切歯扼腕せっしやくわん

七人が街に戻ってから、しばらく経った日のことだった。
蛮骨は縁側にごろりと横になり、朔夜に団扇で扇いでもらっていた。
仲間たちは今日も街に出て好きなように行動している。
銀骨や凶骨あたりは、一体何をしているのか不明だが。
「蛮骨は街に行かなくていいの?」
そう訊く朔夜の髪には、先日蛮骨にもらった緑のかんざしが陽光を受けて光っている。
あれから毎日、欠かさず挿しているのだ。
そして蛮骨も、それを微笑ましく思っていた。
「お前に会いに戻ってきてるんだ。街で遊ぶよりも、俺はこっちの方がいい」
その言葉に、朔夜は嬉しそうに顔をほころばせた。
七人隊の噂を、知らないわけではない。
小さいとはいえ一応は街であるので、旅人も行き来する。そんな者たちが、七人隊の話を持ち込んでくる。
奴らは人でなしの鬼だと、彼らは口をそろえて言うのだ。
でも、こうして朔夜のもとに帰ってくる蛮骨は、本当はとても優しいのを、自分は知っている。
他の仲間たちもそうだ。話してみれば、皆面白い人ばかりで。
「七人隊の話、ここにも届いてるだろ?」
ふいに、蛮骨が口をひらいた。
朔夜が頷くと、彼は小さく息を吐き出す。
「お前にも苦労かけて、悪いな」
「大丈夫よ。この街の人たちは、ちゃんと人を見てくれるから。噂やなんかで考えを左右することはないもの」
蛮骨は胡乱うろんげな目をしたが、これは本当のことだ。
七人はこの街で暴れるわけでもなく、逆に高い買い物をしていってくれると、ちょっとした人気者になっている。
朔夜は穏やかな笑みを浮かべて、蛮骨に風を送っていた。
と、庭に一羽の鳥が舞い降りた。
ハヤブサだ。
「凪か。どうした?」
蛮骨は身体を起こし、そちらを見る。
ハヤブサの凪は、蛮骨のもとまで来て、片足を差し出した。そこには文がくくられている。
それを解き、文面に目を通す蛮骨を見つめて、朔夜は顔を曇らせた。
「仕事の依頼なのね…?」
「…ああ」
朔夜はふうと息をついた。
仕事があるというのは、彼らにとって良いことなのだが、自分はそれを素直に喜べない。
それは、蛮骨とまた離れることを意味するからだ。
こんな女では駄目なのだろうか。
いつも一緒にいられればと思うのは、我が侭なのだろうか。
笑って送り出さなければならない。でも、本当は…。
彼女の心の内の葛藤が見えるようで、蛮骨も眉を寄せた。
「朔夜。…明日、出発しねぇと駄目なんだが、大丈夫か…?」
「え、明日っ…!?」
この街に戻って、まだ半月も過ぎていないのに。
朔夜はひどく衝撃を受けて、しばらく何も言えなかった。
「朔夜……?」
「…急がなきゃ駄目なのね。わかってる、大丈夫よ」
気丈に顔をあげ、微笑みながらそう言う彼女を見て、蛮骨は胸が痛んだ。
その頬に手を添えて、唇を合わせる。
一瞬、朔夜は目を見開いたが、ゆっくりとそれを閉じ、蛮骨の口づけを受け止めた。
しばらく後に唇を離し、蛮骨は朔夜を抱きしめた。
「ごめんな、一人にさせてばっかりで…」
朔夜は首を横に振り、彼の背に腕をまわす。
「いいの、蛮骨がまた帰ってきてくれれば、それでいいから…」
声が震えないように堪えながら、朔夜はやっとそれだけ口にした。
横で二人を見ていた凪は、わずかに目を逸らすと、空へ飛びたった。

 

出発の朝は、晴れている空も重く感じてしまう。
そんなことではいけないと、思うのだが。
朔夜は七人を見送るために庭へ出た。
「蛮骨、これ、縫っておいたの。寒くなったら着てちょうだいね」
朔夜は防寒用の着物を蛮骨に渡した。まだ夏だが、今度はいつ帰れるかわからないので、先に渡しておこうと思ったのだ。
着物は蛇骨と煉骨、睡骨、さらに霧骨の分まであった。
「おお~っ、朔夜、ありがとな!」
「ありがたく使わせてもらう」
受け取った仲間たちは口々に礼を述べた。霧骨はすでに感無量といった風情だ。
「銀骨と凶骨の分は作れなかったわ、ごめんなさい」
さすがにこの二人には無理があった。
「ぎしっ、気持ちだけで十分だぜ」
銀骨が身体を揺らすと、凶骨もそうだと頷いた。
「じゃ、朔夜。なるべく早く戻れるようにするから」
蛮骨が朔夜に笑いかけ、皆を促した。仲間たちは彼の後に続いて屋敷の門を出て行く。
「いってらっしゃい!」
朔夜は声を張り上げて手を振った。
七人の姿はあっという間に遠のき、最後尾でブンブン手を振っている蛇骨も、小さくなった。
「それにしてもよぉ、急ぎの仕事って何だろーな」
「さーな。この文によると、詳しいことは城で話すってことだし」
蛮骨はひらひらと文を見せた。そこに書いてあるのは、城の場所が書いてある地図と、簡単な文章のみ。
「そんな怪しげな仕事、引き受けて大丈夫かぁ?」
うなる蛇骨に、煉骨が答えた。
「大丈夫だろ。ガセだったらそこのやつを殺して、金でも奪ってくればいい」
「それに、まだ引き受けるとは決まってねぇしな」

