異域之鬼
次の戦場へ向かうべく、七人隊は旅を続けていた。
地図によると、目的地に向かうまでに山を一つ越えねばならない。
ちょうど、その山のふもとに彼らはいた。
それほど大きくないが、越えるには丸一日くらいはかかりそうだ。
「どうする大兄貴。今日登るか?」
煉骨が尋ねた。
この辺りならまだ宿がある。
明日の朝に出発することもできるのだが。
「ああ。今日中に越えるのは無理だろうから、行けるとこまで行って、そこで野宿としようぜ」
蛮骨に従い、七人はそのまま山越えにはいる。
山道はそれほど険しくもなく、彼らは順調に進んだ。
日が落ちたのは、中腹まで登った頃だった。
完全に闇になる前に、彼らは野宿の準備にとりかかる。
薪を拾っていた時、蛮骨は水音を耳にした。
「煉骨、近くに川があるみてぇだ。ちょっと水汲んできてくれ」
「わかった」
入れ物を持って、煉骨は水音の方へ向かった。
蛮骨の予想通り、少し行ったところに小さな川があった。
さらさらと涼しげな音を立てて、きれいな水が流れている。
煉骨は持ってきた竹筒を冷たい水で満たし、さっさと踵を返そうとした。
しかしその時、視界の隅に何かが映った。
「んん……?」
不思議に思ってそちらに目をやる。
よく見ると、川原の大きな岩の陰から人の手がのぞいていた。
地面に投げ出されていて、ピクリとも動かない。
手しか見えていないが、おそらく誰か倒れているのだろう。
煉骨はゆっくりそちらに近づいた。
岩の後ろを見てみると、やはりそこに人がいた。
うつ伏せに倒れている。
「何だこいつ…」
煉骨はその人物を仰向けにしてみた。
男だ。ぐったりと気を失っている。
試しに頬を叩いてみるが、反応はない。
男の出で立ちを見て、煉骨は不審そうに眉を寄せた。
自分たちが着ているものとは形の違う衣を着ている。
模様もなく真っ黒で、袖や裾もピシリと体系に沿っている。
髪や口ひげも、黒くはなかった。
どうするべきか、煉骨は迷った。
助けるいわれはない。仲間のもとへ連れて行っても、放っておかれるかもしれない。
だが、煉骨はこの男に興味が湧いていた。
男の身体には、見たこともない装飾品が色々つけられている。
この男はたぶん、異国の者だ。
実際目にするのは初めてだが、煉骨は確信していた。
男が目を覚ませば、自分の知らない未知の世界のことが聞けるかもしれない。
それは煉骨にとって、非常に魅力的だった。
とりあえず煉骨は、この男も連れて行くことにした。
見知らぬ人間を背負って戻ってきた煉骨を見て、蛮骨は目を丸くした。
「煉骨、なんだそいつ」
「川原に倒れてたんだ。こいつ、異国の人間だぜ」
「異国の?南蛮の方のヤツか?」
他の仲間も、珍しそうに覗きこむ。
全員、異国の人間を見るのは初めてだった。
「髪も髭も、変な色だなぁ」
蛇骨が、金色のちぢれ毛を引っ張って遊んでいる。
その様子を見て、煉骨は呆れながら口をひらく。
「こいつが目を覚ませば、珍しい話が聞けるかもしれねぇ」
異国の話。
土地や文化の話もそうだが、武器や兵法の話が聞ければ、これからの参考にもなるかもしれない。
それを聞いて蛮骨も楽しみになってきた。
「でも、なんでこんな所にいるんだ?こんな山の中に」
いるとしたら、船が停泊する海辺などではないのか。
「よくわからねぇな。仲間もいねぇみてぇだし」
「ふーん。ま、ここに寝かしておくか」
横になって気を失っている異国の男を、蛮骨はまじまじと観察した。
明日になれば目覚めるだろうか。
自分たちも旅の途中なので、目覚めなかったら残念だが置いていくしかない。
仲間ならまだしも、赤の他人を看病してやる余裕はないのだ。
火をおこして、適当に食事を済ませた七人はそのまま眠りについた。
翌朝、木の葉の水滴が顔に落ちてきて、蛮骨は目覚めた。
ぼんやり辺りを眺めると、まだ誰も起きていない。
もう一度眠ろうとしたが、顔に冷たいものを浴びたせいか、周りの外気が冷え込んでいるためか、寝付くことができなかった。
日も昇っているし、すぐに他の仲間も起きだすだろう。
そう考え、蛮骨はむくりと身を起こした。
伸びをして眠気をはらい、蛮骨は何となく昨日の外人のもとへ近寄ってみる。
(そーいえば、目ぇ覚ましても言葉通じるのか?)
