七人揃って夕餉を食べ、しばらくそのままくつろいでいると、約束通り勇音がやってきた。
蛮骨から話を聞いていた仲間たちは、勇音の案内する場所へついていこうと腰を上げる。
だが、蛇骨は行かないと言い張った。
「女なんかに付き合ってられるかよ。俺は酒が飲みてぇの。
凶骨たちとここで待ってるぜ」
勇音は僅かに眉を上げたが、蛮骨の視線を受けて、構わないと頷いた。
蛇骨を凶骨や銀骨と共に残し、残りの四人は勇音に続いて廊を歩き出した。
「あの蛇骨という者は……少々、変わっているみたいだな」
「ウチは変わり者揃いだぜ」
蛮骨が肩をすくめて言う。勇音は小さく笑った。
「なら、お前も変わり者ということか」
「そういうことだ」
城の階段を、どんどん上へ上っていく。階を増すに従って、行き交う人の姿も減っていった。
かなり良い眺めになってきた頃に、勇音はとある部屋の前で止まった。
「この部屋だ」
彼女は部屋の襖のそばに膝をつくと、中へ呼びかけた。
「沙織姫、いらっしゃるか」
すぐに、返事が返る。
「勇音姉さまですね、お入りください」
柔らかい声だ。
勇音が静かに襖を開けると、部屋の中には一人の少女がいた。
「わざわざ会いにきていただけて、嬉しいです」
「沙織姫、今日は男の客人も一緒なのだが、部屋にあげてもいいだろうか。
姫にも会わせたいと思ったのだが…」
「まあ、ぜひ会わせてください」
胸の前で手を合わせて、姫は顔を輝かせる。
勇音は微笑み、蛮骨たちにも部屋に入るよう促した。
部屋に入って沙織姫と対面した彼らは、一様に絶句してしまった。
沙織の顔が、勇音と瓜二つだったのだ。
綺麗な衣を纏って、長い髪を背に流している沙織姫。
もしも勇音が髪を下ろして、このような着物を着ていれば、到底見分けをつけることなどできないのではというほどに、彼女たちはそっくりだった。
七人隊が呆然としている理由を察して、勇音はくすりと笑う。
「こちらは沙織姫。
この城の姫君で、私の腹違いの妹にあたる」
「双子じゃないのか?」
お互いこんなに似ているというのに、母親が違うとは。
蛮骨は、心の内で舌を巻いていた。
先ほど家臣の老人が言っていた、正室の娘というのは、この沙織姫のことなのだろう。
「勇音姉さま、この方たちは…?」
「彼らは七人隊と言って、今回の戦に参戦してくれる者たちだ。
戦では負け無しだと評判でな」
「それは心強いですね」
沙織は蛮骨たちに微笑みかけた。
霧骨は完全に鼻の下を伸ばしている。
「沙織姫に、なにか旅の話をしてもらえないか。
姫は、他の国のことにも深く興味を示されている」
「ぜひ聞かせてください」
沙織は興味津々だ。
蛮骨は煉骨に目配せした。そういうことについて話して聞かせるなら、彼の方が上手なのだ。
煉骨は一瞬顔をしかめたが、すぐに承知して前へ出た。
これまでに戦った妖怪の話や、経験した出来事を、適当に脚色して話す。
次第に、他の仲間も話を盛り上げたりして、部屋の中は賑やかになった。
「姫のお部屋だぞ、もう少し謹つつしめ」
勇音が注意するのを、沙織は笑って制した。
「姉さま、いいのです。とても面白いわ」
話が一段落すると、彼女はふと窓の外を見た。話を聞くのに夢中で、すっかり時が経っていた。
「今日はもう遅いので、ここまでにしましょう。皆さん、来てくださって本当にありがとう。
また時間があったら、話をもっと聞きたいです」
別れの挨拶をして、七人隊はぞろぞろと部屋から出て行った。
「勇音姉さま…」
出て行こうとする勇音を、沙織が呼び止める。
「どうした、姫」
「あの……」
