め女

とある町の安宿の一室で、七人は身体を休めている。
ごろりと横になって足を投げ出していた蛇骨は、煉骨と蛮骨が何やら身支度しているのに気がついて、不思議そうに瞬きした。
「兄貴たち、どっか行くのかよ」
問われて、振り向いた二人は困ったように視線を交わす。
「……仕事の依頼人と話し合いをしにな」
「へぇ~。じゃあ、暇だし、俺も行っていい?」
ひょいと身を起こした蛇骨に、煉骨が頭をかく。
「いや、お前が来ても飽きるだけだ。行くのは俺たちだけでいいから、ここで大人しくしてろ」
「えーっ、いいじゃんかよ! 俺も連れてってくれよぉ!!」
「外は寒いぞ。風邪引いても駄目だし、留守番してろって」
煉骨の隣で蛮骨も説得を試みるのだが、ますます蛇骨の眉が吊り上がるばかりだ。
「そんなの平気だっつーの!兄貴たち、俺を()け者にしてどこに行くつもりだ!?
こうなっては、蛇骨は気が済むまで追究をやめようとしない。
約束の時間に遅れる訳にもいかず、煉骨と蛮骨は顔を見合わせて深く息をついた。
「色街だ」
その言葉に、蛇骨の表情が音を立てて固まる。
三人の様子を部屋の端から眺めていた仲間たちは、一波乱ありそうな予感を感じて隅に身を寄せた。
「い…ろ……」
「色街なんか、お前がもっとも苦手な場所だろう。だから留守番してろと言ってるんだ」
「そーゆうことだから、行ってくる」
蛮骨たちがさっさと部屋を出て行こうとするのを、目にも留まらぬ速さで前に回りこんだ蛇骨が阻む。
「だめっ、駄目だぜ!煉骨の兄貴はともかく、大兄貴!朔夜というものがありながら!!」
「あ、蛇骨が珍しくマトモなことを言ってる…」
睡骨がぼそりと呟くと、霧骨や凶骨たちもうんうん頷きあった。
「お前なぁ…だから、仕事の話し合いに行くんだって言ってるだろ。
女と遊んでくるワケじゃねぇし、第一泊まる金もねぇ。
話し合いが終わったら、すぐに戻ってくるつもりだ」
蛮骨はこめかみに指を当てて少々苛立ち気味に蛇骨を見据える。
真実、朔夜以外の女と寝るつもりもなかった。
「大兄貴はそのつもりでも、女どもが言い寄ってくるかもしれねーじゃんか!
拒絶する大兄貴を押し倒して着物剥いで……あああ……!」
「それはお前だ」
愕然と頭を抱えて青くなる蛇骨に容赦なく突っ込みを入れ、煉骨は睡骨たちを見やる。
心得ている彼らは、すくりと立ち上がると蛇骨を取り押さえた。
「はなせっ、はなせぇぇ――!」
もがくも、凶骨の手にかかってはさすがの蛇骨も抜け出せない。
仲間たちに見送られながら、煉骨と蛮骨は無事に部屋を抜け出した。
「ちくしょぉー!待ってくれぇぇ兄貴―――」
後ろから蛇骨の叫び声が響いてくる。
階段を下りても声が聞こえてくるものだから、宿主に奇妙な顔をされた。
「他のお客さんの迷惑にならんように、お願ぇします…」
「ああ、すまない。後で酒でも持って行ってもらえるか?」
蛮骨が軽く頭を下げると、横で煉骨が渋い顔をする。
「またそうやって甘やかすと……」
「こうでもしねぇと、大人しくならないだろ」
肩をすくめ、二人はやっと宿から出た。
これだから、蛇骨に色街へ行くとは言えないのだ。
こちらに後ろめたいことは何も無いのだが、彼の頭の中では勝手な妄想が膨らんでいるらしい。
自分は好きなときに好きなだけ男漁りしているのに、この不公平さは何なんだろうか。
今後の蛇骨教育方針について、あーだこーだ話しながら歩いていると、背後から呼び声が聞こえてきた。
「おぉ~い、兄貴たち! 待ってくれー!」
振り返ると、小男が必死で追いつこうとしている。
「霧骨? どうした、蛇骨が手に負えないか」
