備え付けの物干し竿に洗濯物を掛け終わった蛮骨は、鈴の手を引いて屋敷へ戻っていた。
ずっと桶の中で遊んでいた小妖怪たちはご機嫌な様子である。舜などは、白い毛並みがふわふわの仕上がりになっていた。
「なぁなぁ、明日もやるか? 洗濯」
「知らん」
「やろうぜー! 何なら、俺たちが着物汚して、洗い物作ってやるよー」
本気なのか冗談なのかいまいち分からない言葉を放つ小妖怪たちを一睨みして黙らせ、蛮骨は鈴を見やる。
彼女は、晴れ晴れとした表情で蛮骨の手を握っている。
「鈴、手ぇ冷たいだろう。手伝うつもりなのは有難いが、もうこんなことは…」
だが鈴は、蛮骨の方を見上げてふるふると首を振った。
「ちがうの。やってみたかったの。今まで、たのんでも誰もやらせてくれなかったの。
お兄ちゃん、ありがとう」
蛮骨は渋い表情になる。もしかすると、鈴に水遊びを許可したのはいけないことだったのではないか。
家人にばれなければ大丈夫だろうが、今後は気をつけねば。
「蛮骨さーん」
呼ばれたので視線を巡らせると、縁側から睡骨が手を振っていた。
「昼餉を作っておきましたから、食べてください」
「おーう」
手を挙げて返すと、その肩に一角が飛び乗る。
「ありゃあ誰だ? 蛮骨の仲間か?前に会った時、あんなやついたかなぁ…」
そういえばあの時は羅刹の睡骨だったなぁと、蛮骨は思い出す。
七人隊の面々はそれぞれ個性的な顔立ちなので、小妖怪たちにも印象に残っているらしい。
屋敷に上がり込むと、迎えた睡骨が小妖怪たちを見て首を傾げた。
「蛮骨さん、そちらは…?」
「ちょっと縁ある雑魚妖怪」
さらりと蛮骨が答えると、足元の小丸たちが怒号する。
「雑魚言うな!!確かに俺たちは、脆弱で無力で可愛いだけが取得(とりえ)の守るべき者たちだが…っ!!」
誰が可愛いって、誰が守るべき者たちだって、と無言の下で漏らす蛮骨である。
「後で煉骨たちに知らせに行ってくれるか。二、三日泊まり込みの仕事になるからって」
昼餉に手をつけながら、蛮骨は睡骨に目を向けた。彼は素直に頷く。
「俺たちも食っていいかぁー?」
料理に手を伸ばそうとする小丸だが、その身体が後ろに引き戻された。
「うぐ?」
昼餉を食べ終えて大人しくしていた鈴が、両手で小丸を抱きかかえている。
身体を撫で擦られ、小丸は困惑の表情を浮かべる。
「何だ何だぁ? 俺は鞠じゃないぞぅ」
舜が鈴の手鞠を鼻先で転がし、運んでくる。しかし鈴はにこりと笑って首を振った。
その様子を見た蛮骨と睡骨が顔を見合わせる。
「どうやら、小丸を気に入っているようですね」
「そのようだな」
気に入っているのなら、取り上げる必要も無い。
自分たちが仕事をしている間も、小妖怪たちに面倒をみさせればいいだろう。
四六時中娘を見張る手間が省けて、蛮骨は満足げにニヤリと笑った。


 

「蛮骨の兄貴~! 子供のお守り、楽しいかぁ~?」
塀の外からひょこりと顔を覗かせた蛇骨を、蛮骨は苦虫を噛んだような顔で見上げた。
島屋に来て二日目の、ちょうど昼時である。
鈴と小妖怪たちは縁側で昼寝をしているので、静かなうちに軽く掃除や洗濯を済ませておこうと思ったのだが。
「大変そうだな~。ま、大兄貴、意外と子供好きだから、良かったじゃん」
「別に俺は子供好きじゃねぇ」
むすっとしながら、蛮骨は返す。
睡骨が昨日の夕刻、仲間に泊り込みだと知らせに行ったので、その時に仕事の内容を聞いたのだろう。
それで冷やかしに来るなど、いかにも蛇骨らしい。
「大変だと思うなら、お前も手伝ったらどうだ」
「冗談やめてくれよー。ガキの相手なんかするかっての」
じゃーな~、と手を振り、蛇骨は塀の向こうに消えていく。
ため息をつく蛮骨のもとへ、睡骨がやってきた。
「どなたか見えられたのですか?」
「蛇骨が冷やかしに来ただけだ。睡骨、お前、仕事の内容まで喋ってきたな?」
「え…はい。一応、お伝えした方がいいと思って、事細かに」
「聞かれもしないのにべらべらと話すな!!お前には恥ってもんがねぇのか!!」
「ええっ!? すっ…すみません…!」
当り散らす蛮骨に、睡骨は困り果てた様子で謝る。
母子の世話など、睡骨にしてみれば恥でも何でもないので喋っただけなのだが。
「すみません……以後、気をつけ…ま…す…」
