「お兄ちゃん、遊ぼー!」
女たちから解放され、部屋の隅で酒を口にしていた蛮骨の周りに、今度は子供たちが集まっていた。
蛮骨も初めは渋っていたが、諦めは煉骨より早かった。
苦笑して、子供の頭にポンと手を置く。
「よーし遊んでやらぁ!何がしたい?」
子供たちの顔がぱあっと輝く。
「鬼ごっこー!」
「かくれんぼがいいー!」
「お相撲がいいよー!」
子供たちは蛮骨を引っ張って外に出た。
「あんまり色んなトコ行けねえからなー。相撲でいいか?」
「うん!いいよー」
子供たちは蛮骨の周りに円を描くように群がって、きゃいきゃいとはしゃいでいる。
一人の子が、手に木の枝を持って大きな土俵を地に描いた。
そして交替で、皆が相撲をとり始める。
蛮骨は笑いながら、小さな子供が懸命に踏ん張ってる様子を眺めていた。
思えば、自分も子供の頃、こんな風に皆で遊ぶのに憧れていたものだ。
色々と事情もあって、そんなことはできなかったが。
「ダイスケの勝ちー!」
「次、お兄ちゃんの番だよ!」
指名されて、蛮骨はここまで勝ち残っていたダイスケの前に出た。
「いっくぞぉー!!」
他の子よりもひときわ丈夫なダイスケは、勢いよく蛮骨に突っ込んだ。
が、蛮骨はびくともしない。
「うぬぬぬぬぅぅぅ……」
力みすぎてか、ダイスケの顔が赤くなっていく。
応援の子供たちも、固唾をのんでじっと土俵の二人を見ている。
そんな様がおかしくて、蛮骨は小さく笑うと脇からダイスケを抱え上げた。
「うわっ…うわわわわ!!!」
驚いたダイスケがジタバタともがくが、蛮骨は物ともせずに片手で肩まで抱え上げる。
「そら!!」
そこから、投げるフリをして背中からダイスケを地面に下ろした。
しばらくシンとした後、辺りにどっと笑い声が上がる。
ダイスケ自身もアハハハハと笑い、蛮骨の手を掴んで起き上がった。
「兄ちゃん強い!うちの父ちゃんより強いぜ!」
「そうかぁ?ダイスケも強いぞー。将来が楽しみだなぁ」
仁王立ちする蛮骨に、五、六人の子供が一斉に突っ込む。
「それー!お兄ちゃんをやっつけろー!」
ピクリとも動かせない蛮骨を何とか負かそうと、子供たちは必死だ。
そんな彼らの様子を、木陰から蛇骨が眺めている。
あんな風に子供たちと遊ぶ首領など見たことがなかったので、その表情は軽い驚きに彩られていた。
「大兄貴って…子供好きだったっけ?」
蛇骨は首をひねりながら、同じように子供の相手をしてるだろう煉骨を見に行った。

 