今さらながら蛮骨はそう思った。
男を覗き込んでも、目を覚ました様子はない。
(やっぱ置いていくしかねぇか…)
残念だが、この異人が死のうが生きようが、七人隊には関係ないのだ。
こんな時代、他人に情けをかけたところで見返りがあるわけでなし。
(良い旅人に拾われな)
しばし眺めていると、その瞼がかすかに震えた。
はっとすると、横たわった異人がゆっくり目を覚ました。
自分たちのものとは違う、透きとおった青い瞳と目が合う。
「あ……」
「……?」
異人は、不思議そうに瞬く。まだ状況を理解してないらしい。
蛮骨は慌てて煉骨を起こしにいった。
「煉骨!」
揺さぶって強引に起こすと、煉骨はうーんと唸りながらノロノロと起きた。
「…なんだよ大兄貴。まだ起きるには早いんじゃ…」
「あの南蛮人が気がついたぞ!」
「なにっ!」
煉骨も興奮気味に彼のもとへ急いだ。
男は身体を起こしていた。
二人の姿を見て、小さく頭をさげる。
「アナタ達ガ助ケテくださたデスカ?」
ぎこちないが、一応言葉はわかるようだ。
蛮骨が渡した水を受け取り、異人はゴクゴクとそれを飲んだ。
「アリガトございマス。私の名前はジョージと申しマス」
「じょ……じょぉじ?」
煉骨も蛮骨も、なんだか変な名前だなぁと思った。
だが多分、向こうの国ではそれが普通なのだろう。
それはさておき、二人は生まれて初めての外人との会話に素直に感動していた。
言葉がわかるのだから、向こうの話が聞ける可能性は大だ。
「大兄貴、おれ、他のやつらも起こしてくる」
「おう」
「アナタの名前、オーアニキ……デスカ?」
ジョージは首をかしげた。蛮骨は慌てて手を振る。
「ちがうちがう!俺は蛮骨。あっちは煉骨だ」
「バンコツ、レンコツ…」
まだ頭がちゃんと機能してないのだろう、ジョージはモゴモゴと口ひげを動かしていた。
すぐに蛇骨たちも起きだして、ジョージの周りに集まった。
蛇骨は珍しそうに顔を近づけた。
「すっげー、目が青いぜ!妖怪みてーだな!!」
その例えはいかがなものかと、蛮骨は一瞬口元を引きつらせた。
「蛮骨サン、コノ人タチハ…?」
「俺の仲間だ。お前をここに連れてきたのは、さっきの煉骨だぜ」
「言葉が通じるのかよ!?やっぱ外人風の妖怪なんじゃねーの!?」
冗談なのか本気で言ってるのかよくわからない蛇骨は放っておいて、蛮骨は朝飯の準備のために火をおこした。
煉骨はジョージの隣に座った。
「なんであんなところに倒れてたんだ?」
ジョージは困ったような顔をした。
「ワタシ、仲間とハグレマシタ。道にマヨッテ、腹ペコにナッテ、倒れマシタ」
蛮骨は焼いた魚を差し出した。
「腹ぺこなんだろ、食っていいぜ」
ジョージは目を輝かせて魚を受け取る。
「マコトに恩にキリマース!」
言葉の通りよほど腹が空いていたのだろう、ジョージはあっという間に魚を三匹たいらげた。
朝飯を済ませ、蛮骨たちは出発の準備にとりかかった。
話を聞くと、どうやらジョージが行きたい場所が蛮骨たちの目指すのと同じ方向なのだとわかり、彼らは一緒に進むことになった。
異国の話は、旅をしながら聞くことにした。
「なーなー、おまえの着てるそれって何ていうんだ?その頭に被ってるのは頭巾か?」
蛇骨はあれこれと質問し、ジョージは必死にそれに答えている。
「蛇骨!そんなくだらない質問はいいから、もっと重要なことを訊け!俺にかわれってんだ!!」
煉骨と蛇骨は質問権をめぐって言い争った。
オロオロしているジョージの肩を、蛮骨がポンと叩く。
「あいつらいつもああなんだ。山頂に着いたら休憩しようぜ」
ジョージはふと、蛮竜を見上げた。
「蛮骨サンたちハ、何デ旅ヲしてるデスカ?」
「何でって、仕事のためだよ」
「ドンナ仕事なんデスカ?」
蛮骨は説明に困った。
戦、と言ってわかるだろうか。というより、ジョージの国にも戦はあるのだろうか。
傭兵と言っても、その言葉の説明もまた難しい。
「金のために、命がけで人と戦うのが仕事だ」
言ってみると、なんだかひどく印象が悪く感じられて、蛮骨は眉をしかめた。
もとからいい印象を持たれる仕事ではないから、仕方ないのはわかるのだが。
「大変ナンデスネー。頑張ッテくだサイ」
ジョージは別段嫌そうな顔もせず、励ましの言葉を送ってくれた。
山頂での休憩に入り、ようやく煉骨は質問権を得た。
煉骨が質問することなら他の者たちも興味があるので、皆で輪になって座った。
ジョージは皆に、文化の違いや国土の風景を話して聞かせ、皆はそれぞれに想像を膨らませていた。
「ジョージの国では、どんな風に他国と争う?」
「ワタシは、戦いのコトハ良く知ラナイデス」
「そうなのか……」
煉骨は少しがっかりした。
言われてみると確かにジョージは戦向きではないのが一目でわかる。
少し小太りで温厚で、文学系な方なのだろう。
「日本には貿易の他に、文化の勉強ヲシニ来マシタ。ソノために、祖国デ何年モ言葉ヲ勉強シマシタ」
「へぇ~、そうなのか」
蛮骨たちは感心した。
自分たちは、他国へ行ってみたいなどと考えたこともなかった。
「西の人間は視野が広いんだなぁ~」
蛇骨は海の彼方の異国へ思いをはせる。
ふいにジョージは、思い出したように上着のポケットをまさぐった。
何かと皆が興味津々で見ていると、ジョージはそこから一冊の冊子を取り出した。
「コレ、アナタにアゲルです」
彼はその本を煉骨に差し出す。
「なんだ…?」
煉骨はそれを受け取り、パラパラと中をめくってみた。
蛮骨と睡骨も脇から覗く。
「ソレハ、私の国の兵法の本デス。武器のコトも記シテアリマス」
本には、武器の図が書いてあり、ところどころに簡単な日本語訳もあった。
煉骨は感激している。
「おおっ、これはすげぇ!ほんとに貰っちまっていいのか!?」
「ハイ。私にはサッパリですカラ…」
煉骨はそれをツヅラの中に大切にしまった。
それを見届けると、蛮骨は立ち上がって蛮竜をかついだ。
「さ、休憩終了!
山を下りるぞー!」