意中ノ人

七人隊はとある町にさしかかっていた。
もうすぐ日が暮れそうだということで、その町で宿を探すことになった。
だが、夕暮れ間近に探したところで、空きがある宿はなかなか見つからない。
さらに、高い所は無理だし、安くても七人の容貌を見て警戒し、追い払われる。
空は、だんだんと暗くなっていく。
「どーするよ。また野宿か?」
疲れた様子で蛮骨が呟く。
「冗談じゃねぇよ! 絶対泊まれる宿を探し出してやる!」
「まて、蛇骨。お前が行くと逆効果だ」
意気込む蛇骨を煉骨が止めた。
他の仲間たちも、すでに野宿を覚悟しているらしい。
肩を落として歩いていると、町の端まで来てしまった。
ちょうどそこに、一軒の小さな宿があった。
最後の宿だ。
あきらめ半分で、煉骨は交渉しに中へ入っていった。
仲間たちも期待しないで待っていたが、蛇骨だけは手を合わせて必死になにか拝んでいる。
本当に野宿が嫌なようだ。
見ていると哀れに思えてきて、蛮骨がそれをやめさせようと口を開いたとき、急いだ様子で煉骨が戻ってきた。
「大兄貴っ、ここの宿、泊めてくれるってよ!」
全員が目を丸くした。
そして蛇骨は、願いが天に届いたとばかりに飛び跳ねた。
「ほんとか、煉骨」
「ああ。しかも安くしてくれるとよ」
七人は喜んで宿にあがった。
中では店の主がにこにこと頭を下げていた。店主は優しそうな顔をした老人である。
「いらっしゃいませ。どうぞゆっくりしていってください」
銀骨や凶骨がいても別に構わない様子だ。
「久しぶりのお客さまで、ありがたいことです」
すると店の奥から、これまた年老いた女がやってきた。彼女もにこにことお辞儀をして彼らを迎えた。
「妻です。二人でこの宿を営んでおります」
「お客様をお部屋へご案内いたします。こちらへ」
七人は老婆に続いて部屋にむかう。
かなり古い宿屋のようで、凶骨などが歩くと床が抜けそうだった。
だが、通された部屋はそれなりに広く、一晩泊まるには十分だった。
「すぐにお膳を用意いたしますので」
そう言って老婆は台所へむかった。
「よかったなぁ、屋根の下で寝られて」
「ああ。しかも安くしてくれるんだろ?」
彼らは荷物や鎧を体からはずして、思い思いにくつろいだ。
しばらくして老婆が料理を持ってきた。
膳というよりは、一般家庭で出されるようなありふれた料理だが、なかなかに美味しかった。
食べていると、店主がやってきた。
「お湯の支度ができたので、いつでもどうぞ」
「おう。この料理、けっこう美味いな」
嬉しそうに店主は頭をさげる。
「ありがとうございます。
……新しい宿が町中にたくさんできて、昔は贔屓にしてくださっていたお客さま方も、そちらに行くようになりましてね。うちもきれいに改装したいんですが、お客がこないとそんなお金もつくれませんし…そろそろ店を閉めようかとも考えているんですよ」
それを聞いて、蛮骨は何だか勿体ない気がした。
この宿の家庭的な雰囲気が、落ち着くなぁと思っていたのに。
「まあ、お客さまにこんなことを申しても仕方ないですがねぇ。
なにせ本当に久しぶりのお客で、わしらも嬉しいんです」
料理を食べ終わり、店主が部屋を出て行ったあと、七人は順番に風呂に入ることにした。
凶骨などが入ると一気に湯がなくなってしまうので、彼らはいつも一番最後だ。
最初に睡骨が入り、次に煉骨が入った。三番目は蛇骨だ。
蛇骨は蛮骨に熱い視線をむけている。
だが、蛮骨は気付かないふりをしていた。
「大兄貴…」
「湯が冷めるから早く入れっ」
「一緒に入ろうぜぇ~」
蛇骨が蛮骨にしなだれかかる。
蛮骨は立ち上がり、蛇骨を引っ張って風呂場へ行った。
蛇骨は顔を輝かせ、蛮骨に引かれていく。
その後ろ姿を見送り、煉骨と睡骨は同時に息をついた。
「蛇骨もこりねぇな……」
「まったく」

