屋敷の裏手にある森に身を潜ませた三人は、どうやって煉たちを救出するかを話し合った。
門から入っていくのはさすがに浅慮過ぎる。となると、どこかほかの場所から侵入しなければ。
「どこか、抜け穴などないだろうか」
師は首を捻って唸る。
玄次郎に視線を向けると、彼はフンとそっぽを向いた。
「俺が知るわけねぇだろ」
確かに、屋敷に来て日が浅い玄次郎が詳しいことを知っているはずもない。
師にしてみても屋敷に来るのは随分と久しぶりなので、今どのような状態なのかはわからない。
「何か知らないか」
大男に問うと、彼はしばし考えた後に口を開いた。
「隼人さまが使っていた通り道を使ってはどうですかね」
「通り道?」
「はい、隼人さまは謹慎状態の時も、幾度かそこから外へ抜け出したことがあります。
 離れのすぐ横にあって、確か母屋からは死角になっていたはず…」
普段はわからないように草で覆って隠しているので、そこは隼人と数人の奉公人しか知らない場所だった。
「なるほど、そこなら好都合だな。
 しかし、煉たちはどこに捕らえられているのだろう」
侵入口は決まったとして、内部での行動を速やかに行うには彼らのいる場所に見当をつけておく必要がある。
もたもたして見つかっては全てが台無しだ。
しかし、屋敷は敷地だけでも相当なもの。人二人を隠せるところなど数え切れないほどあるのだ。
師と嵩重は必死に考える。残された時間は少ない。
ふと、師は玄次郎に目をやった。
ただ突っ立っていただけの小男は、瞬きして見返す。
「お前、私たちのもとへ来るところを、誰かに見られたか?」
「いいや、誰にもバレてねぇと思うぜ。……て、まさか」
「ああ。お前、屋敷に行って家の者にそれとなく訊いてこい」
「そりゃ良い考えですね! 確実に居場所がわかります!」
嵩重は感心したように頷いた。
玄次郎は顔をしかめたが、師が有無を言わさず送り出した。
「私たちは離れの横の通り道の方で待っている。上手く聞き出したらそこで合流だ」
「へいへい…」
ひらひらと片手を挙げ、玄次郎は面倒くさそうに屋敷の門へ向かって歩いていった。
その背を睨み、嵩重はそっと口を開く。
「あの男、本当にちゃんとやりますかねぇ」
「今は信じるしかないな……妙なことをするようなら、即座に斬り捨てるつもりだが」
師の瞳が剣呑に光る。
隼人の毒を治したから見逃すものの、そうでなければとっくにあの世に送っているところだ。
その思いは嵩重も同じだった。
「何にしろ、使えるものは使っておいた方が良い。何かあったら、その時に考えるしかない」
「そうですね…」
小男の背が木々の向こうに見えなくなり、二人は身を翻す。
通り道まで案内する嵩重の後に続き、師も駆け出した。

正門から堂々と屋敷へ踏み入った玄次郎は、適当に近くにいた者に声をかけた。
振り返った使用人は怪訝な目をする。
「お前、まだいたのか。毒の効果も見届けて、すでに帰ったものと思っていたが」
「ああ、今日出て行くつもりさ。今、荷物整理をしててね。
 で、アンタにちょっと訊きてぇことがあるんだが…」
「何だ」
「昨日殺したガキと仲が良かったっていう奉公人たち、どこに放り込まれてんだ?」
「それを聞いてどうする?」
「旦那さんから、始末するのに俺の毒を使いてぇって言われてんだが、場所を聞くのを忘れてよ」
「なんだ、そうなのか。奉公人が入れられているのは、一番奥にある蔵の中さ。
 ……もうじき処刑の刻限か、急いだ方がいいぞ」
「そ、そうだな。ありがとよ」
玄次郎は一つ頭を下げると、人目が無いのを確認しながら離れの方へ向かった。
嵩重が言っていたように、長く伸びた草を掻き分けると細い通り道が塀の隙間にできていた。
すぐそこに、嵩重と師が待機している。
「おぅ、二人の居場所、わかったぜ」
「本当か!」
「ああ、今なら誰もいねぇから、こっちへ入って来い」
玄次郎が見張る横で、嵩重と師は隙間から屋敷の敷地内へ侵入した。
「で、二人はどこに?」
「一番奥の蔵だそうだ。もうじき処刑の刻限らしいから、急いだ方がいいぜ」
玄次郎の言に息を呑んだ二人はさっと身を翻した。
やれやれと小男もそれに続く。
建物の裏手を駆け、幸い誰にも見つからないままで、彼らは屋敷の一番奥に佇む大きな蔵へ辿り着いた。
入り口が見えた辺りで、先頭を走っていた嵩重がふいに立ち止まる。
「どうした!」
苛立ったように師が問うと、彼は「しっ」と口元に指を当てた。
「見てください、煉さんと秋雪さんが…っ」
言われて陰から覗いてみると、蔵の前に何やら(むしろ)が敷かれている。
そこへ、縄で縛られた煉と秋雪が蔵の中から引っ張られてきた。