「そうじゃなくて…、俺も連れて行ってくれ!」
ぜえぜえと肩で息をしながら言葉をつぐ霧骨に、二人は僅かに目を見張った。
「お前まで蛇骨みてぇなことを……仕事の話をしに行くだけだって言ってるだろ」
「わかってるよ! だけどよ、この頃全然花街なんか行ってねぇしよぉ。
久しぶりに、俺も行きてぇんだよぉ」
「だが、遊ぶ金はあるのか? 俺たちは一銭も出すつもりはねぇぞ」
訝しげに見下ろす煉骨に、霧骨はへへへ、と笑いながら懐に手を入れる。
そこから取り出したのは、じゃらじゃらと音がする巾着袋。
「それは?」
「俺がずっと貯めてきた金さ。いつか遊べる時のために、今までとって置いたんだ。
これがあれば女が買えるぜ」
少しだけ開けられた口から中を覗くと、銭がぎっしり詰まっている。
「なぁ、いいだろ? 一緒に連れてってくれよ。兄貴たちには迷惑かけねぇからよ」
「まぁ、そういうことなら…」
蛮骨の視線を受けて、渋々煉骨も頷く。
確かに最近、色街と縁が無かったのは確かだ。
遊女は金さえ出せば霧骨のような男の相手だってしてくれる、彼にしてみれば貴重な存在。
たまには日々の鬱憤を晴らしに遊びに行きたいと思うのも、わかる。
「仕方ねぇな」
「やった。ありがとよ、兄貴!」
霧骨は顔を輝かせて、二人と共に歩き始めた。

夕刻にさしかかる花街は大いに賑わっていた。
これから踏み込む者、店を後にする者、男やら華やかな着物を纏った女やらが入り乱れて行き交う。
「へへ、わくわくするねぇ。大兄貴、約束してるのはどの店なんだ?」
独特の雰囲気を満喫している霧骨が問うと、蛮骨は懐から紙切れを取り出して眺めた。
「ここらで一番大きい店だとよ。夢原っていう……」
「夢原かぁ…素敵な名前だ…」
「そうかあ?」
呟きながら視線を巡らせ、蛮骨はある看板に目を留めた。
「あった、あそこだ」
人ごみの向こうに、朱塗りの大きな建物が見える。
引っ切り無しに人が出入りしている入り口に辿り着くと、そこで客呼びをしている男に声をかけられた。
「三名さまですかい?」
「俺たちはこの店で人と会う約束をしてるんだが、島屋(しまや)の旦那はもう来てるか?」
「左様ですか、ちょいとお待ちを」
人の良さそうな客呼びは、店の中へ消えていく。
すぐに戻ってきて顔を覗かせると、彼はにこりと笑った。
「もうお見えになってます。中に入って、階段を上った先の部屋に行ってくだせぇ」
客呼びに礼を言い、彼らは言われたように店の中を進んでいく。
廊をとびきりの女たちが行き交う様に、霧骨はさっそく興奮している様子だ。
「じゃ、じゃあよ大兄貴。
俺は俺で遊んで来るからよ。仕事が終わったらまた一声かけてってもらえるか?」
「あー、わかった」
軽い足取りで去っていく弟分の背中に苦笑を浮かべた蛮骨は、煉骨を伴って二階の部屋の襖を開けた。
「おお、蛮骨どの! ささ、こちらへ」
中から島屋の旦那が笑顔で迎える。小太りで、いかにも裕福そうな(なり)をしている。
広い部屋の中にはすでに幾人かの女がおり、酒を酌んで楽しげに笑いあう声が響いていた。
島屋の旦那と共に来ている男たちも、一様に目尻を下げてだらしの無い顔だ。
僅かに眉を寄せ、蛮骨は一つ咳払いしてみせる。
「仕事の話をするなら、女は下がらせておいたほうが良いんじゃないのか」
隣で、憮然とした煉骨もこくりと頷く。
しかし旦那は、陽気に笑って手を振った。
「そんな難しい話じゃありませんで、大丈夫ですよ」
煉骨と蛮骨はちらと視線を交わして肩をすくめた。
女がいるとどうしても話に締まりがなくなる。
