無情の太刀たち

暖かい重みが身体を包みこんでいる。
懐かしささえ覚える深く心地よい眠りから、隼人はゆっくりと目覚めた。
しばらくぼうっとしていたが、次第に前日の出来事が思い出されてくる。
彼は横になったまま部屋を見回した。
小さな部屋を、二人一組で割り当てられている。この部屋にいるのは隼人と小太郎だけだ。
地下なので、朝日は射さない。障子越しに見える廊下の灯火だけが唯一の明かりで、まだ夜なのではと思うほどの暗さだ。
隣を見ると、ごく近いところで小太郎が大の字になっている。寝ている間に転がってきたのだろう。
布団から起き出して小さな身体を抱えあげ、わずかな逡巡の後に自分の布団に寝かせる。小太郎の布団はすでに冷えているだろうと考えてのことだ。
肩まで掛布で覆ってやり、その寝顔を眺める。
微笑んでその頭を撫でてやっていると、小さな手が頼りなげに袖を掴んだ。
「あら、お目覚めだったの」
背後の障子が開いて琴吹が入ってきた。小太郎が寝ているのを認めて、声を小さくする。
「あらあら、可愛いこと。兄弟仲が良くて」
隼人と向い合せになるように、小太郎の傍へ膝をつく。
「似てない兄弟だよねぇ。まあ、小太郎君はまだ小さいし、この先似てくるんだろうけど」
「母親が違うんだ」
隼人は視線を落として呟いた。
「俺が殺した。父も、母も」
「……そう」
「小太郎から全部奪ったんだ」
「この子のことは殺さなかったんだね」
「できなかった。きっとそうするべきだったのにな…。本当に俺は、身勝手で……」
小太郎の顔を見ているのが辛くなり、隼人は眼を伏せた。まだ、小さな手が袖を握っている。
「小太郎君は知ってるの? 兄さんが親を殺したこと」
「知らない……と思う。知ってたら俺についてくるわけがない」
「そう? たった一人の身内なんでしょ?」
「そうは言っても初めてちゃんと顔を合わせたのだってつい最近だ。他人も同然だろ」
「兄さんはそんなに大切にしてるじゃない」
それは、と口を開きかけて、言葉に詰まる。
小太郎を大切に思っているのは事実だ。だがその感情は、本心から来るものなのか、罪滅ぼしの念から来るものなのか。
「わからない……な」
隼人が視線を向けると、小太郎がゆっくりと瞼を上げた。
何度か瞬きをして、不思議そうな顔で兄と琴吹を交互に見やる。
「おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう」
仄かに笑んだ隼人が小太郎の髪を撫でると、彼は嬉しそうな顔をして寝返りを打った。

朝餉を馳走になり、身支度を済ませた一行は船着き場に集まった。
出発するべく船頭役の男に声をかけようとした時、ふいに建物の方から騒がしい声が沸き立つ。
一行は何事かとそちらに目を向けた。
「姐さん、冗談でしょう!?」
「突然過ぎますぜ!」
隼人たちの視線の向こうで人垣が割れ、琴吹(ことぶき)が現れた。
その姿は動きやすい旅装束で、背にはごくわずかな荷を背負っている。
「あんたたち、いい加減にしなよ。
あたしもそろそろこの町をおいとまする気だったんだ、ちょうど良いじゃないか」
「そ、そんなぁ」
「琴吹、その格好は……?」
困惑した隼人が怪訝(けげん)に訊ねると、彼女はこちらに向き直ってにっこりと笑った。
「あたしも一緒に行きます」
一瞬の沈黙。
そして皆が一斉に目を剥いた。
「はぁ!?」
目を白黒させる一行にかまわず、琴吹はひょいと船に乗り込む。
大の男たちが涙目で引き止めるのに手を振りつつ、彼女は船頭に船を出すよう命じた。
ぎぃ、と音を立てて船が岸辺を離れる。
「ちょっ、ちょっと待て!! なんでそうなる!?」
いち早く正気に戻った煉が詰め寄る。
「なんでって、別に良いじゃない」
「だってお前、あの一家の親分なんだろ?」
「親分? あたしが?」
琴吹は口元を袖で覆ってきょとんとしている。
「あたしも兄さんたちと同じ、流れ者だよ」
聞けば、琴吹もとある事情でお尋ね者となり、各地を転々としてきたらしい。
そしてこの町に立ち寄った際、無頼漢(ぶらいかん)たちに絡まれ喧嘩を売られたそうなのだが。
「こてんぱんにしてやったら、姐さん姐さんしつこくてさ」
それ以来、あの隠れ家で居候(いそうろう)していたとのことだった。
「……」
小太郎と蒼空(そら)を除く五人は無言で同じことを思った。
この細腕のどこにそんな力があるのか、と。
「ついつい長居しちまったけど、あんたたちの件でここも騒がしくなってきたし。潮時だと思ってね」
「だ、だが、俺たちと行動を共にする方が危険じゃないのか?」
焦る隼人に玄次郎も同意を示す。
「そうだぜ。もしあんたが危険な目に遭っても、俺たちには助けてやる余裕はねぇ」
「結構だよ、自分の身は自分で守るから」
こう言い切られては、誰も反論が浮かばない。
「い、良いんじゃないでしょうか。琴吹さんにはお世話になったわけですし…。
それに、私たちは裏の世に疎い。彼女が一緒の方が心強いかもしれません」
秋雪がなんとか納得できるように纏めるのに、頷くしかなかった。
「じゃ、改めてよろしくね」
琴吹は口元に弧を描き、隼人に微笑みかけた。

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