ぬけうら

「では、先生」
朝霞の中に凛とした声が響いた。
「ああ。気をつけてな」
壮年の師は旅立つ弟子の肩を叩く。
彼の目の前にはたった一人の弟子と、彼を支える者たちが立ち並んでいた。
屋敷の大火事の件で役人達が徐々に動き始めている今、この村に長居することはできない。
「今まで本当に、ありがとうございました」
深く腰を折る隼人に、師は微笑む。
「道中はどんな危険があるかわからん。これからどこへ向かうつもりだ?」
「とりあえず、西へ向かおうかと」
そうかと頷く師の視線は隼人の後ろにいる仲間たちに移される。
「煉、秋雪、隼人を頼む。旅の無事を祈っているぞ」
煉と秋雪が強い意志を宿した眼差しとともに頷いた。
「隼人、また元気な姿で会える日を楽しみにしておる。だからあえて別れは言わぬことにしよう」
言葉と共に差し出された手を握り、隼人は淡く微笑む。
「先生も、くれぐれもお気をつけて」
表情を引き締めてもう一度辞儀をし、顔を上げた隼人は一度だけ彼方を眺めた。
その方向には、今は焼け跡となった忌まわしい屋敷がある。
自分が手に掛けた者たちの怨念が燻る場所。
最後に見た燃え盛る屋敷の姿は、生涯瞼の裏から消えることはないだろう。
師から譲り受けた腰の刀に手を添え、隼人は未練を断ち切るように身を翻した。
背中は父とも慕う師匠が見送ってくれる。自分についてきてくれる仲間もいる。
これ以上に心強いことがあるだろうか。
もう、振り返らない。
隼人に続いて残りの仲間たち、そして蒼空(そら)と小太郎もそれぞれに足を踏み出した。
霞の中に薄れゆく彼らの姿を、師は唇を固く結んでいつまでも見守っていた。

逃亡の旅に身を投じた一行は、予定の通りひたすら西を目指して歩を進めた。
これからの時季、北国は厳しい冬を迎える。
人数分の食料の確保も重要である上、子供を連れての雪の道中はさらに難儀となると思われた。
ならば人口物量の多い京や堺辺りをとりあえず目指し、あわよくば海を越えて四国や九州に渡った方が追っ手を(かわ)せるのではと、話し合いでそのように纏まったのである。
だが、役人たちの動きは予想を上回って迅速だった。
近隣諸国にはすでに触れ書きが出され、道々では旅人を引き止めては取り調べを行っているところもあった。
そのため一行は木々にまぎれ草を掻き分け、村一つ目指すにも大きな迂回を余儀なくされたのである。
「村の長者一家、奉公人も皆殺し……まぁその通りだが、これまた大層な見出しを付けられたもんだぜ。下手人の見当もついてやがるときた」
拾い物の手配書を握り潰しながら玄次郎が悪態をつく。
そこには犯人の目星として煉と秋雪のことが記されていた。
隼人は離れに押し込め状態だったのが幸いして、村の者にも父の知り合い筋にも顔はよく覚えられていなかったようである。
煉たちによれば、古くからの知り合いであっても、幼い頃の隼人しか記憶になく近年はとんと姿を見ないので、実は亡くなっているのではと考える者までいたらしい。
「煉さんと秋雪さんは特に用心が必要ですね。俺は新参だから顔を知られてなかったようです」
嵩重(たかしげ)が自分も手に入れた手配書を読み返しながら不安げに言った。秋雪が苦笑を向ける。
「我々は医術や工具の改良の知識があることで村人との交流も多かったですから、顔が割れても仕方ないですよ。死体が無いのもすぐにわかったのでしょう」
「これなら奉公人の亡骸もみんな、判別できねぇほどに焼き払うんだったな。
屋敷にしか火を放たなかった俺の失態だ」
歯噛みする煉だったが、きっと彼にも躊躇いはあったのだろうと隼人は思う。
父や義母に恨みはあっても、その他の奉公人達はいわば同僚だ。
何年も寝食を共にしてきた者たちには少なからず恩なり情なりあってもおかしくはない。