「ん? どうした睡骨」
見ると、睡骨はわなわなと震えている。
嫌な予感がして、蛮骨は数歩下がった。
睡骨は頭を押さえて苦しみだした。
「やめてくれ、嫌だ…手刀は……いやだぁぁ……」
しばし唸った後に、睡骨は大人しくなった。ゆっくりと顔を上げると、そこには蛮骨の思ったとおり、羅刹の睡骨がいた。
「あれ、大兄貴……ここは、どこ…」
「悪いが、今はお前はお呼びじゃねぇ」
「は? どういう…ぐぁっ!!」
訳がわからず首を傾げる睡骨だが、一瞬後にその口から蛙のような声が漏れた。
素早く後ろに回りこんだ蛮骨が首筋に手刀を叩き込んだのである。
声も無くどしゃっと倒れた睡骨は、意識を失っているようだ。ぴくりとも動かない。
「あれ? 力入れすぎたか…」
すぐに起きてくると思っていた蛮骨は、まいったなぁと頭をかいた。
とりあえず睡骨を抱え上げ、縁側で健やかな寝息を立てている者たちの横に並べる。
たぶん、目が覚めれば医者に戻っているだろう。きっと。
寝ているものと意識を失っている者を何とはなしに眺めていた蛮骨は、ふと首を傾けた。
鈴は盲目だが、そんな彼女でも夢を見ることがあるのだろうか。
見るとしたら、その世界はどんなものだろう。
彼女にしか分からない、誰も見たことのない世界。
純粋なままの色をしたその目には、この世の汚いものは何一つ映らないのだ。
そんな彼女の思い描く世界とは。
おそらく、自分のいる世界とはかけ離れているのだろうなと、蛮骨は思った。
ふいに湧いた考えに、蛮骨は軽く苦笑する。
と、鈴がわずかに身じろぎした。小丸を抱いたままの指が、ぴくりと動く。
「鈴、起きたか」
「……お兄ちゃん」
鈴が身を起こすと、小丸や彼女の脇で大の字になっていた一角も、むにゃむにゃと目を覚ます。
寝癖で少し乱れた髪を適当に撫でつけてやると、鈴は心地良さそうに笑って膝に頭を乗せてきた。また眠ってしまいそうだ。
ふあぁと大きな欠伸をする一角は、横の睡骨を見つけて二、三度瞬きした。
「こいつも寝てたのか~。平和な顔してやがんなぁ…」
つついても反応しないので、一角は面白がっている。
「さてと、睡骨もこんなだし、そろそろ夕餉の材料を買出しに行かねぇとな。
お前たち、鈴を見ててくれるか」
「あいよー」
だが、鈴の小さな手は蛮骨の袖を掴んで膝の上にいるままだ。
「鈴、眠いならまた寝てて良いから。ちょっとどいてくれ」
「お兄ちゃん、市へ行くの…?」
「ああ、すぐに戻ってくる」
「わたしも行ってみたい」
蛮骨と小妖怪たちは黙って視線を交わす。一角と瞬が両脇から蛮骨を小突いた。
「どうするんだー」
「どうする、て…。鈴、今まで家の人は、市に連れてってくれたか?」
問うと、ゆっくりと身体を起こした鈴が小さく首を振る。
「人がいっぱいいて、目が見えないと危ないからって……」
「やっぱりな。じゃあ、無理だ」
家の者たちが許可しないことを、自分が勝手に聞き入れることもできない。
昨日だって、洗濯と称した水遊びをさせてしまったのだ。意見が通るのを(くせ)にして、後々旦那から文句が飛んできても都合が悪いだろう。
蛮骨は立ち上がって、身支度を整えた。
足元を、舜と一角がついてくる。
「蛮骨ぅ、あんまり厳しいこと言うなよなー」
「鈴はまだ子供だぞー。外に興味があるのは当たり前だって」
「それは分かってる。でも雇われてる身じゃ、勝手なことはできねぇだろ」
「それは、そうかもしれないけど…」
二匹は気遣わしげに少女を見やった。鈴は肩を落として、顔を俯けている。
蛮骨は身を翻して店表に向かった。屋敷は店と一繋がりになっているので、出入りするにはそこを通らなければならない。
渡り廊を歩き、店まであと少しというところで、後ろから駆けてくる足音が耳に届いた。
足音に、甲高い声が重なっている。
「鈴ーっ! 止まれ止まれ! 危ないって―――!!」
蛮骨はぎょっとして振り返った。
視線の先には、両手を前に伸ばしてぱたぱたと一心にこちらに向かって走る鈴がいる。
と、渡り廊のちょうど中ほどで、彼女はつまづいて転びそうになった。
「あぶないっ!」
一角が叫ぶ。
間一髪で、蛮骨が鈴を抱きとめた。何とか転倒を防いで、彼は心の底から息を吐く。
「鈴っ、何で走ったりするんだ!