それを二人とも分かっているが、せっかく見つけた仕事なので、自分たちの印象を悪くすることも避けたい。
ここのところ戦の情報もなく、街の情報屋で仕事を探していた七人隊だ。
ようやく見つけた島屋での仕事。今日はその詳細を聞くために呼び出された。
強く言うことができないでいる二人に、女たちが寄ってくる。
「兄さんたちも楽しんでくださいな」
「そうそう、今日は旦那さんの(おご)りでしょ? 遊ばないと損ですって」
酒を()いだ猪口(ちょこ)を差し出され、二人もとりあえず口にする。
久方ぶりの高級な味がした。
「で、仕事の話は……」
気を取り直して向き合うも、旦那は遊女たちの相手に忙しいようで、一向に仕事の話に移らない。
蛮骨のこめかみに青筋が浮くのを、煉骨は見て取った。
二人の器にも、酒が注がれる。飲んだそばから、すかさず誰かが瓶を傾ける。
「そんな固くならないで、どんどん飲んでくださいよ」
「俺たちは仕事の内容を話してもらいに来たんだ。酒を飲みに来たわけじゃない」
蛮骨たちは、島屋が何の店なのかも知らないのだ。
ただ情報屋に、楽に稼げる仕事があると紹介されただけで。
しばらく旦那が話し出すまで待っていた二人だが、時間が経つばかりで話し合いは進展しない。
蛮骨たちが来る前から随分飲んでいたらしく、すっかり酔いが回っている様子だった。
どうしたものかと二人が顔を見合わせると、島屋の旦那が慌てたように座りなおした。
「そうだ、そうだった! 仕事の話をしに来たんでしたな……
えーと……ウチの島屋というのは呉服屋でぇ……まぁ、そこそこ儲かってましてな……」
「そこそこォ? 島屋さんは大金持ちじゃないですかぁ」
横から茶々を入れられ、旦那はエヘヘと笑う。
「へへ、まあ……この町で唯一の呉服屋ですからねぇ。
色街のお店なんかにも贔屓にしてもらってまして……」
「ほら、私らの着物も、全部島屋さんから買ってるんですよ」
遊女の一人が袖を広げて模様を見せ付ける。蛮骨たちは半眼でそれを眺めた。
「それでですねぇ……仕事というのは……えぇと、あー……ウチの……◎△※~□?#」
「は? 何だって?」
眉をひそめて蛮骨が聞き返すが、島屋の旦那はそのまま後ろに崩れ落ちてしまった。
「まあ、旦那、すっかり出来上がってますよぉ」
旦那の身体を支え、遊女たちがくすくすと笑っている。
蛮骨と煉骨は呆れて言葉も出なかった。
もはや仕事の話などできそうにない。
旦那と一緒に来ていた者たちも、赤ら顔で夢見心地だ。
深々とため息を吐いて、蛮骨は煉骨を見やった。
「……帰るか」
「ああ…」
二人が部屋を出ようとすると、遊女が袖を引いた。
「お待ちくださいませ。旦那が、お二人の分も泊まりの部屋を用意なさってるんです。
お代は旦那が払うと仰ってますんで、遊んでいってくださいまし」
「へぇ、じゃあ煉骨、泊まっていけよ」
「え? どうしてだよ」
帰る気満々だった煉骨は、驚いて片眉を吊り上げた。
「ほら、今度はいつこんな店に来るかわからねぇし。金をかけなくていいんだから、ちょっと甘えてみろって。お前もたまにはハメを外してよぉ」
「それを言うなら、大兄貴も泊まればいいじゃねぇか」
「蛇骨に何言われるかわかんねーだろ。朔夜に変な内容の文送られたらどうする。
俺の分は霧骨に譲るよ」
目をすがめる蛮骨に、煉骨も反論できず口を閉ざす。
別に女をはべらせたいわけではないが、確かに申し出を断るのも勿体無いような気がする。
「じゃ、おやすみ。島屋の旦那は…また後日話をするってことで」
片手をひらひらさせて踵を返した蛮骨は、数人の遊女に見送られて廊下の向こうに消えていく。