「過ぎたことだ、自分を責めるな。この罪は皆で背負おうって、そう決めただろ」
努めて明るく言う隼人に、煉も小さく頷いた。
そうして幾日も山野を歩き続け、すっかり衣服もくたびれたある夜、一行は人里離れた山中に寝床を構えた。
「小太郎、足は痛くないか?」
木の下に荷を下ろして一息入れた隼人は小太郎へ気遣わしげに問う。
「うん、大丈夫。こんなに遠くへ来るの、初めてだよ」
えへへと笑う小太郎は、焚き火の灯りに照らされる木々や草花を興味深げに眺めている。
そこへ蒼空が寄りかかり、今度は一緒に魚を焼く嵩重の姿を観察しだす。
彼らの無邪気な姿に頬を緩ませながら木に身体を預け、しだいに隼人はこくりこくりと船をこぎ始めた。
「寝てますね」
「慣れない旅な上に気の張り通しじゃ無理もねぇよ。休めるときに休んでおいた方がいい」
魚が焼けたら起こしてやろうと、煉と秋雪は自分の眠気を堪えながら嵩重を手伝った。
しばらく、山中には焚き火の音と蒼空と小太郎が時折じゃれあう声だけが響いた。
風もない静かな夜である。
いつの間にか、蒼空と小太郎以外の皆が眠りこけていた。
気配でそれを察し、二人はおとなしく寄り添いながら焚き火を見ていた。
魚は十分に焼けていると思うが、疲れている様子の皆を起こしていいものか分からない。
だが小太郎自身もかなりの空腹を感じていたので、自分と蒼空の分にだけ手を伸ばそうとした。
そのとき。
がさ。
一瞬、草を踏む音が耳を(かす)めた。
何の音かと首を巡らせかけた瞬間、後方へ強く引かれる。
「――っ!」
反射的に出そうになった悲鳴を、口に押し当てられた手に止められた。
「声を出すな」
耳に滑り込む抑えた声音は隼人のものだ。反対の腕には同じように蒼空が捕まえられている。
彼らを懐に抱いた隼人は息を殺して周囲の様子を探っているようだった。
がさ。がさ。
ごく小さな音が近づいてくる。
視界の隅で、焚き火の炎がぱっと消えた。警戒した誰かが消したのだ。
寝ていたはずの皆が、起きている。
がさ。がさ。
はっきりと聞き取れるほどに近くなる足音。そして、草木の向こうに松明(たいまつ)の灯りが現れた。
隼人の腕に力がこもり、小太郎の頭はさらに胸へ押し付けられる。
兄の鼓動が早鐘を打っているのがわかって、小さな指がぎゅっと着物の端を掴んだ。
足音と共に、話し声が聞こえてくる。どうやら二人組のようだ。
「手配書見たか? 皆殺しがどうのこうの」
「おう、下手人は奉公人ってやつだろ。だがあれに書かれてる二人だけじゃねぇみてぇだな。
役人があちこちで聞き込んでるの見たがよ」
皆殺し。
その単語に小太郎の肩がわずかに震えた。
「居場所教えるだけでもかなりの報奨金が出るんだろ? 捕まえて差し出しゃあその倍以上だってな」
「すげぇよなぁ。まあ、俺達には縁遠い話だろうがよ」
「そうそう。俺達はせいぜい、悪鬼羅刹を早く捕まえてくだせぇと願うくらいか」
「こんな暗ぇ中歩いてっと、まさに悪鬼羅刹さまに遭遇しそうだ。はやく家へ帰るに限るぜ」
賑やかな笑い声がすぐ横を通り、しだいに遠ざかっていく。
静寂が戻ってたっぷり二十ほども呼吸を置いた後、ようやく隼人は二人を解放した。
「お兄ちゃん……」
「驚かせて悪かった。いつの間にか寝てたもんだから、かなり慌ててな」
足音に気付いて眠りから覚めた瞬間、真っ先に二人に手を伸ばしたのだ。
「今のは百姓か(きこり)か……その辺りでしょうね」
「ああ。役人じゃねぇかと冷や冷やしたが」
「ちょうど俺達のことを話してましたね」
暗闇に聞こえるのは秋雪と煉、嵩重の声。ややあって、玄次郎が焚き火に火をつけなおした。
緊張の色が残る皆の顔が闇に浮かぶ。
「おうおう、魚が焦げかかってるじゃねぇかよ。食え食え」