 

風呂場に着いた蛮骨は、脱衣することなく浴槽まで蛇骨を連れて行った。
「大兄貴?着物、脱がねぇのか?」
蛇骨は何か勘違いしているらしく、にやにやと笑っている。
蛮骨は蛇骨に穏やかな微笑みを向けた。蛇骨はそれにときめいた。
「大兄貴…おれ……」
直後、蛇骨の顔は浴槽に沈められた。
蛇骨は激しく暴れたが、蛮骨は容赦なくそれを押さえつけている。
「お前は、何度言えばわかるんだろーなぁ。俺にはそういう趣味はねぇの。
俺にそういうのを求めるのは間違ってんだよ!」
ごぽごぽと、水面に泡が吹き出した。そして蛇骨から力が抜ける。
それを見届けて、やっと蛮骨は彼を引き上げた。
蛇骨は荒い呼吸を繰り返しながら浴槽に寄りかかった。
「はぁーっ、死ぬかと思った……」
「次があったらそん時は殺すから」
蛮骨はにっこりと顔に笑みをのせて、風呂場から出て行った。
蛇骨はうなだれ、大人しく一人で湯に浸かったのだった。

 

「おう、お帰り大兄貴」
戻った蛮骨を睡骨と煉骨が迎えた。
「蛇骨は?」
訊かなくてもわかるが、一応訊いてみる。
「かろうじて生きてる。おとなしく風呂にはいってるぜ」
毎度のごとく、自分の着物は少しも濡らさずに荒業をやってのける蛮骨と、その餌食になる蛇骨の姿を思い浮かべ、二人は面白そうに笑った。
だいぶ経ってから、蛇骨が不機嫌な顔で戻ってきた。
着物が濡れているので、黙って新しいのに着替えている。
その様子をみて、睡骨たちがコソコソと笑った。
「大兄貴、先に入れよ。俺は薬の調合にもう少しかかりそうだ」
霧骨がそう言ったので、蛮骨は風呂に入りにまた風呂場へむかった。
小さな浴槽に肩まで浸かって、深く息を吐く。
先ほどたっぷり懲らしめたので、蛇骨が邪魔しにくることはないだろう。ゆっくりできそうだ。
こうして一人で湯に入っていたりすると、考えるのは朔夜のことだ。
今頃どうしてるだろう。今度はいつ帰れるだろうか。
簪を買ってやった時の笑顔が思い出された。
何だかしんみりしてしまい、気を取り直そうと蛮骨はかぶりを振った。
髪でも洗おうかと、結び目に手をかけた時。
眼前の湯が、とつぜん爆ぜた。
「ぶっ!!」
顔を下に向けていたため、湯がもろに顔面にかかる。
慌てて身を引くが、そこには何もない。
「な……?」
一瞬、蛇骨が仕返しに何か仕込んでいったのかとも思った。
だが、彼にそんなカラクリを作るだけの知恵はないはず。
湯に手を突っ込んで下まで探るが、やはり何もなかった。
首を傾げると、今度は後頭部に衝撃があった。何かに殴られたような痛みがはしる。
しかし、後ろを見ても何もない。
「なんなんだ…」
不気味なので、蛮骨はさっさと風呂から出た。
「大兄貴、早いな」
蛮骨はずんずんと蛇骨に向かった。
「なんだよ…」
蛇骨はいまだに不機嫌そうだ。蛮骨は彼の胸倉をつかむ。
「てめぇ、風呂になんかしたか?」
「はぁ?」
蛇骨はワケがわからないというように蛮骨の手を払った。
どうやら蛇骨ではないらしい。最初からそうは思ってたが。
その後、霧骨や凶骨たちも湯に入ったが、とくに変なことは起きなかったと言った。
妖怪だ。
こんなに古い宿なのだし、妖怪が棲みついているんだと、蛮骨はそう結論づけた。
だが、どうして自分だけに悪さをするのか。
(俺、なんかしたか…?)

 

夜、寝ているときも、体の上に何かが乗っているような感じがした。
金縛りというものよりは緩いのだろうが、息苦しかった。
そして、うっすらとだが、夢に朔夜が現れたのだった。

次ページ>