藹藹あいあい

七人は山を越えて、依頼を受けた城にやって来ている。
山あいに佇む大きな城だ。
堅固な門の前に、見張りの者が立っている。
煉骨が前に出て、書状を見せた。
「ああ、七人隊の方々ですね。どうぞお通りくだされ」
見張りの男は中に合図を送って、重い門を開かせた。
「頑丈な作りだな。敵に攻められてもちょっとは耐えられるんじゃないか?」
関心した風情の睡骨だ。
「まあな。でも、山の中に立ってるからなぁ。山火事なんか起こされたら大変だな」
蛮骨は辺りの風景を見回す。
一面の緑。風もよく吹いてくるから、一度火がついたりしたら危険だ。
城から抜け出しても、山の中では逃げるに逃げられないかもしれない。
「戦をするのは山のふもとだ。
俺たちはどうせ前線に出されるんだろうし、関係ないだろうがな」
煉骨の言葉に、ああ、と蛮骨も頷いた。
七人はさっそく城主のもとへ案内され、城の奥の座敷に通された。
「おお、お主らが七人隊か。遠路はるばる、よく来てくれた」
城主はこの城の作りにも負けない厳格な顔つきだが、人当たりが良さそうな人物だった。
「戦は三日後じゃ。それまでは旅の疲れをゆっくりとると良い」
「俺たちは前線で戦えば良いんだよな」
一応、蛮骨が聞いてみる。すると、城主がしばし黙り込んだ。
蛮骨は訝しんで隣の煉骨と目配せする。
前線でないのならそう言えばいい。どこで戦おうが、金がもらえるなら文句は言わないつもりだ。
………つもりだった。
やっと意を決した様子の城主の言葉に、七人は開いた口が塞がらなくなってしまった。
城主は非常に言いにくそうな面持ちで、蛮骨を見据えた。
「蛮骨殿、煉骨殿、蛇骨殿。……この三方には、城に残っていてもらいたい」
「は?城に?どうしてだよ」
「うむ……とても頼みにくいのだが。お主らには、城で女子供の警護をしていてほしいのだ」
指名された三人は、凍えそうな風が吹き抜けていくような錯覚を感じて固まった。
他の四名も言葉をなくして呆然としている。
蛮骨は頭の中で数回今の言葉を反芻したあとで、がばりと顔をあげた。
「ちょっと待て!!何で七人隊がそんなことしなきゃならねぇ!?」
「すまん、引き受けてほしいのだ……」
城主は額に汗を浮かべて、申し訳なさそうに頼み込む。
「女らの警護なんざ、そこらにいる兵にやらせればいいだろ」
「それが、しつこく女たちから文句を言われてなぁ。もっと若くて頼りになりそうな男がいいと…。
お主らならば容姿も良いし、万一ここまで敵が来ても心配はなかろう?」
なるほど、それでこの三人か。
やけに冷静に煉骨は考えた。
人間離れした二名と醜悪な霧骨は論外、羅刹の形相を持った睡骨もギリギリで却下なのだろう。
遠まわしに侮辱されている四人はたぶんそれにも気付いていない。
いやしかしちょっと待て。俺はそんなのは嫌だ。
「嫌だね、そんな仕事」
煉骨が思ったその瞬間、蛮骨が言った。
「俺たちは戦をしに来たんだぜ。女子供の世話なんて引き受けるわけねーだろ」
そうだもっと言ってやれ、と煉骨は心の中で応援していた。
城主は苦い表情になり、重く息をつく。
「では、報酬を二倍にしてやろう」
その言葉を聞いた瞬間、煉骨思考回路はあっけなく回れ右をした。
「報酬二倍?それは本当ですか」
蛮骨は煉骨の異変に気付き、ぞっとした。
金銭的な条件がつくと、煉骨は180度でも考えを変えるのだ。
「お、おい煉……」
「やろうぜ大兄貴!!これはやらなきゃならねぇ!!!」
「おおっ、引き受けてくださるか!なに、それほど強敵ではないのでな。四人でも大丈夫だろうて」
城主は満足げに笑うと、考えが変わる前にさっさとその場を後にした。
「あーあ、煉骨の兄貴、金につられやがって…」
蛇骨が心底不機嫌そうに副将を睨みつける。蛮骨も同様だ。
「まったくだ。勝手に決めるんじゃねーよ!」
「大兄貴、俺たちは金欠なんだぞ?こんなオイシイ話は滅多にねぇ。
なんせ、女子供の警護してるだけで大金が手に入るんだぜ!」
「嫌だ嫌だ嫌だ!!女の相手なんか嫌だーーーー!!」
蛇骨はばたばたと子供のように暴れて叫んでいる。
普通に戦に出られる四人は、同情の眼差しで蛮骨と蛇骨を眺めた。
「楽しそうだな、煉骨」
「ああ。もうちょっと粘れば回避できたろうに…」
「ぎしっ」