気の抜けない夜を迎えながらも、五人と一匹はようやく夕食にありついた。
翌日も朝から歩き続け、夕刻近くにようやく彼らは繁華な宿場町に足を踏み入れた。
旅に出てから初めてまともに村や町といったものに入る。
食糧や消耗品など、ここで必要な物はできるだけ調達していくことになった。
手配書に容姿まで記述されている煉と秋雪は、易々と町中を歩くことはできない。
二人に小太郎を預け、隼人、玄次郎、嵩重のみが町に出た。
「こんなでけぇ町は久しぶりだ」
玄次郎が伸びをしながら呟き、隼人は珍しそうに往来を眺め回す。
さすがに人も店も多い。そこら中で祭りのごとく賑やかな声が飛び交っている。
隼人の様子に気付いた嵩重が小声で話しかけた。
「こういう町は初めてですか」
「記憶に残るうちではそうだな。あの村はもっと閑散としてたし」
人の往来が多いとしたら屋敷の周りくらいのものだったろう。
と言っても、村中を堂々と歩けたことは数えるほどしかないので、その記憶も曖昧だ。
「じゃあ、この機に思う存分見物するといいです」
「おい、物見遊山(ものみゆさん)じゃねぇんだぞ。必要な物が揃ったらさっさと町を出るに限る」
親切心もあえなく却下され、しゅんとなる嵩重。
慰めるように隼人がその肩を叩いてやると、多少顔に明るさが戻った。
旅籠(はたご)が連なる大通りから、いくつかの小路が伸びる道に差し掛かる。
それぞれの小道には住居や日用品の店が連なっていた。
玄次郎が二人を見上げる。
「すでに俺達の顔も割れてる可能性だってある。
ご丁寧に三人固まるよりは、ここらで分かれた方が良いんじゃねぇか」
嵩重は狼狽(ろうばい)した様子で玄次郎と隼人を交互に見た。
「だ、だが、隼人さんを一人にするのは危険じゃねぇか?
何かあったりしたら、煉さんと秋雪さんに顔向けできねぇ……」
「ふん、この坊主はおめぇよりよっぽど腕が立つから安心しろよ」
かなりの体格差がある玄次郎と嵩重のやりとりを、隼人は興味深げに眺めている。
舌戦については玄次郎の方が優勢のようだ。
なおも食い下がっていた嵩重だったが、結局最後には別行動をとることを承諾した。
隼人は秋雪の薬の材料集め、嵩重は食料集め、玄次郎は自分の毒の素材と、草鞋などの消耗品の予備を手に入れるという分担になり、用が済んだら各自で煉たちのもとへ戻ることになった。
解散した隼人は、歩きながら秋雪から渡された素材の一覧を確認する。
薬草とわかる物から一見何に使うのかと思うものまで様々だ。一つの店で全て揃うとは思えない。
だがそれは、多くの店を覗ける点では都合がよかった。
外からざっと眺めるだけでも、初めて目にするものがたくさんあったのだ。
物見遊山じゃないという玄次郎の言を念頭に置きつつも、隼人はそれなりに宿場町の雰囲気を満喫して回ることができた。
一覧の全てを揃え終えるころには、西日がだいぶ強くなっていた。
大きな川にかかる橋の欄干によりかかって一息つきながら、隼人は川沿いに建ち並ぶ宿を見渡した。
こんな立場でなければ宿で温泉にでも浸かれたろうに、今日も変わらず野宿である。
自分の罪に付きあわせたために仲間たちにも不自由を強いている。
そばに仲間がいないのを良いことに、彼は盛大に溜息をついた。
溜まっていたものが橋上の風に流れていくようだ。
皆で罪を背負うと言っても、やはり大本の元凶は自分なのだ。
申し訳ないという思いがいつも胸の中にある。
自分の存在が他人の人生に大きな狂いを生じさせているのだ。
煉と秋雪、嵩重と玄次郎、そして小太郎。それだけではない、手に掛けた者全ての。
視線が茜空に舞う二羽の鴉を追う。
――例えば自分が生まれてこなければ。
自分の考えていることに気づいて、消し去るように頭を振った。そうして淡く苦笑する。
