夏の空はどこまでも青く、白い雲がさらに映える。
風が吹いて夏草を揺らす光景は、はたから見ると涼しげなのだが。
「あぁっちぃー!!」
蛇骨の声がつきぬけた。
真夏の炎天下を、鎧をガチャガチャいわせながら歩く彼らにとっては、まさに地獄でしかない。
磯姫
「ああもうっ、もお嫌だ!」
「うるさいぞ。お前が一番涼しそうな格好してるんだから、少しは我慢しろ」
誰にともなく喚き散らしている蛇骨に、煉骨が言った。が、その顔も汗だくで、頭に巻いた手ぬぐいまでシミになっている。
他の仲間も同様だった。凶骨や霧骨などは肩で息をしている。
煉骨の言葉などまるで無視して、蛇骨は前を歩く蛮骨のもとへ駆け寄った。
「なあ大兄貴!少し休もうぜ。俺もう無理!」
頭にキンとくる声が耳元で鳴り響き、蛮骨は思わず眉をしかめる。
口を開くのも面倒なので、頷くことで答えてやると、蛇骨は目を輝かせた。
「やったぁ~」
ちょうど大きな木が道端に生えていたので、七人はその影に腰をおろした。
全員が身体を投げ出し、水を飲んだり汗を拭いたりした。
蛮骨はさっさと鎧を脱ぎ捨て、手甲まで取り去ると、身を風にあてて、草の上に倒れ込む。
汗をかいていたところに風があたり、ひんやりとして心地良い。
蛇骨は煉骨から竹筒を奪うと、中の水を飲み始めた。
「……ぬりぃ」
唇からはなし、口元を歪める。
「仕方ないだろう!水があるだけマシじゃねえか。…って、あああ!!」
蛇骨の手から竹筒を取り返し、自分も飲もうとした煉骨が絶叫した。
竹筒の中身は、空っぽだったのである。
「てめえっ、全部飲みやがって!」
「あれ、そうだった?」
煉骨の額に青筋が浮かび、ぴくぴくと蠢いた。
「大体なぁっ、自分のを飲め自分のをっ。一人に一本ずつ渡してただろうが!」
「自分のなんか、とっくに飲んじまったっつーの」
開き直る蛇骨である。
二人のやりとりを聞いていた蛮骨は、はあと息をついた。
「うるせえ奴らだな。どれ、俺が水を探してくるから、入れ物よこせ」
立ち上がって手を差し出してくる蛮骨を、二人は呆気に取られた様子で見上げた。
「え、あ…いや、いいですよ。自分で行くから」
「いいから。お前らは休んでな。……それに、ここいらの地理もついでに見てくる」
この辺りを歩くのは初めてだ。もしこの先道が悪いようなら、暗くなる前に野宿できる場所を探さねばならない。
しばらく渋っていた煉骨だが、結局蛮骨に竹筒を渡した。
「大兄貴、俺のもたのむ」
睡骨も投げてよこす。同じようにして、七つの竹筒が蛮骨の腕に抱えられた。
「大兄貴ぃ、俺もう動けねぇんだ。ごめん、ついていけねぇよぉ」
蛇骨が力なく言う。
別についてこなくてもいいから、誤ることもないのだが。
わかったわかった、と応じて、蛮骨は背後の森に踏み入った。
「さすが、元気だよなぁ兄貴は」
霧骨のつぶやきに、傍にいた睡骨も同意を示した。
七人隊がこの地を歩いているのは、目的地があってのことではない。
戦場にむかうわけでもなし、誰かに呼び出されてのことでもなし。
ただ、西の方の国でこれから戦が行われるかもしれない、という情報だけを頼りにして、旅をしている。
なんでも、前々から仲の悪かった領主同士が、ついにプツンといってしまったと。
こりゃあ白黒はっきりつけるまでおさまらない、ということらしいが。
「んなことで一々戦なんかしてどーすんだか」
蛮骨はひとりごちた。
まあでも、そんな噂をアテにしなければならない自分たちもなんだか情けない。
彼らが前に滞在していた場所は、あらかた一人の領主のもとに治められてすっかり平穏になってしまった。
戦とは無縁な状態になってしまったので、こうして新たな戦場を探し歩かねばならないのだ。
