旱天慈雨かんてんのじう

「おや」
村人は、農作業の手を止めて隣の仲間の肩を叩いた。
「なんだい」
「見てみな。旅の人間が来たぞ」
肩を叩かれた男は、そっと後ろを振り向いてみた。
「ああ本当だ。これでやっと、できるなぁ」
二人の村人は、後方の道を歩いていく者たちをじっと眺める。
彼らの視線の先には、変わった風体の七人の男たちがいた。

 

太陽の熱が、いつにも増して暑く感じられる。
七人隊はなるべく日陰を歩けるように、道の端の木々に沿って歩いていた。
しかし気温そのものがひどく蒸し暑いため、ちょっと木陰に入ったくらいではさほどの効果はない。
木々があるのと反対側の方向には、果てしない田んぼが広がっている。
が、そこには水など引かれておらず、ひび割れた大地が枯れ草の間からのぞいているだけだ。
「はぁ~、こりゃ大変だ。作物がぜんぜん育ってねぇや。飢饉ききんになっちまうなぁ」
額の汗を拭いながら、蛮骨は周りの風景を見て他人事のように言った。
もうすぐ村に着く。
そしたら食料や水でも補充したかったのだが、この有り様を見ればそれも期待できそうにない。
「仕方ないな。 次の村はそのまま通過しようぜ。
下手に何か手に入れようとしても、粗末な扱い受けるだけだ」
煉骨たちもそれに賛成した。
「その次の村までもそんなに遠くない。今日中に着けると思うぜ」
煉骨は地図を見ながら言った。
蛇骨はがくりと肩を落とす。
「じゃーそっちに着くまで水は我慢かよ」
「お前が後先考えずに、一気に飲んじまうからだろ。俺はまだ自分のが残ってるぜ」
睡骨が蛇骨を小突いて、自分の竹筒を振って見せた。
「なら、少し分けてくれよ」
「断る。まぁこの反省を活かして、次からはもっと節約することだな」
隣で悠々と水を飲んでいる睡骨に、蛇骨はぶすっとした視線を送っていた。
そうしているうちに、一行は村の入り口となる柱を通り抜けた。
村を囲うように、高い塀がめぐらされている。砦のようだった。
その時、横から娘が駆け寄ってきた。
しかし娘はつまづいて、転びそうになる。
危うく倒れかけた娘を、先頭にいた蛮骨が反射的に支えてやった。
「おいおい、大丈夫か?」
娘は力なく顔をあげる。
「はい…ありがとうございます」
娘の顔は、汚れてはいたがなかなかに整っていた。
少しやせて見えるのは、日照りのせいだろうか。
娘は体勢を直すと、七人をしげしげと眺めた。
皆それぞれに見慣れない武器を持ち、中には鬼のような者もいる。
身をすくませた娘に、蛮骨は笑いながら言った。
「心配しなくていいぜ。俺たち、この村はすぐに出てくからさ」
蛮骨は娘の横を通り抜け、さっさと歩き出した。
仲間たちも後に続く。
蛮骨のすぐ後ろを歩いていた煉骨は、彼の腰元に何かが絡み付いているのを見た。
「あれ、大兄貴。それは……」
煉骨が声を発した瞬間、後ろのほうで掛け声があがった。
「せーの!!」
掛け声と同時に、蛮骨の身体がグン、と後ろへ引っ張られた。
腰に括り付けられていた縄が、後ろの方へ伸びていて、その先には大勢の村人がいた。
いきなり村人総出で引っ張られた蛮骨は、少し飛ばされて尻餅をつく。
六人が唖然として見ていると、蛮骨を引っ張った村人たちが駆け寄ってきて、彼の身体を縄でぐるぐる縛り付けてしまった。
「おいっ、何なんだよテメーら!!」
「すまん!少し我慢してくれ!!」
言うが早いか、男の一人が蛮骨の顔に布を押し付ける。
すると蛮骨は、かくりと気を失ってしまった。
煉骨たちは驚いて村人に武器を突きつけた。
「どういうつもりだ!!俺たちはすぐにこの村を出るといっただろう!!
お前たちに害をなすワケじゃねぇ!!」
彼らの武器に怯えながらも、村人たちは蛮骨を放そうとしなかった。
「あ、あんたらは別にいい。でもこの男は駄目なんだ! こいつは村から出せねぇ!」
六人は意味がわからず顔を見合わせた。
どうして蛮骨だけが捕まるのだろう。
同じように武器をもっているのだから、危険とみなすなら自分たちだって同じなはずだ。
なのに村人たちは、他の六人には何もしない。
「頼む。この男のことは諦めてくれ…」
「ふん、そーいうわけにはいかねぇよ。大事な首領さまだからなぁ」
蛇骨は刀をちらつかせて村人たちを睨みつけた。
「ひ、ひぃぃ…」
いざ、刃を振り下ろそうとした時。
六人の顔にいっせいに、先ほどの蛮骨と同じ布があてられた。
背後に、こっそり村人が迫っていたのだ。
「!!」
ツンとした臭いの後に、意識が急速に持っていかれる。
それに気付いた頃には、六人とも地面に伏していた。
彼らが本当に気絶したのを確認して、村人たちは安堵の息をついた。
「殺されるかと思った……」
「しかし、こんな手荒なマネして、大丈夫だろうか」
「仕方ないよ。普通に説明したって聞いちゃくれんだろう」
「この六人はどうする?」
「村の外に放っておけ。ちゃんと門は閉めておくんだぞ」
村人たちは、縛られて意識を失っている蛮骨を抱えて大きな家の中に入っていった。
蛇骨や他の者たちが目を覚ましたのは、だいぶ経ってからだった。
身体に異常はないので、本当にただ眠っていただけらしい。
気付いたら、村の外に放られていた。
村に戻ろうにも、高い塀に囲まれ、門もかたく閉じられている。
「ちくしょう!!大兄貴が捕まっちまった!!」
歯噛みする蛇骨を、煉骨がなだめる。
「焦るな。大兄貴だって、大人しく捕まっちゃいないだろう。
目を覚ましたら、とっとと逃げて来るんじゃねーか?」
睡骨も頷いた。
「心配いらねーだろ」
だが、やはりわからない。
どうして蛮骨だけが捕まったのだろう。
「大兄貴が戻るまで、とりあえずここで待っておくか」
煉骨の言葉を、しぶしぶながらも蛇骨は受け入れた。