結局煉骨は、一日中子供に振り回されていた。
日が暮れてきたので今は皆で縁側に座って休んでいる。
今までかくれんぼに付き合わされて、全員見つけるのに一苦労だった。
「れんこつって笑わないねー」
くいくいと袖を引いて見上げる子供。
煉骨は早く解放されたかった。正直、子供は苦手なのだ。
その時、向こうから蛇骨がやってきた。
「よぅ兄貴。楽しそうに遊んでたな」
「蛇骨てめえ……一人だけ逃げやがって」
「だって俺、ガキは嫌いだしよぉ~。あ、でも大兄貴は結構楽しんでたみたいだぜ」
「大兄貴もガキの相手をしてたのか…あ、おいお前たち。
もう日が暮れるから部屋に戻れ」
「れんこつ送ってってー」
子供たちが周りを飛び跳ねる。
煉骨はハアと息をつくと、仕方ねえなと言って歩き出した。
面白そうに蛇骨も後をついていく。
「すっかり気に入られてるなぁ。そんな無愛想な顔を気に入ってくれるヤツなんざそんないねーぜ。
煉骨の兄貴、感謝しろよー」
「うるさい!テメエは何が言いたいんだ!!」
煉骨が蛇骨に鉄拳を食らわせようとした時、前方から蛮骨が歩いてきた。
「よぉ、お前ら」
「あっ、大兄貴もガキらを送ってんのか?」
煉骨の拳を軽く避け、蛇骨が大きく手を振る。
「ああ。見ての通り、寝ちまってるヤツもいるんでな」
小さな子供は、遊びつかれて蛮骨の背中でぐうぐうと眠っていた。
「うわっ、ずりぃなー。大兄貴におんぶされてやがる」
本気で羨ましそうにしている蛇骨は無視して、蛮骨は煉骨の周りの子供たちに目をやる。
「煉骨もガキの相手してたのか?すっげぇ珍しいじゃん。俺も見たかったな」
煉骨が勘弁してくれと言わんばかりの顔をしたので、蛮骨はハハハと笑った。
子供たちを女たちがいる部屋へ送り届け、蛮骨たちも寝床へ向かった。
「ほんとに平和な一日だったな」
「ああ。睡骨たちが麓で戦してることすら忘れかけてたぜ」
何かあったら凪でも使って手紙をよこすはず。
やはり敵も大したことはないようだった。

戦が終わるまでの数日、平和な日が続いた。
一応見張りの任も適当にしてはいるが、兵が来る様子は微塵もない。
毎日、蛮骨は子供たちの遊び相手をしていた。
煉骨も結局巻き込まれ、子供たちの玩具にされている。
最初は嫌がっていた蛇骨も、徐々に仲間に入るようになっていた。
「次、れんこつが鬼だよー」
かくれんぼで煉骨が今日で何回目かの鬼になる。
渋々ながらも、煉骨は顔を覆って数を数えていた。
蛮骨たちはその姿を見て、笑いを堪えながら隠れている。
きっちり数えた煉骨が顔を上げた時、その目が中空で止められた。
「お……大兄貴!」
煉骨の声色から異様なものを察して、蛮骨は隠れていた木から飛び降りる。
「どうした!?」
「あれ……」
煉骨の指す先にあるのは、木々の間からもうもうと伸び上がる黒い煙。
「山火事……敵が山に火を放ったのか!?」
炎は木々の中を流れるように、城へと近づいてくる。
隠れていた子供たちも異変に気付き、震え上がっていた。
「煉骨、ガキらを連れて逃げろ。俺は女たちを連れて行く。
蛇骨は煉骨と一緒に行け!」
「わ、わかった。じゃあ先に行ってるぜ」
煉骨と蛇骨は子供をかき集めて、城を抜け出した。
それから少し後に、蛮骨も女たちを伴って彼らの後を追った。