戦が始まるまでの間、煉骨は蛮骨・蛇骨からの冷たい視線を受けていた。
「一回二回まともに戦えねぇからって、そう怒るもんじゃねえぜ」
「久しぶりの戦だったんだぜ!
こうなったら、煉骨の兄貴に俺たちの分まで働いてもらうからな!!」
「ああ、いいぜ。どうせタダの警護だ。お前は大兄貴と酒でも飲んでろよ」
余裕の表情で、煉骨は言ってのけた。


そして戦の当日。
朝早く、蛮骨たち三人は嬉々として戦に向かう仲間たちを見送った。
多くの兵が戦に出て行ったので、城の中はがらんとしている。
「いいのか、城はこんなに手薄で…」
護衛の任につく場所へ連れて行かれる際に、蛮骨は案内の家臣に問うた。
「ああ、大丈夫でしょうよ。ここまで敵が来ることなど滅多にありません。
皆、麓で撃退してくださりますから。それに、あなた方がいれば安心でしょう」
年配の家臣は、さして緊張した風もなく言う。
「さあ、この部屋に女や子供たちが集められておりますので」
案内されて行き着いた先は、城の中でも特に大きな一室だった。
襖を開けると、部屋いっぱいに女子供がいた。それを目にしただけで、蛇骨は吐き気をもよおしている。
「この城に、こんなにいたか……?」
煉骨の問いに、家臣が答える。
「戦になりますと逃げ場が無いゆえ、里の者たちも皆この城に集めておるのです」
では、と頭を下げ、家臣は自らの仕事に戻ってゆく。
蛮骨と蛇骨は煉骨に冷めた視線を送る。
「約束したもんな、煉骨の兄貴。俺らは酒飲んでるぜ~」
「フン、勝手にしてろ」
煉骨は縁側に腰掛けて外を眺めた。
自分とて真面目に警護する気などない。
敵が来たら迎え撃つが、それまでは暇だろう。
懐の書物を引っ張り出して、読み始めた。
蛮骨たちも縁側で酒を飲んでいた。
とは言っても、一応飲みすぎないようにはする。
万一敵が攻めてきたとき、酔いつぶれていたのでは話にならない。
適当に雑談しながら酒を口にしていると、二人の姿を見つけた女が部屋の中から声をかけてきた。
「あんたたちが護衛の傭兵さん?おや、なかなかいい男じゃないかい。
要望通りだわ」
その女の声に、部屋にいた他の女たちも大勢集まってくる。
「まぁ本当だわ。いつものむさ苦しい連中とは大違いね!」
一気に現れた女の大群に、蛇骨はウゲ、と呻くとその場を逃げ出した。
蛮骨もそそくさと逃れようとしたのだが、大勢の女たちに捕まってしまう。
「どうせここまで敵は来ないよ。ささ、中で飲みなさいな。別嬪揃いだよ」
「そ、そうか…?じゃあ、少しだけ……」
手荒に払いのけることもできず、蛮骨は困ったように笑いながら中へ連れ込まれた。
連れ込まれた蛮骨を見て、まだまだ大勢いる女たちが喜びの声をあげる。
「あ~らっ、素敵な護衛さんね!!」
「目の薬になるわ~」
「こっちへ来て、お酌させてくださいな」
部屋の中は大層な盛り上がりである。
(今って、戦の最中だよな…)
唖然とする蛮骨の周りに、奇麗な娘たちが集まってくる。
「あの!お名前は?」
「え、ああ。蛮骨」
「蛮骨さまですね!」
「なあ、こんなに盛り上がってていいのか?戦で男が戦ってる時に」
中年の女が、笑って手を払う。
「良いの良いの。敵さんも大したことないから。またこっちの勝ちだよ。
それよりも、里の者がこうして城に奉公に来てる娘たちと会えるのなんてこんな時ぐらいだから、
今のうちに面会を楽しまなきゃねぇ」
戦う男たちの気も知らないで、女たちは愉快げだ。
複雑な面持ちの蛮骨の杯に、酒が注がれていく。
見ると、部屋の中には女ばかりではない。
子供たちも負けないくらい、沢山いた。
「子供たちが飽きてきてるんだ。蛮骨さん、暇になったら遊んでやっておくれ」
「え…ええええぇ!?」
周りを囲む女や子供たちの熱気に、圧倒される蛮骨であった。

