七人の前には、木製の大きな門が建っていた。
由が開いている扉から中にはいると、初老の女性が慌てて駆けつけた。
「由姫さま!どこにいらしたのです!?」
「心配しないで、散歩してただけです」
由姫はにこりと微笑み、後ろの七人を指した。
「トネ、この方たちを城にお泊めしたいの。部屋を用意してください」
トネ、とよばれた女房は凶骨や銀骨などといった人間離れした者たちを見て、肩をこわばらせた。
「しかし……」
「何をしておるのだ?」
トネが躊躇していると、向こうから声がかかった。この城の家臣のひとりらしい。
「む、何者だお前たちは」
いかにも物騒な出立ちの彼らに、警戒している。
由姫から説明をうけても、家臣は眉をひそめたままだった。
「一度お館さまに会って承諾を受けてもらわねばなりませぬ」
「家臣どの」
戻りかけた家臣を、煉骨が引きとめ、小声で告げた。
「我らは七人隊と申す者です。そのことも忘れずに伝えてください」
七人隊、の語を聞いて、家臣はみるみる顔を引きつらせた。
急いで城の中に戻ってゆく彼を見送り、そっと蛮骨は呟いた。
「あれじゃ脅しだろ、煉骨」
「別にいいだろう。これくらい」
煉骨は小さく笑って返した。
あるものは有効活用せねば。
家臣はすぐに戻り、七人隊は城主のいる部屋に通された。
見ると、城主は非常にのほほんとした顔立ちで、威勢というものがまるで感じられない人物だった。
(はああ、これが城主……?)
幾多の殿さまたちと顔をつき合わせてきた蛮骨も、さすがに疑問に思ってしまうほどだ。
「そなたらが七人隊か?」
声もまた、聞いてるだけで眠くなるような。
「そうだ。ここらで戦があると聞いている。俺たちを雇う気はないか?」
時と場合によっては態度を改めるが、この城主にそれは必要なさそうだ。
蛮骨はいつもの調子で話を持ち出した。
そして、城主の答えはすぐに返った。
「七人隊の噂は、この小さな国までも届いておる。
そなたらが味方してくれるとなれば、これ以上心強いことはなかろう」
それに、と彼は続ける。
「由姫が、そなたたちを泊めてくれと言っておる。
久しぶりの客人じゃ。ゆっくり休んでいってくれ」
「あんなにやりやすい城主もそうそういないよな」
与えられた部屋まで続く廊下を歩きながら、蛮骨は横の副将に話しかけた。
「ああ」と煉骨は頷く。
「俺たちを疑うでも恐れるでもねえ。しかもゆっくり休めだとさ」
「あんなヤツもいるんだなぁ」
蛮骨はしみじみと言う。
七人隊を戦の道具としか考えない者も多い。そうゆう輩から受けるのは、決まって蔑むような扱いだ。
傭兵などやっている以上、それも仕方ないことなのだろう。…だが。
「あーゆうのばっかなら、やりやすい世の中になるのになあ」
「……だが、『あーゆうの』ばかりだと、戦そのものが無くなるかもしれないぜ」
見るからに平和主義っぽい。
煉骨の冷静な判断に、蛮骨は渋い表情を浮かべた。
「あー、それは困る」
煉骨は笑いながら部屋の襖を開けた。
中では、先に来ていた仲間たちがなにやら騒いでいる。
「おーっ、兄貴兄貴!」
飛びついてきた蛇骨をきれいに受け流し、蛮骨は彼らに問う。
「なにしてるんだ?」
「見ろよ。由姫とやらが酒を用意してくれてな」
睡骨は徳利をちゃぷちゃぷと揺らしてみせた。
「これがまた美味いんだ」
みると皆すでに赤ら顔である。由姫を毛嫌いしていたようすの蛇骨でさえ、今は上機嫌らしい。
「兄貴たちも飲めよ」
睡骨にすすめられ、どれどれと煉骨も一杯飲んだ。
「本当だな。こんなに美味い酒も珍しいぜ」
味にうるさい煉骨も、すぐに納得した。そんじょそこらのモノとは訳がちがう。
「初めてみるモンだな。この国の特産物か?」
「なあなあ、大兄貴も飲んでみろよ~」
蛇骨は、杯に注いだ酒を蛮骨にも渡す。
蛮骨はそれを口元に運んだが、口をつけることはなかった。
「……俺はいいや」
意外なその一言に、仲間たちは一様に目を丸くした。
蛮骨は隊の中でもとくに大酒飲みだ。そして、滅多に酔うことが無い。
酒は大好きなくせに、なのに。
「いらないって?どっか打ったか、兄貴?」
詰め寄る蛇骨を、蛮骨はやんわりと押しのける。
「なんか、香りが好みじゃねえんだよ。そうゆう甘ったるい香りは苦手なんだ」
そう言うと、彼は立ち上がった。
「お前らも、ほどほどにしとけよ」
宴会用の部屋を出て自室に戻っていく彼の足音を、一同は呆然と聞いていた。
「……どうしちまったんだ?」
まっさきに口を開いたのは、霧骨である。
「わっかんねえ。あの上戸で酒がなくなりゃ騒ぎ出す大兄貴が……」
睡骨も首をかしげている。
「い、いいんじゃねえか?本人がああ言ってるんだし」
煉骨は気を取り直して、二杯目の酒を器に注いだ。
「俺たちは俺たちで盛り上がろうぜ!」
蛇骨も元のテンションに戻っている。
まもなく、広い座敷にはもとの馬鹿騒ぎが戻った。
蛮骨はひとり、廊下を歩いていた。
自分に割り当てられた部屋は一番奥だと聞いている。
歩いていると、外から不思議な音が聞こえてきた。
いちばん近くにある窓を開けて外を見、彼は目を丸くした。
「海……?」
遥か眼下には、激しく波が打ち寄せている。広大に、果てしなく広がる海が、目前にあった。
ずっと山奥にあるものだと思っていたこの城は、周囲を山と海に囲まれていたのだ。
ちょうどここは断崖絶壁になっているらしい。
「いつの間にか、こんな所まで来てたんだな」
長らく目にしていなかった海のまぶしさに、彼は知らず目を細める。
それにしても、変な城だと、思う。
普通、いきなり泊めてくれとやってきた傭兵集団に、酒など振る舞うだろうか。
結構な量が用意されていたし、何より皆そろって絶賛するほどのものだ。
確かに、あの酒は美味いのだろう。
自分だって、普段なら絶対飲んでいる。
だが。
何故だろうか、今回ばかりは、飲んではならない気がした。
「蛮骨さま」
唐突に呼ばれて、蛮骨が振り返ると、そこには由姫がいた。
「蛮骨さまはお酒は飲まれないのですか?」
「今は…そんな気分じゃないんだ」
「そうですか」
由姫は、少し残念そうな顔をした。
だが、蛮骨は心中で別のことを考えている。
――おかしい。
呼ばれるまで、全く気配に気付かなかったのだ。先ほども、今も。
廊下の板は踏めばギシギシと音がする。
それに蛮骨は、たとえ敵でないとしても、人の気配には敏感である。
なのに、二度も背後をとられている。
――こいつ、一体なんなんだ?
笑顔で会話に応じながらも、蛮骨はこの少女に警戒心を抱いていた。