あっという間に、山の火は城を飲み込んでいった。
木々のない開けた場所で、ようやく全員が合流した。
女たちは我が子を抱きしめ、心から生存を喜びあっている。
しかし一人だけ、子供を見つけられない親がいた。
「おい、どうした?」
「蛮骨さま…ダイスケがいないんです!それに赤ん坊も…」
「赤ん坊?」
「乳母に預けていたのですが、途中ではぐれてしまって…」
「煉骨、ダイスケを連れてこなかったのか!?」
「わ、わからねえ。全員いるとばかり……」
煉骨は蛇骨を見やった。
蛇骨は列の後ろを来ていたから、抜けた者がいたら気付いたはずだ。
だが、蛇骨も首を振る。
「まさか、まだ城に?」
蛮骨は遠くに見える城を仰ぎ見た。
ほとんど、火に覆われている。
一瞬逡巡した蛮骨は、しかし決意を固めて駆け出した。
「二人ともここを頼む!俺、城に戻って見て来る」
「えっ…大兄貴!?」
二人の制止も聞かずに、蛮骨は山の中へ消えていった。
火がまわっていく山を駆け登って城に着いた頃には、辺りはすでに火の海だった。
「ちくしょう、敵に気付いていれば…っ」
一番最初に来た時に、火事が起きたら危険だとわかっていたのに。
油断していた自分の失態だ。
蛮骨はダイスケを探して、炎の中に踏み込んだ。
「ダイスケ!ダイスケー!!」
熱気で胸が苦しくなる。
もはや駄目かと思ったその時、炎の向こうに小さな影が見えた。
はっとしてそこへ駆け寄ると、部屋の真ん中にダイスケがうずくまっていた。
見るとそばには、老婆の遺体も転がっている。
「ダイスケッ、生きてるか!?」
揺り動かすと、ダイスケがゆっくり目を開ける。
「兄…ちゃん…?」
「馬鹿野郎!どうして煉骨たちについていかなかった!!」
ダイスケはずっと腕に抱えていたものを見せた。
「俺の……いもうと…」
小さな、赤ん坊だった。
この子を助けるために、城に入っていた。
しかし城内は混乱で慌ただしく、どこにいるのかもわからなかった。
最後にここに取り残されて、煙を吸った乳母の亡骸を見つけて、そこに妹がいた。
「妹を助けなきゃ…。兄ちゃんみたいに、俺も強くなりたいから…」
しかし蛮骨の目には、妹はもう手遅れに映っていた。
「ダイスケ、その子は置いていけ。お前だけでも助かるんだ」
「いやだ……置いていけないよ…」
子供の小さな腕が、赤子を必死に掻き抱く。
そのとき、天井の柱がミシミシと音を立てて崩れてきた。
蛮骨は咄嗟に蛮竜を掲げ、ダイスケを庇う。
「兄ちゃん…!」
「くそっ…とにかく外に出るぞ!」
蛮骨は赤子を抱いたダイスケを抱き上げ、蛮竜を払って柱を崩すと外を目指して駆け出した。
外に出ても状況は変わらず、辺りは火の海だ。
戻ってきた道も、炎に包まれている。
くっと唇を噛んだ瞬間、風を切る音がした。
反射的に身を引くと、今いた場所に鋭い刃が下ろされていた。
「あんたこんなトコで何してんだい。とっくに逃げてるものと思ってたがねぇ」
そこにいたのは、鎧を纏った数十人の兵だった。
「知ってるぜぇ。あんた七人隊の蛮骨だろう?
へっへ、お前の首を持って帰ればたんと褒美がもらえる!」
ダイスケを抱えたまま、蛮骨は鉾を構えて後退る。
自分は知らないが、向こうは自分のことを知っているらしい。
七人隊の噂を耳にしているのか。
「てめぇらが火を放ったのか!」
「へへ、思ったより広がっちまったがね」
男たちが周囲を取り囲む。
背後は炎にふさがれ、蛮骨は動くことができなかった。
「おや、子連れかい。まさかそいつを助けにきたと?七人隊の首領さんが、慈悲深いこって」
「黙れ!そこをどかねぇとぶっ殺すぞ」
「フン、多勢に無勢で何言ってやがる。そら、皆やっちまえ!!」
一斉に斬りかかる兵。
蛮骨は蛮竜を一閃させ、それらをまとめて薙ぎ払った。
ダイスケがしがみ付いて、ぎゅっと目を瞑っている。
辺りに死体が転がった。しかし敵はまだまだいる。子供を抱えたままでは、いずれ隙ができてしまう。
しかし地に下ろすこともできない。
その時、蛮骨はあることを思い出して叫んだ。
「蒼空!!」
「ああ?こいつ何言ってんだ?」
兵たちのあざ笑った顔が炎に照らされる。
しかし、しばしの後にそれはみるみる恐怖に彩られた。
炎の中から、巨大な獣が駆けてくる。
白い、狼。
「な、何だありゃあ!!」
蒼空は、蛮骨のもとに風のように着地した。
「蛮骨、大丈夫か!?」
狼は鋭い牙を覗かせて敵を威嚇する。
「蒼空、このガキを守ってろ」
蛮骨は狼の広い背にダイスケを乗せ、両腕で鉾を構えなおした。
蒼空はダイスケを連れてその場を離れる。
「これで動きやすくなったぜ。さあ、どっからでもかかって来い!」

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