「う……」
薄暗い中で、蛮骨は目覚めた。
冷たい床の上に倒れている。
ゆっくり身体を起こす。 縛られていた縄は、解かれていた。
上の方に光が見える。 明り取りの窓があるのだ。
蛮骨は、狭い檻の中に閉じ込められていた。
いつの間にか鎧が外され、白い着物に着替えさせられている。
「なんだよこれは……」
さっぱり理解できず、蛮骨は眉間にしわを寄せた。
そして、はっとする。
「蛮竜はどこだ…?」
目を凝らして見ても、この薄暗い中にはない。
どこかに隠されたのか。
そういえば、仲間たちはどうしただろう。自分と同じように閉じ込められているのだろうか。
その時、部屋の扉がガラリと開けられた。
入ってきたのは一人の男だ。
「ああ、目を覚ましたのですね。長老さまからお話がありますので、来ていただきたい」
男は檻の鍵を開け、蛮骨をそこから出した。
縄をかけるでもなく、先を歩いていく。
蛮骨は不審に思いながらも、そのまま後に従った。
「何で俺を捕らえるんだ。他の仲間はどうした?」
「そのことは、長老がお話いたしますでしょう」
蛮骨が閉じ込められていたのは長老の家の倉庫のような所だったらしく、
男はそこから続く廊下をずんずん進んでいく。
男に案内された先にあったのは、広い座敷だった。
開放的に窓を開けてはいるが、やはりここも蒸し暑いのは変わりない。
そんな座敷の真ん中に、年老いた長老が一人、座していた。
(あのジジイが長老か…)
案内の男に促され、蛮骨は長老と向かい合うように座った。
「では、私はこれで。何かありましたらお呼びください」
「うむ」
案内の男が出て行くと、長老は白い髭の間から蛮骨を観察した。
「ふむふむ、若くて健康的、まさに適任じゃ」
「適任って、何にだよ。悪いけど俺たち、この村に滞在する気はないんだ。
仲間はどこにいる?」
「お主の仲間たちは村の外じゃ。お主の武器もわしらが預かっとる。
……残念じゃが、お主には我らの儀式の生け贄になってもらうことになった」
「はぁ!?なに言ってんだよ。
何で俺が生け贄にされなきゃなんねーんだ!!」
蛮骨は怒って身を乗り出す。
すると長老は、重いため息を吐いた。
「わしだってこんなことしたくない…だが、お主も見たであろう。 あのひび割れた大地を。
ここ何ヶ月か、少しも雨が降っとらんのだ。作物も育たず、井戸も川も枯れてしまった。
こうなればもう、雨乞いをするしかない……」
「雨乞いしたいってトコまではわかる。だけど何で、その生け贄が俺なんだ。
普通は村の女でも使うもんだろ?」
長老はモゴモゴと白髭を動かす。
「わしの夢でお告げがあったのだ…
生け贄は、村を訪れた最初の旅人にするのだと……」
「テメェの夢の話なんか関係あるか!!
俺はさっさとこの村を出て行かせてもらうからな!!!」
「そうはいかぬ。この村を救うために、どうか…!」
蛮骨は老人の言葉に耳を貸すことなく、部屋を出ようと襖を開けると、廊下には大柄の男たちが待ち構えていた。
「逃がすわけにはいかねぇっ…俺たちの運命がかかってるんだ!」
はっとした瞬間、すでに蛮骨は数人に取り押さえられてしまっていた。
「ちくしょうっ……はなせ!!」
暴れる蛮骨に、老人が近づく。
「すまない……どうか大人しくしていておくれ」
長老の命令で、男たちは押さえたままの蛮骨を再び牢に閉じ込めた。
せっかく明るい場所に出れたのに、また暗い檻にもどされたのだ。
「大人しくしていれば、手荒な扱いはしないと約束する。
お前は大切な贄だからな。すぐに食事を持ってこさせる……」
そう言い残して、男たちは薄暗い部屋を出て行った。
どんなに頑張ってみても壊れることのない檻の中、蛮骨は一人ぶすくれていた。
こんなことされて、大人しくしているわけがない。
どうにかここを逃げ出す手段はないものか。
蛮骨は唯一外とつながっている、明かり取りの窓を見上げる。
高い位置にあって、しっかり格子もはめられている。 おまけに小さい。
あそこから出るのは無理だと、すぐにわかった。
他に何かないのかと辺りを探すが、やはり出口にできそうな箇所はなかった。
仕方なく蛮骨は床に座り込み、はあぁと盛大にため息をついたのだった。

