どうにも、寝覚めが悪い。
色々心当たりはあるのだがそれを考えると更に頭が痛くなりそうなので、蛮骨は平静を保って過ごしていた。
しかし、あの小妖怪らに短冊を見られたというのがどうにも気になり、彼の胸の内でもやもやと渦を巻いている。
(いやでも、そんな不埒な願いじゃないし。むしろ真っ当だし。
実はあいつらが言う程小っ恥ずかしくはないような気が……)
でもやっぱり、何かあって七人隊の仲間に漏れるのは嫌だ。
皆がたぶんどうでもいい願いを書いてる時に、自分だけ生真面目なのは確かに恥ずかしいものがある。
知られた暁にはどんな冷やかしが降ってくるか、わかったものではない。
やっぱりあの妖怪たちには固く口止めしておかなければ。
そう考えていた時、部屋の襖が開いた。
「大兄貴っ、大変だ、お咲さんが!」
ひどく慌てた様子の煉骨の言葉に、蛮骨は目を見開いた。

煉骨と共にそこへ駆けつけると、人ごみの中心で義行が地面に膝をついて肩を震わせていた。
彼の前にはむしろが敷かれ、その上にずぶ濡れの女が横たわっている。
その顔は青白く、生気など影もない。
昨日まであんな幸せそうな顔をしていたのに、まるで嘘のようだ。
「死因は何だ」
低く隣の煉骨に問う。
「後ろから、丁度心臓の辺りを一突きされているらしい。川に放り込まれたのは死んだ後だ」
「殺されたってことだな。一体誰が……」
眉を寄せている二人のもとに、その時大きな身体の役人がやって来た。
「お前ら、見かけない顔だな。義行の家に世話になってたのはお前たちか」
「ああ。そうだが」
「なら、話を聞かせてもらおうか。昨日の夜は何をしていた?」
二人は剣呑に役人を睨んだ。
「あんた、俺たちを疑ってるのか?」
「聞けばお前ら、あの七人隊なのだろう。戦になれば見境なく敵を殺すという。
疑わない方がおかしいだろうて」
「でも、俺たちじゃないぜ。なあ煉骨」
煉骨も頷く。
「……蛮骨さんは昨日の夜、どこに行ってたんです?」
静かな声が耳に滑り込み、蛮骨ははっとして首を巡らせた。
いつの間にか義行が顔を上げており、赤くなった目で自分を睨んでいた。
「昨日皆が寝ている時に部屋を出て行ったのを、私は知っている。
たまたま起きたときに、あなたがいませんでしたから。
……どこに、行ってたんですか」
「厠だよ、厠」
まさか義行にまで疑われているとは思っていなかった蛮骨は、内心で焦りながらももっともらしく答える。
「それにしては長かったですね。厠はあの部屋からそう遠くないところにあるのに」
蛮骨の腕を、役人が掴んだ。
「……決まりだな」
抵抗する間もなく数人の男によって縄をかけられてしまった。
「大兄貴! おいっ、大兄貴をはなせ!」
煉骨は役人たちを引き剥がそうとするが、ドンと押されて転んでしまう。
「お前も連れて行かれたいのか!!」
「煉骨、皆にこのことを知らせて、屋敷で待っててくれ!絶対に戻ってくるから!」
連行されながらも蛮骨が叫ぶ。煉骨は頷き、仲間のもとへと駆け出した。


