次の朝である。
蛮骨が起きだして仲間たちの様子を見にいくと、誰一人として自室にはいなかった。
もしやと思い、あわてて広い座敷に向かおうと廊下に出たところ、すさまじい音が聞こえてきた。
部屋に入ると案の定、全員そこで爆睡していた。
座敷の中は深夜まで続いていた宴会のままの状態で、酒瓶やら器やらがそこらに転がっている。
廊下の端まで聞こえた「すさまじい音」の正体は、凶骨のイビキだった。
「ほどほどにしろって言ったのに……」
あの煉骨まで、大の字になって寝ているではないか。
足元に蛇骨の幸せそうな寝顔があり、蛮骨はそれを思い切り踏みつけてやりたい衝動にかられた。
だがそれを実行する前に、部屋の襖が開けられる。
見ると、城主がそこにたっていた。
「ああ、蛮骨どの。何やら大きな音がしているから来てみたのだが……」
「すまねえ、今起こす」
「いや、それよりも。……相談があるのだが」
「相談?」
城主は困ったように頷いた。
「ここでは少し……。私の部屋に来て欲しい」
「ああ、いいぜ」
少し待て、と言うと蛮骨は大イビキをかいて寝ている凶骨を蹴飛ばした。
凶骨はびっくりして飛び起きる。
「おわっ……あれ、大兄貴?」
「お前のイビキがうるさくて城の奴らが迷惑してる。それと、他の連中にも
『寝るなら自分の部屋で寝ろ』と伝えておけ」
「あ、ああ」
蛮骨は城主とともに部屋を後にし、城主の部屋へと向かった。
「で、相談ってなんだ?」
城主と向き合って座し、蛮骨は問うた。
自分に相談とは、戦がらみのことだろうか。それとも単に凶骨のイビキをどうにかしてくれというのだろうか。
「実はな。日ごとに、兵がいなくなっておるのだ」
「兵が?」
「そう。それもここ2,3日のことではない。
戦に出るために集められた者も、そなたらのように由姫が連れてきた者も、少しずつだが、
毎日のように数が減っておる」
「戦が嫌で逃げ出してるんじゃないか?」
城主は首を振った。
「それも考えて、昨日は城の門を堅く閉ざし、いたる所に見張りを置いて逃げられぬようにしていた。
だが、やはり今朝になるとまた数人消えていたのだ」
どう思う、と城主は訊いてくる。
つまりは、数多くの戦に携わって来た蛮骨の意見を聞きたいのだろう。
だが、蛮骨もこういう話は初めてきいた。
戦死を恐れて兵がこっそり夜中に逃げ出すことは、たまにある。
だがそれだって、万が一見つかったらタダじゃ済まないのだから、こうも連続的に起こるものでもない。
「蛮骨どの。他の国の城主たちは、兵たちとどのように接しているものなのだ?」
「は?」
「もしかすると、私の態度が悪いから、兵たちが去ってゆくのかもしれん」
「うーん、それはないと思うぜ。
どこのやつらも、そこらの足軽や傭兵なんかにいちいち気をかけたりしないからな。
むしろあんたは好かれる方だ。
部屋もくれるし美味い酒も馳走してくれるし」
昨夜屋敷の中を見てあるいていたら、宴会をしている部屋がいくつかあった。
覗いてみると一般の兵たちが酒を片手に大いに盛り上がっていたのだ。
「たぶん、兵たちは逃げ出したわけじゃねえと思う」
「だとしたら、どうすればよいのだろう」
蛮骨も眉を寄せた。
こんな小さな国だ。もとの兵力だってそれほど多くはないはず。
それがさらに毎日のように削れていくので、この城主も不安なのだろう。
「逃げたいのなら、それでも構わぬと思っていた」
ぽつりと、城主が言った。