少女は何かを言いかけて、しかし視線を彷徨わせる。
「何でもないです。おやすみなさい」
顔を上げて微笑む沙織に、勇音は訝りながらもおやすみと返して、部屋を出て行った。
「……」
奇麗な装飾品で飾られた部屋に残った少女は、一人不安げに、閉じられた襖を見つめていた。


翌日の昼過ぎ、部屋でごろ寝をしていた蛮骨のもとへ、勇音がやってきた。
「蛮骨っ、剣の稽古をしよう!!」
「えぇー」
億劫そうに首を動かした蛮骨は、低く唸る。
「いいだろ、お前と手合わせしてみたいんだ!」
蛮骨の手を引っ張って、その身体を起こそうとする。
「暑いし眠いし面倒くせぇよ。稽古の相手なら他にもいるだろ……」
「ごろごろしてばかりだと体がなまってしまうぞ。一汗流せば、気分もすっきりする」
「戦前に怪我してぇのかよ」
胡乱な視線を向けると、勇音は笑った。
「大丈夫だ! 私も腕には自信がある!」
さぁ行くぞと腕を引っ張る勇音に、ついに根負けした蛮骨が立ち上がった。
「仕方ねぇなあ……」
まったく、沙織姫とは大違いだと、蛮骨は内心でぼやく。
「なんだその目は」
「別に何も」
不平たらたらの視線を逸らし、深々と息をつく。
勇音の後について稽古場へ向かう途中で、彼らは蛇骨と行き会った。
蛮骨が女と共にいる姿を見て、むっと眉を吊り上げる蛇骨。
「大兄貴、女と何してんだよ」
「こいつが、剣の稽古に付き合えってうるせぇんだよ」
「お前も一緒に来るか?」
勇音が首を傾けて蛇骨を見る。
「誰が女なんかと行動するか!気安く俺に話しかけんじゃねー!!」
怒号すると、蛇骨は足音も荒く彼らの横をすり抜けていく。彼の言い様に、勇音も多少気分を害した様子だ。
「何なんだ、あいつは。私が怒られる理由が、どこにあった?」
「蛇骨は大の女嫌いだ。あいつのすることに一々理由をつけていれば頭が痛くなる。
お前が真面目に相手しようとしても無駄だろうな」
息をつく蛮骨を、勇音はちらと顧みる。
「蛮骨なら相手できるのか」
「まぁ、長い付き合いだし」
頬を掻きながら言うと、勇音はなるほどと笑って先へ進んだ。
しばし歩いて行き着いたのは、城の外にある広々とした稽古場だった。
見張りの者たちに挨拶をして、勇音は稽古場の隅の小屋から竹刀を取り出す。
見張りの兵は怪訝に蛮骨を見た。姫に怪我をさせないかと心配なのだろう。
「安心しろ。手加減はする」
その意を察して小声で言うと、兵たちは安心した様子で頭を下げた。
勇音が竹刀の片方を手渡す。
「剣術も久しぶりだなぁ」
受け取った竹刀を眺め、蛮骨が呟く。
「武術は何が使える?」
「一通りできると思う。槍でも弓でも」
ただ、戦う時は専もっぱら蛮竜一本なので、それらを手にすることは少ないが。
「凄いな、どこで覚えたんだ?」
感嘆して勇音が訊くと、蛮骨は口を噤つぐんでしばし黙り込んだ。
「……蛮骨?」
訝しげに眉を寄せ、勇音はその顔を覗き込む。蛮骨はため息をついて、ひらひらと手を振った。
「どうでもいいだろ。稽古をするなら、早くしろ」
「あ、ああ…」
勇音は竹刀を構えて、蛮骨と間合いをとった。蛮骨もゆっくりと竹刀を構える。
互いに、相手の隙を窺う。辺りは静まり返った。
「はっ!」
最初に仕掛けたのは、勇音の方だった。
それを正面から受け止め、弾き返す。そのまま蛮骨は、息をつく間も与えず剣戟を繰り出す。
「くっ……、あっ―――!」
何度か衝撃を防いだ後に、勇音の竹刀は彼女の手から離れた。弧を描いて空を舞い、地に落ちる。
蛮骨は、少女の胸の位置に竹刀を突きつけた。
「俺が敵だったらどうする」
「っ……もう一回だ!」