それから何日かかけて、ようやくその場所へは着いたのだが。
そこには城など影も形もなかった。かわりに、小さな集落のようなものがある。
「これは……」
「ガセだったんだな。よし、そうとくればあの集落をぶっ潰そう」
いやに乗り気な煉骨である。日々の鬱憤をはらしたいのだろうか。
「うーん、別にそれでもいいが……」
蛮骨が口元に指をあてて息をついていたときだった。
横合いの茂みから、光るものが飛び出した。
咄嗟にそれを避けた蛮骨の前に、一人の男が立ちはだかる。
「さすがだな。気付いていたか」
「甘くみんなよ」
にやりと、蛮骨は笑う。
「何なんだてめぇ!」
仲間たちは男に向かって武器を構えた。が、蛮骨がそれを制す。
「待てよ。…お前、俺たちに何か用か?」
「貴様らが七人隊だな」
男の方は槍を構えたままで、鋭く彼らを見回している。
「貴様らに手紙をやったのは、俺たちだ」
「俺たち、ねぇ」
蛮骨は何気なく視線を巡らせた。辺りの木々や茂みの影に、無数の気配を感じる。
囲まれているのだ。
「貴様らの力を借りたい。だが、断るというなら、この場で死んでもらう」
「気の早いヤツだな。仕事の内容もわからねぇのに、引き受けるも断るもねぇだろ」
「仕事は、貴様らの答えがハッキリしてから教える。むやみに口にできるものではないからな」
それを聞いて、蛮骨はふんと鼻を鳴らした。
ここに呼びつけたのは向こうの方なのに、何と勝手なのだろう。
「どうする、大兄貴」
辺りに注意をはらいながら、煉骨が問うた。
「仕事もなかったしなぁ。引き受けてやるか?」
蛮骨がそう言うと、目の前の男は槍をさげた。
「ならば、家に来い。怪しい動きをすれば、その場で斬る」
「へーへー」
気のない返事を返し、七人は男のあとに続いて集落へ下った。
山あいにひっそりとたたずむ集落の建物は、古風で大きなつくりだった。
一つの建物に、沢山の家族が一緒に暮らしているらしい。
一番大きい建物に、七人隊は連れて行かれた。
外見と同じく中も質素で、本当に必要最低限なものしかないように思われた。
男は彼らに向かい合うように座した。
「この書状を、隣の集落へ届けてほしい」
男は懐から巻物を取り出して、彼らの前に置いた。
「……それだけか?」
蛮骨はいぶかしげに男を見る。
「ああ。簡単に言うと、それだけだ」
「だったら自分でやればいいだろー?」
蛇骨が呆れた風情で言った。
「簡単そうに見えるが、危険だ。今まで何人も死んでいる」
「どういうことだ」
男は、彼方を見はるかした。
「俺たちと、隣の集落の奴らは、共に戦う仲間なんだ。
ずっと東へいくと、城があってな。そこの城主と俺たちは、この山をめぐって長年争ってきた。
近々戦になるんだが、そのために隣村とやり取りしている書状を、運ぶ途中で敵方の忍びにことごとく奪われてしまう。
今までのはまだ取り返しがついたが、今回の書状だけは、絶対に盗まれてはならないのだ」
「で、俺たちに?何で他の奴らに頼まねぇ。お前らも忍びを雇えばいいだろ」
「そんな金はない。妖怪退治でもなし、貧乏な俺たちが頼りにできるのは、貴様らだけなのだ」
七人隊は安上がりだと言っているのだろうか。蛮骨は額に青筋を立てた。
これは、成功しても報酬は期待できない。
(失敗したなぁ…)
蛮骨は胸中で毒づいた。
「では、さっそく出発してくれ。ただし、七人のなかで二人だけだ。残りは人質としてここに残ってもらう」
「はあ!?」
思わず蛮骨は声をあげた。
(無茶苦茶だっ)
「七人隊ともあろう者、二人いれば十分だろう。なに、書状を無事に届けさえすれば、危害は加えん」
不敵に笑んで、男は蛮骨を指差した。
「首領として、貴様は確定だ。さあ、あと一人選べ」
びしりと、音をたてて少年の額の青筋が深くなった。
何でこんなことになっているのか。
朔夜との安らぎのひと時を邪魔されたあげく、この倣岸な態度はなんだ。
一言言ってやろうと口を開いた瞬間、別の場所から声があがった。
「大兄貴がいくのかっ!?じゃあ俺も行くぜ!」
蛇骨だ。
「いいよなっ、何か面白そうだし!大兄貴と一緒なら、どこにでも行くぜェ~!」
「ほう、そいつか。決まりだな、ではさっさと出発しろ」
男は蛮骨に書状を持たせ、ぽんと外に放りだし、ぴしゃりと戸を閉めた。
「なっ、なんなんだ!てめーっ!!!」
蛮骨は拳を震わせながら激怒した。
ふと脇を見ると、外で待たされていた銀骨と凶骨が哀れな視線をこちらに向けている。
「おまえらっ、何みてやがるんだ!!」
とばっちりを受け、二人は小さくなってしまった。
一緒に放りだされた蛇骨は、なぜか楽しそうにしている。
蛮骨は非常に、先行き不安になってしまった。

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