しばらくすると、部屋の扉が再び開けられ、青年がひとり、入ってきた。
「食事を持ってきました。
雨乞いの儀式は近日行われます、それまで精をつけておいてください」
青年は檻の下の方にある小さな隙間から、盆にのせた食事を差し入れた。
粗末な食事で、食べたら病気になるのではないかとも思われる。
この日照りのせいで、出せるものといったらこれが精一杯なのだろう。
「私の名は信吾しんごと申します。あなたは……?」
「……蛮骨だ」
むすっとしながらも蛮骨が答えたので、信吾は微笑んだ。
「私は蛮骨さまの世話係です。何でも申し付けてください」
蛮骨は疑わしい目で信吾を見る。
世話係というか、見張り役ではないのか。
「俺をここから出せ」
「それはできません。せめて明日からでないと…外に出たらあなたは逃げ出すでしょう?」
「明日からなら良いのかよ」
「今日一日、ここで大人しくしていてくだされば、許可がとれると思います」
蛮骨が少しも食事に手をつけないので、信吾は顔を曇らせる。
「やはり、そんな粗末なものは食べられませんか?」
その通り。
蛮骨はこんな怪しい食べ物に手をつける気にはなれなかった。
「腹が減っていないんだ。お前が食え」
「駄目ですよ、生け贄にささげる食べ物を横取りしたら、罰が当たります」
生け贄にささげる食べ物なら、もっとマシなものを出してほしいと蛮骨は思った。
「俺が良いって言ってんのに、バチなんか当るワケねーだろ。さっさと食えっての」
蛮骨に促され、信吾はおずおずと食事に手を伸ばした。
やはり彼も相当に空腹だったらしく、一度手をつけると、一気に平らげてしまった。
「あ、あの…全部食べてしまいましたが、大丈夫ですか…?」
「ああ。俺が食ったことにしておけ」
「はい……あの、ありがとうございます」
信吾は深く頭を下げ、空になった食器を抱えて部屋を出て行こうとした。
と、蛮骨はあることを思いつく。
「おい」
「はい、なんでしょう」
呼び止められ、信吾は振り向いた。
「紙と筆を持ってきてほしい」
「なぜですか?」
文をしたためて外の仲間と連絡をとるのではないかと、信吾は少し警戒した。
「文を書きたいんだ。お前たちの気持ちはよくわかる。
雨乞いの儀式のために、俺が生け贄にならなきゃ駄目なのも仕方ないのかもしれないな」
でも、と蛮骨は視線を落とす。
「故郷に残してきたおとっつぁんやおっかさんが心残りでなぁ……
俺がいつまでも帰らないと、きっと心配するだろう。
俺がどこで死ぬのか、それくらいは伝えておいてやりてぇんだ……」
できるだけいじらしく聞こえるようにそこまで言うと、蛮骨はちらと信吾の顔を盗み見る。
すると彼は、目にわずかに涙をためていた。
作戦成功だ。
信吾はゴシゴシと目元を拭うと、檻越しに蛮骨の手をとった。
「すばらしい。なんて親思いなんだ!
すぐに紙も筆も用意しましょう、文でも何でも、好きなだけお書きください!!」
言うと、信吾はぱたぱたと部屋を出て行った。
その後姿に、蛮骨はニヤリと笑いかける。
信吾は完全に騙されていた。
親のことなど、蛮骨にはどうでもいいこと。
今は生きてるか死んでるかもわからないのだ。
(それにしても、あんな演技に騙されるとは…すっげーお人好し……)
これは、まだまだ利用できそうだ。

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