複雑な顔をしながらも、煉骨は他の女たちの案内に従って泊まりの部屋へ向かった。

豪奢な建物から出てきた蛮骨は、うーんと伸びをするとコキコキと首を鳴らした。
当たりは暗闇で、星のない空にぼんやりと月が浮いている。
通りも、夕方見たときよりは随分静かだ。客はそれぞれに店を決め、今ごろ浮かれ騒いでいるのだろう。
花街なのを忘れてしまうような静かさだった。
確かに酒は美味かったし女も上質だったが、さて自分は何をしにきたのだろうと思うと、ため息が漏れてくる。
収獲と言えば、土産(みやげ)に貰った料理の包みくらいである。
遊び代が浮くことになって、霧骨は大層喜んでいたが。
こうしていても仕方がないと家路を辿ろうとした刹那、隅の方から微かな鳴き声が耳に届いた。
「ん…?」
暗がりに目を凝らす。
店の影に詰まれた板や木箱の脇に、小さな影が見えた。
影が、そろりと足を踏み出す。歩きながら、また鳴いた。
「猫か」
店明かりの届く辺りで、猫は足を止める。そこに腰を落として、まじまじと蛮骨を見上げる。
三毛の猫だった。雄か雌かはわからないが、薄汚れていて、この通りの華やかさと相反する。
耳を下げて、丸い目に蛮骨を映した猫は首を傾ける。
何やら不憫に思えて、身をかがめた蛮骨はそっと近寄った。
手の届く位置に寄っても、猫は逃げようとしなかった。
「よしよし」
小さく笑って、手を伸ばす。猫は興味深げに鼻を寄せ、手の甲を嘗めた。
ざらりとした舌の感触がくすぐったい。
「腹が減ってるのか?」
蛮骨は自分の持っている包みに目を落とした。
確か、魚の料理もあったはずだ。一つしかないから、仲間たちで取り合いになるかもしれない。
それならばと、土産の中から魚を取り出す。
「ほら」
放ってやると、猫は目を輝かせて飛びついた。
目を細めて、蛮骨は立ち上がる。
「じゃあな」
宿に戻って今日は早々に休もう、などと考えながら、蛮骨は家路についた。

遊郭というのは訪れるのも久しぶりなのだが、泊まるのはさらに久しい。
当初は全くそんな気など無かったので、煉骨は何をすれば良いものか逡巡していた。
いや、することならば女たちが引っ切り無しに用意してくれる。
ただ、自分はもともと浮かれ騒ぐような(たち)ではないので、なかなか場の雰囲気に馴染めないのだ。
やっぱり勿体無いなどと考えずに、蛮骨と一緒に帰れば良かっただろうか。
普段の貧乏性がたたっているのではないかと、我ながらに思った。
「煉骨さん、楽しんでます?」
傍らで酌をしている女が、煉骨を覗き込む。
「そろそろ布団を引きましょうか」
切れ長の目元が細められ、赤く紅を引いた唇が弧を描く。
「そうだな。旅の疲れも溜まっているし、早く休みたい」
煉骨が一つ息をつくと、女は応じてパンパンと手を打った。
眼前で優雅に舞っていた女たちが踊りを止め、そろそろと退室していく。
てきぱきと楽器やら食器やらを片付け、「おやすみなさいませ」と最後の女が出て行くと、部屋には煉骨と酌をしていた女だけになった。
女が白い布団を引き、煉骨は早々とその中に潜り込んだ。
あくびをして本格的に寝入ろうとする煉骨に、これから一仕事と思っていた女はわずかに目を見張る。
「あら煉骨さん。本当に寝てしまうんですか」
「ああ、どうにも女を抱く気分じゃねぇからな」
言いながら船を漕ぎ始める煉骨。
「面白いお客さんだこと。では、おやすみなさいませ」
小さく笑って女は隣の布団に入る。
抱いてくれとしつこくされることもなく、煉骨にとっては扱いやすい女であった。

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