわなかったぜ」
朔夜のことを言っているのだと、煉骨はすぐに理解した。
確かに彼女は美人で気がまわる優秀な女だが、それ以外は普通で、もとはとても貧乏な家の出だ。
「大兄貴なら、いくらでも姫様や都の女たちからも声かけられるだろ?
なのにこんなちっぽけな街の貧乏な娘によぉ」
蛇骨だって朔夜は気に入っている。だが、時々不思議に思うのだ。
「大兄貴は、金や権力なんかよりも、普通の暮らしを望んでるんじゃねぇか?」
煉骨は自分の見解を話した。
「朔夜は大兄貴の心のり所だ。他の女にはねぇ何かがあるんだろうさ」
「そうだなぁ~、朔夜の前じゃ大兄貴、すっげぇ穏やかな目ぇしてるし」
あれを見ていると、ほんとに好きなんだなぁと一目でわかる。
本来女嫌いの蛇骨でも、彼にあんな顔をさせられる朔夜のことは好きになれた。
ということは、やっぱり違うんだろう。普通の女たちとは。
「へへ、煉骨の兄貴も、そーゆうの作ったらどうだ?」
煉骨はボッと上気した。
「うるせえ!俺はそんなのはいらねぇんだよ!」
「どうだか。大兄貴もそんなこと言ってたような気がしたけどなぁ~」
蛇骨は、茶化すように笑った。

酒を飲み終え、二人は店を出た。
「じゃあな。俺は今度こそ一人で歩く」
「ええ~、いいじゃんかよ。
一緒に見て周ろうぜー」
「ふざけんなっ!はなせっ」
着物の袖をぐいぐい引っ張る蛇骨と言い争っていると、蛇骨があっと声をあげた。
蛇骨の指差す方を見ると、そこには蛮骨と朔夜がいた。
彼らは蛇骨たちに気付いていないようだ。
二人で店先の品を眺めている。
「サクヤ~!!」
煉骨が止めるのも聞かず、蛇骨は駆け出した。
蛇骨の声に彼らは振り向き、朔夜は顔を輝かせた。
「蛇骨!元気だった?」
「おうよ!見てのとおりだぜ!二人して何見てたんだ?」
朔夜は困ったように笑った。
「蛮骨が何か買ってくれるって言うんだけど…欲しいものが思いつかなくて」
煉骨は蛇骨を引き離そうとしていた。
蛮骨が無言の下で怒っているのだ。「何で邪魔するんだ」と。
「いいなぁー。そうだっ、かんざしにしろよ!兄貴に簪買ってもらえって。あと着物もな!」
「それはお前が欲しいモンだろうがっ!!」
煉骨は蛇骨を殴り、その身体を引きずって走り去った。
それを見て朔夜はくすくすと笑う。
「相変わらずねぇ」
かえりみると、蛮骨が口元に手をあてて何かを考えているようだった。
「どうしたの?」
「朔夜。……簪、欲しいか?」
朔夜は一瞬目を大きく見開き、慌てて首をふった。
「そんな高いもの、いらないわ」
「値段は気にするな。欲しいと思うなら、買ってやるぞ」
蛇骨の提案だということがムカつくが、確かに朔夜が簪を挿せば似合うだろう。
朔夜は悩んだ。
簪がほしいと思ったことはある。だが自分は貧乏なので、それはとても手の届かない品だった。
蛮骨は買ってくれると言うが、そしたら彼の持ち金が大きく減ってしまうのではないか。
逡巡している様子の朔夜の手をとり、蛮骨はさっさと歩きだした。
「蛮骨…」
「欲しいんだろ?顔にそう書いてある」
ずばり言い当てられ、朔夜は顔が赤くなるのを感じた。

蛇骨が贔屓にしている簪屋は、すぐそこだ。
店には色とりどりの簪が並んでいる。
「オヤジ、ここにあるのが全部か?」
すると店主はにこにこしながら頭をさげた。
「今日届いたばかりのがありますから、今持って参ります」
店の奥に引っ込んだ店主が戻ってくるまで、蛮骨は店先の簪を見ていた。
朔夜にはどんな色が似合うだろう、などと考えながら。
しばらくすると店主が木箱を抱えて戻ってきた。
ふたを開けると、中には奇麗な簪が一本入っていた。
透き通った深い緑色。繊細な模様が描かれている。
店先にあるようなものとは一味ちがった。
「万一盗まれでもしたらいけませんから、しまっていたのです」
店主は簪を箱から出して蛮骨に手渡した。
それを色んな角度から眺め、蛮骨は笑って朔夜を見た。
「これにするか」
「ええっ!?」
朔夜は仰天して思わず声をあげた。
大切にしまわれていたということは、きっと高価なのに違いない。自分は、店先にある一番安いのでもいいと考えていたのに。
「どうせ買うなら朔夜に似合うやつがいいからな。これなら絶対似合う」
「私もそう思います」
店主もにこにこしながら同意を示した。
「でも、高いでしょう。おいくらです?」
店主に値段を訊くと、またもや叫びそうになるほどの額だった。
だが蛮骨は動じた風もない。
なんとか踏み止まり、朔夜はぶんぶんと首を振る。
「蛮骨、私、もっと安いのでいいから……」
「遠慮すんなって。オヤジ、これ買う」
「毎度あり!」
懐から金を出し、引き換えに簪を受け取る蛮骨を、朔夜は呆然と見つめるしかなかった。

 

簪を買ったあと、二人は近くの川原に腰をおろした。
涼しい風が通り抜けて、心地良い。
蛮骨は簪を朔夜に渡した。
朔夜はそれをまじまじと見つめる。
本当に奇麗だ。
だが、なんだか自分のものとは思えない。こんなに高価なものを手にするのは初めてだ。
「もう。もっと安いのでいいのに…」
蛮骨は微笑んで、簪を取ると朔夜の髪に挿した。
美しい緑色のそれは、存在を誇示することもなく、朔夜の美しさをきちんと引き立てている。
蛮骨は満足げに頷いた。
「うん。やっぱり似合ってる」
朔夜も素直に笑った。
「ありがとう。大事にするね」
蛮骨は朔夜の肩を引き寄せた。
「…俺は、こんなことしかしてやれねえから」
本当は、物を買い与えるより、優しい言葉をかけるより、ずっとずっと傍にいてやりたいと思う。
でも、それはできないから。
またすぐに、彼女を一人残して旅立たねばならなくなるから。
せめて、この思いを形に残していきたい。
朔夜は顔をあげて蛮骨を見た。彼は静かに川の流れを見ている。
「蛮骨がこうして無事に帰ってきてくれれば、私はそれで十分よ」
それは本心だ。
蛮骨は彼女の頭を撫でた。
そこには、緑の色が、夏の陽光をはじいて輝いていた。

 

殴られた蛇骨はひどく怒っていた。
「煉骨の兄貴っ、ひでぇじゃねぇか」
「ひどくねぇ。あのままじゃお前、大兄貴に殴られるとこだったぜ」
淡々とした煉骨の言葉に、蛇骨はびくりとした。
「なんでだよぉ」
「お前が二人の邪魔をするからだ」
邪魔なんかしてねぇ、と蛇骨は反論しかけ、ふと目を見開いた。
その顔に意地の悪い笑が広がる。
「煉骨の兄貴も、そーゆうところに気がまわるようになったんだなぁ。かーわいーいねぇ」
直後、煉骨の容赦ない鉄拳が蛇骨を打ちのめしたのだった。

<終>

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