「西に向かってりゃ、また違う戦にあうかもしれねぇし」
ずんずん進む蛮骨の腕には、七つの竹筒が抱えられている。
しばらく行くと、風が木々を撫でる音に、別のものが混じった。
川だ。
「予想的中だな」
にんまり笑うと、蛮骨は歩調を速めた。
さほども行かないうちに、川には着くことができた。
透き通った水が、さらさらと流れている。
すぐに戻る気はハナから無かった蛮骨は、裾をあげると水に足を浸した。
最初は刺すように冷たく感じたが、すぐにその感覚は消え、気持ちよさに覆い尽くされた。
大きな岩に腰掛け、足を川の流れにさらしておく。
全身浸かりたい気分だったが、それはさすがにまずいだろう。
一応ほどほどにして帰らねば、待たせている仲間に何を言われるかわからない。
そうしてバシャバシャと足を動かしていると。
「あの……」
唐突に背後から声をかけられ、彼は驚いて振り返った。
そこには、女がいた。蛮骨より一、二歳ほど年下に見える、少女だ。
長い黒髪を中ほどのところでゆるく束ねている。
「旅のお方ですか」
「あ、ああ。そんなとこ」
知らぬ間に後ろをとられていたことに、彼は内心焦っていた。
心地良さに気をとられていたとはいえ、こんな少女が近づく気配に全く気付けなかった。
少女はそれなりに良いものを纏い、髪には飾りも挿している。どこぞの姫だろうか。
「あんたは?」
「私は、すぐそこの城に住む、由と申す者です」
「へえ、近くに城があるのかい」
「ええ。もうすぐ戦があるとかで、とても忙しくしているのですけど」
戦がある。
蛮骨はその言葉に反応した。
噂に聞いたこともなかったが、それくらい小さな国なのだろう。
とりあえず今は懐が淋しいので、仕事があればなんでも受けるつもりである。
(うまくいけば雇ってもらえるかも…)
そう思っていると、向こうから話を持ち出してきた。
「ここから先の山は妖怪の巣窟と聞いております。一日で越えるのは無理でしょう。
どうです、今夜は家に泊まっていかれては?」
「いいのか?俺だけじゃねえんだぞ」
蛮骨は仲間があと六人いることや、凶骨・銀骨のことなども話したが、由は構わないと答えた。
七つの竹筒に水を汲み、由を伴って仲間のもとへ戻ると、蛇骨は顔を引きつらせた。
「蛮骨の兄貴、なんだよその女!」
「由、だってよ」
「名前を訊いてんじゃねえよ!どうして女が一緒なんだ!!」
蛮骨は竹筒を皆に渡し、理由を説明した。
「と、いうわけで。今日はこいつの城に泊めてもらうことにしようぜ」
「野宿じゃねえんだな、そりゃあいい」
霧骨は喜んだ。
他の者も、異論を唱える者はいない。久しぶりに屋根のある場所で眠れるのだから。
蛇骨はむすっとしていたが、煉骨の強い視線を感じて押し黙った。
由が先導して彼らを城に案内している途中、蛮骨は小声で煉骨にささやいた。
「これから行く城、近々戦をひかえてるらしいぜ」
「じゃあ、その戦に雇ってもらうって魂胆か」
煉骨も小声で返した。
「そ。ちょうどいいだろ、金もねえし」
七人隊の名をちらつかせれば、ほぼ確実に雇ってもらえる。
なにせ彼らを味方につければ負けることはないのだから。
が、それを聞いていた蛇骨はわざとらしく息をついてみせた。
「あーあ、こんな小せえ国に味方したって、たいした利益になんねえと思うけど?」
「蛇骨!声がでかい!」
煉骨が蛇骨の頭を殴って黙らせる。
それ以降、蛇骨は無口を貫いた。
だが、それを心配するものはいない。
逆に、皆は静かになったこの時を満喫しているようにも見える。
(おのれ~っ)
蛇骨の内で怒りの炎が揺らめきだした時、前を歩いていた由が振り返った。
「着きました。ここが、私の住む城でございます」