「私のために死ぬことはない。心底怖いと思うのなら、逃げても仕方のないこと。
だが、私のために残ってくれている者たちは……。
私の力になろうとする者たちを、戦で死なせてしまうのは耐えられぬ。
しかし今の兵力では、彼らを助けることも叶わん」
言ってることに矛盾が生じているが、おそらくはこれが彼の本心。
だから、蛮骨は黙って頷いた。
「俺があんたを勝たしてやる」
城主は驚いて顔をあげた。
「だが……」
蛮骨は明るく笑っている。
「敵さんだってどうせ大した兵力じゃないんだろ。
俺たちが今まで相手にしてきたのに比べりゃケタ違いだ。
俺たちだけでも平気なくらいだぜ?」
蛮骨は立ち上がった。
「この話はもうお終いだ。あんたが不安になることはないからよ」
部屋を出ていこうとする彼を、城主は呼び止めた。
「蛮骨どの。
すまない…礼を言うぞ」
「礼なら、戦に勝ったあとに言いな」
蛮骨の指摘をうけ、城主も笑う。
「そなたはいつもこんなに優しいのか?」
「あんたが気に入っただけだよ」
ふっと笑って部屋を出て行く蛮骨を、城主はぽけっとした顔で見送った。
部屋に戻ると、蛇骨が飛びついてきた。
「大兄貴!」
「なんだよお前はっ!さっきまでぐーすか寝てたくせに」
「そんなことよりよぉ、海があるんだぜ、海!」
興奮している蛇骨に、ああ、と蛮骨は頷いた。
「いまごろ気付いたのかよ……」
「なあなあ、後で一緒に行こうぜ~。久しぶりじゃん」
「いいぜ。七人でなら」
言うと、蛇骨は不服そうな顔をした。
「お前と二人だと何されるかわかんねえし」

ということで、午後からは七人揃って仲良く海に遊びに行くこととなったのである。

城の者にきいておいた浜に着いた彼らは、思い思いに時間をつぶしていた。
蛇骨はさっそく膝まで海に浸かり、はしゃいでいたし、
煉骨や睡骨は木陰でのんびりとしていた。
霧骨や凶骨も海の冷たさを楽しんでいた。
そして、蛮骨はそんな彼らの様子を眺めながら、城主の話を思い出していた。
――日ごとに兵がいなくなっておる。
原因がわからない限り、それは続くのだろう。
逃げ出しているのではないとしたら、何故なのか。
(神隠しだったりしてな)
そう考えて、すぐに彼は頭をふった。
こんな迷信じみたことを考えるとは、自分らしくないと、思う。
では、もっと具体的なものならば。
例えば、神は知らないが妖怪ならばそこかしこにいる。それらの仕業と考えれば。
(ありえないことじゃないよな)
だとしたら、巫女なり法師なりを呼べばいいことだ。
珍しく他人事について真剣に考えている自分に気付き、蛮骨は笑った。
(やっぱ俺、あの城主気に入ってるんだなぁー)
ああゆう頼りなさそうな輩は普段それほど好かないのだが、家臣や兵たちのことをちゃんと考えている
あの城主がなんだか気に入ってしまったのだ。
ちゃんと向き合ってくれるのならば、きちんと仕事はこなさねば。
考え事にひと段落ついたところで、蛮骨は自分を呼ぶ声を聞いた。
「蛮骨の兄貴~、兄貴もこいよ~!」
ああ、と応じてそちらに向かった蛮骨は、海のなかに一瞬何かを見た。
手を振っている蛇骨の足元でゆらゆらとしている。海藻だ。
太陽の光を受けた海がまぶしく光り、蛮骨はそこから目をそらした。
「っ……!?」
突然、蛇骨の身体が大きく傾いだ。
「蛇骨っ!!」
驚愕に彩られた霧骨の声。
反射的に蛮骨が顔をあげると、大きな水しぶきを立てて暴れる蛇骨の姿が目に飛び込んだ。
もがく蛇骨の身体が、水中に引きずりこまれている。