俺がいたから良かったものの、もし本当に転んで庭に落ちたりしたら…っ」
鈴の肩を掴んで怒鳴る蛮骨だが、その言葉が途中で途切れてしまった。
鈴の澄んだ二つの瞳から、ぽろぽろと雫がこぼれていた。
「だって……だって…」
顔をくしゃくしゃに歪め、息を詰まらせて、やっと声を出す。
鈴の腕に抱かれた小丸は、おろおろと少女を見上げる。
彼は意を決して、鈴の腕をすり抜けた。
そして、目の前にある蛮骨の額に、予告なしに思い切り頭突きを食らわせる。
「でぇっ!!」
目から星が飛んだような気がした。
勢いで後ろに仰け反りそうになる身体を何とか止めて、蛮骨は額を押さえて唸った。
顔を上げ、ぎろりと小妖怪を睨む。
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「こ…のっ……雑魚妖がっ……」
「う、うるせ――! なに子供泣かしてんだよぉ!!
鈴は怖いのを振り切って、蛮骨のとこまで走って来たんだろぉ!!少しはわかってやれよ!!」
「なんだと! 俺は心配するからこそこうして…!」
「うるさ―――い!!!鈴を泣かすヤツは、俺たちが許さねぇぞぉ!!」
「そうだそうだ――!」
一角と瞬が小丸に便乗して叫ぶ。
騒ぎで目を覚ましたのだろう、睡骨が慌てて駆けつけてきた。しっかりと、医者に戻っている。
「どうしたんですか!?」
額を押さえる蛮骨とて、もはや何が何だかわからなかった。
鈴はわんわん泣いているし、小妖怪たちには一方的に責められる。
おまけに頭突きも浴びせられ、これではまるで自分が悪者のようではないか。
早口に捲し立てる小妖怪たちの話から、何となく事の経緯を理解した睡骨は、よしよしと鈴を撫でた。
「蛮骨さんは、鈴のことを心配して、叱ってるんですよ」
「……ほんとうに? わたしのこと、嫌いじゃない?」
「ええ、もちろんです」
睡骨が優しく微笑むと、鈴の涙は徐々に引いていった。
「大兄貴、買い物には私が行ってきますから、鈴と一緒に散歩をしてきてはいかがですか?
それなら鈴から目を離すことも無く、安全ですから」
睡骨の視線が蛮骨に向けられる。ここで断ればあまりに立場が悪くなりそうなので、蛮骨は仕方なく頷いた。
「ほら鈴、蛮骨さんが一緒に行ってくれますから、ちゃんと手を繋いで」
「うん」
睡骨が鈴の手を、蛮骨の手に導く。蛮骨が手を取ると、その肩に小妖怪たちが飛び乗った。
「おい、邪魔だ。下りろ」
「良いじゃねぇか~。俺たち、そんな重くないだろ~?」
「人から変な目で見られんじゃねぇか」
「大丈夫! 俺たちがいれば、好印象になること間違いナシ!」
何と言っても素直に聞き入れない小妖怪たちに、蛮骨は青筋を立てて大きく息を吐いた。
睡骨が苦笑を浮かべる。
「今の騒ぎで、奥様が心配してるかもしれませんね。一度様子を見てきます。では、お気をつけて」
見送る睡骨に、三匹が手を振る。
小うるさい妖怪と目の離せない少女を引き連れて、蛮骨は仕方ないといった体で外へ出て行った。

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