小太郎を守ると、皆を死なせはしないと、心の内で決めている。
なのに本当は、何についても自信がない。
口では大きなことを言いながら、周りに支えてもらわなければどうなっていたか。
苦いものを噛み締めながら、鴉の消えた空をぼんやりと眺める。
そろそろ戻らなければ、と心の隅で思ったとき、視界の端に通行人とは身なりの違う二人組が映った。
はっと息を詰め、身を(ひるがえ)して川を覗き込むように顔を隠す。
上等とまではいかないがきちんとした袴と揃いの黒い羽織を身につけた二人組。彼らの話声が近づいてくる。
「最近は骨が折れるなぁ」
「仕方がないさ。捕らえればたっぷりと報酬が出ると、上から言われてるそうだ。
ま、俺たちにその何割がくるのかは怪しいもんだが」
「ここいらは旅人だらけで、通行人一人調べるにも一苦労だ。
おまけにガラの悪い連中にも手を焼かされる」
「それを承知で役人やってるんだろうが」
軽い笑い声に、隼人の心臓は飛び上りそうだった。
あろうことか、その二人は隼人のちょうど真後ろにあたる場所で足を止め、欄干にもたれて話し込み始めた。
「下手人もそろそろお縄につく頃だろう。人相も割れてるんだ。
ああ、そういえば新しい手配書は見たか?」
「新しい手配書? そんなもの、いつ配られた」
「ついさっきだ。お前は出張ってたから受け取り損ねたんだろう。
明日にも貰えるだろうが、俺のを見てみるか?」
かさり、紙の音がやけにはっきり聞こえた。橋の上は家や旅籠に戻る人々で混雑しているというのに。
「うん? こりゃあずいぶん若いなぁ。二十前じゃないか」
「だが、そいつが主犯格という話だ。殺された主人の息子だとか何とか。
村人との交流が極端に少なかったんで割り出しに時間がかかったそうだ」
「へえぇ、黙って暮らしてりゃあ何不自由なくいれただろうに。
金持ちの考えることはわからんなぁ」
自然と奥歯に力が入り、いやな汗が背中を伝う。
彼らに気づかれないうちにこの場を離れなければと思うのに、身体が縫いとめられたように動かない。
「けっこうわかりやすい見た目してるぜ。女のように髪が長くて、一つに(くく)ってるんだと」
自分のことを話している役人たちの声を耳にしながら、隼人はひたすら川の流れを凝視していた。
動かない体を叱咤(しった)し、嵩重や玄次郎がここに来ないようにと願うほかなかった。
気づくと二人組の声は途絶えていた。
いなくなったのだろうかと力を抜こうとした瞬間、背中に視線を感じて彼の心臓は跳ね上がった。
死に物狂いで念じると、ようやく足が動いてざり、と橋の板を擦った。
「そこのお前」
背中に声がかかる。こんなに大勢いるのに、それは間違いなく自分に向けられているのだと分かる。
「聞こえているだろう、返事をしないか。こっちを向け」
「ちょいと調べに付き合ってくれ。ここにある手配書と、お前さんの容姿が似ているのだ」
振り返ってはだめだ。このまま川に飛び込むことはできないかと隼人は本気で考えた。
二人分の気配と足音がまっすぐ近づいてくる。
夕日は山の向こうにその大半を隠し、辺りは薄暗い。
「こっちを向け!」
怒鳴り声が響くのとほぼ同時に隼人は駆け出していた。

村から程近い林の中で、煉と秋雪、小太郎は仲間の帰りを待っていた。
白狼とじゃれて遊んでいる子供を微笑ましげに眺めている秋雪の横で、煉は手持ち無沙汰な様子でぼんやりとしている。
「煉がそういう顔をするのは珍しいですね」
「ああ? そうか……?」
「私は長い付き合いだから慣れているけど、煉はたいてい仏頂面で気難しい雰囲気ですから。
そんな気の抜けた顔をするなんて夢にも思わない人が多いんじゃないですか」
からかう秋雪に煉は顔をしかめる。そんなにふざけた顔をしていたのだろうか。