「さぁ、正直に白状してもらおうか」
牢に入れられた蛮骨は手足を拘束され、身動きできない状態で役人と向き合った。
「俺は何もしてないって。それよか、俺にも犯人の心当たりがあるんだが…」
真摯な顔つきで言う蛮骨を、大柄の役人は鼻であしらう。
「誰が信じるもんか」
蛮骨はあからさまに深いため息をついて見せた。
「近頃のお役人はこれだからいけない。世も末だわな……」
「なんだとう!!」
かっとなった役人を尻目に蛮骨は内心でほくそ笑む。
「俺の話を聞いてくれたら、ほれ、この懐から今夜の花代を好きなだけ持っていってくれて構わねぇよ。
ああ、それとも……」
花代という言葉に目に見えて反応を示す役人に、すっと目を細めた蛮骨は止めの一言を発した。
「こちらの趣味がおありかな?」
襟から首もとを覗かせて、できるだけ艶っぽく口の端を上げる。
役人の目は釘付けになり、僅かに息も荒くなっているように思われた。
「お、お前、そっちの気があるのか?」
「まぁね。戦場で生きてると欲を吐く場所もないからな。
結構な腕だと評判なんだが、お役人さんはどうなんだ?」
「わ、わしも実は……」
言いながら役人は誰もいないのを確認し、檻の鍵に手をかけた。
カチャリ、と音がして小さな扉が開く。
「よかろう、お前の話を聞いてやる。だから、その後は……」
「好きにしていいよ」
後でと言いながら、役人の目はすでに蛮骨の肢体を這っている。
「足枷を外してほしいんだが。使うときに痛くて動かないんじゃぁ駄目だろう?」
「あ、ああ。そうだな…」
言われるがままに、役人は足枷を外しにかかった。
鼻の下が伸びている。
重い足枷が、鈍い音を伴って外された。
その刹那。
目にも留まらぬ速さで、蛮骨が役人を蹴り上げる。
すっかり油断していた役人は、逞しい体躯をしているにも関わらずその一撃で気絶してしまった。
役人が動かなくなったのを確認し、蛮骨はほっと息をつく。
「……ばーか」
自分の容姿はそこらの男よりも良いだろうと多少の自負をしながらの作戦だったが、ここまで上手くいくとはさすがに思っていなかった。
(普段の蛇骨を見てて良かったぜ……)
やってる最中は火を噴くほど恥ずかしかったが、背に腹はかえられない。
「さてと、手のをどうやって外そうか……」
「おぅーい」
と、頭上から降ってきた声に蛮骨は顔を上げる。
そこには、昨夜の三匹がいた。
「お前ら!」
「捕まってるのか?」
「お前らのせいで疑われたんだ……それより、これを外してくれ」
蛮骨は手枷をガチャガチャいわせて示す。
「どうやって外すんだ?」
「そこに伸びてるオヤジが鍵を持ってる」
ぴょんと上から降りてきて、小妖怪たちは役人のもとへトコトコと歩み寄る。
鍵を探り当てて、蛮骨の枷をカチャリと外した。
拘束されていた手首をさすり、蛮骨は役人を睥睨する。
「こいつ、かなり気持ち悪かったな……」
「何かしたのか?」
「いや、何でもない。で、お前たちは何しに来たんだ」
「ああそうだ。俺たち昨日、予定通り千太の部屋に行ったんだよ」
小丸が片手を上げながら言う。
「で、探ってたら箪笥からあるものを見つけちまったんだよ」
舜が繋ぐ。
「あるものって?」
「血のついた包丁」
一角がさらりと答える。
蛮骨は息が詰まりかけた。
「あれを隠してたんだぜ、きっと」
「何の血だろうな」
「俺たち怖かったから、それ以上調べなかったんだ」
蛮骨は立ち上がると、役人の身体を踏み越えて牢を出た。
その肩に三匹がひょいと飛び乗る。
「何を急いでるんだよぅ」
「義行の恋人のお咲が殺されたのは知ってるか?」
歩きながら蛮骨は話す。
「ええっ! あのお咲が殺された!?」
「殺したのはきっと、千太だ。となると、このままじゃ義行も危ない」
「そうか! あの包丁で殺したんだな!」
「じゃあ早く行って知らせないと!」
「行けっ、蛮骨!」
肩の上でぎゃおぎゃお騒ぐ小妖怪たちを叩き落したい衝動に駆られながらも、ぐっと堪えて蛮骨は屋敷を目指し駆け出した。
行く途中で、空から凪が舞い降りてくる。
蛮骨の肩の妖怪たちを認めた凪は、彼らをつつき始めた。
「いたい! なにするんだよぅ!!」
「やめろっ、やめろよぅ!!」
蛮骨の肩は俺の場所だと言わんばかりに、つつきまくる。
「凪!」
巻き添えを食った蛮骨が怒鳴ると、凪はフンと飛んでいってしまった。
どこか不貞腐れているようだが、今は急いでいるので慰められない。
前方に、屋敷の門が見えてきた。
「あっ、大兄貴~! 釈放されたんだな~!!」
蛇骨と煉骨が手を振っている。
二人の下へ行くと、蛮骨は荒く息をつきながら尋ねた。
「義行はどこにいる!?」
「屋敷の中にいるぜ。塞ぎ込んでるけどな」
蛮骨の肩の上の奇妙な生物に目を丸くしながらも、蛇骨は門の向こうを指差す。
蛮骨は門を通って屋敷の庭を見回した。 何事かと煉骨と蛇骨も続く。
すると、庭の隅に義行の背中を見つける。
ほっと安堵して声をかけようとした蛮骨の目に、その時光るものが映った。

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