霧骨は夢中で彼の腕をつかんで引き戻そうとしたが、蛇骨は強い力によってどんどん沈んでゆく。
もはや必死で顔を水面から出している状態だ。
「ぐっ……あっ…!」
そしてとうとう、霧骨の手から蛇骨の腕がはなれた。
駆けていた蛮骨がその場にたどり着く前に、蛇骨は一気に水中に引き込まれてしまった。
「蛇骨!」
おろおろしている霧骨をどけて、蛮骨は鋭く命じた。
「凶骨!まだ間に合う、引きあげろっ!」
凶骨は急いで海中に腕を突っ込んだ。身体全体が水に浸かるほど、深くまで腕をのばす。
そして。
「つかまえた!」
桁外れの太さと長さを備えたその腕は、ぎりぎりのところで華奢な肢体をつかむことに成功した。
すぐさま腕を引き上げ、手を広げると、そこにはぐったりとした蛇骨がいた。
異変を察して駆けつけた煉骨と睡骨が、ゆっくりとその身を降ろして浜に横たえる。
意識を失っているかと思われた蛇骨は、しかしすぐに身を起こすと大量の海水を吐き出した。
「げほっ……ごほぉっ…」
ひとしきりむせ込んだ蛇骨はばったりと砂浜に身を投げた。
「蛇骨…」
心配そうに覗き込む蛮骨を見て、蛇骨も少しずつ落ち着きを取り戻す。
「兄貴…びっくりしたぁ…」
「何があった?」
すぐには話すことができず、蛇骨は胸を大きく上下させて荒く呼吸した。
睡骨が水のはいった竹筒を手渡すと、ゆっくりとそれを飲んで口内の塩気を流す。
「何かが足に絡みついてきてよぉ…そのまま、引きずり込まれた」
蛮骨は、直前に見た海藻のことを思い出した。もしや、あれだろうか。
「最初は、ワカメかなんかだと思ってたんだけどよ…」
煉骨は首を巡らせて海の様子を見た。まるで何事もなかったように波が寄せているだけである。
蛇骨は浅瀬で遊んでいたはず。だが、随分深くまで引き込まれていなかったか。
「なんかいきなり…足元の地面が無くなったような感じがした……」
そう言うと、彼はまた大きく咳き込んだ。
蛮骨は難しい表情の仲間たちを見回した。
「城に戻ったほうがいいな。凶骨、蛇骨を運んでくれ。
皆、海に近づくんじゃねぇぞ」
城へと続く道のり。誰もが暗い顔をしていた。
一番楽しみにしていた蛇骨はぐったりと凶骨のてのひらにもたれている。
城につくとすぐに、蛇骨を部屋へ運ばせた。
そのとき、一番後ろを歩いていた蛮骨はそっと煉骨を呼び止めた。
「煉骨」
「…?なんだ、大兄貴」
他の仲間は気付かずに部屋の中へ消えてゆく。
蛮骨は煉骨とともに廊下の端へ移動すると、懐からたたんだ紙切れを取り出した。
それを受け取り、煉骨は不思議そうに開いていく。
中には、一本の黒い毛のようなモノが包まれていた。
「……これは?」
「蛇骨の足に絡みついてたモンだ」
煉骨は驚いてソレをまじまじと見つめる。
海藻などではない。
これは――。
「髪の毛に見えるんだが」
言ったのは、少年の方である。
煉骨は頷いて同意を示した。
「蛇骨のではないな。あいつのよりも長い」
「ああ。ということは、ソレは蛇骨を海に引き込んだヤツのモンだってことだ」
海の妖怪のものか。
だとしたら、髪質からみても、人間にちかい容貌の妖怪だろうと、煉骨は考えた。
「とにかく、あの海にはもう近づかねぇほうがいい」
煉骨の言葉に頷き、蛮骨は紙に包み直した髪の毛を再び懐にしまった。
そして二人は、仲間のいる部屋へと足をもどしていった。

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