強い眼差しで蛮骨を見据え、勇音は急いで竹刀を拾った。
今度は蛮骨から斬りかかる。振り下ろされた竹刀を止めた勇音の腕に、びりびりと震えが伝わった。
歯を食いしばりながら、勇音は胸中で驚き入っていた。
自分も修行を欠かさず、日々技を磨くのに精進してきたと思っていた。現に、この城で彼女を凌ぐ使い手は片手で数えるほどしかいない。
なのに蛮骨は、あっさりと彼女を負かしている。しかも、これでまだまだ本気ではないのだ。
片手で相手されても、自分は彼に負けるのではないか。
ちらとそう考えた瞬間、またもや竹刀が弾かれた。
全てが遥か上をいく。速さも、力も、技も。
荒く息をついで、勇音は竹刀を構える。
何度も何度も打ち込んでは返される。それでも、彼女は諦めることなく続けた。

昼過ぎから始めて、瞬く間に刻は経っていった。
陽が傾いて空が橙に染まる頃、蛮骨は竹刀を下ろした。
「もう気が済んだだろ。終わるぞ」
額の汗を拭き、竹刀を隅に立てかけておく。
結局一度も勝てなかった勇音は、悔しそうに肩を落とした。
「やはり七人隊首領は強いな。所詮、姫上がりでは勝てるわけがないか」
「お前も、女にしては強いぞ。努力してるんだと窺える」
蛮骨の言葉に、前髪をかき上げた勇音は仄かに笑った。
「だが今の腕だと、戦で生き残れるとは言いにくいな。
家臣たちも心配してるんだろ、仮にも姫のお前が出ることはないんじゃないか」
真剣な表情の蛮骨に、勇音はああっ、と手を叩く。
「思い出した。戦の当日、七人隊の何人かには、沙織姫を守っていて欲しいんだ」
「……おい、俺の話は聞いてるか」
半眼になる蛮骨から、勇音は視線を外す。
そのまま彼女は、暮れゆく空を見上げた。
「……これは、私が決めたことだ。姫の座を退き、武人として生きることは」
「どうしても戦いたいなら、お前が沙織姫を守ればいいだろう」
そちらの方が、最初から戦の真っ只中に出るよりは安全というものだ。
だが、勇音はふるふると首を振った。
「もしもの時に、沙織姫に死に様を見せたくない。
姫は心の優しい方だ。私が死んだら、きっと深く嘆かれる」
薄く笑って、勇音は蛮骨を見つめた。
「お前の言う通り、私はまだまだ弱い。生き残れるかどうかも分からない。
……でも、それでも悔いは残らないと思う」
「死んでも構わないって言うのか。どうしてだ」
静かな問いかけに、答えは返らなかった。蛮骨もそれ以上の追究はしない。
「相手をしてくれてありがとう」
勇音は竹刀を小屋に戻すと、城の中へ戻っていった。
部屋に戻る道すがら、蛮骨は考える。
勇音が戦いを望むのはなぜだ。生死にこだわらないのはなぜだ。
自分の部屋には帰らずに、蛇骨たちが使っている広めの部屋に蛮骨は入った。
「霧骨、凶骨」
呼ぶと二人が顔を向ける。他の仲間たちもこちらに目をやった。
「お前たちには、戦の当日、沙織姫の護衛についてほしい。頼めるか」
珍しく指名され、二人は俄然張り切った。
「俺でいいなら、頑張るぜ!」
よしよしと頷き、蛮骨はそばでむくれている蛇骨に気付く。
「なんだ、まだ怒ってるのか」
「姫を守れってのも、あの女の命令か?大兄貴、なんでアイツの言いなりになるんだよ」
「別に、言いなりにはなってない。
勇音は戦の指揮を任されてるんだから、俺たちが命令を受けたとしても、逆らう理由はないだろ」
「そうかもしれねぇけどよー…」
思う通りに言葉が見つからず、蛇骨はむすっと視線を逸らす。
苦笑を浮かべ、蛮骨は自室に戻った。

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