なんとか抵抗しようとする二人を押さえつけ、使用人たちが筵の上に座らせる。
眺めていた隼人の父が前に出て、二人の口にある猿轡(さるぐつわ)をはずすよう命じた。
「いつまでも無駄な抵抗を。長年お前たちが守ってきた隼人は、とうに死んだというのに」
あざ笑うかのような父を、煉はキッと睨み上げる。
「隼人は死んでなんかいない!!」
「猛毒に蝕まれて、血を吐いて苦しんでいたよ。お前たちのことを話したら血相を変えていたなぁ…。
 そんなあいつを一人で逝かせるのは忍びなかろう?」
「隼人は生きてる!!あいつはまだ生きねぇと駄目なんだ!!」
言いながら、煉は声が震えてくるのがわかった。
横を見ると、秋雪も歯を食いしばって俯いている。
「秋雪、大丈夫だ!あいつは生きてるから!!だから……っ!」
「ええ、たとえ私たちがここで死のうとも、隼人は絶対に……!」
絶対に、生きている。
生きて、幸せになるのだ。今までのことなど嘘のように。
幸せにすると、誓った。それは叶わないかもしれないけれど、それでも。
「ふん、最期(さいご)まで無意味な願いを捨てないか。もういい、()く首を刎ねろ」
「は」
二人の使用人が、煉と秋雪の背後に回って刀を構えた。
掲げられた刀が陽光を弾く。その光を視界の隅にとらえて、煉は悔しげに顔を歪めた。
刃が振り下ろされる。
が、風のうなりを伴うそれは物陰から飛び出た三人の人物によって阻まれた。

刃が光を弾いた瞬間、師と嵩重はばっと陰から飛び出た。
玄次郎も慌ててその後を追う。
いきなり姿を現した三人に、そこに集っていた者たちは面食らって対処が遅れた。
その隙をついて、嵩重は刀を構える二人を跳ね飛ばした。
煉と秋雪がはっと顔をあげる。
「嵩重!!」
「間に合って良かったです」
「二人とも、大丈夫か」
師は二人の縄を切って拘束から解放すると、刀を構えて隼人の父に向き合った。
「誰かと思えば、随分と久しいですな」
師の顔を見て僅かに眉を上げ、父は冷たく笑んだ。
「この二人を解放してもらいたい」
「それは無理な要求ですよ。何しろその二人は我が息子に毒を盛って亡き者にしたのですから」
「その息子は、今私の家におります。彼から全て聞きましたぞ」
師の言葉に、父は目を見開いた。煉と秋雪も同様だ。
「隼人は生きてるんだな!?」
「ええ、ちゃんと意識も戻りました」
嵩重が答え、二人は心の底から安堵の息を吐いた。
父の顔が笑みとは別のもので歪む。
「何ともしぶとい……」
ついと視線を滑らせた彼は、飛び出してきた者の中にあの調合師の姿を見出した。
「そうか、貴様が……!」
きつく睨み据え、父は傍にいる奉公人に何事かを低く命じた。
奉公人は頷いて去っていく。
それを見て師は不審に眉を寄せたが、やがてはっと息を呑んだ。
「まさか…!」
慌ててその後を追おうとするが、彼の前に別の使用人たちが立ちはだかった。
皆それぞれに刀を構えている。
父の顔に氷のような微笑がはりつく。
「構わん。罪人とともにそこの無礼者たちも切り捨てろ」
五人はあっという間に無数の敵に囲まれた。
師が舌打ちする。
「っ……こんなにいたとはな…」
嫌な予感がしている。
去っていったあの奉公人の背中が、頭から離れない。
師の異変を感じ取って、秋雪が視線を向けてきた。
「どうしましたか」
「悪い予感がする。隼人が、危ないかもしれない…」
秋雪は目を剥いた。
「どういうことですか!?」
「さっき去って行った奉公人は、隼人のところへ行ったのではないか?
 隼人は今一人で眠っているはず。このままでは……」
くっと歯を食いしばる。
迂闊だった。一人でも残していくべきだったのだ。
すぐにでも家に駆けつけたいが、周りを囲む敵が行く手を塞ぐ。
丸腰の煉と秋雪を背後に(かば)い、嵩重は怒号した。
「そこをどけ―――っ!!」
無数の刃が、彼ら目掛けて襲い掛かった。

<終>

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