本に目を落としていた煉骨の視界の隅を、小さな足が横切った。
顔をあげると、子供たちが敷地内を駆け回っている。
(なんだ、ガキどもか……にしても、暇だなぁ。緊張感ってのが全くねえ)
知らなければ、今が戦の最中だと誰が思うだろう。
後ろの部屋からは笑い声が聞こえるし、雀も呑気に鳴いている。
と、煉骨は視線に気付いて視線を下げる。子供の一人が、煉骨をじいっと見上げていた。
「………何だ」
「一緒に遊ぼうよ」
「無理だ。仕事中だ」
「本を読むお仕事?」
「違う、おめえらの護衛だ」
「そんなのいいじゃん、遊ぼうよ」
子供はぐいぐいと袖を引く。
しだいに、他の子供も集まってきた。
「遊んでー」
「無理だって言ってんだろ!」
声を荒げた煉骨に驚き、子供たちは泣き出してしまった。
(し、しまった……)
「あーあ、煉骨の兄貴ってば、子供泣かせてやがらぁ」
声に振り向くと、にやにやした蛇骨が木に寄りかかってこちらを眺めている。
「お前、大兄貴と飲んでたんじゃ……」
「女どもに邪魔されちまってよ。大兄貴、今ごろ女の相手させられてるぜ。
……それよか、どうすんのさ、そのガキども」
蛇骨が面白そうに見る視線の先には、ぎゃいぎゃいと泣き喚く子供たち。
このままでは部屋の中の女たちにも聞こえてしまう。
そしたら何を言われるか…報酬も減ってしまうかもしれない。
「蛇骨、こいつらの遊び相手になれ。どうせ暇なんだろ」
しかし、蛇骨はフイとそっぽを向く。
「ガキの相手なんざごめんだね。兄貴が誘われたんだから、兄貴が遊べよ。
兄貴だって暇そうじゃん」
言うと、蛇骨はスタスタと去ってしまう。
「お、おい蛇骨っ!」
煉骨は泣き喚く子供たちを前に、途方に暮れた。
「遊んでくれないと、おいら達を泣かしたこと皆に言いつけてやる」
涙声の間から、子供らしからぬ脅しまで聞こえてくる。
(ちっくしょう…)
「あーもう!わかったよ、遊んでやりゃー良いんだろ!!」
根負けした煉骨が叫ぶと、子供たちはピタリと泣き止んだ。
「やったー!何して遊ぶ?何して遊ぶ?」
(こ……こいつら…)
謀られたと気付いた煉骨だが、時すでに遅しだった。

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