「気が抜けてたかもな。油断大敵だ、いざとなったらお前は頼りにならねぇからなぁ」
「逃げ脚なら自身ありますよ」
「やっぱり頼りにならねぇじゃねぇか」
軽く仕返しをした煉は、ふと険しい視線を離れた場所にいる小太郎に向けた。
「で、あの子供の様子はどうなんだ」
「なんで私に訊くんです」
「あれの面倒を見てるのはたいてい隼人かお前だろ。じゃなきゃ蒼空か」
「嵩重にも懐いてますよ、彼はもともと子供好きみたいですし。
玄次郎さんにもだいぶ慣れてきたみたいです。ということは、避けてるのは煉だけですねぇ」
小太郎が避けているわけではなく、煉が意図的に歩み寄ろうとしていない。
もちろんそんな気配は悟られないようにしているのだが、良くも悪くも幼馴染の秋雪には感づかれている。
「俺は反対だった。隼人がどうしてもと言うから同行させてるが、いざという時荷物になるようなら……」
「煉」
それ以上は言うなと秋雪が眼で制した。煉も口をつぐみ、一呼吸置いてから喋りなおす。
「……小太郎は、どんな様子だ。俺の質問に答えろ」
煉と同様に小太郎に視線を投じ、秋雪は思慮深い顔をした。
「どんな様子も何も、見たとおりです。あんな感じですよ、いつも」
「泣いたりだだをこねたりしないのか? 夜中に様子がおかしいとか、うなされてるとか」
煉は疑うように問う。
小太郎は自分の立場を理解していないのか?
確かに彼には事情を何も伝えていないが、子供には特有の鋭さがあるものだ。
何より、突然父母から離されてこんな流浪の旅に連れ出され、不平不満を覚えない方がおかしい。
「何も。――何も、言わないんですあの子は」
秋雪の目が痛々しげに伏せられる。
「たぶん、薄々感付いていると思います。父や母が亡くなったこと、そしてそれが誰の仕業であるかも」
小太郎は確かに見ている。燃え盛る屋敷や血に濡れた兄を。
それでいて彼は何も訊かない。何も言わない。泣きじゃくることもしない。
そしてそれは、隼人からすれば罵倒されるより辛いことなのだ。
「勘の良い子なんですよ。だからこそ、色んな感情を押し殺している」
煉は無言で口を引き結んだ。七つの子供にそんなことができるとはとても信じられない。
だが、否定することもできなかった。
「俺は……苦手なんだ、子供は」
ややあってやっと口にした言葉がそれだったので、秋雪は思わず苦笑して肩を揺らした。
「わかってますよそんなこと」
日がほとんど落ちて刻々と夜に近づく空を見上げた時、傍の茂みががさりと音を立てた。
茂みをかき分けて現れたのは、大男と小男の不釣り合いな組み合わせだった。
「嵩重、玄次郎さん。戻ったんですね」
「隼人はどうした」
一人足りないのに気づいた煉がすかさず問い詰める。戻ったばかりの二名は困ったように互いを見交わした。
「三人で相談して、固まってるのは目立つから町中では別行動をとろうってことになったんです。
帰りもそれぞれ別々に戻ろうと」
「俺とこいつぁすぐそこで行き会ったんだ。あの坊主ももう戻ってるもんだと思ってたんだが」
「戻ってない」
嵩重の言葉を引き継いだ玄次郎の言を、煉が厳しく遮る。
「何故あいつを一人にした」
「す、すいやせん…!」
嵩重は不安を隠しきれない様子で必死に頭を下げた。
「すぐ探しにいきます!」
買い物の荷を置いてすぐさま身を翻した二人は、しかし二、三歩行ったところでぴたりと止まった。
怪訝(けげん)に思った煉が彼らの視線の先を見ると、そこには女が一人立ってこちらを見ていた。
派手な着物が辺りの木々と不釣り合いで、切って貼ったような印象さえ覚えるその女は、首を傾けて目元を細め、笑った。
「残念ながら、その必要はありませんよ」

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